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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#8.空の旅、一瞬で終わる

 食後の休憩を二時間ほど挟んだ後、カオル達はグリフォンの飼育施設へと移動した。

道中、眠そうにぼんやり家から出てくる猫獣人の村民を幾人も見かけたが、カオルはそれを見て「やっぱ昼飯の後は昼寝タイムなんだな」と、普段のサララの怠惰さはただの種族的特徴なのだと改めて理解した。

因みに、休憩時間二時間の内一時間ほどは、サララが寝入ってしまったが為に超過した分である。


「やっぱ昼寝した後は、どこもぼけーっとしてるのか?」

「うに? まあ、お仕事にもよりますけど、流石に国境やグリフォン回りなんかは公職ですから、時間通りにはきちんと働きだしますよ?」

「そっか……じゃあ、あそこで居眠りこいてる受付の人は、グリフォン関係ないのか」

「ふぇ?」


 施設に入ってすぐ。

まだ若い猫獣人の男が、カウンターで腕枕しながらすやすやと夢の世界へ旅立っていた。

皮肉半分に言ったカオルだったが、隣を歩くサララをして「うーん、これはちょっと」と、苦い顔をしている。

同じ猫獣人視点で見てもダメダメな行為だったらしい。


「ああ……可愛い僕のランドルフ。早く戻ってきて……むにゃ」


 謎の寝言を吐きながら、口元をむにゃむにゃさせ。

そして一粒、大きな涙を流してまた静かになる。


(サララがやるなら可愛い仕草だけど、男がやると殴りたくなるな……)


 牛車の旅といい、ラグナスに着いてからの休憩時間といい、急ぎの旅にも拘らず色んなところで時間を喰っていた所でこれである。

必要のない無駄な時間の浪費、という無意味に焦らされる要因は、カオルにとっては歓迎しかねるものだった。

ちら、と隣のサララを見るや、やはり不機嫌そのものな冷めた顔。


「玉葱の汁でも口にたらしてやりたいですね」

「流石に玉葱はないが」

「解ってますよぉ……もう、仕方ないですねえ」

「むにゃむにゃ……ふへ、ふへへ……」


 そのまま寝ている男を見ても何も始まらないのは分かっていたので、サララ程ではないが「埒が明かないな」と、受付の男の肩を揺する。


「おーい、起きろ、おーい」

「むに……」

「むに、じゃねぇ! 起きろ!! 起きてくれ!!」

「む……んっ、んんっ!?」


 最初はそれでも優しく揺すった程度だったが、受付の男はすぐには目を覚まさなかった為、カオルもつい、強めに身体を揺すってしまう。

そこまでして、ようやく男は目を覚ました。


「う、うう……なんか、頭が……グラグラ……はっ」


 眠い目を擦りながら、揺れる頭を抑えるようにしながら顔を上げ。

そして、目の前に立つ男女に気づくのだ。

ぐんにゃりとしていた顔は一気に引き締まり、「え、えーと」と、居心地悪そうな無理な笑顔になっていく。


「ね、寝てない、ですよ?」

「あんたなあ……」

「曲がりなりにも役人の人が、お昼寝時間を経過して居眠りなんて。上に知れたら大変ですよ?」

「い、いやあ、そんな……た、ただ瞑想していただけですからっ、大丈夫ですからっ!!」


 誤魔化しの為の嘘と愚にもつかない言い訳は、カオルをしてもイラっと来るものだったが。

サララにしてみれば自分の国の役人のだらけっぷりを見せつけられている訳で、余計に腹立たしく見えているようだった。

その追及も鋭い。


「つまらない言い訳はしないでください。貴方の言い訳なんてどうでもいいんです」

「あっ、いやっ、その……参ったなあ……はは」

「笑って誤魔化さない!」

「は、はいぃっ、ごめんなさい……とほほ」


 きっちりとがめられ、萎縮してしまう受付の男に、カオルもようやく苛立ちが収まり。

目を見開いて怒りをエスカレートさせそうなサララに「もうそれくらいで」となだめに入った。

そこまでして、ようやく話が進む。



「――それで、昼前にグリフォンに荷物を運んでもらうように頼んだんだけど、聞いてるよな? 向かう先は……『ホッド』っていう村でいいんだっけ? サララ」

「ええ。それでいいですよ。私達もそこに行きたいので、騎乗用のグリフォンを一匹貸してくださいね」

「承知しました。レンタル期間はいかほどで?」

「んー、とりあえず三か月ほど。必要があったら向こうで延長しますね」


 仕事をする気になればすぐらしく、受付の男はハキハキと受け答えし、書類への記載を進めていく。

サララもそれ以上は文句をつける気もないのか、必要な事にスラスラと答えていく。

ただ、受付の男は、時々ちらちらと、サララの顔を見ていたように、カオルには思えた。


「――それでは、騎乗用のレンタル期間および貨物の運搬費用込みで、先払いで金貨二千枚になります」

「……値段、上がりました? 以前聞いた相場と大分違うような」

「ええ、まあ。女王陛下からの命で、一月前から2割ほど値上がりしていますね」

「2割……」


 安物ならそこまで気にならずとも、金貨千枚単位では中々に馬鹿にならない割り増しである。

サララは眉をひそめたが、「それくらいなら」と、素直に大金貨を二枚出す。


「確かに……それでは、すぐにでも準備をしますので、少々お待ちを――」

「解りました」

「頼むぜ」


 これで受付の処理は終わりらしく、受付の男が立ち上がり、奥へと引っ込もうとしていたのだが……ぴた、と足を止め、振り向きながらに「あの」と、サララに視線を向ける。


「はい?」

「もし間違っていたなら失礼ですが……姫様ですよね? シャリエラスティエ様?」

「……」


 ここにきて、初めてサララの正体に気づく者が現れた。

ただ、それ自体は「そうなるよな」とカオルも思うくらいで、有り得ない事態ではない。

言ってみれば、容易に予想が付く事態だった。

その国のお姫様が、顔も隠さず歩いているのだ。

そんなのいつかバレるに決まっている。これに関しては、サララも解っていたはずだった。


「――ええ。そうですが」

「ああ、やはりそうでしたか! いや、行方不明になられたと聞いたのですが、ご無事だったのですね」


 素直に認めるサララ。

そして、それを聞くや受付はびしぃ、と背を正し直立した。

最初の怠惰な印象も消え失せた、役人らしさとも違う、王族への敬意を感じさせる姿勢だった。

サララも「まあ」と、その変わりように先程までの印象を帳消しにし、にこりと微笑む。

エルセリアの城でドレスを着ている時に見た、品のいい笑顔だった。


「貴方も、よく私に気づきましたね? 流石に年数も経ってますし、外見もかなり……それに、私は貴方の顔を――」

「いえいえ……私、元々はお城に仕えていた侍従の一人でした……とはいえ、私がお仕えしていたのは第三王子のコール様でして……」

「コール兄様の……どうりで覚えがないと」

「侍従の顔など、覚えていただけないのは無理もありません。私も、式典などで姫様を見た事があるくらいですから……」


 覚えのある名が聞けて、少し嬉しそうに微笑んだサララだったが。

すぐに冷めた顔になっていく。


「ですが、コール兄様は第二王子ですよね? 侍従の癖に間違えてるんですか? それとも――」

「あっあっ、失礼をっ……いえ、その間違えた訳でも、試したわけでもなく……今では、コール様が第三王子、でして……」

「……どういう事です?」

「その、詳しい事情まで話すと少々時間が……よろしいですか?」

「構いませんよ。ねえ、カオル様」

「ああ。教えてくれ。重要そうだから」


 ひょんなことから王城に関する重要な話が聞けそうなので、つまらないモノを見るような目を向けていたサララもすぐに元に戻り、耳を寄せカオルと共に受付をじ、と見つめた。

受付も、「それでしたら奥へ」と、カウンターに「受付時間外」と書かれた置物を置き、二人を奥の部屋へと通した。



 通された先は、役人たちの休憩所になっているのか、いくつかの椅子とテーブルが置かれていたが、今は誰も居らず、内緒の話をするにはうってつけであった。

受付に「どうぞ」と腰掛けるように促され、席に着くと、受付はお茶を二人の前に置き、対面するように腰掛けた。


「実は……姫様も知ってらっしゃるかもしれませんが、今のエスティアは王族の方のほとんどが猫にされてしまっていまして……唯一無事だったフニエル様が、女王として戴冠し、国を治めてらっしゃるのですが」

「ええ、それは聞き及んでいます。それで、力及ばずバークレーと友好関係になっているとか」

「そうなのです。それで……猫化の呪いというのが、王族しか解けないそうですが」

「王族にしか、というより、猫語を話せるかどうかが重要なんですけどね」


 ちら、と、カオルの方を見ながら、「私は偶然解けましたが」と、シリアスな顔のまま謎多きことを呟き。

カオルが首を傾げる中、受付に「続きを」と、先を促した。


「はい。それで、フニエル様は猫化の呪いを解く為、儀式を行ったのです。猫化された王族を集められるだけ集めて……ですが、フニエル様の儀式は失敗に終わり、一人も……」

「んん……まあ、そうですよね。あの娘は何も知らずに育ったはずですから。猫化の呪いなんて、本来は王族の中でも継承権が発生する上の方の王子や王女が学ぶ事ですから……」


 フニエルなりに頑張った結果とはいえ、失敗する事自体はさほど気にしていないのか、サララは落ち着いた様子で「そうなりますよね」と、顎に手をやりながら頷く。


「妹には継承権なかったのか」

「ええ、本来は……まあ、非常時だから仕方ないのですが……それで、その儀式の失敗と、兄様が第三王子に転落した事の繋がりは?」

「実は……その、申し上げにくいのですが、コール様は……行方知れずになっていまして」

「行方知れずに……?」

「そうなのです。これは私の不注意と言いますか……私、多少なりとも猫語を解せますので、コール様とはコミュニケーションが取れていたのです。コール様はいつもフニエル様を心配していらっしゃいましたが……その儀式の失敗で落ち込んでいたフニエル様は、バークレーの王子にそそのかされ、縁を結ぶ方向で決断してしまいまして……」


 どうにも話難い事なのか、男は視線をうろうろさせながら、大きく息を吐いて、なんとか話を繋げようとする。

本人とっても、使えた主人に関わる話なのだ。

すらすらと気軽に話せるような事ではないらしいのは分かっていたので、カオルもサララも黙ってそれを待った。


「フニエル様があちらがたの第二王子と縁を結ぶと解るや、コール様は『このままこの城にいてはまずい』と判断なさって……私と共に、(まな)グリフォンの『ランドルフ』に乗ってホッドまで逃げたのですが……私が目を離した隙に、ランドルフは、事もあろうにコール様を口に咥え、大空に……」

「……グリフォンに、それじゃ、兄様は……」

「小さな猫の姿になられておいでです。今どうなっているか……ランドルフは、私が長年飼育していた愛すべき友でしたが、まさかこのようなことになるとは……申し訳ございません。シャリエラスティエ様」


 話しながらに己の不甲斐なさに情けなくなってきたのか、男はついに、泣き出してしまった。

声こそ上げず、嗚咽こそ漏らさなかったが、肩を震わせ、その場で涙を流し。

そして、主筋であるサララに頭を下げる。


「コール様に何かあれば、それは侍従たる私の責任です……私はフニエル様から、沙汰があるまでこのラグナスでの勤務を命じられしました……」

「それって、つまり、後になって処刑されるかもしれないって事か?」

「恐らくは……何事もなくコール様が見つかれば、また違う結果もあるかも知れませんが」

「……確かに、その、ランドルフというグリフォンが兄様に害したというなら、王族に歯向かったも同然。それは、仕方ないかもしれません……でも、そうですか……コール兄様が」


 猫化されたというだけでも酷いのに、そこから更に行方知れずとまで言われれば、サララのショックも計り知れず。

受付同様、サララもまた、俯いて肩をフルフルと震わせていた。

カオル一人、遣る瀬無い空気の中、小さくため息をつく。


「……じゃあ、そのコールって人とランドルフっていうグリフォンを見付ければ、あんた自身もいくらか救われるって事かな」


 これも人助け。

それも、愛する猫娘の兄を助ける為でもある。

だから、背負うのに何の迷いもない。

カオルは、この状況を打開する一言を告げた。

当然、サララも受付の男も、驚いたように顔を上げていたが。

カオルは、にかりと笑って「任せな」と、調子のいいことをのたまったのだ。


「まあ、その、最悪を考えれば確かにそっちの方向にも持っていけるけどさ。別に、目の前で猫になった王子様が死んだ訳じゃないんだろ? 死体が見つかった訳でもないなら、生きてる可能性を考えないと」

「……ですが……」

「ていうか、行方不明ってだけで第三王子になるの、やっぱおかしくねぇ? 俺、王族のルールとかよく解らないけどさ、そんな簡単にコロコロと序列? みたいなのって変わるのか?」


 カオルにしてみれば、受付の話を聞いて尚、不思議この上なかった。

仮に死んだと確定したとして、継承権だとか、何番目の王子かなどが変わるのはカオルにも解るのだが。

二番目の王子とされていた人が、何故三番目の王子と入れ替わるのかが、今一理解できなかったのだ。

第二王子が死んだ結果第二王子がいなかったことになって第三王子が第二王子になるなら解るが、その場合、元居た第二王子が第三王子に降格する事などありえないはずだった。

それはちょっと変なんじゃないか、と、カオルは考える。

そして、その疑問はサララ達にも伝染する。


「それは……確かに、変ですね? その辺はどうなってるんです?」

「い、いえ……私も、その時は自分の不祥事の事で頭がいっぱいで……」

「つまり、何かあるって事か?」

「そうかも、しれませんね……まだはっきりしませんけど、何かが……」


 それに気づけたからと今すぐどうなるとも思えないが。

カオル達にとってそれは、大事な気づきのように思えた。

忘れてはならない、重要なモノのように。




 その後、しばらく三人で色々考えたが、実のある意見などは出ることなく、それ以上話し合っても何も解決する事が無いのだと解り、カオルとサララは本来の要件を果たすことにした。


「姫様でしたら、グリフォンの扱い方は問題ないと思いますが……どうか、お気をつけて」

「ええ。ありがとうございました。コール兄様の事、私達の方でもなんとかできないか考えてみますね」

「お願いします……ですが、どうか無理をなさらぬ様に。王城には、バークレーの息がかかっている者も出始めているようですから」

「そうでしょうね……だから、ホッドに向かうんですよ。あそこなら、私の知古がいますから」


 グリフォンは巨大だった。

巨馬と言われるポチですら遥かに上回る胴の丈。

サララとカオルが騎乗しても尚余裕あるスペース。

そして、翼を広げるや、まるでドラゴンを思わせるかのような威厳ある姿を見せていた。

これが、空を飛ぶのだ。


「そう言えば聞き忘れてました。この子の名前は?」

「この子の名は、『ペイトン』。気性は穏やかですからご安心をっ」

「荒くても扱えますよ……カオル様、唾を飲んでください」

「えっ、唾を?」


 前に座るサララがかかとをグリフォンの首あたりに優しく当てると、グリフォンは翼を羽ばたかせ始める。

もうすぐ飛ぶのか、とカオルもドキドキしていたが、不意にサララから言われたことは飲み込めず。


「一気に行きますよ――ハイヤーッ!!」

『ピェェェェェェェェェェッ』


 いつも自分がポチに向け揚げている声がサララから聞こえ、思わず笑いそうになり――そして、一気に飛び立つ。

猛禽類特有の甲高い、それでいて勇ましい鳴き声がラグナスの村に響き。


「うっ――おっ、耳っ、耳が――っ」


 カオルは、突然の耳へのダイレクトアタックに、両耳を抑えうずくまってしまった。

前に騎乗するサララは「ああ、やっぱり」と、笑いをこらえながら広がる空を見据え「この光景も、久しぶり」と、頬を緩めた。

二人きりの、わずかな間の空の旅。

薄くなる空気が頬に当たり冷たかったが、サララにとっては、慣れ親しんだ故郷の空だった。

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