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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
13章.エスティア王国編2-リトルクイーン-
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#9.兄と妹との再会

「――お待ちしておりましたわ、コール兄様」


 王子らが転送された先に待っていたのは、メイド姿の黒髪の少女だった。

見覚えのる、丸みのある可愛らしい顔立ち。

コール王子は、すぐさまそれが自分の妹であると気づけた。


「サララか。久しいな」

「ええ、兄様も。凛々しくなられましたね」


 あくまでリップサービスである。

実際にはサララが猫に変えられる前とさほど変わっていないが、そう言われると嬉しいのか、王子は照れたように「そうか?」と後首をぽりぽりと掻いていた。


「それで……例の、お前の『救い主様』とやらは?」

「カオル様でしたら、そこの窓の外にいますわ」

「む……? お、おお、そこにいたのか」

「ども」


 兄妹の面会の為とはいえ、カオルが塔の中に入る訳にもいかず。

例によって窓の外で待機中だった。

遅れて、ベラドンナが出現する。


「……護衛の数が多すぎたな。これでは狭くて座る場所も足りぬ」

「そうですねー、ちょっと減らした方がよろしいのでは? というか、要らないですよね、護衛」


 少なくとも私たちに危険はないでしょう? と、両手を開いて見せにこやかぁに笑う。

護衛らもその様を見て、「殿下、いかがなさいますか?」と、それまでまとっていた緊張感を薄めていった。


「そうだな……この部屋で話すなら。だが、万一ここで兵らがこの部屋に踏み込んできたらどうする?」

「まだ兄様は何もしてらっしゃらないのに? これが例えば兵の一人も暴れて、明確に反逆の意思でも示せば別ですが……兄様がた、まだ何もしてらっしゃいませんよね?」

「うぐ……それは、確かにそうだが……」

「このお城での兄様の扱い、行方不明のまま……ほぼ亡くなられてるっていう感じですよ? 仮に生きて出てきたって、兵を差し向けられるような存在ではないのでは?」


 そうですよね、と、窓の外のカオルに向けて微笑んで見せる。

カオルもまた「ああ」と目を伏せながらに頷く。

その様子を見て、コールは顎に手を当てながら悩み……悩みながらも、護衛らに「もういい」と一言。


「サララがこう言っているのだ、安全なのだろう。お前たちはもう戻ってくれていい」

「承知いたしました」

「どうぞごゆるりと」


 主の指示もあり、護衛らは異句一つなくそれに従う。

サララがベラドンナに「お願いします」と告げると、ベラドンナはぱちり、指を鳴らし……護衛らを全員転移させる。


「それだけで全員転送できたなら……先ほどのあの物々しげな呪文は……」

「ベラドンナさんは雰囲気重視な方ですから」

「悪魔にはそういった努力も必要なのだとものの本にありましたので……」

「そういう本もあるのか……世の中は思いのほか奥深いのだな……」


 しれっと変なことをのたまうベラドンナに内心「なんだそれは」と突っ込みたくなる気持ちもわかないでもなかったが、コールは素直に従い、サララに「どうぞ」と指示されるまま、用意されていた椅子に腰かけた。

ぱちりぱちりと暖炉の火が揺れる中、会談が始まる。



「兄様がたは、バークレーが脅威だと思って、わざわざあんな山の中に?」

「ああ、そうだ。フニエルがあちらの王子に言われるままになっているのを見て、『これではいかん』と思ってな。その後に解呪の儀式でもやってくれればと思ったのだが、失敗を恐れてか、その後は儀式をやらぬまま月日が過ぎてしまって……やむを得ずな」

「よく戻れましたね? お仲間の協力で?」

「ランドルフに儀式をやってもらった。あいつはグリフォンながらかなり賢いからな……猫語も喋れたし、飼い主のパールよりも私への忠誠心が強いくらいだった」


 アレはいい、と、ランドルフを思いながら腕を組み、うんうんと頷く。


「パールって、あの役人の人か……殿下の従者だったんでしょう?」

「ああ、そうだとも。だがあいつは昔から要領が悪く、言って聞かせたことを忘れていたりするからな……一応私に忠誠心はあったようだが、ついうっかりで我らのことをばらさんとも限らんからな……切ったのだ」

「まあ、お世辞にも優秀じゃなさそうでしたもんね……居眠りしてましたし」

「我が従者ながら恥ずかしい事だ。あ奴がもう少し頼りになるなら、わざわざ私があんな洞窟に住まう必要などなかったのだが……」


 忍耐の二年を思い、王子は深い深いため息をついた。

捨てられた従者も生きた心地はしなかっただろうが、王子は王子で、無為な二年を過ごしたのだから。


「ともあれ、お前と今一度、こうして再会できて嬉しいよ、サララ。ずいぶん立派になった……だが、その姿は」

「今は女王付きのメイド、という立場なんですよ私。潜入中で」

「なんと……王族の一人が戻ってきたというのに、誰もその顔に気づかぬ、と?」

「気づかないみたいですねえ。気づいたのは昔からいるお父様の従者の人たちと、後はラッセル王子くらいでしょうか」


 わざわざ指を数えて見せるサララだったが、コールは聞き捨てならぬ名前に耳をぴく、と、小さく揺らす。


「ラッセルだと? お前、ラッセルに正体が……?」

「ええ、気づかれちゃったみたいです。あちらが私の顔を覚えていたのも驚きですけど……でもまあ、今のところは正体をフニエルに教える気はないみたいですけどね」

「でも昼間のあの人の様子見てると、サララと再会できたの自体は喜んでたみたいだな。心なしうきうきしてたぜ?」

「……何か企んでいるのか?」

「さあ? ただ、少なくとも今の段階であの王子は危険な存在ではなさそう、というのが私たちの感想です」


 実際に会って話してみた二人の感想に、コールは「ううむ」と唸るように視線を下に向ける。

ただの憶測や妄言ではない。人となりをある程度見た上での判断ならば、と。

しかし、バークレーの王子がなぜそんな、という疑問も打ち消しきれず、視線は右往左往していた。


「お前たちは、それがバークレーの罠である、とは思わなかったのか?」

「その可能性はあるかもしれないと思いましたけどね。でも、カオル様はまだ正体が割れてないですが、幸運にも直接話す機会がありまして」

「なんかあの人、割と本気で妹さんのこと好きみたいなんだよな。『デートしたい』とか『遊びに行きたい』とか愚痴ってるのを聞かされたよ」

「……我が国に対して、何ら害意がない、と?」

「バークレーという国という単位で考えると絶対にないとまでは言い切れませんけど、少なくともラッセル王子はそこまで考えてないんじゃないかな、という気はしますね」


 窓が全開にされ、冷たい風が入り込む部屋の中。

サララは用意しておいたスープをカップに注ぎ、兄に渡す。

それを受け取りながら、コールは窓の外を見た。

窓の外の、カオルを。


「お前達は、私のことをどう思った? 『愚かなことをしている』と、可笑しく感じたか?」

「そうは思わないですよ。殿下は殿下で、国のためを想って行動したんでしょう? だからこうやってサララが会う気になった訳で」

「そうですよ。他の王族がみんな猫のままがいいと思ってる中で、一人だけでもこうやって動いてくれた方がいてくれてよかったです。それがコール兄様で、サララはほっとしましたもの」


 窓の外のカオルにもカップを手渡し、サララは朗らかな笑顔で兄の前の椅子に腰かける。

そんな妹に、兄はと言えば……照れたようにまた、後首を掻いていた。


「そう言ってくれるか。実は私も、慣れないことをしているという自覚はあったのだ。だが……やめる訳にもいかなかった。バークレーという国は実際危険な国で、我が国にどんな要求を突き付けてくるか解らなかったのだから」

「そうですね……私もそれは思いました。バークレーという国そのものは、まだ信用はしてないですよ。ただ、ラッセル王子は」

「ああ、お前らがそういうのなら、ある程度は信じられるのかもしれんな……ただ、フニエルとラッセルが互いに想いあっていたとしても、国同士はそうはいかぬもの。一度縁ができてしまえば、そこを穴に食い込んでくる可能性もある、とするならば――」


 容易には、飲み込めない。

そんな感情が兄を悩ませているのだと、妹は察していた。

元よりあまり柔軟に考えられない人だった。

一度こうと思うと頑迷とも言えるほどで、中々意見を曲げないのだから。

だが、それでも妹の言うことなら、そして妹の救い主の言うことならばと、耳を傾けてくれる。

それがサララにはありがたかった。


「兄様がそう思うのは無理もないですし、私もバークレーまでは信用するのは危ういと思っているんですよ?」

「お前もそうなのか……だが、ならばそれが解っていながら、それでもお前らは二人を認めるのか? このまま婚姻を許せば、なし崩しに我が国はバークレーとより深い盟邦関係になってしまうのだぞ?」

「それを何とかする為に、兄様にこうしてお越しいただいたんですよ」


 兄の疑問を解消できるように。

そして、兄を自分側に引き込む為に。

サララは、手の中のカップに吐息を吹きかけながら。

そうしてニコリと可愛らしく微笑んで、話を続けた。


「兄様が危惧してらっしゃるのは、我が国とバークレーとが、必要以上に接近しすぎてしまうこと。まずはこれですよね?」

「ああ、そうだ。そしてそれによって、エルセリアとの関係が険悪なものになってしまうのも避けたかった」

「でしたら、兄様がすべきことは武力でのクーデターではなく、素直にお城に戻って、フニエルの補佐に入ることです」

「私に……? しかし、そんなこと、フニエルが許すとも……」

「許すと思いますよ?」


 サララの提案に、明らかにコールは迷っていた。

だが、それを後押しするため、はっきりと言って聞かせる。


「フニエルは、政治的にはかなり未熟ですが、自分が未熟なことは解っていて、常に誰かに頼りたい、という気持ちを持っています」

「……それはそうだろう。あの娘は何一つ政治的な勉学も施されなかったし、そもそもが姫として他国に嫁ぐために育てられていたようなものだからな……」

「ええ。それはまあ、私も似たようなものなんですけどね。でもあの娘は、自分でこの国を背負おうとしています」


 これは、サララが直に目にしていたから解っていたことだった。

恋に悩み、政治も外交も全くわからぬ手探り状態。

それでもその座をかなぐり捨てず、苦戦しながらもなんとかかじ取りをしようとしている、そんな妹を。

フニエルは、王としては未熟もいいところで、何一つまともにできていない頼りない王である。

だが、それでもサララには、フニエルは「責任ある王」として映っていた。

少なくとも父王などより立派に、王族としての責務を果たそうとしていたのだから。


「……フニエルが」

「あの娘は多分、私達の誰よりも立派に、王族として為すべきことをこなそうしているんですよ」

「私は……私も、父上たちと、同じだった……王になど、なりたくないと。こんな国、背負うのは辛すぎるからと……その責務を……私は……」

「兄様。ご自身を追い込まないでください。私も、似たようなものなんです」


 兄ばかりを責められる訳もなかった。

サララだって、フニエルが一人頑張っているのを知らなければ、そのままカオルと二人、静かに暮らせればいいと思っていたのだから。

国のことは諦め、ただの猫獣人の少女として愛する人と暮らす人生でもいいと、そう思おうとしていたのだから。


「でも、私達は気づけましたよね? あの娘が頑張っている中、『このままじゃいけない』って。だから兄様だって行動なさったのでしょう? なら、二人でフニエルを支えませんか? せめて今果たせる王族の責務を、一緒に」

「二人で……? しかし、フニエルが受け入れてくれるだろうか……あの時逃げてしまった私を。猫のままでいいと思ってしまった私を……」

「――きっと受け入れてくれるはずです。だって、兄様は『頼りになるコール兄様』なんですから。今行けば、そうなれますわ」


 責務をかなぐり捨てた情けない兄ではなく。

自分を想い自力で呪いを解除し、駆け付けてくれた頼れる兄。

そうなれる可能性が、今コールの前に開けていた。

そうなれる道が、今だけコールの前に広がっていたのだ。

コールは、それを確かに見た。感じた。自然、頬が熱く濡れる。

涙が流れていたのだ。今までのバークレーへの漠然とした怒りや憎しみが薄れ、確かに彼に「妹を支えてやりたい」という気持ちが萌芽していた。


「頼りになる兄、か。お前の口からそんな言葉が聞けるなんて、な」

「ちょっと格好つけすぎましたか?」

「いいや、それくらいでなくては張り合いがない。父上も兄上も、私ではなくお前の方を気にしてらっしゃったからな。皆の期待が、妹のはずのお前にばかり向いていた。私は正直それが面白くなかったが……だが、お前は自分の意思でなんでも決めて、自分で動ける奴だったからな……」

「兄様だって、ご自分で考えられたし、決められたでしょう?」

「……ああ。そうなりたかったんだ」


――そして、今度こそそうなってみせる。


 決意を胸に、コールは拳をぎゅ、と握りしめ、晴れがましい顔で笑っていた。

責務を背負える王族の顔。それは妹から見て、確かに頼れる兄の顔だった。


「兄様。私はすぐには正体を明かさず、必要な状況になったら明かそうと考えています。お任せしても、よろしいですか?」

「フニエルの補佐、そしてバークレーの目的を読み取ればよいのだな? 任せろ。内政は私の領分だ」

「ふふ……武器など持っているよりもそちらの方がずっと似合うと思いますよ? 兄様は、文政の人ですから」


 昔よりは鍛えられているようですが、と、こちらは本音での兄の感想を延べ、スープを啜る。

兄もまた、「まいったな」と、苦笑いしながら同じようにスープを啜った。


「でもそれだけの問題でもないんだよな。殿下、城内人事とか、気にしなくちゃいけないことは結構あるんだ」

「バークレー側の要人のブロッケンという人も、何か気になる存在でして……兄様もやる事は結構増えちゃうと思いますけど……」

「構わぬ。私は今、とてもやる気になっている。『頼れる兄』なのだ、それくらいはやって見せねばな!」


 にやりと口元を歪め笑う兄に、サララもカオルも「本当に頼りになる」と、安堵した。

元よりある程度好感を得るのは容易だとは思っていたが、それでも完全な協力関係を築ける保証はどこにもなかったのだ。

協力を気付くための担保は、コール王子の中に王族としての責任感と、妹への、家族への想いが残っているか否かに掛かっていた。

それ次第では、この交渉は決裂していた可能性もあったのだから、それを引き出せたサララの話術はやはり馬鹿にならない。

はたから見ていて、時々相槌を打っていたカオルも「やっぱりサララは話すの巧いな」と、舌を巻くばかりであった。

兄と妹というのもあるだろうが、それでも、ここまで王子がやる気を出したのも、サララの話の持って行き方が大きかったのだろうから。



 こうして、コール王子は二人の協力者となり、その日は後の行動のための打ち合わせで始終することになった。


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