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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
13章.エスティア王国編2-リトルクイーン-
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#13.英雄と行く炭鉱ツアー

 翌日、コール王子の動きは速かった。

玉座の間にてフニエルと軽く打ち合わせを済ませた後、ラッセル王子を呼び出し、「炭鉱について気になるところがあるのだが」という出だしから始まり、十分ほど前置きの雑談、炭鉱についてのバークレー側の対策などを語り合った後に、本題に入る。


「――つまり、コール殿は我々の採掘している炭鉱を、直接視察したいと?」

「ああ。話ではフニエルから間接的に聞いていて、我々が古来よりやっていた手法よりも効率がよくなったらしいというのはわかるのだが。我々視点で見てどうなのかが、まだ確認できていなかったからな」

「本当ならラッセル様にお任せするのが一番だと思ったのですが……兄様がこう言いますので……」


 あらかじめ、フニエルから受け取っていた炭鉱の生産効率などを記した報告書を片手に話を進めるコールに、ラッセルは一瞬不安げに眉をひそめたが、フニエルの顔を見て「そうか」と、目を伏せ静かに頷く。


「構いませんよ。ですがコール殿がご自身で視察をするのですか? ご存じかもしれませんが、炭鉱は鉄鉱や金鉱と比べても爆発事故の発生率が高く、危険な場所で――」

「ああ、そうかもしれんが……安全には万全を期しているのだろう? 我々としても、適当な人材を視察に回す訳にも行かん。まだ我が城内は、人材難の状態のままだからな……」

「もちろん安全は徹底していますよ。わかりました。それでは早速そのように手配を――案内も必要でしょうから、僕がご案内しましょう」


 この話自体には何も含みはないが、ラッセルはそれとは別に何かを感じたのか、コールに頼まれるでもなく、炭鉱の案内を買って出てくれた。

それもあって、コールも「ありがたい」と、素直に礼を言っておく。


「出発は速いほうがいいのでしょう? 流石に今決めて今日中に、というのは無理ですが……」

「ああ、そちらの準備が整い次第で良い。ただ、同伴者として、ある程度信頼のおける者を一人、随伴させたい」

「問題ありませんよ。殿下は要人でいらっしゃる。護衛の一人も連れずに城外に出るのは、見栄えにも関わるでしょうしね」


 それが誰になるのかまではラッセルには分からなかったが、コールをして「信頼のおける者」というのだから、相応にちゃんとした者なのだろうと考え、こちらは素直に受け入れていた。

この場においてもフニエルは話し合う兄と婚約者とを目で追うばかりで、会話にはあまり混ざれない。


「僕の方からも、フニエルにお願いしたい事があるんだけど……」

「あ、はいっ、なんでしょう?」


 そうかと思えば、ラッセルが話の区切り目を見て、別の話題をねじ込んでくる。

突然自分に話を振られ、フニエルは驚いたように耳をピン、と立て、必死になって笑顔を取り繕う。


「実は昨日になって、僕のお目付けのブロッケンが、『自分付きのメイドが行方知れずになった』って言いだしてね?」

「まあ! お目付けの方の……すみま」

「フニエル」

「ふぁっ?」


 すぐに「謝らないと」と頭を下げようとしたフニエルに、コールは横から割り込んでその謝罪を止める。

ラッセルも少し驚いた様子だったが、それが必要な事なのだと理解し、見るに任せていた。


「王が、そんなやすやすと頭を下げるものではない。それに、行方知れずになったというメイドがどうなったのか、きちんと調査すべきだ。まずはそれでよろしいか? ラッセル殿」

「ええ、僕としても気になったので、本当に行方知れずなのかどうかを調べてもらおうと思ってたんです。それと、今のところブロッケン自身は不自由していないようなので、後任は要らない、という事で」

「なるほど……という事だが、フニエル?」

「あっ、はい、わかりました。メイドが本当に行方知れずなのか、どうしてそうなったのかを調べるよう手配しますね」

「ああ、頼むよ。ただ、これに関しては僕の目付けにも問題があったのかもしれない。メイドだけじゃなく、色々と城の者には迷惑をかけていたようだから……謝るのは僕の方なのかも」


 まだはっきりした訳ではないけど、と、申し訳なさそうに眉を下げながら。

ラッセルは小さくため息をつき、ブロッケンの日ごろの態度を思い出していた。


「あのような者を目付けにした父上の考えが、僕自身にもよくわからないんだ。確かに父上に対して忠誠心はあるんだろうけど、父上以外に対しては粗雑な面もある男で……もし今回の件がブロッケンに問題があってのことなら、僕は何とかしてあの男を――」

「まあ、その点に関しては調べがついてからで。まだ何とも言えない段階故」

「そうですよラッセル様。ラッセル様がそんなに申し訳なさそうな顔をすると……私も、ちょっと辛いですし」


 立場上上の者ではあるが、ブロッケンはラッセルとは全く異なる国王派の人間である以上、真相を知るコールもわざわざラッセルを責め立てる気にはなれなかった。

そも、日ごろから苦言を呈したりしてその行動を止めようとはしてくれていたのだ。

それを無視し、暴虐を行ったのはブロッケン自身の悪徳のはずである。

婚約者の苦しげな顔は、妹フニエルにとっても辛いもの。

胸元で手をぎゅっと握りしめ、悲しげに眉を下げる妹を見て、コールは「もうこの話を続けるべきではないな」と考えた。


「この話はこれでいいとして。他には何か?」

「いや、僕の方からは何も……」

「では炭鉱の件、よろしく頼みたい」


 これに関してはコールが自分で頭を下げる。

ラッセルは驚いたような顔をしたが、それでいくらかは気持ちを切り替えられたのか。

すぐにキリ、とした顔立ちになり、「解りました」と礼を取り、そのまま去っていった。




「へー、これが炭鉱なのか……初めて見るけど、入り口は結構広いんだなあ」


 数日経過し、早朝、バークレーが保有する『グレア炭鉱』前にて。

カオルらは、いつもと違ったいでたち(・・・・)で集まっていた。

カオルのほかにはコール王子、そしてラッセル王子。その他ブロッケンが寄越したのだという、バークレー側の護衛が二人。

カオルらはあらかじめ「安全対策の為」と用意された保護帽を被り、底に分厚いゴムが塗られたブーツを履き、他の作業員たちが集まるのを見る。


「複数人が入れるようにしてあるからね。小規模なところだとぎりぎりトロッコが入れるくらいしかなかったりするよ」


 炭鉱の入り口には、カオルにも見覚えのある金属製のレールが敷かれていて、これの上を木製の運搬台車――トロッコが手で押され進むようになっていた。

これが二台すれ違えるくらいなので、この鉱山の横幅はそれなりに広い。

それだけ採掘作業に注力しているという事にもなるのだろうが、作業員たちの人数も、その場に集合しているだけで100人を超えていて、この鉱山前は、ちょっとした街の広場のようだった。


「ああやって毎回炭鉱夫が集まって、事前に作業確認をしているのか」

「ええ、ああする事で作業員の作業に対しての意識が毎日更新されて行って、目的意識が育ちやすくなるんですよ。惰性でやるとどうしても進捗管理が適当になりがちですからね。毎日きっちりやっているのです」


 コールとしても、自国の炭鉱は見たことがあっても、他国に管理権を預けた炭鉱の様子は初めてだったので、そこで働く炭鉱夫らの様子は新鮮に映っていた。

そこに集まるのはほとんどが猫獣人だったが、ちらほら、バークレー側の炭鉱夫なのか、人間の姿も見られる。


「あの人たちって、バークレーの?」

「そうだよ。僕が本国より呼び寄せた炭鉱作業のエキスパート達さ。地元の炭鉱夫達だけだとどうしても効率や安全対策が問題になっていたみたいだからね。専門家に任せることにしたんだ」

「なるほどな……ではあれは?」


 炭鉱夫らの集会を見ていると、先頭に立った人間の男が「それではいつもの運動を始める」と声高に叫び、それに合わせ猫獣人らも眠い目をこすりながら間隔をあけて並び直した。

何が始まるのかと思えば、背伸びから始まり、屈伸や前屈などの事前運動である。


「ああする事で身体が動きやすくなって、結果的に事故が減ったりするらしいですよ?」

「ラジオ体操みたいだな」

「ラジオ体操……?」

「ああいえ。その、運動する前に体を軽く動かすと、それだけ怪我が減るっていう奴で……そっか、こういう時に役立つんだなあ」


 つい口に出てしまった事を言い繕いながら、向こう(・・・)にいた時のことを思い出す。

いつも運動のたびにやっていた準備運動。

やりながらいつも「こんなことやっても意味ないだろうに」と思っていたが、実際にはそれは大切なものだったのだと、今気づいたのだ。


「ああすると、怪我が減るのか?」

「みたいっすよ? 俺も子供のころにはよくやっていました」

「そうなのか……あれ自体は戦時中、我が国に来た異世界人が伝えてくれたものらしいんだけどね。トロッコの技術ととともに」

「異世界人が、な。なるほど、道理で馴染みがない訳だ。トロッコに関しては我が国にも伝わっているが……これは共通の技術なんだろうか?」

「どうなんでしょうね? 結構各地で共通した技術ってありますけど、同じ世界から来た人が、その世界では誰でも知ってる技術として遺してくれたのかもしれませんね。紙の効率的な擦り方とかはそうでしたよね」

「ああ、紙は本当に革新的な技術だったらしいな。私も幼少の頃、書物にそう書いてあったのを読んだ」


 この世界の歴史は、異世界人によって進歩してゆく技術とともにある。

この世界の技術レベルでは自力開発が難しいことも、異世界からの技術が伝わることで進歩し、それが可能になったりする。

だから、国家は異世界人を重用することが多い。

それがどの方向で役立つ技術なのか、また異世界人がどんな技術を持った者なのかは完全にランダムのようで、だから国家ごとに差異が生まれ、個性が生まれやすい。


「我が国は、その異世界人たちのおかげで今日炭鉱国家としてそれなりの地位を保っていますからね。金や鉄鉱だけはどうにもならないのですが……商業以外の強みがあるのは、大国相手でも重要でしょうから」

「我が国も鉱山金山は多いが、それ以外の強みをいい加減持ちたいところだ……だが、商業発展を狙うにはいささか立地が、な」

「商売のためにわざわざ山を切り崩した国もあるようですが、そうまでしなくともこの国から採れる金や鉱石類は石炭とは比べ物にならないくらいに貴重なものですし……稼ぐ気なら下手な商売より儲けられると思うんですけどね」


 だが、その貴重な金や鉱石を活かせないくらいに、この国の商売は下手すぎる。

ラッセル自身は、それはフニエルの傍で見ていてよくわかっていたが、コールがそれを多少なりとも理解しているのもわかっていたので、あえて口には出さなかった。

代わりに、視線をカオルへと向ける。


「――それにしても、コール殿の仰る『信頼のおける者』が君だったとはね。いや、城を出る時に見はしたけどさ。確かに信頼は置けるけど」

「ははは、まあ、元々力仕事とか、危険なところに使う為に登用された面もありますからね。頼られるの大歓迎ですよ」

「彼とはあれ以来直接話す機会があってな。中々面白い経歴の男だったので、役に立つと思って連れてきたのだ」

「なるほど……そういえば、グリフォンが最初、別方向に飛んでいったように見えましたけど……」

「自分で操るのは久しぶりだった故、いささか操作を誤ってしまったようでな。いや、お恥ずかしい。全く別の方向の村に向かってしまい、急いで戻ったのだが……改めて、待たせて申し訳なく思う」


 もちろんこれは嘘で、キューカをホッドまで送り届けていたのだが、これに関してはラッセルには知らせずにいた。

ただのグリフォン操作によるミス、という事にしておけばラッセルも「そうですか」としか言いようがない。

カオルも素知らぬ顔で「ちょっと驚かされましたがね」と、それを楽しんできたかのような顔をしていた。


「そんなにお気になさらず……しかし、あのグリフォンという生き物、本当にすごいですよね。僕も何度か利用しましたが、空を飛べて重量物を運べるなんて」

「ああ、採掘された石炭や金などは、あのグリフォン達によって国境のラグナスに送られるのだ。そうしてそこから牛車(ぎっしゃ)で各地に運ばれるのはおなじみだとは思うが」

「これが他国でも飼育できれば馬車要らずになりそうですけど……寒いところにしか住めないんでしたっけ? ああ、もったいないなあ!」


 ラッセル視点で見た場合、何よりエスティアで特徴的なのは、移動や流通の手段として確立されているグリフォン輸送便である。

国家が運営するこの流通サービスは、国中のあらゆる集落に存在し、国民は比較的安価に、かつ安全で迅速に村々を移動することができる。

この鉱山にも、入り口付近にグリフォンの牧場が存在し、そこでは小さな雛が飼育されている他、輸送に使われるグリフォンたちが羽休めしていたのを目にしていた。


 空を飛ぶことができ、馬車とそう大差ないレベルの輸送が可能で、かつ高度な自衛も可能な高速移動手段。

街道を進ませるならば軍馬として使われるスレイプニル種のほうが速かろうが、山だろうが谷だろうが無視して直線で進めるグリフォンは、間違いなく最優の輸送手段と言えよう。

その分だけ飼育に必要なスペースが馬以上に必要だったり、飼料の確保に手間がかかったりしている他、暑さに対しての耐性が低い点や、山岳地帯以外では飼育できない点などがネックになっているようで、山岳国家たるエスティア以外には全くと言っていいほど普及していない。

これが、ラッセルにとっては嘆かわしかった。


「なんとか品種改良とかして、平地でも飼育できるようにならないかなあ……ああ、あの輸送手段、欲しい」

「まあ、平地なら馬を使えばいいだろうし、別にコストが安い訳ではないからな……飛行できるというのは確かに強みではあるんだが」

「強すぎますよ。少なくとも賊や魔物に襲われるリスクが激減しますし、なんなら嵐や地震で街道が寸断されてても問題ない訳で……エスティアでしか使えないのがもったいないくらいです」


 カオル自身使っていて「早いしでかいし確かに便利だな」とは思っていたが、ここまで考えていたラッセルには驚きを感じていた。

やはり、彼は自分の目先でしか考えられなかったのだ。

そうしてラッセルは、広いものの見方で、グリフォンの有用性を明確に見抜いていた。

知性とは、知識とは、やはり教育によって積み上げられていくものなのだ。


「やっぱり王子様の考えることはすごいですねえ。俺なんか、ただただ『便利だなあ』ってしか思わなかったけど。実際にはそれくらいすごかったなんて」

「まあ……本来は内政に関わる部分だから、兄上のほうが得意分野とするところだけどね。でも、他国のこういう、自国にない文化を目にすると……『自分のところで役立てられたら』っていう気持ちになることが結構あるんだ。だから僕は、外交を任せられて正解だったと思ってるよ」

「私も、ラッセル殿がそこまで考えてらっしゃったのは意外であった。いや、バカにするつもりはないが、グリフォン一つでそこまで考えが及ぶなど、私にはできなかったからな」

「近すぎるものほどそうなりやすいですよね。僕自身、自分の国のことは国を出るまで周りからどんな風に見られているか分からなかったですから……」


 結果としてそれを知ることができた。

それ故に、ラッセルは人として成長できたのだ。外交の徒としても。

それは、彼に、国に執着する以上の、『自由』という概念を植え付けた。

コールは、ラッセルがそのような経緯で幅広い見識を身に着けたのだろう、と察し、「彼もまた、ひとかどの人物になろうとしているのだな」と認める気になった。


「貴方は、そのままでいいんだろうな」

「はい?」

「いや、なんでもない。それよりもそろそろ中に案内していただきたい。炭鉱夫らも続々と入っていっている」

「そうですね。では私たちも……足元はどうかご注意を」


 独り言のようにつぶやいた一言だったが、ラッセルが反応したため、思わず話を逸らしてしまう。

本当なら、もっと語り合っていたかったのだ。コールとしては、ラッセルの、王族としての気持ちをもっと聞かせてほしかったのだ。

だが、彼はそのためにここにいるのではなく、あくまで炭鉱を探索するための案内役としてここにいた。

コールもまた、『炭鉱の奥に眠る宝』とやらが何なのか探るためにここに来たのだ。

話を進めなければ何も始まらないと気付き、話は進む。



 炭鉱の中に入ると、サンサンと輝く陽の光はすぐに絶たれ、薄暗い闇の世界が広がってゆく。

ラッセルの護衛の二人が先だって歩き、その足元をカンテラの心もとない光がゆらゆらと照らしていた。

靴先で確認するようにゆったりと踏みしめる音が、炭鉱奥から響くカツン、カツンというツルハシの音にかき消される。


「この坑道は、開坑そのものは50年前に始まったものらしいけど、最初のうちは野放図に掘られることも多くて、鉱山事故が多発したという話を聞きます」

「私が幼いころにも、ここに限らず様々な場所で事故が頻発していたとは聞いた……しかし、そんなにも問題になりやすいものなのか?」

「ええ……適当に掘り進めると、当然ながら天盤が落下する『落盤事故』が起きやすくなりますし、石灰の粉塵が飛び散って、ちょっとした衝撃で飛び散った火花が引火して、『粉塵爆発』が発生することも多かったようです。後は発生したガスによる窒息や火災なんかも問題でしょうか……何せ炭鉱では、周囲の壁や地面から燃えるものがゴロゴロ出てくるわけで」


 燃えるものには事欠かないのが、炭鉱の最大の特徴である。

金山をはじめとする金属鉱山ならば、出るのはガスや有毒な鉱物程度だが、炭鉱に関してはあらゆるものが鉱山事故につながりかねないリスクの塊となっている。

それらのリスクと相まって、猫獣人のマイペースさが問題になっているのだろう、と、ラッセルは分析していた。


「……今は?」

「一応僕らの管理してる炭鉱に関しては、リスク低減のために様々な対策を取っています。例えば、ここの横穴のように――」


 コールの問いに、ラッセルは壁の横の小さな穴を指さす。

人一人ぎりぎり通れるサイズの小さな穴が、この坑道と並行するように開いていたのだ。


「通気口を作ることで坑内の換気をしやすくし、ガスの滞留による窒息の防止や粉塵を減らすことが可能になっています」

「しかし、鉱山火災の際には全て封じるのが鎮火の最たる手段だと聞いたが……?」

「そうですね。ですが、この通気口はいざという時の最後の逃げ道でもありますから……出口は多いほうが、脱出はしやすいでしょう?」

「非常口としても活用するわけですか。そんで、脱出し終わったら塞ぐ、みたいな」

「そうなるね。今までだと出入り口が一か所しかなくてそこが落盤とかで塞がると、火災時には死ぬしかなくなるんだけど、これのおかげで一応、逃げる余地が残されてる分だけパニックも起きにくくなってる」


 あくまで非常口として使うのは最悪の事態の為ではあるが、パニック防止は鉱山作業員達にとって非常に重要なポイントであり、バークレーの炭鉱夫らはその点をよく理解していた。

安全に作業できること、いざという時にきちんと逃げ道があるという事は、安心して作業に専念できるという強力なメリットを生むことにもつながるのだ。


 続いて、ラッセルが頭上を指さす。


「落盤事故を防ぐために、多少生産効率は落ちるんですけど、炭柱って言って、坑道の周囲を掘らないようにすることで天盤を抑えさせて防いだりもします。天盤は、従来の手法だと板などで押さえつけていたんですが、これだけでは心もとないですからね」

「なるほど、必要以上に掘らないことで落盤を防ぐことができたか……しかし、トロッコがすれ違えるだけの範囲を掘り進めるとなると、それだけでは厳しいのでは?」

「そうですね。ですから、あんな風に――」


 トールの問いに答えるため、ラッセルは坑道の先、線路の分岐点へと視線を向ける。

一同、視線がそちらに向いた。


「――トロッコが通れる道は確保しつつ、線路と線路の間に炭柱を残しておくんです。こうする事で、落盤が防げます」

「分岐を作ってその間に柱を残すのか……分岐だらけになりそうですねえ」

「実際分岐だらけだと思うよ? 主要な堀り穴……切羽(きりは)っていうんだけど、これがあるところはトロッコが入れるのに対し、枝になっている切羽はトロッコが届かなくなってたりする。そういうところだと、荷車とか使って石炭を運ぶんだよ」

「本で読んだだけでは分からんことばかりだ。やはり、実地で話を聞くのはとても重要なのだな……」

「まあ、僕自身毎度毎度炭鉱に入ってる訳じゃないし、大半は専門家達の受け売りなんですけどね。それでもガイドとして役に立てれば」


 流ちょうに説明してくれているので、ラッセル自身が専門的な知識を身に着けているのかと思ったが、たとえ受け売りだったとしても、それだけわかりやすく説明してくれたのだから、コールも「大したものだ」と素直に褒める。

それを聞いてラッセルは照れ臭そうに笑うのだ。どことなく、幼さを感じるしぐさだった。


「それじゃ、奥の方に行きましょうか。実際に掘ってるところを見てみましょう。こちらに――」

「ほう、いよいよ採掘作業が見られるのか。楽しみだな」

「なんかワクワクしてきましたよ」


 鉱山は、カオルにとっては不思議と子供心を思い起こさせる、そんな場所だった。

別に馴染みがある訳でもなく、親しみを感じるわけでもなく。

だというのに妙にワクワクするのは、やはり炭鉱の中を進んでいくのが、なんとなく幼いころ、秘密基地を作ろうとしていた頃の自分に似ていたからか。

コールもコールで、本来の目的とは別に、初めて見る炭鉱に心が沸き立っているようで、どこか楽しげであった。




「はっ、はっ! ふんっ!」

「ふぁっ、ふっ! おりゃぁっ!」

「ふっ、ふっ、ふっ……ふぉぁっ!」


 カキン、カコン、と、ツルハシが炭層へと叩きこまれ、少しずつ崩れてゆく。

作業しているのは大半が猫獣人の炭鉱夫達だったが、口元を覆い隠すように布を巻き、息を荒げながら正確に一撃、二撃と炭を崩してゆく。


「ここが最寄りの切羽ですね。空気が悪いので、口元を覆ってくださいね」

「ああ……こうやって崩してるのか」

「それで、崩した炭を、トロッコに積む、と」


「よいしょ、おいしょ……ほいっ」

「よし、いくぞ……うわああああああああああっ!!!」


 やっていることは単調で、ツルハシを持った炭鉱夫が炭を崩し、それを運ぶ役の者がトロッコに荷積みし、それが山積みになると、トロッコの傍に立っていた者が手押しで運んでいく、というもの。

非力な猫獣人にはこのトロッコを押す作業がかなり大変らしく、絶叫めいた声を上げながら汗水を垂らし押していくのが見えた。

そうこうしているうちに、次のトロッコが戻ってくる。


「ほいよお待ちっ」

「うっしゃ、おっしゃっ」


 トロッコを運ぶ役の者は、トロッコに山積みにされるまでは何もしない。

ただひたすら休んでいた。だが、今の手押しの様子を見れば、「それだけ大変な作業なのだ」というのはよく分かった。

人間のカオルから見ても大変そうな作業なのだ、人間より非力だと言われる猫獣人では、一度運ぶだけでくたくたなのだろう、と。


「えっさ、ほいさっ」

「えっさ、ほいさっ」


 坑道の奥の方から聞こえるのは、威勢のいい若い男たちの声。

まるで歌のようにテンポよく、カキン、カキン、というツルハシの音とともにその声は炭鉱に響く。


「最先端は精鋭が掘ってるらしいから、あんな感じでテンポよく掘られてるみたいです」

「なるほど、息遣い一つとっても、エキスパートがやるとそこまで違うものなのか」

「まあ、それ以外の人には自己のペースでやってもらってますよ。無理なく、確実にやってくれればそれだけで効率は出ますからね」

「ありがたいな……猫獣人の炭鉱夫にそれを求められても、ちょっと厳しそうだからな」


 目の前の炭鉱夫らも頑張っていないわけではないが、そのペースは奥の方から聞こえてくる音と比べ、明らかに遅い。

叩いてから振り直すまでの時間が遅く、汗が流れればそれを拭き、とやっているのが遅れている原因だろう、とコールは考えるが。

単にカオルは「あの筋肉じゃちょっときついよな」と、炭鉱夫らの身体付きに目が向いていた。


 いずれもやせ型で、背はそれなりに高い者も多いが腕にも肩にもあまり筋肉がついておらず、その所為で少しの作業で疲れてしまうのだ。

カオルは似たような人をオルレアン村で見ていた。ポットである。

今でこそそれなりに筋肉をつけていたが、最初のころは本当にみている方が情けなくなるくらいにヒョロヒョロであった。

まさにそんな感じの男たちが、ツルハシを手に必死になって掘り進んでいるのだ。

カオルは、彼らが手を抜いているとは思わなかったが、「どう見ても向いてないよなあ」と思ってしまった。


「あの人たちって、別に罰でやってる訳じゃないんですよね? その、悪いことして、とかじゃなく」

「そういう者もいないとは限らんが、そういった者は我が国の鉱山で働かせるだろうから、ここにいるのは理由は別としても望んで炭鉱夫になった者ばかりだと思うぞ?」

「……そっすか。望んで」


 望んで炭鉱夫になるような男たちが、村で見たようなヒョロっとした人と大差ない人たちという絶望。

これがスタンダードというのは、労働力という観点でかなり問題があるのではないか。

明らかに向いていない人たちを使って効率が出ないのは仕方ないのではないか。


「こういっちゃなんですけど、あの人たち、もっと他に向いた仕事とかないんですかね……」

「それは……いや、それを作るのが国の役目かもしれんが、現状ではちょっとな」

「主要産業が鉱山からの資源獲得だから、地元の人がそれに従事するのが一番その地元にとって儲かるはず……なんだけどね、本来は」


 カオルの質問は、コールにとっては痛いところを突かれたようなものであり、ラッセルにしてもなんとも答えに困る、難しいものであった。

はっきり言うならば、猫獣人に鉱夫は、労働力としては全く向いていない。

非力だしマイペースだしで作業能率は低く、休憩時間も人間の倍近く取る。

その分給金は生活できる最低限もらえればいいという者も多く、人間の鉱夫と比べ三分の一から四分の一程度で済む。

流石にどれだけ有能な人間の労働者でも猫獣人三人分の労働力にはならないため、一応は元は取れている形になる、が。

欲を言うなら、全部人間の労働者で占められた方が効率がいいのは言うまでもなかった。


「まあ、あくまで現地の人の力を使ってやるなら、今の効率が限界だとは思うよ」

「無理させて怪我させたら大変そうですもんね……保障とか」

「そういう事だな。効率に関しては、人力が関わる以上どうにもならん部分は多いと思う。その分を、別の工夫で賄う他なかろう」

「ただ、猫獣人がダメっていう訳ではなくて、例えば鼻が良かったり耳が良かったりするから、些細な異常にすぐに気づいたりするのは強みでもあります。この炭鉱ではガス漏れ探知では小鳥を使っていますけど、それまでは炭鉱夫が自力で気づいて危険を回避してたわけで」


 この点に関しては、猫獣人の危機探知能力は人間よりはるかに優れていた。

耳がいいため、落盤の前兆となる天盤の(きし)み音に気づきやすく、鼻のよさのおかげで異臭にはすぐ気づける。

疲労度とともにそれらが低下していくとしても、生まれながら備わった能力であることには変わりなく、この点だけはラッセルは手放しで称賛していいと思える点だった。


「何せ城内の離れた部屋にいても僕の声を聞きつけるくらい耳がいいようだし、ガス探知はともかく耳の良さを活かした落盤回避は今でも重要度が高い能力だと思うよ」

「なるほど、全く向いていない、という訳ではないんですね。腕力だけで考えちゃダメなんだなあ」

「複合的な能力が求められる場所だからな……ただの力自慢ばかりではいかん、という事か」

「そういう事ですね。だから僕は、たとえ人間の労働者を増やせても、一定数は猫獣人の労働者を入れたいと思いますよ」


 それだけで安全性が跳ね上がる。

たとえマイペースでも、昼寝時間が長くても、安価で雇えて一人いればより安全性を高められるなら、それは必要な人材になりうるのだ。

カオルは、猫獣人の炭鉱夫らを見て、自分の価値観だけで語ってしまったことを恥ずかしく思った。

物事は多面的に考えるべきこと。

一方向だけではダメなこともあるのだ。様々な角度から見なければ、こうした場では危険も生まれるのだから。


(俺もまだまだだなあ。生きてて、こんなに色々学べるなんて)


 学ぶことの多さ。

人生これ学習とは誰が言った言葉だったか。

それすら思い出せないままだが、カオルはただただ、「考える事って大事なんだな」と、改めて痛感した。

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