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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
13章.エスティア王国編2-リトルクイーン-
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#15.天空舞う古代竜

 夜の空は、大きく戦慄いた。

夜の風は、まるで大海のごとく時化った。

夜の空気は、一気に冷え込んでゆく。

そこにある全てが、空に舞った一匹の巨大な古代竜(エンシェントドラゴン)の再来に怯えているかのようだった。


『ふははははっ、君を乗せて空を飛べるなどっ! こんなに素晴らしい夜があっただろうか!!』

「最高のデートね。このまま極東の地まで……」

『ああっ、もちろんだとも!! 大陸の端だろうと世界の端だろうと、どこまでも飛んでやるぞ!!』

「大陸の端はわかるけれど……世界の端ですって?」

『そうだとも! この世界は広い! 君は世界の端を見たことがあるか? 大陸の端の、ずっとずっと先だ!!』


 大空をゆっくりと舞いながら高度を稼いでゆくガラガンディーエの言葉に、ピクシスは風に揺れる髪を抑えながらも「そんなのあったかしら?」と首をかしげる。

彼女は、自分たちの拠点である大陸極東こそが世界の端だと思っていたのだ。

いや、彼女に限らず多くの魔人がそう思っていたはずであった。

たが、ガラガンディーエは「やはりな」と、六つの眼を上向かせながらにたりと口を開く。


『君たちには分かるまい。この世界には、神々にしか立ち入れぬ領域もあるのだ。世界の端とは、神々によって作り出され、人間たちには立ち入れぬように設定された領域。我ら古代竜は、神々に生み出されし生物故、それを認識することができる』

「人間には……いいえ、魔人にも、それを認識できないのね」

『恐らくな。世界の端には人間には見たこともないであろう果実をつける樹が生え、花の色も美しく、さながら楽園のような空間となっている。君が見たら、その美しさを永遠に忘れることができないだろうな』

「そうまで言われると気になるわね……そこには、神々が住んでいるの?」

『かつてはな。だが、神々の多くがこの世界から失われ、今では運命の女神一人になった。その運命の女神も魔王討伐の為世界中を勇者と一緒にうろついているのだから、今や誰も居るまいな?』


 かつては神々が住まう楽園。

けれど今は誰もいない失楽園。

世界を管理する立場にあるはずの神々は、果たしてどこに消えたというのか。

自分の知らないこの世界の、確実にあったもう一つの姿。

ピクシスはそれを垣間見た気になり、背筋が(あわ)立つのを感じていた。


「ねえガラガンディーエ。神々が争い合った結果、多くの神がこの世界からいなくなったのは知っているわ。でも、それはつまり、残った神々がいたという事なのよね? なぜ今はアロエだけになったの?」

『魔王という存在が、あまりにも強かった、という事だ。女神アロエ率いる残った神々は、二度目に魔王を封印するため勇者とともに戦った。だが、魔王の力の前にそのほとんどが倒れ、または力をアロエに移譲して下天した』

「……でも、一度目はただ駆除するくらいのつもりで倒したのでしょう? 神々にはそれだけの力があった、と」

『残った神々は女神アロエの率いる神々だったが、出て行った神々を率いていたのはココ……アロエの母に当たる女神だったのだ。ココは愛の女神として世界にあらゆる愛を振りまいていたが、この世界の愛が歪になりがちなのもまた、この女神がいなくなったからなのだ』

「女神一人いなくなると、愛が歪になる……?」


 そんなことがあるのかと、ピクシスはあまりにもスケールが大きすぎて素直に受け止めきれなかったが。

神々などという規格外の存在を率いる女神なのだから、それくらいならあるかもしれないとも思えてしまっていた。


『そうもなろう。神とはつまり、そのようなことができる存在なのだ。魔王などという訳の解らない仕組み(・・・)を作らなければ、もっと多くの神がいて、それらはきちんと機能していた』

「では、今の世界には該当する神がいなくなっている概念などもある、という事?」

『その通りだ。そしてそれら全てを、ただ一人残ったアロエが代行している。愛も恋も知らぬ女神一人が、そんなものをまともにやり切れるはずがなかろうに、な』

「……あの方が」


 ピクシスも面識のある、少女そのままの姿の女神。

愛らしく美しく、それでいて妙に人間臭いところのある女神だったが、だからこそ親しみを感じることのできた、人間のことが大好きな女神。

そんな女神が一人で全ての神々の役割を背負うなど、無茶にもほどがあると思わずにはいられなかったのだ。

そして、だからこそ歪なのだとも。


『魔王もバゼルバイトも、それは知っているはずだ。だからこそ、あの女神に対してはあの二人はそこまで憎しみや怒りを覚えてはいまい……』

「ええ、確かに……バゼルバイト様は、神々を酷く憎んでいらっしゃったけれど……女神アロエに対してはそうでもなかったわね」

『……我ら古代竜も、魔王の仕組みが為生み出された生物だが……アロエらがこの仕組みを壊したがっているのは解っているのだ。だが……だからと、殺されたいと願っているわけではない。次の死には恐らく、目覚めはないのだろう。だからこそ、私は生きたい』

「……ガラガンディーエ」

『お前たちの考えた計画。それが本当に上手くいくというなら、私と君が寄り添える未来はそこにしかないじゃあないか。私は、そのために今、そこに向かっているのだ』

「ええ……そうね。私もそう思ってる。私たちの邪魔なんて誰にだってさせないわ」


 冷たい空を飛び続ける。

ピクシスにとっては極寒とも言えるものだったが、そんなものは胸の内の暖かな気持ちでいくらでも耐えられた。

今、彼女は確かな愛を感じていた。

この、トカゲの化け物にしか見えない、冷たい鱗に包まれた生物に、確かな愛を覚えていた。

だからこそ、傍に寄り添いたかった。

たとえ肉体的に結ばれずとも、心の内で繋がり合えればそれでいい。

魔人として凍った時の中生きた彼女にとって、彼との暖かな生きた時は、何よりもかけがえのないものになろうとしていた。


 

 そうしてその姿は、直近に当たるエスティア城からも確認された。

夜番の兵が月夜に照らされる巨大な影を見て、その存在を察知したのだ。

普段寝ぼけがちな番兵も、竜の存在にはすぐに背筋を伸ばす。

夜空を舞う古代竜の情報は、エスティア王家を通し、瞬く間に世界中に広まった。

そう、覚醒した古代竜が一匹、世界に現れたのだから。




 翌早朝、コールは緊急性の高さから急遽会議をすることを女王フニエルに提言し、フニエルもこれを重く見て城内要人および炭鉱の管理をしていたラッセルを集めた。


「深夜に地震が起こり炭鉱が崩壊、そして夜の内に現れたという古代竜……これは何らかの関連があると思って間違いないだろうな」


 女王の付く首座の左の席に座るコールが、早速この古代竜と炭鉱に起きた事故とを結びつけ、話題に出す。


「では、コール兄様は、炭鉱の中に古代竜……というのが潜んでいた、と見ているのですか?」

「その可能性は否定できない、という段階だな。ラッセル殿、現地の状態はどうなってるのか把握できているか?」

「それが……現場の者達も深く寝入った中で突然地震が起きたとのことで。私も先ほど見に行ったのですが、炭鉱の入り口から崩落していて、とてもではないけれど中の様子までは」


 女王の不安げな表情、そしてコールからの問いに、ラッセルもまた頬が汗ばむのを感じながらも、現状の報告を淀みなく伝える。

ラナニアで古代竜が暴れまわったことを知っている彼は、今の状況の拙さはよく理解できていたのだ。


「幸い、近場にいた作業員には怪我はありませんでしたが……原因不明とはいえ折角使わせてもらっていた炭鉱が一つ、台無しになってしまったのは残念に思います」

「そちらにとっても今回の件は不幸な事……と言いたいところだが、古代竜が原因とは決まっていない以上、起きた事故の原因追及は引き続き行ってほしい」

「ええ、そのつもりです。ただ、現状私たちのところの作業員だけでは手が足りません。人手をいくらか貸していただければと思うのですが……」


 コールとしても、今回の件はラッセルには非がないこと、と考えてはいたが、起きた事態の大きさから、表向きだけでも必要なことはしなくてはならないと感じていた。

ただ、これが先日見た「あの黒い壁か」と勘づいててはいて、だからこそすぐにでもカオル達と話し合いたいとも思っていたのだ。

そしてありがたいことに、ラッセルから人員追加の求めがくるのだ。

これは好都合と、コールはこれに乗ることにした。


「解った。では女王、私の方から信頼のおける者を選び、ラッセル殿の手伝いの為の人員を手配したい。よろしいか?」

「あ……はいっ、それでいいです。そうしてください。古代竜の方も、コール兄様の権限でなんとか……」


 女王の認可も降りた。

これで話は通る。その場にいる誰もそれに反対の意は唱えないのも、コールにはありがたかった。

状況の拙さが今一把握しきれていないフニエルに、コールは兄の顔で「任せてくれ」と微笑みかけ、立ち上がって配下の者たちを見渡す。


「古代竜の問題については発見の報があった直後に各国に行ったが、引き続き警戒を強めるように各地に通達を! 今のところ国内に他の被害報告はないが、何が起きるか分からんからな」

「ただちに手配いたしまする」

「また、他国で古代竜が出没したという話があったらすぐにでも兵の派兵検討を打診するのだ。事は急を要する、おぼろげな情報でもとにかく人を回すように取り計らえ!」

「承知いたしました。では早速周辺国を中心に始めますか……」

「各地で遭遇戦が想定される、まだ成人しておらぬ者は古代竜との戦いには巻き込まぬようにしろ! 野良ドラゴンと違い、アレは未成年では命を懸けねばならぬ相手になるからな!!」

「若者はできるだけ戦いに参加せず逃げるように伝えますが、それについてはどこまで効果があるか……何せ、血がたぎるでしょうからなあ。とはいえ、やってみましょう」


 矢継ぎ早に対策を配下らに伝えてゆき、配下もそれを心得てすぐに動き出す。

フニエルはそれをぼんやり見つめていたが、ラッセルもまた、見ながらに「すごいな」と、いずれ義兄となる男の采配に感心していた。


(本当なら、彼が王になっていても不思議じゃなかったんだよな……これだけ動けるなら、フニエルが王にならなくても……)


 感心しながらに、自分達の行いには一株の不安も抱いていた。

もっと早くにコールが元に戻れていたら、もっと早くにコールが「自分が王になる」と言ってくれれば。

そうすれば、わざわざフニエルに女王なんてやらせずとも、自分はフニエルと婚約できさえすればそれでよかったのではないか、と。

もちろん鉱山の採掘権の確保やバークレーとの友好、同盟関係などはフニエルの代になったからこそ得られたものかもしれないが、それでも、少しずつ時間をかければこのコール王子とだって、分かり合える日は来たのではないか、と。


 彼は、自分たちがこの国に対し、恩を売る形で介入したことを、今更のように後悔し始めていた。

本来王となれる男を、自分たちの都合で引きずりおろしてしまったのではないか。

そんな、コールに対しての申し訳なさと、このエスティアという国に対しての後ろめたさとがないまぜになった苦い感覚で、コールを見つめていたのだ。


「ラッセル殿、どうかされたか?」


 自分が見られているのに気づき、コールはラッセルの席まで来て向かい合う。

ラッセルも「いいえ」と、小さく首を振ってから笑顔で応対した。


「頼りになる兄上だな、と思いましてね」

「私にとっては重い荷が下りたばかりだからな。ある意味、今の立ち位置が私にとってありがたいのだ。力も活かせる、そして配下のことを慮れる王がここにいる。ならば、やるしかないだろう?」


 胸を張ってにかり、笑いかけてくるコールは、ラッセルから見れば華奢な青年だったが。

それでも、その存在はとても力強く見えていた。

彼が今の立場を望んでいる。

それが伝わっただけでも、ラッセルにとっては救いのように感じられたのだ。

そして、だからこそ彼の頑張りには報いたいと思っていた。


「本国に連絡し、古代竜がどこに飛び去ったか情報の追跡をしたいと思います。どれだけの巨大さかは私にはわからないが、月に映ってそれと分かるほどの存在です、目撃情報があるかもしれない」

「ありがたい。古代竜は東に向かって飛んで行ったようだから、もしやするとバークレーにも何かしら情報があるかもしれんな。幸い我が国とは軍事同盟を結んでいる関係でもある。早速兵を編成して派遣しよう」

「助かります。できれば、何事もなければいいのですが……」


 東に飛び去った古代竜が、自らの国のどこかで大暴れしている可能性もあった。

今はまだ自分の元に情報こそ届いていないが、果たしてそれが全てなのかもわからない。

とにかく、やれるだけのことをやるしかなかった。

古代竜の脅威。それは、決して他人事ではない、人類すべてにとっての共通の懸念事項なのだから。


「ひとまずは貴方が今無事な事、それが一番ありがたい。炭鉱に古代竜が関わっていたのだとしたら、昨日視察中にそれが起きていた可能性もあるのだからな」

「私としても同意見ですよ。貴方に何かあられたら、私も困ってしまう。お互いに、お互いが無事でほっとできるのは、ちょっと嬉しいですね」

「ははは、そうだな。確かにそうだ」


 かつてはコールにとって、ラッセルは許しがたい侵略の尖兵にしか思えなかった相手である。

だが、今の彼にとってのラッセルは、かけがえのない存在のように思えていた。

未だ政治的な関りの都合上、決して心を許しきってはいけないが、それでも。

彼の無事を喜べるくらいには、自分は変わったのだと。

そして彼も自分の無事に安堵してくれるのが、殊の外嬉しかった。

緊急事態である。だが、それでも心の安定には、近しい者との信頼関係構築は無視できない要素となる。

コールは、土壇場でそれが必要なラッセルとの関係構築に成功したと言えた。

これも、今この場にいないカオルを含めた三人での中庭での一件があったからである。


(食えぬ男だ……まさかそれを狙って?)


 本人が意図してのものだったのかはコールにも分からなかったが。

それでも、彼の存在に感謝せずにはいられなかった。



 こうして、大陸中の人類国家に、古代竜の脅威が再認識されることとなった。

この日より人類は、古代竜、そして魔王復活の兆しに、少しずつ、だが確実に怯えを覚えるようになる。


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