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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#19.黒女神様と白女神様

 料理人の夜は早い。

サララが何故あの場にいたのか。何故メイドなどやっていたのか。

その確認もできないままに、カオルは忙殺されるように一日を終え、疲れのまま眠りにつく。

空いた時間にサララの元に行こうにも、料理人見習の立場のままではそれも叶わず。


(あいつ……何やってんだろうな、今)


 世渡り上手ではあるものの人に使われるのはあまり好きではないサララのこと。

メイドなどやってうまくいくのか、と不安にもなり。

気になりはしたままうとうとと意識がどこかへと旅立ってゆく。

夢とも違う、懐かしい感覚。




「――ああ、ここか」


 いつもの女神様の空間。

慣れ親しんだような優しい気配を感じ……けれど同時に、なんとも言い知れない、おぞましい気配も感じてしまう。

今まで感じたこともない二面性。カオルは「何でこんなことに?」と、不気味な違和感を覚えていた。


「……」


 そこに立っていたのは、美形ではない……女神様だった。

前にあった時は大分綺麗寄りの顔になってたはずなのに、今はかつてよりも不出来な、気味の悪い顔立ち。

不細工ながらも善良さを感じられた以前の顔よりも、邪悪よりな風貌になっていた。


「カオルですか……」

「女神様、どうしたんだい? その……結構、変わっちまったな、また」


 流石に悪いほうに変化した風貌に直接言及するのもはばかられたが、だからと聞かずにはいられない変化だった。

以前、女神様は「力の統合性が取りにくくなって」と言っていたので、今回の変化もそれなのかもしれないとはカオルも思ったが、それにしても変わりすぎだった。

――悪い方向に。

女神様も、自嘲気味に口元を歪める。


「酷い姿でしょう? 前に会えた時は幾分、元の私に戻れていたはずですが……生憎と、そんな状態ばかりでもなくて。惨めですよね。情けないですよね」

「そんなことはないぜ。今話してて、いつもの女神様だって思えたし。こういっちゃなんだけど、最初っから大体そんな感じだったじゃん。女神様っていうほど神々しくもなかったしさ」

「まあ、酷い言われようですね」


 変に慰めるより、突き抜けて笑ったほうがマシだと思ったカオルは、かつての女神様との出会いを思い出しながら、女神様が自分の容姿を気にしないように気を遣った。

女神様も、それが分かったのか素直に乗っかってくれる。

おかげか、少しだけ空気が和らいだ。


「ねえカオル。貴方は、魔王という存在を、どう思いますか?」

「うん? 魔王? ずっと前に女神様が教えくれた時の話通りなら、まあ、悪い奴なんだろ? 古代竜の元になるしさ」

「ふふっ、そうですね。あの時の私の説明通りなら、そういった印象を受けるはずですね」


 古代竜が世に生まれるのは、死んだ魔王がその魔力を世界に分散させるから。

レトムエーエムの脅威を目の当たりにした以上、そのもとになる存在などと言われれば、人類にとって悪しき存在としか思えないはずだった。


「でも、魔王って実際、何やってたんだ? 人間の敵になってたけど、結局古代竜がいるってことは負けたんだろ?」

「そうですね。魔王は大体の場合人類に敵対し、人類を滅ぼそうとしていました。そして多くの場合、人間に負けています」


 説明ながらに「ここがミソなのですが」と、口元を歪める。

それがどこかいつもの女神様と違って邪悪に感じられ、ぞわ、と背筋が粟立つのを、カオルは感じていた。


「魔王が敵視していたのは人間だけではないのです。魔王とは終末の存在。本来、魔王を自らの王として擁することの多い魔族すら、魔王にとっては屠殺(とさつ)の対象でしかない。魔族らはそんなことすら知らずに、魔王を王として崇めるのです」

「……人類すべてにとっての……」

「正確には、すべての知的生命体にとっての、でしょうかね。完全覚醒した魔王はそれまで持ち合わせていた自我も知性もすべて失い、ただただ殺戮と破壊を繰り返すだけの装置と化します。結果として、地上はすべてリセットされ、まっさらな世界になるのです」

「……ゲーム的な」


 リセット、という単語は、カオルにとって割と馴染み深い言葉だった。

ゲームでよく使われる、ゲームを最初からやり直すためのボタン。

まるでそれと同じことが、リアルで起きるかのような想像をしてしまい……ぶる、と、身を震わせた。


「ですから本来、魔王に善いも悪いもありません。魔王とは知的生物に憑依するシステムのようなもの、と思うといいでしょう」

「じゃあ、ゲーム的な悪い奴っていうのは……」

「世界が滅ぼされたらゲームオーバーなのですから、人間からみたら間違いなく倒さなければならない絶対悪でしょう?」

「……憑依するって……それってつまり、俺みたいなのがいきなり魔王になることもあるってことか?」

「あるんでしょうね……そして、私がかつて対峙した魔王も、本来なら聡明な、王のような人だったようですが」


 存在を歪められる恐怖。

それは、カオルにとって計り知れない恐怖だった。

意味不明すぎた。なんでそんなものがあるのか解らなかった。

だって、世界をリセットさせなきゃいけない理由なんて、どこにあるというのか。

人々は、今もまだ生きているというのに。


 疑問が、疑惑が生じて女神様を見つめる。

すると、女神様もまた、そこに考えが至ったカオルに満足してか、ニコリ、不気味に微笑みながら口を開く。


「――それは、神々によって生み出されたシステムでした。争いばかり続ける失敗作の生物。これを粛正し、綺麗な世界にして今一度やり直そう。そう思ったある神様が、多少時間がかかっても手間なく数の多い失敗作を片付けることのできるように作ったシステム。それが魔王」

「……神様の仕業かよ」

「そんな大それたことって、神様の間でも全員賛成するわけでもなくて。大半の神様が賛同した中で、少なくとも女神アロエはそれに反対していたようなんですよね」


 それがフォローなのか、あるいは何か意図あってのものなのか。

カオルには測り兼ねたが、女神様は口元に手を当てながら悩ましげに吐息する。


「でも、それは実行に移されてしまった。最初に魔王に選ばれたのは、神々に反発する事の多かった魔族の王。都合がいいからと、彼は魔王にされ、理性を壊され、破壊と殺戮を繰り返すだけの道具にされてしまった」

「……」

「魔王は、一週間暴れ続けたわ。そうして世界のすべてを破壊しつくし、用済みになり、神の手によって駆除された……はずだった」


 けれど、と、ここまで語って女神様は笑顔になる。

何が楽しいのかわからない。けれど、女神様は笑顔だった。


「魔王には、恋人がいたのです。神々のことを知り尽くし、魔王がその後どうなるのかも解っていた恋人が。彼女が手を尽くし、長い時間をかけて魔王という存在を蘇らせた。神々が争いあい、勝手にその数を減らしていった、その隙に、ね」


 何を言っているのか。何を話しているのか。

カオルにはもう、意味が分からなくなりつつあった。

だが、それでも楽しげに語りだした女神様を止めることはできず、ただただ、耳を傾ける。

話して聞かせてくれていることなのだ。何かしら、意図があるのだと思っていた。


「二度目の復活の際には、女神アロエ率いる主流派の神々が相手になった。魔王とその恋人は、アロエによって再建のために異世界から呼び出された異世界人を仲間に引き入れ、これを魔人という配下にし、神々に対抗した……かなりのいい勝負になったわ」

「でも、負けたんだろ? その……今のこの世界があるってことは」

「ええ、そうね。負けたわ。アロエが呼び出した異世界人……勇者によって、魔王は敗北。力の大部分を失った。けれど、恋人はまた、魔王を封印し、長い間時間をかけ、蘇らせようとしたわ」

「同じことの繰り返しか」


 キリがないな、と思い始めたカオルに、女神様は「そうでもないわ」と首を振る。


「三度目の魔王復活。この時はまだ魔王は半覚醒状態で、かなり自我を残していた。けれど、本来の人格の方を取り戻すのも時間がかかってね……一時期、人間世界を放浪していたの」

「でも、同じ人だったんだろう?」

「ええ、同じ方だった。そして……魔王はある少女と出会うの。少女は異世界から来た勇者で……けれど、魔王に恋をしてしまった」

「恋って……え、魔王に?」

「魔王だなんて知らなかったのよ。知らないまま知り合って、恋をして……けれど、魔王は覚醒してしまった。勇者は、勇者として呼ばれた以上魔王を倒さなくてはならない。少女は泣きながらに魔王を倒した」

「それだけで終わらなかったのか」

「女神に騙されたと思い込んだ勇者は、女神が魔王のシステムに介入する前に、システムに無理やり介入して……魔王の力が、他者にも憑依するように書き換えてしまったの。結果として、さまざまなものが魔王として覚醒するようになってしまった」

「ひっでぇ……」


 その勇者が余計なことをしなければ、魔王という厄介なシステムはそのまま消えたはずなのに。

それが為に苦しむ人が増えることになるなんて、と、カオルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「でも、実際問題騙されてたのか? 嘘をついて魔王を討伐させたのか? その、アロエ様はさ」

「いいえ? 女神アロエは高潔な神よ。嘘なんてつかないし、騙してまで異世界の少女を連れてくるなんてしない。最初からすべて説明されていたはずで、その勇者だって納得の上で人助けのためにこの世界に来たはずだった。けれど……恋する乙女の心なんて、分からないものでしょう?」


 同意を誘うような口調で。

カオルにも「確かに」と頷けてしまうような、そんな言い方だった。

恋する乙女は、はたから見ると訳の分からないことをするし、突飛な言動や行動をとる。

そんなの、今まで見たそんな感じの女の子で理解していたはずだった。


「勇者様でも、女の子だったわけだ」

「そういう事。強いて言うなら、女神アロエには恋する乙女の気持ちが読み切れなかった、という事かしら。結果として魔王のシステムは世界に飛散し……覚醒した者を討伐して、また書き換えに間に合わずに飛散されて、の繰り返しで今に至る訳」

「その話聞いてると、魔王って奴にはただただ同情しか湧かねぇなあ。もちろん人間にとって敵対的ならどうにかしなきゃいけないんだろうけどさ」


 頭を掻きながら、カオルはどうにもやりにくさを覚えていた。

もっとこう、単純にわかりやすく「こいつは悪い奴だ!」ってわかるような輩ならいくらでも蹴散らせるのに。

それが、「実は善良な人でした」みたいなのがよくわからないものに憑依されて悪いことをしていただけだなんて、そんなの後味が悪いに決まっている。

できれば戦いたくないし、戦うなら戦うで、魔王も含めて救ってやりたいとすら思える。

偽善と笑われようが、それくらいはしてやりたいというのがカオルの心情だった。

女神様も「そうでしょうね」と、先ほどまでより柔らかに微笑む。


「女神アロエが悪いわけでもないし、魔王が悪いわけでもない。では一体、誰が悪いんでしょうね……」

「いいか悪いかはともかく、原因は知的生物……とかいうのを粛正しようとしてた神様なんだろ? じゃあ、その人らが神様な以上は同じことが起きる可能性はあるんだよな」

「まあ、そうでしょうね……ではカオル、神様討伐でもしますか?」


 突飛な発想。

突然の提案に、さしものカオルも「えっ」と、間の抜けた声をあげてしまう。

神様討伐。そんなこと、できるのだろうか。

いや、できたとして、やっていいのだろうか。


「貴方が持つ武器『棒切れカリバー』は、神すら滅ぼすことのできる本物の神器ですから、その気になれば神々を相手取ることも可能なのですよ?」

「……いや、いやいやいや」


 世界がこんな風になった原因は確かに神にあるとして。

それができる武器を自分が持っていたとして。

そんな大それたこと、自分がやるはずがないと、そんな光景イメージすらできないのだと、カオルは困惑に手を前に、わたわたと振り回していた。

女神様は……愉しげだった。


「……今はそれでもいいでしょう。ですがカオル。貴方は果たして、この世界をどうしたいのか。それは考えておいてください。貴方は英雄にもなれますし、一般人にもなれる。そして……魔王にも神殺しにもなれるのですから」


 それは、今までの中で一番ゾクリとくる、そんな恐ろしげな一言だった。

何か反論しなければならないと、そう思うような――言葉を探して探して、ようやくそれを思いつき、なんとか「なあ女神様」と、言葉に紡ぐ。


「俺は、そりゃ英雄にもなりたかったけどさ……今は、サララを幸せにしてやりたいんだよな。その為にエスティアにいるんだ。俺にそんな……重いことを期待されても、困っちゃうぜ?」


 カオルは自分で、魔王をどうとか、神様をどうとかなんて考えていなかった。

そんなこと視野にすら入っていなかった。ただの英雄。そう、今はもう、英雄だった。

それだけで満足だった。あとはもう、サララと幸せに暮らせればそれでよかったのだ。

その願望を、そう生きたいと思う心を、ようやく表に出せた、そんな自分に気づく。

気づいて、笑った。


「そうだよ。俺はサララと一緒にいたいんだ。一緒に笑いたいし、一緒に大変なことも乗り越えたい! それだけできれば、あとはもう満足さ!!」


 究極、これだけ満たせればそれでよかった。

今思い浮かぶのはそれだけだった。悩むことなど、悩んでから解決すればいい。

そもそも最初に女神様は言っていたではないか。

「そういうのは勇者にでも任せておけばいい」と。

「カオルはこの世界をエンジョイしちゃってください」と。

楽しまなくては嘘ではないか。自分が勇者になる必要など、どこにもないのだから。


 そこまで考えて、女神様は「なるほど」と、何かに納得したように頷き……そうして、女神様は変化した。


「えっ? うわ……あ、綺麗になった」

「うふふ……力の統合が私寄りになったんですね。そう、カオルはそれでいいのですよ。自分の心に正直に、幸せになれると思った道を進んでください」


 驚くカオルをよそに、女神様は慈母のようにやさしく微笑みかける。

カオルのよく知る、母を思わせる優しさ。

ようやくいつもの女神様が戻ってきたように思えて、カオルは嬉しくなって「ああ!」と、力強く頷いて見せた。



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