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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
3章.オルレアン村編3-ダメ男と村娘とネクロマンサーと-
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#2.ぼんくら男ポット


 麦畑の収穫が始まると、村は祭りのような賑わいを見せ始める。

のんびりとした日ごろの風景とは異なり、畑へと出た男たちはこぞって麦刈りの速さやら、麦束をいくつまとめて運べたかやらの力自慢を始めるようになる。

村の女たちはそんな男たちの力強い姿に見とれたり、あるいはその滑稽(こっけい)さに笑ったりなどしながら、足りない分の縄を結ったり、手料理や飲み物などを持参したりして、男が働くのを応援する。

昔から続く、オルレアン村伝統の風景であった。


「はぁっ、はぁっ……と、とりあえず、この(かわ)は終わり、だな……」

「おーいカオル! ここはもういいぜ!! ありがとうよ!! 後で礼をしに行くからなーっ」


 カオルもまた、村男らに混じって、麦刈り、そして麦運びを手伝っていた。

汗だく、疲労困憊(こんぱい)、そして全身に渡る筋肉痛。

こちらに来てから幾分鍛えられたとはいえ、その作業の過酷さ、疲労度は生半可ではなく。

辛うじてついていける程度の速度で、申し訳程度に手伝っただけで、もうカオルは死にそうな顔をしていた。

息を整えながら、畑の持ち主である村男に軽く頭を下げると、カオルは重い脚をなんとかひきずるように、家への帰路につく。



 まだ幾分陽が高く、風もゆるやかで、川岸を歩くカオルは、ふと、足を止め、川をじ、と見つめる。

水面に映るのは、汗にまみれながらも、そんなに悪くない表情の、精悍(せいかん)な青年顔。

向こう(・・・)での冴えなかった彼と違う、この世界に来てからの、新しい顔。

最初こそ慣れなかったが、今ではもう、大分自分の顔(・・・・)として慣れ始めていた。

汗だくで、ちょっと汚れてはいるが。

それでも、必死に働いて、「ありがとう」と言ってもらえるのが、この顔なのだ。


「……へへっ」


 カオルは、それがちょっとだけ誇らしく、笑ってしまう。



「……楽しそうだねカオル君は。くたくたになるまで働いたのに、よくそんなに笑える」

「おわっ!?」


 ついにやにやと笑ってしまっていたカオルであったが、誰ぞかの突然の一言に、つい素っ頓狂な声をあげてしまっていた。

声のした方を見れば、橋の下にいる顔と目が合う。


「ポットさんか。そんなところにいるなんて気づかなかったぜ」

「やあ」


 たまに顔を合わせる村男だった。

ぼさぼさ髪でひょろ長の、お世辞にもカッコいいとは言えない風貌。

今のカオルより少し年上くらいの年齢らしいが、体格があまりよくなく、顔だちも今一冴えない。

なんとなく見てると「向こうの俺みたいな顔してるなあ」と、その自信なさげな様子と相まって好きになれない、そんな男であった。


「こんなところで何やってんの? 畑仕事サボってたとか?」

「ははは、まさか。君と同じでくたくたになるまでこき使われてね。家までが遠くて辛いから、ここで一休みさ」


 なんとなしに川辺まで降りてきたカオルに、苦笑いしながら、ポットは水面へと視線を移す。

橋の下は、確かに日陰になっていて涼しそうではあったが。

カオルにしてみれば「暑いにしたってもうちょっとマシなところで休めばいいのに」と、不思議に感じてしまってもいた。


「それにほら……ここで休んでると、たまにアイネとかが上を通りかかるだろう?」

「まあ、そうだけど……」


 指さしながら上の道を見上げるポット。

カオルもそれを目で追いながら「ああ」と、気付く。


「そういう事か」

「そういう事さ」


 彼が気づいたのは、この位置からなら通りかかる人を下から見上げられる、という事。

村娘のパンツ覗き放題のスポットだったのだ。


「ポットさん、やる事がしょっぱいな」


 だが、カオルですら「それはねーよ」と呆れてしまっていた。

その気になれば全裸すら覗けてしまうこの村で、今更パンツ覗きである。

いい年こいて子供の悪戯レベル過ぎて、カオルも思わず溜息が出てしまう。


「う、うるさいなっ、いいだろ、好きな娘のパンツくらい覗いたって。別に変な事する訳じゃないし!!」

「そりゃそうだけどさ……村長の娘さんの事好きなら直接言えばいいのに。前も言っただろ?」


 このポットという青年、実のところ村長の娘さんであるアイネにずっと懸想(けそう)しており、何かにつけて「アイネが」「アイネと」「アイネの」と、彼女の事ばかり気にかけている様子なのだ。

前にも何度か、カオルにラブレターを届けるように頼んだりしていたので、その辺り、カオルはよく解っていた。


「ちょ、直接なんてそんな……そんな簡単に、想いが通じるとは思えないし……」

「まあ、そりゃそうだ」


 そして同時に、カオルは知ってしまっていた。

アイネは、兵隊さんの事が好きなのだ。

つまり、現状では仮にカオルがポットのラブレターを届けたとしても、色よい返事が返ってくる見込みは一切ない。

直接告白したとしても、アイネの心を揺るがすことは難しいだろう、と。


「村の()たちの間で僕がなんて呼ばれてるか知ってるかい? 『要領が悪くてぼんやりしてて、動きが鈍くて今一冴えないぼんくら男』ってさ。アイネはそういうのに加わらないけど、皆口が悪すぎだよ」

「酷い言われようだけど、何一つ否定できないのが悲しいな……」

「うん、解ってる……」


 村娘たちの間で言われている評価は、概ね的を射ていた。

それ自体はポット自身も理解しているのか、ため息混じりに俯いてしまう。


「僕だって、衛兵の兄さんみたいに強くなりたいよ。でも、子供のころからあんまり体格もよくなかったしさ。他の人みたいに畑仕事ばかりしてたら力も強くなったんだろうけど、僕の家、墓守がメインだから……」

「ああ、そういやそんな仕事だったな。どんなことやるの?」


 ある程度打ち解ける程度には話したことはあったが、カオルもまだ、ポットがどんな仕事をしているのか知らなかったのだ。

墓守と言われても、それが何なのかすらよく解らない。


「君の住んでたところにはいなかったのかい? 墓守って言うのは、死者をお墓に埋葬したり、お墓をきれいにしたり……あと、墓泥棒が来ないように見張っている仕事だよ」

「お坊さんみたいなもの?」

お坊さん(プリースト)とは違うかな。あの人たちは生者の心を癒やし、死者の魂を導くのが仕事だろう? 僕たちは、死者の魂が安らかに眠れるように、その寝所を護るのが仕事だから」


 微妙な違いだけどね、と、少しだけ優しい目つきになりながら、川面の魚を見つめるポット。


「墓守は遺体や骨を扱う仕事でもあるから、衛生とか、後は黒魔術なんかを学ばされるんだ。衛兵の兄さんが盗賊と戦うように、僕たち墓守は墓荒らし(ネクロマンサー)と戦ったりする事もあるから、その対策としてね」

「へー……黒魔術って?」

「動物を使役して対象を監視したりする魔法とか、他の黒魔術の効果を消し去る魔法とか。そういうのを使ったりするんだ。ネクロマンサーの魔法も黒魔術だから、知らない人が見たら一緒くたにされるけどね」

「なるほどなあ……」


 やっぱり魔法っていう響きはカッコいいなあ、と、内心ワクワクしていたカオルであったが。

それとは別に、ちょっとだけ誇らしげなポットを見てなんとなく、「動物を使役して対象を監視」というワードに、何か引っかかるものも感じていた。


「動物を使って、アイネさんを覗き見とかしたりした?」

「……」


 途端に顔を青くして黙り込んでしまうポット。

揺るぎなき有罪(ギルティ)であった。


「ポットさん、やっぱやる事がしょっぱいな」

「うるさいなっ、解ってるよ! 虚しくなるから一度しか使ってないし!!」

「やっぱり虚しくなるのか?」

「そりゃそうだよ! だってあの娘寝ても覚めても衛兵の兄さんの事ばかり考えてるんだよ! 夜なんて『明日はなんて言って話しかけようかしら』とか考えながらすごく可愛い笑顔で――もういいよ! この話はやめよう!! 悲しみばかりが深まるんだ!!」


 突然涙目になって鼻息荒くまくしたてるポットに、カオルもつい「ああ、そうだな」と、その提案を受け入れてしまう。

はたけばいくらでも埃が出てきそうな胡散臭さだったが、それ以上追及するのも可哀想過ぎると、同情的な見方もあった。


「――カオル君も、僕みたいに頑張りはするけどモテない系の人なのかなって思ってたけど、サララちゃんみたいな可愛い子がいるし。なんかもう、何もかも嫌になってきたよ……畑仕事の手伝いも辛いし」

「サララは……まあ、なし崩しというか。でも、ポットさんだってこのまま真面目に仕事してりゃ、きっといい人が構ってくれるようになるよ」

「そうかな……僕、一生女の子と縁がないまま、手すらまともに繋げないまま死ぬんじゃないかな。最近、親父が『早く孫の顔見せろ』とか言ってきてさ……僕、辛いよ。女の子とまともに話す事すらできないのに、孫とか要求レベル高すぎだよ」


 どうしたらいいんだ、と、やるせなさそうに川に向け小石を投げるポット。

小さな水音と共に石が沈んでゆくその様は、まるで今のポットの心情を表すかのようだった。


「俺だって、この村に来るまでは女の子と話すの苦手だったし。ポットさんみたいなもんだったよ。いいや、仕事してたぶん、前の俺なんかよりポットさんの方がずっとちゃんとしてたと思うぜ!」


 なんとなく、カオルはそんな彼の姿を見て「やっぱこの人、もったいないよなあ」と思えていた。

彼は、腐りそうにはなっているが、それでも昔のカオルよりも真面目だった。

彼は、女の子相手でダメダメではあるが、それでも好きな女の子に振り向いてもらおうとラブレターを書ける程度には行動力はあった。

墓守という、カオルには今一よく解らないものの、立派な仕事をしていて、畑仕事の手伝いだってそれなりに真面目にこなしているのだから、ダメダメな学生だった以前のカオルより、ずっとずっとまともな人間のはずだった。

そんな人間が、同じように自信を無くし、腐りそうになっている。

自分と同じようにやる気を出せれば、何かきっかけがあれば、自分と同じように変われるんじゃないかと。

そんな風に、カオルは思ったのだ。


「……ありがとうカオル君。でも、挫けそうなときにそんな事言われたって……疲れちゃうだけなんだよ」


 だが、思いのほかポットの心の闇は深いらしく。

陰鬱(いんうつ)な表情のまま、橋の下から出て、岸を上ってゆく。


「じゃあね」

「ああ、また」


 最期に小さくため息をつきながらカオルの顔を見て、そうして、教会の方へと去っていった。


(なんとかして立ち直らせてやりたいなあ……他人事とは思えないぜ)


 筋肉痛に痛む身体で何とか橋の上に戻りながら、カオルはポットの去っていった方角を、しばし真剣な表情で見つめていた。


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