#2.反旗背負う者達
「うーん……見つからないわねえ」
コール王子を探して早二週間目。
しかし、ベラドンナは未だコール王子の手がかりも、ランドルフの姿も見つけられず、途方に暮れていた。
山中、空を舞いながらの探索。成果0。
エスティアにおいてグリフォンは家畜生物なのだとかで、野良グリフォンがいればすぐにそれとわかりそうなものだが、今のところそれらしい姿は見られなかった。
一応、探索範囲をホッド周辺にまで伸ばしてみたが、見つかるのは魔物だの野生動物だのばかりである。
(もしかして、もうとっくにこのあたりからは飛び去ってしまったのかしら……事前にサララさんに聞いた話だと、グリフォンはとても賢く、知恵の回る動物らしいし……)
山で生活する猫獣人にとって、グリフォンは切っても切れない存在である。
特に山間部の移動にはグリフォンでの運送は欠かせず、これによって細々とではあるが流通が維持できている。
それだけでなく、幼鳥のグリフォンは愛玩動物としても猫獣人たちに愛されており、幼き頃より村の友として生きるグリフォンは、その地域に住む猫獣人たちにとってはただの家畜の域を超えた存在であると言える。
当然飼い主であるあの役人の言うことには忠実だったはずで、では、なぜランドルフがコール王子をさらったのか。
そこからまず考えるべきなのではないか、と、ベラドンナは思考をめぐらした。
(知恵ある生物が……言ってみれば、しゃべれないだけで私たちとコミュニケーションとれるのだとしたら……)
感覚的には犬や猫だろうか。
そういった感覚で接することができる生き物がグリフォンなのだとしたら、では、飼い主にとって大切な存在である王子は、なぜ襲われたのか。
(……あら?)
そも、襲われたと言ったのは誰だったか。
王子を口にくわえたまま飛び去ったグリフォン。
だが、そうなる前になぜ王子は逃げなかったのか。抵抗はしなかったのか。
そのあたり伏せられていただけかもしれないが、もしそうでなければ。
――そこまで考えて、ベラドンナは「おかしいわね?」と違和感を覚える。
(私はずっと……グリフォンが王子をさらって逃げたんだと思ったけれど……もし、もしもこれが違ったんだとしたら……?)
前提が違っていたとしたら。
例えば、王子が何らかの理由で逃避行をするためにグリフォンを利用したんだとしたら。
グリフォン自身は、自分の主の主人……つまり、コール王子に命じられるまま、その逃亡を手助けしただけなのだとしたらどうだろうか?
そんなことがそもそも起こるのだろうかと考える間にも、「でも動機はあるわね」と、その思考を肯定する材料を思いついてしまう。
(王子は……逃げたがっていた。そのままお城にいたらまずいと思っていたのだから、従者とはいえお城と繋がりのある人と一緒にいたくなかった……? あるいは、そうまでして逃げたかった理由がほかに?)
逃げる理由はあった。
城内に、ともすれば国内全てが隣国バークレーに飲み込まれようとしていた。
ならば、安全な場所に逃げたほうがいいに決まっている。
そう考えても不思議ではないと、ベラドンナは考えた。
では、実際問題ランドルフは、そしてコール王子はどこにいるのか。
この不便極まりない山の中、一人で暮らしているのだろうか?
猫となった王子が、一人きりで?
それは果たして可能な事なのだろうか?
魔物も野生の動物もいるこのエスティアの山中、果たしてそんなことをして生き延びられるというのか。
(協力者が、いるかもしれないわね)
もしこれがグリフォンの気まぐれによる王子の誘拐ではなく、王子自身の逃亡劇だというなら、それを手助けしている者がいてもおかしくなかった。
それくらいのことはあり得ると思ったのだ。
何せ王子である。まがりなりにも一国の最上層のお方なのだから、それくらい考えると思ったのだ。
この辺はベラドンナの思い込みではあったが、ベラドンナはそれが正しいと思った。
(……山小屋などの人工物。あるいは洞窟などがないか探してみましょう)
ただやみくもに山中を探すのは、あまりにも労力が大きすぎた。
いかに早く飛べても、木々が邪魔して視界がふさがれ、効率が低すぎる。
だが、目標を設定した上での捜索ならその分だけ効率が改善される見込みがあった。
それが正解かはともかく、とりあえずの指針が欲しかったのだ。
(あとは……早めに見つかることを願って)
もし王子の逃亡なら、少なくとも時間経過で王子が死ぬことはないだろうが。
それはそれとしても、カオルやサララが心配なので、早く合流したかった。
少しでも早く二人を安心させたかったし、その助けになりたかったのだ。
方向性が決まり、ベラドンナはそれまで通ったルートの中から、それらしいモノがあった場所を頭の中でピックアップしていく。
とりあえずはそこを見て回り、その後今まで見ていない場所を探していくことにした。
「ふぅ……ここにとどまって二年ほどになるが、未だ機会は訪れず……か」
洞窟の中、ため息とともにむなしき独白が響く。
ここはホッドとラグナスの中間にある山間部の、この辺りでは『ルップ洞窟』と呼ばれていた洞窟である。
元は地元の猟師が猟の期間中使っていた山小屋的な拠点で、洞窟とはいっても壁や地面が補強された、それなりに人が住むのに配慮されたものだった。
その洞窟の主は、フードを被った赤眼の青年。
傍に幾人かの部下を控えさせ、拳を握り締め洞窟の外を睨む。
「このままではエスティアはバークレーに飲み込まれてしまう……しかし、我らが動くにはまだ、兵が足りぬ」
焦る気持ちのままに独白は続き……しかし、ぎり、と歯を噛み、配下を見た。
「なぜだ……国が為民が為、動こうという者は他にもいたはずなのに、なぜこうも人が集まらぬ!! この私は、こんなにも人徳がなかったのか!?」
「殿下、どうか落ち着きなさいませ」
「人が集まらぬは、フニエル様がそれだけよき政治を行っているという証左でしょう。様子を見てから『今のままでもよい』と考えた者たちが居たのでは……?」
「あるいは、殿下が動こうとしているのを察知したバークレーの手の者が、なにがしか牽制しているのかもしれません。ともあれ、今はご辛抱を」
声を荒げる主人に、しかし連なる配下たちは恭しげに頭をたれながらもその憤慨を口々に宥める。
ここは……第二王子だったコール王子の、今の拠点。
従えていたのは、彼に付き従い、今のバークレーに飲み込まれようとしている祖国をよしとしない救国の志を持った者たちだった。
「お前たちは待てというが、手元にいるのはグリフライダーが三騎ばかり。歩兵が十人。猟師が二人。これでは……これでは、バークレーを追い出すことなどできるはずがないではないか」
「せめて王族を奪還できれば……我々の正当性を示すことができれば、数の問題は解決できるのですが」
「父上や兄上たちにそんな力があるとは思えぬ……城に残った者たちは皆、『平和が一番』とか言いながら目先の問題から逃げている怠け者ばかりだ!! 昔からそうだったのだ、父上は堕落しきっていたし、兄上はことなかれで、下の者たちも皆……」
「せめてシャリエラスティエ様がいらっしゃれば……」
宥められようと抑えきれるはずもなく。
虚しさと焦燥感ばかりが募る中、不意に部下の口から出た妹の名に「そうなのだ!」とコール王子は口惜しげに歯を噛む。
「サララがいれば、サララさえいれば、こんなことには……アレは私たちと違って国そのものの改善を考えていたようだったし……私とは意見は合わなかったが、それでも王族の中では真面目な方だった!!」
「継承権がないのが不思議なくらいでしたなあ」
「父上の跡を継ぐのなど、誰だって嫌がるだろうさ……兄上だって『面倒くさいから嫌だ』と嫌っていたし、私だって正直……だが、だからとバークレーに飲み込まれるのは許せぬ! このままでは我が国は、奴隷商どもの庭と化してしまう!!」
奴隷制による経済政策が成り立つバークレーは、エスティアにとっては不倶戴天の敵だった。
元々は隣国でもなんでもなかったのが、戦時中にバークレーが拡大したことによって隣国になり、以来ちょっかいを出され続けている。
興ったばかりの頃、大陸の北西地域の大部分を支配する大国だったエスティアは、今では王都を中心としたわずかな地域のみが残る小国となってしまった。
それというのも、戦争という魔物が領土を食い荒らし切り取り続けたから、という理由もあったが、今を以てまだ国土を食い荒らそうとするバークレーに、コールは怒りを禁じえなかったのだ。
いや、国土だけではない、今度は、内政まで荒らそうとしているのだから。
「何も私たちの力だけでバークレーを追い出そうなどとは言わぬ……私とて、我々の非力さは理解しているつもりだ。だが、我々が行動することで、エスティアという国がバークレーに抗っているのだと伝われば……それを口実に、エルセリアは必ずや動いてくれる!!」
コール王子とて、決して無策で動いたわけではなかった。
フニエルがバークレーと勝手に友好関係を結び、保護されたとはいえ、エルセリアとの関係が完全に断ち切れているわけではない。
つまり、エルセリアもまだ、干渉できるかもしれないのだ。
採掘量豊富な金山という他にない強みがあるエスティアは、エルセリア視点で見ても保護するだけの旨味のある存在だった。
エルセリアほどの大国が関われば、いかにバークレーが内政にかかわってきていようと形成の逆転は可能。
コール王子の目論見は、いかにエルセリアを関わらせられるかにかかっていた。
「口惜しいが、今はまだすぐには動けぬ……だが、だが見ていろバークレー!! 我が妹をたぶらかし我が国を乗っ取ろうなど、決して許さぬ!! 必ずや、必ずや我が国から追い出してくれる!!」
「おぉっ!!」
「そしてゆくゆくはコール殿下をこそエスティアの王に!!」
「コール様、万歳!!」
「ばんざーい!!」
集った配下は口々にコールを称え、覇気を見せる。
この国の行く末を憂う者たちが、そこにこそ居た。
(……まさか、こんな所に居たなんて)
自身の予想がある意味で当たり、ある意味で外れ。
それを眺める蝙蝠――ベラドンナは、コール王子脱走の真相を理解した。
(これはすぐにでもカオル様達にお知らせしなくては……兄妹同士での諍いに発展しかねないわ)
今はまだ動かないにしても、兵数がそろえば、そして活動の方向性が決まれば、動き出すのは時間の問題。
それを察して、ベラドンナは急ぎ、戻ってゆく。
主人達に、今見た全てを伝えるために。