#4.王子様お疲れモード
仕事が一段落した後の休憩時間。
普段カオルは、この時間帯には聞き込みも兼ねて同僚と食事をとったりしていたのだが、今日はいつもと違い、城内中庭に顔を出していた。
「んー、まだ今日は……来てないみたいだな?」
誰でも入れる中庭だが、この昼下がりの時間帯になると、ある人物が決まって現れる……という話を聞いて、食事がてら張り込んでいたのだが。
その目当ての人物はなかなか現れない。
一応カオル自身は食事のために来た、という名目だったので、自分で作ったサンドウィッチなどをつまんでいたのたが、それももう半分近く胃袋へ消えていた。
さすがに「これは外れか?」と思い始め、庭の入り口から視線を逸らそうとしたところで、不意に人影が見え、慌ててサンドウィッチに手を伸ばした。
「なんだ、先客がいたのか」
現れたのは、バークレーのラッセル王子。
フニエルの婚約者がなぜこんなところに現れたのかと言えば、昼寝をするためだとか。
そんな情報を掴んだので、どうせなら今一度これをきっかけに対面できればと踏んでいたのだ。
そして今、それがかなった。
「あ、失礼しました」
慌てて立ち上がろうとする。
エプロンをつけたままだし、見た目上、城のコック見習いにしか見えないはずだった。
まして一度面識がある。向こうが覚えていればだが……怪しまれることはないだろうと、カオルは取り繕う。
王子もまた「いや、いい」と、手を前に、立ち上がったカオルをその場に留める。
そうこうしている内にまとめていた後ろ髪を解いて、ふぁさ、と、長い髪を手であおるようにしてから、入口そばの木影に座り込んだ。
「僕は昼寝に来ただけなんだ。そんな事でいちいち席まで外さなくていいよ。静かにしてくれればそれでいい」
「はあ……わかりました。ごゆっくり」
「ああ……コックになったんだね君。少し前に入った人だろう? エルセリアの人かい?」
視界の端で横になっていく王子をよそに食事を進めようとしたのだが。
そのままは眠らず話しかけてくるあたり、すぐに眠る気はないのか。
あるいは、カオル自身に興味を持ってくれたということなのか。
これはカオルにとってはうれしい誤算だった。
「料理人になりたくてエルセリアやラナニアを旅してました。でも都会は箔をつけるにも相応のお金やコネが必要ですからね、その点、このお城は俺みたいな奴でも使ってくれるから助かってます」
「なるほどな。実績欲しさにこの城に来たのか……コックも大変だなあ。なあ、エルセリアって、そんなに豊かなのかい?」
「豊かは……豊かですね。割となんでも手に入りますし。その代わり物価も高めですし、プロに求められる技術水準も高いですけど」
「まあ、そうだよなあ。豊かな国は物価が高い。当たり前だが、だがだからと言って、エルセリアの人が物価の安い国には来てくれないんだよなあ。その豊かさが、すべての基準になってしまうから」
腕枕し、視線は空へ向けながら。
ラッセル王子はぽそぽそと、悩みのようなものを吐露する。
カオルはそれに反応したりせず、もそもそとサンドウィッチを食べ始めるが……やがてまた、王子の視線が自分に向き、手が止まった事に気づく。
あくまで視線は王子の方へは向けずに。
「僕の国もさ、大陸北部の中では割と豊かな方だと思うんだけど……まだまだ色々足りてなくてね。君達にしてみれば、バークレーってのはあんまり評判のいい国じゃないのかもしれないけど」
「商売を頑張ってる国って聞いたことがありますね。行商の人から」
「ああ、まあね。それに関しては確かだ。商人にとってはいい国だと思うよ」
ここで褒められるとは思わなかったのか、少しだけ誇らしげに鼻の頭を掻く辺り、自分の国に対しての愛着はあるらしい、とカオルは読むが。
すぐにまた、悩ましげな表情になる。
「君のような旅人にも褒められるなら、僕の国も少しは良くなってきたんだろうか……それでも、エルセリアはバークレーを善くは思ってくれない。国と国とのかかわりあいって、ほんと大変だよねえ」
疲れちゃうよ、と、へなへなとした笑顔を作り、そのまま目を閉じる。
声も心なし、弱くなっていった。
「これはただの独り言なんだけどさ。僕は割と、この国には豊かになってほしいなあって思うんだよ。女王だって、いい娘だしさ? 絶対将来美人になると思うし。好みの顔なんだ」
「……はあ」
「この城、居心地がいいんだよねぇ。バークレーには、僕たち兄弟が住む城と、父上が暮らす城があってさ、兄上と一緒だと兄上が干渉してくるし、父上は父上で時代錯誤なことばかり言ってるし、もう、戻りたくないくらいだよ」
だらしがなくも聞こえる独り言。
けれど、それは彼なりの、日々の表に出ない苦労なのか、と、カオルは受け取る。
かといって、王子相手に慰めの言葉を向ける訳にもいかず。
ただただ、王子が話すに任せる。これは、独り言なのだから。
「だけど……私室にいるとお目付けのブロッケンが口うるさいしさ。静かになりたいからここに逃げて、ここでぼーっとしてるんだけど……これが思いのほか気持ちよくって。自分の城にいたら絶対に得られない安穏が、ここにはあってさ」
声は小さくぽそぽそとしてはいたが。
それでも合間合間に目を開け、そしてちらりとカオルのほうを見る。
眠くはないらしい。ただ、横になっているだけの幸せを感じているだけ。そんな顔だった。
「……あの」
「うん?」
そして、その視線が自分ではなく、手に持ったサンドウィッチに向いているように見え、思い切って近寄り、バスケットの中のサンドウィッチを差し出す。
「よろしければ、どぞ」
「……いいのかい?」
「ええ、王子のお口に合うかはわかりませんが……」
「いや、食べる食べる。いやあ、なんかすまないね。ちょうど美味しそうだなあって思ってたんだ」
自分にくれると分かった途端、「よいしょ」と半身を起こしてサンドウィッチを受け取る。
「これ、何が入ってるの?」
「キューカンとヤギのチーズと鹿肉のベーコンですね」
「ほうほう……はむ……ん、んん!」
物珍しそうに食むラッセルだったが、噛んでいるうちにじんわりとベーコンの塩気、そしてチーズの独特の風味が口の中に広がり、気だるげだった眼に見る見るうちに生気が溢れる。
「んぐ、はぐ……はぁっ。なんだこれ、結構美味しいね? 味が濃い」
「ははは、ありがとうございます。王子のお墨付きが貰えたなら、その内店でも持ったら看板メニューにしましょうかね、それ」
「それはいい! 是非やるといいよ。なんなら僕が客になってあげるよ」
この味なら通うさ、とまで語り、すぐに渡した分を平らげてしまう。
「あー……よかったら、残りも食べますか?」
「いいのかい? 君の昼食だろう?」
「いえ、こっちはもう、ある程度食べた後でしたので」
「そうか……いやあ、お城の料理は美味しくはあるんだけどかしこまったのばかりでねえ。最初はもうちょっと珍しいものとか出てたんだけど、気が付くと向こうにいた時と変わらなくなっちゃって」
こういうラフなのが好きなんだけどねえ、と、渡されたバスケットの中のサンドウィッチを食みながらしみじみと語る。
王子という身分ではあっても、食に関してはやはり人間。
こだわりなり思うところなりあるのか、問わずとも勝手に語り始めてくれる。
そしてそれは、カオルにとっては大変都合がよかった。
「最初はね、山の川魚をそのまま使った料理とか、猟師が仕留めたばかりの獣を捌いて料理したのとか出てきてさ。結構ワイルドなんだよね山国だから。僕、そういうの気に入ってたんだけど……これも多分、お目付けがうるさく騒いだからお上品な料理ばかりになっちゃったのかなあって思うんだよねえ、最近」
「ブロッケンっていう人が?」
「そう……あの人、何でもかんでも『都会では』『本国では』って、バークレーにいた頃の事ばかりこの城の人たちに押し付けてさ。自分が気に入らないものは全部変えようとしてるんじゃないかなあって。それに嫌気がさして使用人も結構やめてるみたいだし……なんだか、恥ずかしいよね、そういうの」
王子にしてみれば自分が連れてきた同郷のお目付け役が、みっともない我儘を繰り返して婚約者の城の人に迷惑をかけているようなもの。
本心ではそのブロッケンに対して良い感情を持っていないようだが、同時にそれは王子ではどうにもできないらしいのもうすうす感じられてしまった。
「やっぱり、お目付けの人って怖いんですかね。お付きのメイドの娘とかも、結構いろいろ言われてるらしいですけど」
「だろうなあ、あの性格だから。僕も顔を合わせるたびにガミガミ言われてるよ。『もっと本国の事を考えて』とか『お父上のお考えに沿って』とか……僕も言い返すんだけどね。でもあの人国王派の人だから、僕の言う事は聞かないんだ」
「派閥とかが違うんですね」
「そういう事……あ、ごちそうさま。美味しかったよ」
用意した分をペロリと全部平らげ、王子は「ああ食べた食べた」と腹をさすりながら横になる。
「本当は……フニエルともこういうの食べながら、景色のいいところでハイキングとかしたいんだけどなあ。ブロッケンが居なければ、それもできたかもしれないんだけど……」
難しいよねえ、と、王子は小さくため息。
目を細め……空を舞う小鳥を見つめる。
「この国にはまだ僕たちの事、好く思ってない人たちもいるだろうし。迂闊に外になんて出たら危ないのはわかるんだけど……はあ、デートくらいしたいよなあ。婚約者だし、それくらいさせてくれてもいいだろうに」
「この国、景色はいいですもんね」
「そうなんだ。空がとても近くて、緑がいっぱいで……そして、山がすっごく迫力あって。ちょっとした丘に立つだけで世界の果てにいるような錯覚を起こすよ。とにかく……雄大でさ」
まるでその空にすら手が届くかのように手を伸ばし。
そして、浮かんでいる雲を掴むように手を閉じる。
「僕はね……自分の城に居た頃は、何にも知らない王子だったんだ。自分の城が一番で、自分の国が一番で。なのに周りの国は僕の国を褒めてくれない。認めてくれない。確かに父上の代まで奴隷制を認めて、治安だって悪かったけどさ。でも、兄上は頑張ってたし、僕だって頑張ってたんだ……頑張って、変えたのになあ」
変えたはずなのに、周りからの認識が変わっていない。
なんで変わってくれないのだろう、という悩みが、王子にはあったように感じられた。
だからこそ、カオルは「この人は、敵じゃないのか?」と、不思議な気持ちになっていた。
ただ人並みに悩みを持つ、普通の人がそこにいた。
身なりこそ綺麗で、王子なりに容姿も整っていて。品もあって。
だというのに、そこに横たわるのは悩み多き青年のようで、自分と変わらないように思えたのだ。
変な親近感のようなものだろうか。
人の悩み一つ垣間見ただけで、それまで抱いていた「バークレーの王子」というものに対して抱いていた印象と大分違うように感じられたのだ。
「……ま、仕方ないか。傍から見たらこんなの……いや、僕以外の皆が、この国を利用してるだけなんだから」
空を掴んだ手に、何を感じたのか。
ただただ空しそうに、空虚なそれを胸に閉じ込め、王子は深く溜息し……やがて寝息を立て始めた。
(バークレーも一枚岩じゃなくて……そしてラッセル王子も、悪意あってこの国を陥れようとしてるわけじゃ……ないのか?)
城内でブロッケンについて聞いて回るついでに王子についても聞いていたが、王子について悪く言うような声は、ついぞ一度も聞かなかった。
少なくとも城に仕える侍従や使用人たちは、王子に対して好印象なり抱くか、少なくとも嫌ってはいない訳で、王子の人となりはそちらでも保障された形になる。
そして今……静かに寝息を立てる彼を見て、カオルは確信めいたものを覚えていた。
(少なくともこの人は、エスティアを気に入ってるんだな)
穏やかな寝顔だった。
さっきまで悩みを吐露していたとは思えぬほど静かで尊い、安らぎに満ちた顔。
その癒しが、ここにはあるのだ。
生まれ育った自分の城ですら覚えられなかった癒しが。
「……王子、また来ますよ」
一言、それだけ告げ。
バスケットを手に、カオルは自室のある塔へと戻る。
王子周りはサララが調べてくれるとは言ったが、少なくとも内面的にはこの王子は、エスティアにとって害ある存在ではないと思えた。
自分はそう感じた。信じてもいいと。
だから、後はサララとベラドンナ次第だろう、と。
「――なるほど、ラッセル王子も、大分難しい立場に置かれてるんですねぇ」
夜。サララの部屋の外でカオルとベラドンナが集まり、その日に集めた情報を交換し合っていた。
流石に夜は寒かったので、ここ数日はカオルもきちんと厚着をして、多少の長居に耐えられるようにしていた。
ベラドンナは寒さはあまり気にならないらしいが、それでもサララが用意しておいたマフラーを首に巻いている。
前は見られた時のことを考え警戒しながら会っていたが、数日でそんな警戒が無意味だと分かり、今では普通にお茶を飲んでいた。
「まあ、私が調べた情報もカオル様が得たのと似たようなものですけど……直接話せるなんて、カオル様やりますねえ」
「俺もまさかあんなに気さくに話しかけてくれるとは思わなかったけどな。前に王子が寝に来て、たまたま居合わせた使用人が追い出されずにいたって話聞いてさ。『もしかして』とは思ったけど」
思った以上に話してくれた。
そして話を通じて、王子の立場やブロッケンとの関係、そしてバークレーという国の在り方も見え始めていた。
これは、三人にとって大きな進歩である。
「ただ、バークレーという国自体は、やっぱりエスティアを少なからず利用しようとはしてるみたいですね。金の流通量、明らかにバークレーに偏ってるみたいですし……これもフニエルがラッセルに頼まれて二つ返事で許しちゃったらしいですし」
「ラッセル王子は変えたって言うけど、国として関わる以上は損得あってのものだろうしなあ……善意だけじゃ、国は動いてくれないよな」
「そうですね。綺麗ごとだけでは回らないのが国家運営です……とはいえ、ラッセル王子が前向きに侵略しようとかフニエルを利用しようとか考えていなかったのは予想外でしたけど」
サララにとっては過去の「嫌な人」という印象がそのままに残っているだけに複雑な気分のようだが、それでも「あの頃から変わったのかな」と、幾分ほっとしてもいた。
曲がりなりにも妹の婚約者である。まともなほうがいいに決まっていた。
「そうなると後は本国にいる兄貴とか親父とかのほうが気になるけど……そういや、あのブロッケンってのは国王派なんだってな。昨日の今日だけど、ベラドンナは何か気づけたところあるかい?」
「今日一日見ていただけですが……かなりロクでもない人物ですわね」
「まあ、ロクでなしというのはなんとなく分かる」
「いい噂聞きませんもんねえ。王子とは対照的に」
三人にとって、誰に聞いてもいい話を聞かないブロッケンが、目下の問題のように思えた。
無論バークレー本国の上層部が何を考えているのかも重要だが、目先の問題は城に迷惑をかけ続けるブロッケンである。
これさえなんとかできれば、とりあえず城内の嫌な空気は多少なりとも払拭できる。
「まず、お付きのメイド……キューカさんと言いますか。あの女性が幾度となくいやらしい行為をされていますね。お尻を撫でられたり胸を鷲掴みにされて揉みしだかれたり……尻尾を掴んだりもしていました」
「尻尾までっ!? それは……許せませんね」
「尻尾って触ったら嫌なのか?」
「かなり嫌です。腰の次くらいに嫌な場所です。サララがやられたら例えカオル様だってひっぱたきますよ」
同じ女性視点なのでベラドンナも嫌そうな顔をしていたが、何よりサララが露骨に嫌悪感を前に出していた。
それを以て「ああ本気で触っちゃダメな場所なんだな」というのが分かる。
「尻尾はなんとなく分かりますが、腰は……確かに人によってはセクシャルに感じると思いますが、猫獣人の方は特に嫌がるのですか?」
「それは……だって、その……私たちが一番……ごにょごにょ……」
しかし、ベラドンナの問いには頬を赤らめ恥じらってしまう。
なんとも説明が難しい場所なのだとカオルは思ったが、ベラドンナはすぐに「ああ」と察してぱちん、と手を叩く。
「お話を続けますわ。それで、お付きのメイドにいやらしい事をしたり、文句をつけて罵倒したりと、とにかく八つ当たりしてストレスを発散しているように見受けられました」
「八つ当たりか……やっぱ、イライラしてた?」
「はい。ことあるごとに独り言を。ただ、小声でぶつぶつ言っていたので、窓の外にいた私には聞き取れませんでしたが……」
昼は小鳥の、暗くなってからは蝙蝠に扮して監視していたベラドンナだったが、流石に外に漏れ出ない声までは分からないらしかった。
逆に言えば、普段は外にいてもわかるくらいに大声でまくし立てているという事にもなる。
「ほかには変わった様子は?」
「そうですわね……変わったことというか、これは先ほどのカオル様のお話の裏付け的なものですが、中庭で眠ってらっしゃったラッセル王子を見つけて、苦言を呈して……そして、王子と口論になっていました」
「口論って、具体的には?」
「お付きのメイドに対しての扱い方などですわ。王子としては『これ以上この城の者に迷惑をかけぬように』と仰って、ブロッケンはそれに対し『獣の国などどうなってもよいのです』とか、全く意に介していないようでしたね」
仮にも自分の国の王子に対し、派閥が違うからとその意見を無視する。
そしてブロッケン自身には、やはり猫獣人に対しての差別的な意識があるようにも受け取れた。
「つまり、このまま放っておけばブロッケンはいつまでも城内の人に迷惑をかけ続けるって事か」
「恐らくは……何に対してイラついているのか、それまではまだ解りませんが、大体のところカオル様やサララさんが聞いて回った通りの人物のようですわ」
「なんとかして追い出してやりたいなあ……でも、ラッセル王子でも無理ってなると……」
目下の問題人物ははっきりしたが、同時にこれをどうにかするのが至難の業だった。
カオルもサララも、今はこの城の使用人という身分。
直接的にも間接的にも、関与するには難しい立ち位置だった。
「問題があるからと今無理に追い出そうとしたり対応しようとして正体がばれちゃったら本末転倒ですしねえ。そうなると後は……」
二人、ちら、とベラドンナを見る。
ベラドンナはベラドンナでそれが分かっていたのか「やはり」と、薄目になり小さくうなづいた。
「私による、ダイレクトアタック……!」
「いや違うぞ!?」
「様子見をお願いしようと思ってただけですからね!?」
三人、意思疎通ならなかった。
二人と違う考えだったことを恥じてベラドンナは「あらそうでしたか?」と、照れ照れしながらそっぽを向いてしまったが、羽はぱたぱたとせわしなく開いたり閉じたりしていた。
(恥ずかしいとこうなるのか……)
(貴重なベラドンナさんですね……)
普段は大人びたお姉さんなのが、恥ずかしいとこんな風になるのかと思いながら、二人はまた話を続ける。
「……とにかく、ブロッケンは今すぐ手が出せないから、何か追い出せそうな材料を掴むんだ」
「やろうとしている事はエルセリア城の時と同じですよ。王子は無理でも、お目付けくらいならきちんとした理由が重なればフニエルだって動けるはずですから」
城の者が実害を受けているのだ。
罰することはできずとも、退去願うくらいならできるはずだった。
そのための材料集め。ベラドンナはこのような時、何より優れた力を発揮できるのだから。
「なるほど……つまり今日一日やった事と同じように」
「そういう事だな。実質やることは何も変わらないよ。でも、続けてれば確実に成果は出ると思う」
「一日見てただけで迷惑な人っていう裏付けできるくらいのやらかし具合ですもんねえ……」
もしかしたら古代竜か悪魔か魔人関係者なのでは、という疑いも勿論持っていたが、仮にそうじゃなかったとしても、この迷惑度合いは『庇護国の要人だから』では許されない域に到達しつつあると言える。
これに関してはラッセル王子も苦々しく思っているのだから、情報や証拠が揃えば追い出しにかかることは可能。
政治に疎いカオルでも、それくらいは予想できるくらいの相手だった。
「俺はこのままラッセル王子から情報聞ければって思うけど……サララはどうする?」
「んー……そうですねえ。状況が進みそうですし、一度家族と向き合ってみましょうか」
「ご家族……ですか?」
少し悩みながらも出てきたフレーズに、ベラドンナは不思議そうに首をかしげていたが。
サララは尚もうんうんうなりながら視線を逸らし「ですから」と、話しにくそうに口を開く。
「猫になってしまった、他の王族ですよ。お父様とか、兄様がたとか。今までは色々怖くて話せなかったんですけど」
「ああ、そういえばそうだったな。みんな猫にされたんだっけ?」
「そうですそうです。でもこの状況下ですし、一応は守られてますからね。すぐには無理かなあって思ってたんですけど」
そうは思っていたが、それでも何かしなくてはならないと思ったのか。
サララの心境の変化に、カオルもベラドンナも興味深げに見つめるが、サララは視線を逸らしたまま。
「……猫になったって、フニエルを助けるくらいできたはずなのに、それをしなかった人たちですから。あんまりあてにはならないかなあって思ってたんですけど」
「まあ、実際問題コール王子はそれに嫌気がさしたって言ってましたしね」
「それでも、何かしら情報は持ってるかもしれないから……無駄骨かもしれないけれど、一応はどうかなあって」
国を救うためなら藁にもすがりたい状況下。
サララとしては多少怖くもあったが、それでもやらなくてはならないと、まじめに考え動こうとしていた。
「でも、自分でも言ってたけど守られてるんだよな? 大丈夫なのか?」
「あ、それは大丈夫だと思います。今の私って、一応女王付きのメイドですから。『女王陛下からの命で』って言えば普通に猫になった家族と再会できると思うんです」
ちょっと便利ですよね、と、表情を取り繕いながら指を立て明るく振る舞う。
不安がっているのは分かるが、今はシリアスなことを言っている場合ではない雰囲気のようにも感じられ、カオルも親指を立て「そうだな」と歯を見せ笑った。
「サララにしかできない事だもんな。頑張ってな!」
「ええ、そつなくこなして見せますよ。なんたって私は……サララは、このお城のプロですからね」
知り尽くしています、と、懐かしくも感じられるフレーズが聞けて、カオルは安堵する。
そう、ずっと「私」だったのだ。「サララは」という一人称すら、サララは偽っていた。
本音が出てからのサララは、いつしか自分を「私」と呼ぶようになり、カオルも慣れてきてはいたが、やはり一番長くいたサララとは違うように感じられたのだ。
それだけ、装っていたという事。
王女ではないつもりだったサララが、王女である自分を自覚し、カオルに見せるようになったという事。
そして……そうなってからのサララは、どこか焦燥しているような、不安に駆られているようにも見えていたという事。
全てがカオルにとって、辛いサララだった。
「頼んだぜプロ」
「頼まれました! ところでお茶のおかわりはいかがです?」
「頼むわ」
「私もお願いしますわ」
雰囲気は明るくなった。
カオルの知っているサララが、そこには居た。
そう、これはもう、悲壮感たっぷりの辛い旅なんかじゃない。
これすらも、楽しい思い出の一つになればいい。
そう思いながら、カオルはお茶のお代わりを受け取り……静かな夜の空を見て、「綺麗だな」と感じた。
エルセリアに居た頃と変わらない、それでいて近い空に。
空が美しく感じられる、そんな夜だったから。