#15.お姫様メイドる
「中々それらしい痕跡も見つからないわね……」
ラグナス近郊の山の中。
単独行動にて消えたコール王子の行方を捜していたベラドンナは、最初こそ街中で蝙蝠や小鳥に化け、住民らの噂話などに耳を傾けていたのだが。
それだけではどうしても有意な情報を獲得できず、やむなく山の中を直接探索していた。
けれど、深い山の中、樹々を抜けながらの探索は、いかに空を飛べると言っても楽なモノではなく、ベラドンナは若干の疲労を感じていた。
(猫になったコール王子……それにグリフォンのランドルフ。どちらか片方でも何かしら手掛かりが見付けられれば、と思ったのだけれど……流石にすぐに見つかる訳もないわね。こればかりは、時間を掛けるしか)
長丁場の予感を感じ、とりあえずは、と、適当な枝に腰かける。
きし、とかすかに枝が揺れたが、ベラドンナはとても軽く、その程度では折れる様子もない。
(この辺りは硬い樹が多いのね……村から出てすぐにこんなに広大な森があるのに、切り倒された樹がほとんどない。管理とか、してないのかしらね……)
森が近くにある集落なら、大体の場合村に幾人かは森の管理をする木こりや山に精通した猟師、山師などがいるものだが、そういった手合いがいる様子もない。
村の中には狩猟をする者もいるはずなのに、邪魔になる樹々や茂みを全くの野放しでは、効率もよくないだろうに。
おかげで、普通に歩くには相当に難儀するほど、足元に草が生い茂っていた。
これでは満足に歩けない。
(……確かにこれなら、侵略もしにくいでしょうけど)
一応街道はあるし、ある程度まとまって歩くことはできるだろうが。
それでも、それ以外の道は全くと言っていいほど整備されていないのなら、防衛上堅牢ではあるのだろう。
逆に言えば、防御に適した条件が整っていながら弱小国のままだったという事は、それだけ猫獣人が、国の備えそのものに無関心だった、という事になる。
(怖いわね……サララさんは普段のんびりしているけれど、それでも頭はとても回るようだったし……でも、普通の猫獣人は、その辺りの事、全然考えてないのね)
エルセリアならどこの村でも街でもやってるような備えがなされていない無防備さ。
これでは侵略してくださいと言っているようなものである。
それでも全く気にならず、何ら不安もストレスも感じることなく生きられるお気楽な生き物。
それが猫獣人なのだとすれば……それは、見ている方からすればこの上なくハラハラする存在なのでは、と、ベラドンナは思案する。
(……今の女王様もそうなのかしら。サララさんの妹さんなら、同じように賢いかも知れないけれど……でも、この有様では)
民衆にとって王とは、本来余り関心事の中心には来ない存在。
ただ平穏に暮らしていれば、誰が王だろうとそんなに気にしないし、王様の顔なんていちいち覚えてない。
それはエルセリアでもそこまで違いはない。
流石に王の顔くらいは街住まいなら書物や張り紙で見た事があるだろうが、お姫様の顔など実際に目にするまで解らなかったのだから。
それくらいに隔絶した存在。
けれど、民衆にとって王とはいなくては困る存在で、王がどんな人物なのかによって生活のレベルも大きく変わる。
賢王と呼ばれる様な王ならばまっとうな暮らしを維持するのも容易かろうが、暗愚な王が玉座に座れば、民衆の生活はたちまち立ち行かなくなる。
その危機感が、エスティアの民には欠片もないように、ベラドンナには感じられた。
(こんな森一つで……けれど、国中がこんななら、野山の管理一つされていないなら一体誰が国土を守れるというのかしら)
土地の把握は国の要。
これなくして国防などできるはずもない。
では、最初からそれを放棄していたとしたら?
それは当然、国民の安全を、生活を何ら保証しえない、無責任国家が生まれる事になる。
戦えない国は、奪われ続け、失い続けるしかない。
その為に彼らは保護してくれる誰かを求め続けることになる。
法外な何かを支払いながら。
(……私なら、そんな国の王様にはなりたくないわね)
これはあくまで、自分が王子だったら、という事を想定しての話。
猫になった王子が無事だったとして、何を考えどう生きるのか、そう考えた時にまず思いついたのが、自分の立場というものから逃げ出したい、という気持ちだった。
国防もおぼつかない弱兵と国土管理能力の低さ。
勿論それは、「自分が王になって盛り返して見せる」と思っている者なら進んで王となる場面かもしれないが。
猫にされ、仮に意気消沈していたり、自信喪失してしまっていたら、果たしてそれを望むだろうか。
それよりは、怠惰でマイペースな猫獣人の事、「もういいや」と、世捨て人のように生きたいと願うのではないだろうか。
(私なら、そう考える……私なら、そんな生活捨てて、誰からも離れて……)
それは、本来のベラドンナなら絶対に望まない様な寂しすぎる生き方。
けれど、その王子ならそう考えるかもしれない、と思えるくらいにはリアルなイメージだった。
猫にされて何もかも嫌になっていたなら、逃げだした先で静かに猫として生きている可能性もあるのではないか、と。
「……なんて。さすがに飛躍し過ぎていたかしら、ね」
そこまで考えて思考を打ち切り、「んん」と両腕を上げてぐぐっと力を抜く。
権力者の思考なんて、市民出のベラドンナには解るはずもない。ただの妄想である。
それでも、どこか逃げたい気持ちがあるとしたらそれは彼女にとっても理解できる事だと思えたのは大きかった。
ただ逃げているだけでは、見つけたとしても取り逃がしてしまうかもしれないのだから。
とはいえ、今はまだ手掛かりすらない状況。
まずは何がしかの痕跡の一つも無くては、見つけ出す事などできるはずもなかった。
(とりあえずこの辺りには何の痕跡もないみたい。グリフォンの生態は私にはよく解らないけれど……あれだけ大きな生き物なら、そこで生きれば必ず何かしら痕があるはずだし……)
この辺りではない、とある程度の妥協の中で判断し、ベラドンナはまたふわり、空を舞う。
樹々を抜け、静かな青い空に。
そうして眼下の森を見て、再び着陸し易そうな隙間を見付け、森へと降下してゆく。
(小さな猫を探すより、大きなグリフォンの方が見つけやすいはず……いっそ襲い掛かってきてでもくれれば、解りやすいのだけれど)
キィキィという奇妙な鳴き声、そして羽ばたきの音。
何かしらが近づいている事を察し、即座に振り向き確認し……そして深いため息。失望である。
巨大な蝙蝠の様な化け物が数匹。自分を殺意たっぷりの目で見ていたのだ。
(取るに足らない魔物はいくらでも襲い掛かってくるけれど。グリフォンは中々襲ってきてはくれないわね)
相手をするのも馬鹿らしいとばかりに羽ばたき加速する。
樹々を飛び交うのは危険ではあったが、ベラドンナは器用に枝と枝の間をすり抜けてゆく。
それでも尚魔物は追いすがろうとするが、ベラドンナ程上手くは飛べないのか、翼や頭に枝をしこたま打ち付け、次々と落下してゆく。
ほどなく、追跡者はいなくなった。よくある事である。
(いないいないいない……私はここですよ? 早く襲ってらっしゃい、ランドルフ)
お腹を空かせてどこぞかへ潜伏しているかもしれないグリフォンに無防備な様を見せつけながら飛び交い。
ベラドンナは、森の探索を続けていった。
「お似合いよ、可愛いわ!」
「あうぅ……」
その頃、エスティア城内ではサララが、侍女長アリエッタの着せ替え人形にされていた。
「うーん、給仕メイドの服はシックな造りになってるけど、貴方まだ二次までだし、フリルが多いクリーナーの方がいいかしら? それとも上品な装飾が多いロイヤルシッターの方が似合うかしらねえ?」
「あの……何故そんな、色々な服を……?」
「え~? どうせなら一番似合う服を着せてあげたいじゃない? メイドなんて誰がやったって務まるんだし。それなら、よく似合う服を着せてあげて、いい人に『可愛い子だな』って思ってもらった方がお得でしょう?」
どうせ働くのだから、と、アリエッタは興奮気味に尻尾を左右に振りながら両手に持ったメイド服をサララに押し付ける。
サララも困り顔で受け取りながら「そうは言いますが」と、なんとかアリエッタの思い込みを止めようとした。
「私は別に、結婚相手を探すつもりで来た訳では……」
「あら、そうなの? でも貴方くらいなら、三次ももうそう掛からず来るんじゃない? 年齢も私とそんなに変わらないし……結婚するのだって、すぐに考えないといい人を逃すわよ?」
「いえあの……そういう方は、もういるので」
「あれ? そうだったの!? ごめんなさい……私てっきり」
ここでようやく何かの間違いに気づいたのか、アリエッタは口に手を当てながら「まあまあ」と申し訳なさそうに目を伏せる。
尻尾もしゅんとしてしまっていた。
「あのね、メイド募集にくる娘って、大体がそういう、結婚相手を探す意味もあってくる人だったから……」
(まあ、そうですよねえ。お城ならそれなりに収入ある人多いし、街の人達と違って一応お仕事の範囲内では真面目な男性も多いし)
「でもそうなの。貴方、そういうお相手がいるのにここに来ちゃったのね。なら、今お城に着ているバークレーの要人の方には気を付けなさいね?」
「はぇ? バークレー……の?」
「そうそう。今このお城には、第二王子のラッセル様と、そのお目付け役のブロッケンという方がいるの。王子様は優しい方だから女性も安心だけれど、ブロッケン様はかなり厄介と言うか……明らかにいやらしい目で見てくるから心配だわ」
私もそういう目で見られてたからー、と、眉を下げながら指を唇に当てながら。
アリエッタは新人メイドサララに「城内の問題人物」を説明していた。
(ラッセル……懐かしい名前ですね。今はフニエルの婚約者になったみたいですけど。女性に優しいという事は、あれから変わったのかな……?)
フニエルの婚約者として、バークレーの第二王子がこの城に居るのは知っていた。
その名も。そして幼い頃の顔と性格も。
懐かしいと思う反面、今は随分とその頃と違うのだと解り、どこか嬉しくもなる。
「その、お目付け役の人って、そんなに危険なんですか?」
「今はまだいやらしい眼で見られる以外誰も被害に遭ってないけどねぇ。でも、貴方もかなり可愛いからね、気を付けないと」
「はぁ……」
「給仕のメイドが、その人が来た初日にすごく怒られてね。怒り方もものすごく難癖に近かったんだけど、可哀想にその子、その場で泣くまで怒られ続けたらしいから……」
「バークレーの人、ですもんねえ」
「そうなのよねぇ。バークレーの男性って、女性には厳しいみたいでね」
困ったものだわ、と、ため息ながらに「だから気を付けてね」と念を押してくる。
サララも内心で「これだからバークレー男は」と苛立ちを覚えながらも、素直に「はい」と頷いて見せた。
それだけで、この昔馴染みの侍女長様は笑顔に戻ってくれると解っていたから。
「それじゃ、サラ、貴方にはロイヤルシッターをお願いしようかしらね? クリーナーでもよさそうだけど貴方って非力そうだし、顔は良いから私達の近くに居ても悪くは映らないでしょうし」
「はあ……ロイヤルシッター、ですか」
王族の身辺の世話をする侍女の小間使い。それがロイヤルシッター。
直接王族と接触する事はないが、適度に王族の近況を知る事が出来る絶妙な距離感を保てる役目で、サララにとっては都合が良かった。
「解りました。どんなお仕事かは分かりませんが……」
「うふふ、大丈夫よ。昔はどの王族の方につくかで作法とか接し方もいろいろ違って結構大変だったけど、今はフニエル様と猫になった方々しかいらっしゃらないから……猫になってしまった方々は、結構ただの猫になってしまってるし」
「あはは……そうですよね。猫にされてるんですもんね」
猫獣人ならば自国の事情故知っていても疑問にも思わなかったのだろうが。
サララにしてみれば、最後に城で見た光景そのままに、親兄弟が猫にされたままなのだ。
ゲルベドスが倒され、一度封印されても尚解ける事の無かった猫化の呪い。
それはまだ、この城に爪痕を残し続けていた。
(私ならきっと皆の猫化を解けるけれど……でも、皆は人間に戻りたがっているのかしら……?)
思い返してみれば、王族などと言っても義務で王族をやっているようなもので、望んで王族として活動していた者など一人もいなかったように思えたのだ。
国の為、国民の為、よりよい政治を……なんて、猫獣人には重すぎる。
いつも通り、のんびりまったり平和にマイペースに生きられればそれでいいじゃないかと、皆が思っていたのだろうから。
それが嫌になって、サララはいつも真面目に生きていたのだから。
(……話してみれば解るだろうけど。でも、もし皆が猫のままでいいなんて思っていたら……正直、話すのが怖いなあ)
呪いを解かずとも、猫語が話せる自分ならば猫にされた王族との会話は可能だった。
それで本心を聞く事も出来る。希望者だけを呪いから解放する事も出来るだろう。
けれど……少なくとも猫のままで無事な他の王族と、今間違いなく大変な目に遭っているであろう末妹フニエルと、どちらを優先すべきか。
(お父様が、エルセリア王くらいにきちんとした王様なら、ごり押ししてでも呪いから解き放って王位を戻させればそれで済むのだけれど……お父様だしなあ)
サララにとって父王とは、決して優秀とは言えない王だった。
少なくとも彼女自身が見ていて不満を抱くほどには、為政者として適当過ぎる、堕落した王だった。
それは猫獣人だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、王まで平和ボケしてしまっては、国の危機にどう立ち向かうというのか。
それによって真っ先に危機に追いやられるのは罪なき国民だろうに、そんな事すら毛頭になく、「何かあったらエルセリアに頼ればよい」といつも笑っていた父が、サララの目には恥ずべき国王の姿として映っていた。
故に、このような時にも頼れない。頼りたくない。
(仮にお父様を蘇らせても……きっとフニエルと大差なく、情勢に流されるままにバークレーと手を結んでしまうんでしょうね……フニエルの負担は減るでしょうけど、より救いがなくなりそうだわ)
エルセリア王が考えるほどには、エスティア王にとってのエルセリアとは、絶対の存在ではなかった。
あくまでエスティアという国を庇護してくれる存在が必要だっただけで、それがエルセリアだったというだけの話。
だから、同様に守ってくれるならどこの国でもいい、というのが父王の考え方だったと、サララはうんざりしながら思い出す。
(とにかく今は、今置かれた状況の中で少しでも役に立つ情報を拾っていかないと……)
「サラ? サラ? 聞いているの? 怖い人のお話を聞いて、怖くなっちゃった?」
「ふぇっ? あ、すみませんっ」
我に返ると、目の前で指をフリフリ揺らしながら呼ばれていた。
それに気づき、サララは頭を下げた。
幸い、アリエッタはそれ以上追撃してこない。
ただ一言「お話はちゃんと聞きなさいね?」と優しく諭すだけ。
(この娘はあんまり変わってないなあ……昔から同い年の子達には優しかったし)
優しいだけでそれほど優秀ではなかった気もしたが、同時にアリエッタが誰付きの侍女見習いだったのかも思い出していた。
(そっか……フニエルのお付だったから、侍女長に出世したのね。それで、人見知りするフニエルが、他の侍女を嫌がったから……)
人手不足という状況下。
メイド募集しているほどの大きな変化が城内にあったのは明白で、その原因がなんとなく、サララにも察せた。
主には、妹姫の人見知りの所為、というなんとも言えない推測だったが。
「あのね? お城のメイドも結構数が減っちゃってるから、貴方には私同様、フニエル様のお世話を直接してもらう事になるわ。だけど安心していいからね? フニエル様、とっても優しい方だから。絶対怒らないし、私達にも平等に接してくれるのよ?」
「は、はぁ……ふぇっ!? 直接のお世話、ですか……?」
「そうよ~? 驚いた? それはそうよねえ。入ったばかりのメイドをそんな、女王陛下のお世話係になんて普通は命じないし……でも貴方ってほら、可愛いでしょう? 少しでも華やかな娘に女王のお世話をさせたいのよね。私はあんまり華はないしぃ」
(いや、貴方も普通に綺麗な人ですけど……)
謙遜しているというよりは天然で言っているだろうと思いながら、サララは現在自分の置かれた状況を整理し直す。
メイドとして城内には入れた、それはまだいいとして。
フニエル女王付きの、直接お世話するメイドに任命された。
これが何を意味するか。
(……まずい。さすがにフニエル相手は……)
ただのロイヤルシッターくらいなら、あくまで侍女が前に立ちメイドは室内に入ることなく廊下で品物を渡したり侍女の手伝いをするくらいだが、直接の相手をするなら話は全然違ってくる。
当然ながら妹と姉なのだからバレてしまう。
「……? どうかした? ああ、高貴な方と接した事ないから緊張してるのかしら? 大丈夫よ安心して? 私も貴族だけどそんなに緊張してないでしょう? フニエル様は……どちらかというと、あちらの方が貴方に緊張しちゃうでしょうから」
(でも……この人、私に気づいてないんだよなあ)
ほんわかとした笑顔で新人メイドが緊張しない様にと気を遣ってくれているのは解るが。
それを見ながら「この娘も大概に天然ですね」とため息をつきたい気持ちになってしまう。
同時に、その主であるフニエルを想い……その性分を思い出した。
(あの子なら、もしかしたら気づかないんじゃ……いや、でも……ううん。どうかなあ。前に会ったのは猫にされる一週間前だし。その頃の私の顔を覚えてたら……覚えてる、かなあ)
その頃のフニエルは、人見知りが激し過ぎてこのアリエッタや執事の爺をはじめ、限られた人達としかまともに接せられないくらいにコミュニケーション能力に難のある妹だったと、サララは思い返す。
一応サララ自身、懐かれていた覚えはあるのだが……それでも頻繁に会う事はなく、会った時もそれほど話した記憶もない。
姉としてもうちょっとこう何か思い出のようなものを作るべきだったのかもしれないと今更になって後悔の念が浮かび始めてきたが、その時のサララはそれなりに、勉学に励んで忙しかったのだ。
(どうしよう……気づかれたら全て台無しだけれど、気づかれなかったらそれはそれで姉として悲しい……ああ、どうしたら……)
「それじゃあサラ、その、左手に持ってる服ね? これに着替えてね。着方が解らなかったら言ってくれれば、手取り足取り教えてあげるわ」
「あの……アリエッタさん? 一応確認なんですが、他にフニエル様のお世話をする人は……」
「いないわよ? 今まで私一人でお世話をしていたんだけど、さすがに最近はフニエル様もお年頃で、手が足りなくなってきてね。フニエル様から許可をいただいて、もう一人くらいなら我慢できるらしいからって」
相変わらずのがっかりコミュニケーション能力らしい妹に「変わってないなあ」と嘆き、念のため、と、上目遣いで見つめながら
懇願する。
「あの、アリエッタさん? できれば、別の部署の方が……」
「ううん、ダメ♪ 貴方は今日から私の部下よ。私が気に入っちゃったんだもの♪」
「そ、そんな……そう、ですか、はぁ」
昔から妙に押しが強かった覚えがあるが、この娘はこれがあるからフニエル相手でも立ち回れるのだろう。
とにかく自分で決めてしまう。そして相手に逆らう余地を与えない。
サララから見ると「何様なのこの娘」と言いたくなる瞬間もあったが、これはこれで気弱過ぎる主に仕えるには必要な才能なのだ。
何も決められない主に従ったままでは、何一つ進まないのだから。
サララもまた、「逆らっても無意味」と気づき、素直に運を天に任せる事にした。
なるようにしかならないのだから、抵抗なんて怪しまれる様な事はしない。
「あの、それならせめて、髪を結うリボンか髪飾りをいただけませんか? 女王陛下に仕えるメイドなら、今までと気持ちを切り替えなくては……」
「うん。いい覚悟ね! 解ったわ! それじゃちょっと待っててね……部屋に可愛いのがいくつかあるの! それと他にも……うふふっ、とにかく取ってくるわね!!」
何に興奮したのか、満面の笑みで尻尾を振り乱しながら、アリエッタは部屋から駆け出してしまう。
(あー……思い出したわ。あの娘、女の子大好きな人だった……)
可愛い女の子を着せ替え人形にするのが大好きな厄介な人。
自分も昔やられそうになってひっぱたいた事があったくらいには相手を選ばない娘だったと、今更ながら思い出していた。
(大変なことに……ならなければいいなあ)
単に少しでも気づかれにくくする為の変装がしたかっただけなのだが、一体どんなオシャレアイテムを持ってくるつもりやら。
はしゃいだように部屋から出ていったアリエッタが戻ってくるまでの間、サララは渡された品のいいメイド服を見ながら「確かに可愛いんだけど」と、昔見たそれより大幅に可愛くアップデートされている事に感心していた。
その後、アリエッタは一時間ほどしてようやく戻ってきた。
大量の髪飾りが入ったバッグと、パジャマやネグリジェが収まったバッグを両手に持ち、荒い息で「お待たせ!」と満面の笑みのまま。
恐怖の着せ替え人形ショー第二弾の開催の予感に、サララは顔をひくつかせた。