#12.キューカ救済
「――なるほど、あの男、裏でそのようなことを……」
深夜、コール王子の部屋にて、一同は集まる。
部屋の中心に置かれた椅子の上では、一人怯えたように身をすくませるメイドが座っていた。
ベラドンナが連れてきたブロッケンのメイド、キューカである。
結局あれから、ベラドンナはコール王子を頼り、ここにキューカを匿わせていた。
サララもカオルも仕事中とあっては他に彼女を匿う場所もないためやむなくだったが、コール王子はそれを承諾。
幸い彼女がいなくなったことには誰も騒いでいないらしく、何事もなくこの時間まで経過した。
そうして今、コール王子を中心として、カオル、サララ、ベラドンナによる『フニエルを支える会』が開かれていた。
第一にベラドンナからの報告として、ブロッケンの部屋で起きた一連の出来事が伝えられ、面々は苦々しい顔をしていた。
「ブロッケンの後ろにいるバークレー王……そして彼と協力関係にある『ピクシス』という女……『炭鉱』に一体、何が眠っているというのだ……?」
「ブロッケンが焦ってる理由ってのはバークレー王の余命がそんなに続かないかもしれないからなんだろうけど……勇者の足止めをするってのは、何か……」
わざわざ勇者に来られては困るようなことをするつもりなのか。
となると、勇者と敵対する存在……魔人が関わっているかもしれないと、カオルは考える。
先に話したコール王子も同じ事を想像したのか、神妙な面持ちで頷きながらメイドを見た。
「キューカといったか? お前も災難だったようだが……何か知らないか? わずかでもいい」
「ひっ……ひゃ、ひゃい……申し訳、ございません……」
メイド服のままのサララが隣に立ち、髪をそっと撫でてやりながら「落ち着いてください」となだめるが、キューカは未だ目の端に涙を湛えたままで、まともな応答ができる状態ではなかった。
一連の心が折れるような暴虐に加え、一時は床に粗相をしてしまうほどの恐怖に追いやられたのだ、無理もない。
コールもそれ以上問うことはせず「困ったものだ」と息をつき苦笑した。
「ベラドンナさんが助けに入ってくれたからよかったですけど、相手国のお城のメイドにこんなことをした時点で普通なら永久追放されてもおかしくないくらいの暴挙ですよ? 嫁入り前の娘の顔を蹴ろうとするだなんて……」
「バークレーじゃそれくらいするのが当たり前って事かね? 少なくとも、国王派はこれが普通くらいの認識なのかな……だとしたら胸糞悪いってもんじゃないが」
同じ女性のサララにしてみれば断固許すまじという扱いの悪さ。
カオルから見てもあり得ないくらい酷かったが、ラッセルとの会話を思い出せばそれだけに「王子がどれだけ頑張っても、王様たちがこれじゃなあ」と、呆れのほうが強くなっていた。
「息子がしてることに泥塗って回ってまで、一体何をしようとしてるんだか……」
「兄様、なんとかしてブロッケンだけでも追放できませんか? これじゃキューカさんが彼の担当を外れても、結局は別の誰かがひどい目に合うことになりそうで……」
「私としてもそうしたいところではあるが、そうなると今度は……ベラドンナのしたことが問題になってくるな」
部屋の中央に座るキューカは、ベラドンナに対し恐怖を抱いているらしく、ベラドンナも気を遣って部屋の隅っこに立ったままだったが。
コール王子の視線が向いたのを感じてか、「私ですか?」と首を傾げた。
「これはあくまで想定の話だから、そうなればよかったという訳ではないが――このキューカが、実際に顔面を蹴られ血まみれにでもなれば追い出す口実は得られただろうが、実際にはベラドンナが助けた事によって、世間的には行方知れずになった、という扱いになる訳でな?」
「なるほど、私が洗脳すると言って連れてきてしまった手前、キューカさんを公の場に出す訳にもいかない、と」
「うむ。つまり、ブロッケンのやったことの証拠がどこにもない、という体で考えなくてはならなくなるわけだ。我々はな」
一般に、悪魔と関りがある、などというのは明らかに怪しげであり、後ろ暗い何らかの陰謀を抱いている危険人物と見られても不思議はなかった。
コール王子も初見でそれを疑ったほどに、悪魔という存在に対しての人間側のイメージするものはマイナスなものになるのだ。
だから、ブロッケンとしてもそんな存在と関りがあると明るみに出るのは困るだろうが、コール王子側としても、それが知られるのはまずいのだ。
ベラドンナを証人とすることは難しい以上、今回の件でブロッケンを排斥するための根拠が得られない。
「別の方法で排除するのが妥当だろうな。被害を出す前提なら、やはり同じようにメイドなり従者なりを配置して、暴力を振るわせそれを理由に、という手もあるが……私としてもそれは避けたいし」
「当たり前です。被害者を減らせなければ、何のためにベラドンナさんがキューカさんを助けたのかわからないですもんね。これ以上同じ被害を増やすわけにはいきません」
「ま、そうだよな。となると後は……黒幕の『ピクシス』っていう女が関わってるっていう、『炭鉱の奥の宝』か」
それが何を示すのか。
カオルたちにはわからなかったが、現状唯一直接関与できそうなのがこれしかなかった。
そこにあるのが本当に財宝の類なのか、あるいは宝と形容するような何かなのか。
場合によっては宝ですらない、人類にとって多大な悪影響を及ぼす何かかもしれないが、見てみなければ始まらない。
「さっきのベラドンナの話だと、炭鉱の権利ってもうバークレー側が握っちゃってるの?」
「ああ、バークレー側が欲しがったのは主には金鉱と鉄鉱だが、中には炭鉱もあったな……炭鉱くらいはバークレーにもあるはずだが」
「金鉱や鉄鉱がある国は限られてますから、これらが宝というならわかりますけど……炭鉱を宝とは呼びませんよね、少なくとも今の時代では」
少なくともそこで採掘できる産物が宝、という線はないという事。
つまり、何か他とは違うものが埋まっているか、隠されているという事。
「『ピクシス』がどんな奴なのか分からない以上、炭鉱を直接見に行くのが一番かもしれないな……見に行けますかね?」
「バークレーが握っているなら我々の権限で入る訳にも行かんが、ラッセル王子に掛け合ってみればあるいは」
「でも、ブロッケンが妨害してくるかもしれませんね。もし火薬とか仕掛けられてたら、地形上逃げられませんよ?」
「邪魔されないように手を考える必要がある、という事か……うーむ」
目の前は間違いなく広がった。
取るべき行動は見えてきて、選択肢も浮かび始めた。
だが、考えなしに実行に移せばまだ失敗する可能性もあった。
それが事前にわかるだけ、今の状況は恵まれているが……これだけの面子がそろっていても、やはり上手くやらなければならないのは一緒だった。
「では、私が見に行きましょうか?」
「ベラドンナか……確かにそうしてもらえれば楽だけど、今はブロッケンが何をしでかすのかが気になるしなあ」
「ベラドンナさんにはブロッケンを監視しててほしいですよね。そうすれば、何か変なことをしてても察知しやすいですし」
「怪しい動きをしたときにすぐ兵を向けられるなら、そのほうがいいに決まっているからな……」
ベラドンナは便利枠ではあるが、万能ではない。
単独で動かせる範囲は限られているし、重視するものが何かを見極めなければならない。
宝というのが本当にただの財宝だったなら、そしてピクシスが単に勇者嫌いの強欲な女だったなら、そちらに向かうのは単なる肩透かしになりかねない。
そうこうしているうちにブロッケンが怪しげな行動でもとれば、カオルたちは察知に遅れ、みすみすそれを成功させてしまう事すらあり得るのだから。
ベラドンナはブロッケン係にしておくべきだと、三人は認識していた。
「よし、危険ではあるが、炭鉱には私とカオルとで向かおう」
「兄様とカオル様が……? ですが、大丈夫なのですか?」
「俺は何かあっても死んだりはしないだろうけど、コール王子は……」
「だからと、カオルだけを送る訳にも行くまい? どういう調査の名目で、コックが単独で入り込むつもりなんだ?」
カオルもサララもコールを心配したが、コールの指摘には二人とも「確かに」と頷かざるをえなかった。
確かにカオルは力仕事も期待されて城に入れたが、別に何かの権限がある訳でもなければ、炭鉱についての知識がある訳でもない。
手伝うにしたって素人もいいところで何の役にも立たないのが目に見えていた。
これでは理由の一つも作れないだろう。
「私がラッセル王子に交渉し、ラッセル王子に案内してもらう形でいければ、暗殺の危険性も減るのではないか。ブロッケンにしてみれば厄介だろうが、私はともかくラッセル王子には、まだ死んでもらっては困るだろうからな」
「まあ、ラッセル王子が死んだらバークレーとの関係も終わるだろうしなあ」
「それだけは防ぎたいでしょうしね」
「そういう事だ……では、今後はその方向でまとめるとしよう。あとは……」
当面の行動は決まったとして、問題となるのは匿ったキューカである。
行方知れずという事になった以上、城にいつまでも置くのも問題となろう。
だが、人を隠し続けるのは意外と難しいもの。
どうしたものか、と、コールは顎に手をやり思案する。
そこで、サララが手をキューカの手を握りながら「実は」と話を切り出す。
「私たち、ホッドの村に拠点を作ってまして。救護院なのですが、旧知の方との繋がりでお世話になってたんです。お城に入ることになったのはお手紙で伝えてあるんですけど……そこなら」
「なるほどな。ホッドならグリフォンを使えばすぐだ。ではキューカよ。しばらくはそこで世話になるのだ。事態が落ち着き、お前自身が戻れる環境が整ったなら、その時に迎えをよこそう」
「……ね、キューカさん。貴方にとっては突然のことばかりで困惑もあるでしょうけど、今は貴方のために、お城から逃げませんか?」
結果的に、何のために用意したのかわからない拠点は役に立つことになる。
キューカも戸惑ったように視線をうろうろさせていたが……隣に立つサララの労わる様な言葉に、そして優しく握られた手に、幾ばくかの落ち着きが取り戻せたようだった。
「あの……はい。よろしく、お願いします」
「はい! 任せてください。こう見えてもサララは人助けのプロですから!」
胸を張って人助けする。
それは本来カオルのすることだったが、今はもう、サララも同じ気持ちだった。
この国は、サララにとっての祖国なのだから。
自国民くらい、愛する人と同じように心から助けたいと願うのだ。
「サララ……どこかで見たと思ったけれど、もしかして……」
「あはは、まあ、気にしなくていいですよ? 今の私は女王付きのメイドですから。そういう事にしておいてください」
「は、はあ……」
「では、炭鉱を視察する際にこのキューカを城の外に出し、サララの言っていた救護院とやらに連れていく、と」
「そんな感じの流れっすかね」
「それでいいと思いますよ。それまでは私の部屋で匿いましょう。いくら部屋が広いと言っても、兄様の部屋に女の人をずっと置いておくわけにもいきませんしね」
それは流石に可哀想なので、と、またキューカの髪を撫で始める。
撫でるだけでなくさわさわと弄り始め、どこから取り出したのか、櫛まで手に持ち梳かし始めた。
「あ、あの……?」
「ああ、ごめんなさい。綺麗な白髪だなぁって思って……混じりけなしの真っ白なんて珍しいじゃないですか」
「そういえば、猫獣人って結構色んな髪色の人いるよな。俺が世話になってる先輩も黒と茶が混じったような色合いだったし」
人間のカオルからしてみれば、見慣れたサララやコール王子のように混じりけなしの黒髪が多いのかと思いきや、実際には茶系や白混じりの色合いの髪色も多く、老いも若きも人間の国にいたのでは見られないような配色が結構多かったように感じられたのだ。
キューカの総白髪も、人間的にはお年寄りがなるような色合いなので、これが若い女性の髪色というのがちょっとした驚きでもあった。
「髪色ってかなり個性出ますからねえ。王族や貴族みたいに同系統の血が濃いと同じ色で統一されやすいんですけど、そうじゃないと大体の場合混じっちゃうんですよねえ。だからかなり年配の人の白髪は別としても、猫みたいな色合いになりやすいんです」
「三毛猫みたいな髪色の人いるもんなあ。なるほどな、って事は、キューカってかなり珍しいのか?」
「かなり珍しいですねえ。王族も貴族も基本黒系ですし、白だけで混じりけなしって実はかなり貴重なんですよぉ? そして、髪色の純度が高ければ高いほど――」
「高いほど?」
焦らして言うサララに「もったいぶりやがって」と内心苦笑していたが、合わせるようにそれを待つ。
「純度が高いほど、美人という扱いになる。あくまで猫獣人の間では、な」
そして満を持して言おうとしたサララの鼻先をかすめるように、コール王子が説明してしまう。
サララは一瞬「あっ」と、唖然としたような顔になっていたが……兄に見せ場を奪われたような気持になり「ずるいずるい」と涙目になって唇を尖らせた。
「もう! 兄様が言ってしまうのはズルいですよぉ! せっかくサララが説明してあげてたのにぃ!」
「お前のその回りくどいというかもったいぶる説明の仕方は、男視点では正直面倒くさいのだ。お前自身はかわい子ぶってるのかもしれんがな」
「うぐ……べ、別にかわい子ぶってるわけでは……ち、違うんですからねカオル様っ? そういうつもりじゃ――」
「……まあ、結構猫被ってるからな、サララは」
「なっ!?」
別に今更、というのがカオルの感想であった。
サララは基本猫を被る。
それがなんでなのかは分からないが、結果としてそれがうまくいくこともあるし、傍から見ていても悪感情を抱くことはなく、むしろ「要領いいなあ」と感心するほどなので、別に恥じることでもないと思うのだが。
当のサララはあんぐりと口を開いたかと思えばパクパクと開いたり閉じたりし、ピン、と耳を立て、わなわなと震えていた。
「――兄様っ!?」
「いや、すまん……その、余計なことを言ってしまったようだ」
――好きな人に、自分がいつも猫被ってるのがバレバレだった。
それは乙女にとってどれだけのショックだっただろうか。
本人が隠せていると思っていただけに、生半可なものではなかったはずで。
これにはコール王子も笑いを隠せなかったが、同時に同情も覚えていた。
「まあ、キューカが猫獣人視点で美人だっていうのはわかったよ……人間視点で見ても十分美人だけどな」
「そ、そう、ですか……?」
「他の国で見る様な美人さんと比べてもそん色はないでしょうね。お城としても、ちゃんとこういう美人さんを傍付きとして回したんですから、それだけ気を遣ってたって事でしょうし」
「……でも、私はいつも、『駄猫』『無能猫』と呼ばれ蔑まれていましたが……人間の方から見ると、醜悪に見えていたのでは……」
「いや、かなり美人さんだって。サララの前で褒めるのはちょっと怖いけどな」
「いくらでも褒めちゃっていいですよぉ? 今だけは」
普段他の女を褒めたりするとキーキー言いながら怒り出すサララが、今だけは珍しく寛容になっていた。
キューカの置かれた環境が環境だけに慰めの意味もあってなのだろうが、褒めろと言われても女を褒めるのに慣れている訳ではないカオルは、困惑気味に「うーん」と考え、キューカを改めて見つめる。
「……そ、その」
「いや、ごめん、じっと見るのは流石にないわ」
真っ先に目が行ったのはその胸の大きさだが、流石に視線をいやらしく感じたのかキューカも困惑げに身を縮こませてしまう。
サララもそういう方向で褒めろと言ったわけではないと思ったので、カオルは「参ったな」と頭を掻きながら、胸元にさげられたままの懐中時計を指さす。
「それ、さ。いつも身に着けてる懐中時計。いつも時間を気にしてて、勤勉だなあって思ってたんだ」
「あ、こ、これは……秒単位で遅れただけで、不機嫌になられるから……前に、怒られたから……」
「それでも改善しようと思ったんだろ? そう思えるのってすごく真面目じゃなきゃできねぇよ。俺だったら怒られたら怒り返してただろうし」
かなり苦しい褒め言葉だった。
それ自体キューカにとっていい思い出が元になったわけでもなく、キューカ自身が望んでやったわけでもなく。
どちらかと言えば「怒られないためにやっていた事」に直結する、ネガティブなアイテムだったのだから。
だが、それでも褒められて嬉しかったのか、キューカはそわそわし始める。
「まあ、その、職場ではほとんど話す機会もなかったしな。俺なんかに褒められてもそんな嬉しくもないだろうが……あんたは立派だったと思うぜ?」
「……私は、貴方がどういう立場の人なのか、わからない、ですけど……」
職場で会った時は、こんなに丁寧な口調では話していなかった。
いつも何かに怯えるように、他者を突き放したような口調で。
だが、今のキューカはそんなものではなく、自分の言葉を喋っているように、カオルには感じられた。
「でも、あの時貴方が……壁を叩いてあの方の気を引いてくださったのは、覚えています……」
「あの時……? ああ、前に怒られてた時の」
「……助けてもらえたのは、初めてだったから。いつも、皆私のことを見て見ぬふりをされていたように思えたから……心細くて、辛くて……だから、助けてくれたのが、嬉しかった、です」
小声ではあったが、それは確かに感謝を告げる言葉で。
カオルも、たったそれだけが彼女にとってプラスに繋がったなら、「やってよかった」と思えた。
「ありがとう、ございました」
「どういたしまして……って言いたいけど、まだ何もかも終わったわけじゃないからさ。しばらくは救護院で、子供たちと過ごすといいと思うぜ?」
「……はい。気持ちが落ち着くまでどれくらい掛かるかわかりませんが……また、戻れたらと思います」
カオル的にも無難に話が進んでほっとしたが、そうなってから改めて「まてよ」と、カオルは思案する。
髪色の純度が高いならそれほど美人。
という事は、サララは……
「コール王子、もしかしてサララって国内だとすごく美人……?」
「ああ、サララは国一番の美少女だぞ? 身内びいきと笑われるかもしれんが、恐らく猫獣人なら誰が見てもそう思う」
「何当たり前のこと言ってるんですかーカオル様。サララはいつだって可愛かったでしょう?」
兄妹揃って謙遜なしのノータイム返答である。
これにはカオルも「そうか」と素直に頷く事しかできなかった。
確かに美少女だが。人間視点で見ても文句なしに美少女なのだが。
はっきりと胸を張って自認するサララには「こいつ本当にすごいな」と変な感心をしてしまっていた。
「まあ、だからこそ父上に連れられエルセリアやバークレーでパーティーに参加させられていたのだがな」
「あー、そういう事だったんですねえ。当時は『なんで私だけ?』と思っていましたけど……」
「一応、王様視点では一番綺麗な姫を政略結婚に……みたいな感じだったのかな?」
「だったのだと思うぞ? サララ本人の気性のせいで全てご破算になったようだが」
全くこやつは、と、失笑気味に両掌を上に向ける兄に、サララは「まあ」とわざとらしく上品に驚いて見せた。
「酷い言いようですわお兄様? 私、これでも品には品を以って応対しましてよ? 下品な方には相応の扱いをしたまでです」
「ああ、全くもってサララらしい」
「サララならそうだろうなあ」
この点ではコールもカオルも疑いの余地なく同意できていた。
サララならそれくらいはする。そういう妙な信頼があったのだ。
しかし、兄と恋人の双方から全力でそれを肯定されたサララはというと、複雑そうな顔で「むむむ」と唸っていた。
「なんでしょう。なんで私って周りからそんな風にみられるんです? 普段の私を見ているカオル様まで……」
「普段のお前を見過ぎてるからなあ」
「ならどうして……私、そんなに暴力的です? むしろ献身的じゃないです? すごく尽くすタイプじゃないですか?」
「暴力的ではないが、どっちかというと尽くさせるタイプかなあ」
「そんなぁっ」
自分では尽くすタイプと思っていたのか、と、新たな驚きを感じなくはなかったが。
それはそれで面白いとも思える心の余裕が、カオルにはあった。
そう、面白いのだ。サララと一緒にいたい理由のかなりの部分がこれだと、カオルはずっと思っていた。
一緒にいれば飽きることがない。それは間違いなくサララの魅力だろう、と。
それからしばらくカオルとコールによるサララ弄りが続いたが、結果としてそのおかげでキューカはだいぶん落ち着きを取り戻し、解散し、サララに連れられて行く頃には笑顔も見せるようになっていた。