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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
213/303

#7.食べすぎ注意!!

 二日後の遅い朝。

カオルらの乗った牛車は、エスティア側の国境の村ラグナスへ、あと少しというところまで着ていた。

坂の上、徐々に近づいてくる簡易的な木製の柵が、村の存在をカオル達に教えてくれる。

それを眺めながら、カオルは振り返り、今まで通った道を見やった。

……見渡せばそれは、大層立派な山道の数々だった。


「もうすぐ着くって話だけどさ、やっぱ他の村なんかも、道自体はこんな感じに登ったり下りたりするのか?」

「そうですねえ。わざわざ徒歩で移動する人もそんなに居ませんけど、基本ラグナスから先は、どこの村や集落に行こうとしても、同じような道を進むことになります」


 山を一つ越え、二つ越え、文字通り牛歩ではあったが着実に進み、ようやくゴールに近づいている。

だが、その道程は決して短いモノではなく、徒歩では相応に苦労しそうな、高低差の激しい山道の繰り返しである。

それも、シンプルに一直線に登り下りする訳ではなく、湾曲した道を幾度も登り下りしながら抜けるのだ。

どの道も牛車が通れる程度には整備されていたため、振動はそれほどひどくもなかったが、合間合間で休憩が必要な程度には、乗っていたカオル達も消耗していった。


 そのしんどい牛車の旅も、もうすぐ終わりを迎える。

だが、何らか問題があってグリフォンを使えなくなったりしたら、また同じような工程を経てエスティア国内を移動しなくてはならないのだ。

それを想い、カオルは「うへぇ」と、うんざりしたような顔になった。

サララも、疲れた顔で苦笑いしながら「まあまあ」と、御者の方を見る。


「今回は御者さんがちゃんとした方だから早く着けましたし。ここからはグリフォンですからね」

「ああ……揺れには馬で慣れてたつもりだったけど、グリフォンなら酔うことはなさそうだな……普通の御者さんだと、やっぱもうちょっとかかるのか?」

「大体、これの1.5倍くらいかかりますか……ねぇ?」

「うん? ああ、まあな。俺は領主様に頼まれるくらいのベテランだからよ! やっぱ慣れてる分だけ速ぇわな。その辺の奴らに頼んだらこの倍はかかりますぜ!」


 ふははは、と、どや顔で自慢げに笑いだす御者。

確かにベテランの風格は漂っていたが、調子に乗りやすい男だった。


「だから、帰りの際には俺の牛車に乗るといいですぜ。旦那がたとなら、退屈せずにこの街道を走れそうだし」

「そうですね。その時にはお願いしますね」

「ああ、その時になったら頼むぜ」


 実際にいつごろ帰るかは解らないし、その時にラグナスにこの御者がいるかも解らないが。

それでも、他よりも早く着けるのなら、それも悪くないと考え、二人は笑っていた。




 ほどなくラグナスに到着し、二人は荷台から降りる。

ベラドンナも蝙蝠形態のまま「キーキー」と鳴きながら飛び立ち、近くの手ごろな木の枝にぶら下がった。

そこから、カオル達の様子を見るつもりらしい。

御者はというと、カオル達にあいさつした後、荷物を運ぶ依頼をするために一足先にグリフォンの飼育施設へと顔出しする為、村の奥へと向かった。


「ふー、ようやく地面に降りられたぜ。朝出てから数時間だけとはいえ……結構疲れたなあ」

「そうですね。私も……んんーっ、ああ、背伸びが気持ちい~」

「荷台の中じゃ動きにくいもんな……あー……ケツがいてぇ」


 ぐぐ、と身体を伸ばすサララに対し、カオルは疲れに痛む尻や足を自分で揉み、軽く屈伸したりした。

軍馬車用の荷台なので決して狭くはないのだが、それでも二人が入ると存分に手足を伸ばせる、というほどでもなく、とにかく鬱屈していたのだ。

それでも、サララはまだクッションを敷いたり毛布にくるまったりしていたので身体へのダメージは少ないが、カオルはサララ程ふわふわに囲まれていなかったので地味にダメージになっていた。


「もっとクッション持ってくれば良かったな。一つ敷いただけじゃ全然足りねぇ」

「あはは、それじゃ、帰りは荷台にクッションを敷き詰めましょうか?」

「それはそれでちょっと……足の踏み場に困りそうだしな」

「それもそうですねえ」


 簡易拠点ではあるが、同時に荷物の運搬道具でもあるのだから、必要な荷物の取り出しに手間取っては困る。

クッションの増加は必要としても、サララが言う程に過剰にする必要はないんじゃないかと、カオルは考えていた。


「ま、帰る時はその時に考えればいいや。それより、どうする? 今すぐグリフォンを借りるのか?」

「んー……そうですねえ」


 この先の事を考えるなら、急いでグリフォンを借りた方が、早くたどり着けるのは間違いない。

だが、牛車の旅で思いの外疲れている。

カオルは自分自身の疲労はそこまで気にしていなかったが、サララの疲労に関しては無視できないと解っていたのだ。

だから、サララ本人に聞く。


 当のサララはというと、ああでもなくこうでもなく、迷ったようにあちらこちら見たり見なかったりして……そして、すん、と鼻を鳴らし、少し離れた場所にある建物を見やった。


「あー、なんかいいにおい……カオル様。とりあえずご飯ですよ! ご飯にしましょう!!」


 わーい、と、それだけ決めて一目散に走りだす。

牛車の中では借りてきた猫のようにおとなしかったサララだったが、今ではまるで子供のようである。


「腹減ってたのか……? あ、おい、まてよーっ」


 一人で先に進んでしまうサララにいくらかの焦りを覚えながら、疲れた足で走っていく。

幸いサララはすぐに走るのをやめ、カオルが追い付くのを待っていた。

御者に言われた「一人にしない」というのは、サララ自身も解っていたのだ。


「ふふっ、それじゃ、行きましょうね」

「ああ。何が食えるんだろうな、エスティア」


 空腹なのはカオルも同じだった。

朝食はきちんと食べたはずだが、それでももう昼もほどなくといった頃合い。

サララはすぐに気づいたが、カオルもサララと歩いていて、だんだんとその匂いの良さに気づく。


 柑橘系の、甘い香り。

そしてそれと合わさったような、肉の焼けるいい匂いが嗅覚を刺激する。


(これは、期待できそうだな)


 カオルは自分でも「我ながら食い意地が張ってるな」と苦笑いしながら、小走りになりそうになっているサララと手をつなぎ、匂いの元へと向かっていった。




 二人の向かった先は、簡易的な宿屋だった。

コルコトのような立派な旅籠と違い建物そのものは小さめだったが、中に食堂が入っていて、狭いながらも既に何人かの客が食事を楽しんでいた。


「いらっしゃ~い。メニューは壁を見てね。今日のお勧めはカツのレモン焼きね~」


 客の大半は地元民なのか猫獣人ばかりで、水差しとコップを持ってきた店員もやはり猫獣人。

こちらは国境のお姉さんと違い、サララ同様に小柄で、顔だちも声も幼かった。


「おぉ~、カツはいいですねぇ! 旬ですよ、旬!!」

「へえ。旬ならそれにするか?」

「んん~……でも、カツはちょっと身が小さいんですよねえ。これは頼むとしても、それ以外にも何か頼んだ方がいいと思います」

「そうなのか……じゃあ、あの……『コカ野菜炒め』で」

「おお! こ、コカ野菜ですね……解りましたーっ」

「じゃあ私は『メリハリ鶏のスープ』を……あっ、パンは二つですからね?」


 カオルの注文に一瞬躊躇したように見えた店員だったが、サララが注文すると「はーい」と、にこやかあな笑顔でメモり、そのまま奥へと引っ込んでいった。

その後、「コカ野菜、メリスープとパン二つ~っ」という高い声が聞こえる。


「なんだったんだ?」

「うに?」

「いや、今、なんか注文した時に困惑されたような……」


 厨房のある奥の方を見やりながら、カオルが頬をポリポリ掻く。

サララも確かにそこは気になっていたものの、明確な返答が思い浮かぶわけもなく「さあ」と首をかしげていた。




「お待たせしましたーっ、まずはコカ野菜炒めと、メリハリ鶏のスープでーすっ」

「うぉっ」

「お、多いですね……」


ほどなくして、でん、と二人の前に置かれたのは、大量のコカトリス肉と、それに見合わぬ程度の野菜が添えられた……様に見える野菜炒めだった。

スープは普通に一人前だった。


「……大食い用の店だったのか?」

「あー、いえー、今日はたまたま猟師の人がコカトリス沢山獲れちゃったらしくって。カツは旬だから沢山獲れてもその分()けるんですけど、コカトリスは食べる人少なくってー」

「コカトリスってそんなに皆食わないのか……?」


 エルセリアでは、卵などを良く利用するほか、蒸し焼き料理にする際にはよく使われる一般的な食材の一つである。

オルレアン村近郊でもよく野山をうろついている為、村娘などが適当に狩って食材に使う事も多く、カオルも良く見知っていた。

だが、確かにサララが食べているのは見た事が無い。

つまり、猫獣人的には禁忌の存在なのかもしれない、などとカオルは考えたのだが……店員は「んーん」と、子供っぽく首をフリフリして否定する。


「食べるは食べますけど、今ってほら、『当たりやすい時期』じゃないですかー。人間の人は問題なくても、私達は普通に死にかねない食材なんでー」

「……死ぬの?」

 

 基本食堂ではあまり聞かないフレーズに、カオルはつい、呆けた顔でサララの方を見てしまう。


「大体は食あたり程度で、たまに死ぬ事もあるかなー、くらいですけど、食べ物屋さんだとちょっと忌避されやすいですよねー」

「そうそう。そうなんですよお客さん。お姉さんの言う通りで」

「なのにメニューにあるのか」

「人間の人は食べますからねー。他の村はともかく、このラグナスは結構人間の人も来ますからー」


 どこの国でも食べられるありふれた食材。

コカトリスとは、そんな感じの扱いの生物だった。

生育区域によって肉質や味が大きく異なる各地の鶏と違い、コカトリスはどこで獲ってもどんな料理にしてもそれなりに美味しくいただけるという利点があった。

つまり、これを使っている分には当たりはずれの少ない、ギャンブル性の低い料理であると言える。

未知の食材や料理の多い外国を旅する者にはありがたい、味の想像しやすい存在なのだ。


「理由は納得できたが……しかし、それにしても多いな」

「あはは……普段なら人間のお客さんももうちょっと来るんですけど、今日はお客さんしか来なくって……もうすぐ店じまいだし、捨てるのももったいないし、よければ食べてくれたら嬉しいなーって……」

「……善処するが」


 どうやら閉店間際の時間帯だったらしいと知り、「それにしては早すぎないか?」という疑問もカオルは抱いたが。

山盛りのコカトリス肉は、大変美味しそうにスパイシーな香りを漂わせている。

それだけで鼻孔をくすぐってくるが、見た目的にも温かな湯気が漂っていて、腹の虫が「早く俺様をそいつで満たせ」とばかりに情けない音を鳴らし続けていた。

思わず喉が鳴る。食べきれる気がしないが、手は付けたいと思ってしまう。


「無理なら残しても別に怒りませんし、お会計は普通の量のものと同じなので……で、では、ごゆっくり~」

「あっ……逃げ足早いなあ」

「猫獣人ですからねえ」


 必要な事だけ告げてそそくさと奥へ引っ込んでしまう店員に、カオルは変な感心をしてしまったが、都合が悪くなると逃げ出すのは確かにサララもよくやるので「この国はこの先ずっとこんな感じなんだな」と、改めて今までの『人間だけの国』と違うんだなと、自覚させられていた。

そうして、そびえたつ肉炒めの山を再び見やる。


「……食うか」

「お野菜部分は私も手伝いますよ。カオル様はお肉に集中してもいいですし」

「いや……流石に肉だけは厳しい。野菜も食わないと即飽きるぞこれ」


 匂いと見た目は大変美味しそうであるが、流石に肉ばかり食べるのは辛いと考え、サララの助太刀を断る。

野菜自体も、肉と比べれば少ないだけで量は一般的な野菜炒めのそれと同じ程度なのだが、貴重な野菜ではある。

サララはというと、カオルに断られてもそれほど気にしていないのか「そうですか」とだけ返し、目の前のカツのレモン焼きやメリハリ鶏のスープなんかを前に「わあ」とキラキラした眼になっていた。


「いただき……ます」

「いただきま~す♪」




 結論だけ言うならば、カオルは食べられるだけ食べて、リタイヤした。

味は大変良かった。塩気そのものはそんなに強くなかったが、オレンジ風味のソースが絡められていて、これが大変野菜ともコカトリスとも相性がいい。

この酸味と甘みを備えたソースは、胡椒によって更にスパイシーに感じるようになっていて、全体的に見ても美味と言えた。

肉質も柔らかで、新鮮な内に血抜きまできっちりされているのか、肉の臭みもほとんど感じられず、食べやすい。

最初の十口くらいまでは素直に美味しいと思えた、そんな逸品であった。


 だが、いかんせん量が多すぎた。

食べても食べてもなかなか減らず、カオルが限界まで腹に詰め込んで、ようやく三分の一程度。

こちらにきてから幾分食に固執するようになり、食欲も増していたはずだが、それでも全然食べきれる量ではなかった。


 店を出てからも、カオルは張りつめた腹をゆったりと撫でながら刺激しない様にゆっくりと歩き、適当なベンチに座り込む。

そして、「うぷ」と、口元を抑えながらうんざりとした顔になっていた。


「いくら食っても減らねぇのは精神的にきついな……味は良いけど、飽きるし」

「あはは……仮に私が食べられても、あの量はちょっと無理ですよねー」

「うぇ……さっきまで疲れと空腹でやばかったけど、飯食ってから、胃が重くて重くて……」

「ちょっと休んだ方がいいですねー。グリフォンは移動は早いんですけど、体調がかなり影響しやすいので」


 ここからグリフォンという未知の生物を使った移動になるのだ。

改めてサララの口からその名を聞き、カオルはこの先が怖くなった。


「もしかして、結構揺れるのか?」

「飛んでる間はほとんど揺れないですよー。精々着地の時『ずん』って揺れるくらいかなあ」

「そ、そうか……」

「でも、高山の更に上。上空を飛びますからね。体調が悪いと意識を失ったり、命に関わったりしちゃいます」

「かなりハードだな」

「かなりハードですよぉ。私達は順応してますけど、他の種族の人は空を飛ぶようにはできてませんからねー」


 こわいですよー、と、悪意なく脅しにかかるサララ。

カオルはあらぬ恐怖心を抱いた。


「……休んでれば、大丈夫かな?」

「大丈夫じゃないですか? 心配なら、二、三時間ゆっくりしてればいいですよ。そのくらい経てば落ち着くでしょう?」

「そうだな……そうする」

「急いだっていい事ないですからね。グリフォンは夜以外ならいつでも借りられますし。飛べばほんと、あっという間ですから」


 とっても速いんですよぉ、と、我が事のように自慢げに語る恋人にカオルも幾分安堵しながら、自分の腹が少しでも早く落ち着く事を祈った。






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