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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#9.再会できなかった人との別れ

「ぐぅ、耳が……耳がグワングワンする……」


 ホッドの村に着くまでに、それほど長い時間はかからなかった。

昼過ぎに出て、到着したのはまだ日が高い内で、ひんやりと涼やかな風が吹く中、穏やかな日差しがカオル達を照らす。

だが、グリフォンから降りるや、カオルは一人アンニュイな顔で「ぐぬぬ」と、両耳を抑えうずくまっていた。

両耳の奥から響く謎の感覚が、カオルを苦しめる。


「だから唾を飲んでって言ったのにー。気圧が急激に変動しますから、空を飛ぶときは辛いですよー、はい、耳抜きしてー」


 サララはというと、苦笑いしながらグリフォンの閉じられた羽を「よく頑張りましたね」と撫でていた。

カオルが顔を見上げながら「耳抜きって?」と問うや、カオルの方に向き直り、自分の手で鼻をつまむ。


「こうやって鼻をつまんで、『んー』って鼻から強く息を吹くんです」

「鼻を……? こう、か?」


 突然鼻声になったサララにちょっとした面白みを感じてはいたが、耳鳴りが酷くなってきたので急いで鼻をつまんでみる。

そして、一気に鼻から息を吹き出す。


「……ぐ、な、なんか……耳が、変に」


 フボッ、という聞き慣れない音と共に耳から聞こえる音が薄くなってゆく感覚。

耳鳴りは消え、痛みもなくなったが、代償に耳の奥が別の違和感でゾワゾワとしてくる。

これはこれで気持ち悪いので、カオルは「うぐ」と耳を抑えた。


「すぐに直りますよ。とにかく、普通の人間の人は気圧の変化が辛いはずですから、ちゃんと対策取らないとです」

「できれば飛ぶ前に教えて欲しかったぜ」


 話している内に段々落ち着いて来たのか、カオルも普通に立ち直ったが、恨みがましそうにサララを見やる。

不慣れなのは仕方ないとはいえ、『プロ』なのに事前に注意しないのはどうかと思ったのだ。

対してサララは「いやあ」と、頬をポリポリ、にこやかあに誤魔化しスマイルを振りまく。


「ちょっと考え事してまして。直前まで言い忘れちゃってました。ごめんなさい」

「ああ、考え事か……その、お兄さんの事か?」

「ええ、やっぱり解っちゃいます?」

「まあ、家族の事だろうからな。サララ自身、ショックも受けたんじゃないのか?」


 話を聞いてから実際に飛び立つまでそんなに時間も空いてなかったし、飛び立ってからはカオル自身がそんな事話してる余裕すらなかったしで、コール王子の一件でサララがどんな気持ちになったかなど、今の今まで考える間すらなかった。

だが、家族の事ならそれだけサララ自身の不安も増した可能性もある訳で、心配していても不思議ではないのだ。

ただ、それを問うとサララは「ああ、いえ」と、首を振りながら否定する。

カオルが首をかしげていると、視線をグリフォンへと向けなが口元を緩めた。


「グリフォンって、基本的に賢い生き物ですから、主人や主人と親しい人やお客とかはちゃんと認識するんですよね」

「そうなのか? ああ、確かにそいつ、サララの言う事ちゃんと聞いたもんな?」

「飼いならされた子は馬より賢いんですよぉ。だから、コール兄様がさっきの人と親しいのが解ってれば、グリフォンが襲うはずがないんですけど……そこがちょっとおかしいなあって」

「なるほど、俺は王位継承云々が気になってたけど、サララは別の部分も気になってたのか」

「勿論そっちも気になってましたけどね。そちらの線は……まあ、落ち着いてから考えればいいかなって。時間もかかりそうですし、裏が取れないと結局ただの妄想語るだけになっちゃうでしょうから」


 難しい話はやめましょ、と、またカオルの方に振り向き、そのまま歩き出す。

向かう先はサララの古い知り合いのいる教会との事で、カオルもすぐにサララの隣に並んで歩いた。


「サララの知り合いって、どんな人なんだ? 教会って事は、神父さんか、それともシスターとか?」

「シスターですねえ。私が子供の頃からよく知ってる人で、元々はお城に仕えていた侍女だったんですけど、お年を召してから『神に仕える道に進みたい』って、聖職者に」

「へえ。猫獣人の聖職者か。初めて見るかも」

「あ、いえ、シスターは人間の方ですよ? お城で唯一の人間でしたから」


 エスティアではとっても貴重な人だったんですよぉ、と、懐かしみながら語るサララの顔は、先ほどまでと違いほんわかとした、あどけなさを感じる笑顔を浮かべていた。

カオルをして「珍しいな」と思えるような、そんな純朴な笑顔。

かなり長い事一緒にいたように思えて、もう一緒の道を進む事すら覚悟した相手ではあったが。

それでもまだ、見た事のない一面があるのだと解り、カオルは「もっと知りたいな」と、胸の高まりを感じずにはいられなかった。


「その人は、サララ的には信用できる人なんだな」

「ええ。今のこの情勢下でも、きっと変わらずにいてくれているはずです。私が無事だった事……一番に教えたくって」


 サララとしても、今まで国に戻れなかった負い目が無いわけではない。

だからこそ、一番親しかった人に、一番に自分の事を見せたいと思っていたのだ。

カオルも「その気持ちはわかる気がするな」と、素直に頷き、サララの気持ちを肯定する。


「それじゃ、急がなくっちゃな。俺も見てみたいぜ。昔のサララがどんなだったか聞きたいし」

「あっ、そ、それは聞いちゃダメですっ! そういうお話は……そのっ、今することじゃなくってぇ!」

「ははは、急げ急げー」

「もう……カオル様ぁ!」


 昔の自分がどんなだったかを知られるのは、サララにとってはまだ恥ずかしい事だった。

お姫様としては結構我が侭だったし、何度もお城から抜け出してしまうやんちゃなところなど、好きな人には知られたくなかったのだ。

だが、それはあくまで恥ずかしい事で、嫌な事ではなかった。

だから、照れながらもサララ自身、教会へ向く足は急いでいたのだ。




「……懐かしい。ここですよ、ここ! 昔、私が来た頃と変わらずに……!」


 そうしてたどり着いたのは、村の一角にある小さな教会だった。

低い階段の先にある、黒い木製の扉。

その上に小さな鈴が付いていて、開くと「シャラン」と、可愛らしい音が鳴る。

ここまで、サララの記憶通りだった。

それまで以上にサララの心は踊り、はしゃぐようにして聖堂へと入ってゆく。

カオルもそんなサララを見て「やっぱ嬉しいんだな」と、古い知り合いと出会える喜びに、胸が温まってゆくのを感じていた。


「お邪魔します! エレイナさんはいらっしゃいますか?」


 誰も居ない聖堂。

けれど、サララは高い声で知古の名を呼び、先に進む。

女神像の前。少しだけくすんだ色になっていたが、これもまた、記憶通りの姿をとどめていた。

……けれど。名を呼ばれ現れたのは、年若い人間のシスターだった。


「あらまあ、エレイナさんに御用なのですか?」

「はい。そうです。私、あの方と親しく……貴方は?」

「私、今現在この教会を取り仕切っているリンネという者です。貴方は……もしや、『サララさん』ですか? 違っていたら申し訳ありませんが」

「ええ、その通りですけど……?」

「それはそれは……その、折角訪れていただいて申し訳ございませんが、エレイナさんは、もう……」


 想定外が起き、予想外が起き。

見知らぬ人の姿に首をかしげていたサララは、その言葉に「えっ」と、固まってしまう。


「貴方がいつ頃あの方とお知り合いになったかは存じませんが、ご高齢でいらしたので……二年も前に、セントエレネスの大聖堂にお手紙で後を託されて、私が着任した時にはもう、相当衰弱なさっていらして……」

「……そんな。だって、まだ、そんなに……」

「人の時間は、貴方がたよりずっと早く流れますから……ですが、今際(いまわ)に託されたことがございました」

「託された事って?」


 突然の事に肩を震わせ目を左右に揺らし、耳をぴょこぴょこと落ち着きなく開いたり閉じたりして俯いてしまったサララを見て、カオルが代わりに問う。

リンネもサララの気持ちが解ってか、目を伏せながら「これは他の方には伏せていただきたいのですが」と断りを入れながら、続きを語る。


「エレイナさんは仰っておられました。『どうか無理はなさらず、ご自身の幸せを優先してほしい』と。『貴方が自身の幸せを望んでも、誰も怒りはしないのだから』と」

「……エレイナさんが言っていたのですか?」

「ええ。情勢的にも、当時はセントエレネスや王城の内部は難しい状況で、あまりそういった事に関わらせたくない、といったニュアンスなのかと思いましたが……ただ、エレイナさんは『あの方だけは心配だから』と、亡くなる寸前まで貴方の事を気にしていたようですので」

「……私に、幸せを優先しろ、と」


 それは、この問題に自分が関わることなく、王族ではなく一人の女性として生きろ、という意味にもとれたが。

同時に、それだけ大変な問題が城内に広まっている事への懸念にも受け取れた。

だからこそ、サララは唖然として、ぼんやりしてしまう。

先程まで考えていた事、これからどうしようかという考え全てが吹き飛び、何もできなくなってしまった。

そうして、眼の端から涙が零れ落ち。

溢れ出した感情が止まれなくなってしまった。


「あ、あ、あ……っ」

「サララ」

「うう……カオル様っ」


 こういう時、どうすればいいのかはもう、サララには解っていた。

ただ一人で泣くのではない。

抱き留めてもらえる相手がいるのだ。

躊躇などなかった。そのまま抱き着いた。胸の中で泣いた。

優しく髪を、背中を撫でてくれるこの男性に、今は少しでも癒やして欲しかった。支えて欲しかった。


 親しい人の死に耐えられるほど、サララは強い女の子ではない。

悲しいし辛いし、会いたかった人が最後まで自分の事を気にかけてくれていた事に、その幸せを願ってくれていた事に、感謝の気持ちも勿論あった。

けれど、それ以上に切なくて、耐えがたい。

だから、助けて欲しかったのだ。今は、支えて欲しい時だった。


 大きな声はあげずに、けれどずっとずっと、胸の中で泣きじゃくっていた。

そんなサララを笑う者など一人もいない。

大切な人を失ったのだ。カオルだって、その辛さは分かる。

自分ですら知らない様な、それこそ子供時代から親しかったというなら、自分以上に関わりの深い相手だったかもしれないのだから。

そんなの、辛いに決まっていた。泣いてしまうに決まっていた。

だから、カオルは余計な事一つ言わず、泣くに任せていた。

泣いて泣いて、それでも立ち上がれるように、その背を支えて。

そうして、泣き止んだら笑いかけてやるだけで、この恋人はきっと、元に戻れるのだから。




 結局サララが泣き止んだのは、夕日が差し込むようになった頃だった。

ようやくにして元に戻ったサララは、「えへへ」と照れたように眼元を指で拭い、またシスターへと向き直る。


「ごめんなさい、その、突然」

「いいえ。ですが、伝える事が出来て良かったですわ。二年越しとはいえ……あの方の伝えたかった言葉を、貴方に伝える事が出来ましたから」

「後でお墓参りをさせてくださいね。その、今は、忙しくて、顔を見に来ただけですけど、後でまた来ますから」


 流暢に話し始めたが、完全に立ち直れたわけではないらしいのは、カオルには解っていた。

無理をしている。けれど、無理をしなくてはいけないと思い、ふんばっているのだと。

だから、身体は離れても手は繋いだまま。ぎゅっと握ってくるサララの手を、優しく握り返した。


「ええ、それは勿論……ですが、この村には宿などありませんが、どちらに?」

「当面の間この村を拠点にしたいと思ってたので、空いたお家を借りようかと思うんですけど……リンネさんは良い感じの貸し家とか、ご存知ないです?」

「まあまあ……それでしたら、奥の救護院にも空き室がありますから、よければいらっしゃいますか? 子供も多く、あまり快適とまではいきませんが……」

「いいんですか? 良かった、もうすぐ暗くなるから、ちょっと失敗したかなーって思ってたんです! じゃあカオル様、とりあえずお世話になりましょ?」

「ああ、サララがそれでいいなら……その、お世話になります」


 ちょっとずつ調子が戻ってきているのを感じて、「もう大丈夫かな」と、手を握る力を弱めると、する、と手が抜けていく。

そうして、いつものにこやかあなサララスマイルが戻っていた。


「それじゃ、早速荷物を運びこんじゃいましょう! リンネさん、お部屋への案内お願いします。あっ、もちろん寄付も忘れませんから!」

「まあまあ、それはありがたい事ですわ。よき女神の信徒に、良き人生のあらん事を――」


 縁によるもの、善意でのお誘いだったのだろうが、寄付の一言にはリンネも眉をぴくりと動かし、目に見えて嬉しそうに祈りのポーズを取り、「では、どうぞこちらに」と、サララを先導していく。

とんとん拍子で話が進む中、カオルは「荷物取りに行くから」と、グリフォン駐留地点へと向かう事にした。

カオルとしては、頼りにするつもりのシスター・イレイナがいなくなりどうなる事かと内心不安になりもしたが、結果としていい方向に話が進んでいるようなので、一安心だった。



 こうして、ホッドの村にカオル達の拠点が出来た。


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