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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#6.通行手形再び、そして牛車の旅

 朝になると、カオル達は朝食を取った後、ポチのいる(うまや)へと顔を出していた。

ここからまたしばらく、ポチとは離れ離れになる為、最後に顔を見に来たのだ。


「それじゃ、ここからは荷物は牛ちゃんに運ばせますので、ポチちゃんはしばらくここで預かりますね~」

「ああ、頼むぜ……じゃあなポチ。しばらくの間、大人しくしておいてくれよ?」

「ブルッ? ヒヒン……」


 たてがみを撫でてやりながら朝食のターニットを食わせてやると、神妙な顔つきで「解ったぜご主人」とでも言いたそうに頭を低くする。

巨馬ではあったが、その様は主人に傅く従順な名馬そのままで、見ていたピアも「いい子ですねえ」と感心するほどだった。


「こいつはターニットが結構好きみたいでさ。季節はちょっと外れちゃうんだけど、たまにでもいいからこうやって食わせてもらえると助かるぜ」

「解りました。ターニットが好きな子って珍しいですねえ。私、初めて見たかも……うふふっ、大切な愛馬、確かにお預かりしました♪ どうかよい旅を!」

「ああ、頼んだ」

「お願いしますね~」


 二人そろってピアにぺこりと頭を下げ、もう一度ポチを見て「行ってきます」とだけ告げ、厩を去る。

旅籠の前には、既にポチが引いていた荷台を二頭の牛に変えた牛車(ぎっしゃ)が用意されていて、後は乗り込むだけだった。


「旦那、いつでも出発できますぜ」


 辺境伯から雇われたのだという御者が既に乗り込んでいて、こちらも準備万端。

カオルも「ああ」と、ニカっと笑いながら乗り込み、サララの手を引き。

最後にベラドンナが蝙蝠形態のままホロにぶら下がったのをカオルが確認して「いいぜ」と、合図を送る。


 すぐさま「はぁっ」と、御者の威勢のいい声が響き、ゆったりと、静かに牛車が発進した。




「いやあ、なんか、のんびりだなあ」

「のんびりした旅ですよねえ。国境超えてラグナスに着くまでの短い距離ですけど~」


 スレイプニルはもとより、牛車での旅は馬車のそれよりもはるかに遅い。

ポチの超速移動に慣れ切ったカオル達にとってはあまりにも遅すぎる歩みだったが、ゆったりと風景が変わっていく旅は、それはそれで風情があった。


「時々モーモー鳴いてるのも可愛いですしねえ。牛ちゃんも好きですよ私」

「ああ、まあ、見ようによっては可愛いかもなあ」


 断然馬派なカオルだったが、サララが可愛いというものを否定する気にもなれず。

首にぶら下げた紐をきゅっと握りながら、その先端に括りつけられた『通行手形』をじ、と見つめる。


「また、こいつにも役立ってもらう事になるとはなあ」

「余所の国に行くならそれだけお役立ちですからねえ。結構長い付き合いになると思いますよぉ」

「こいつさ、俺がレトムエーエムと戦ってた時も一緒にいたはずなんだけど……なんで生きてるんだ? なんかやばめな爆発とか何度も喰らってたはずなんだけど」

「頑丈な子ですからねえ。そうやって動かないでいる間はほぼ無敵らしくって、スライムに食べられちゃっても無事だった例があったそうですから」

「マジかよすげぇな」


 とても人間の傍でないと生きられない生物とは思えないしぶとさである。

カオルもこれには驚きを隠せないが、サララはどこか自慢げだった。


「こしょこしょしてる時はかよわい子なんですけどねぇ。繁殖にも人間の介助が必要ですし、別に強い生き物って訳ではないんですよ?」

「まあ、そんなにでかくもないしな。でも、そうか……とりあえず、簡単に死なないのは安心だな」

「そうですね。エスティアで荒事に巻き込まれる事は……できれば避けたいですけど。でも、もし巻き込んじゃっても心配がないっていうのは安心ポイントですよね」

「だな」


 掌でコロコロ転がしていると、何か楽しくなってきたのか、こしょこしょと足が出てきてくすぐってくる。

たったそれだけの、だけれど確かに生が、そこにあった。

それが失われる心配がないというのは、カオルにとっては殊更にありがたいことだったのだ。

もう、何も失いたくないから。


「エスティアについたらさ、向こうの村でグリフォン借りるんだろ? 荷物はどうするんだ? グリフォンが運んでくれるの?」

「そうですね。さすがに多すぎますから、私達とは別のグリフォンが運ぶことになります。それで、空き家の一つも借りて、そこを拠点にして生活する事になると思います」

「エスティアで家を借りるのか……でも、現地でそんな都合よく借りられるか? 無理だったら大変じゃね? 宿でも借りるのか?」


 よくあるいきあたりばったりな話、というつもりもないのだろうが、カオルをして「そんな上手く行くのかな」と首を傾げざるを得ないプラン。

金は十分にあるので何をするにしても心配はないが、果たしてどこまで計画通り進むのか、というのははっきりしていないように思えたのだ。


「あ、そこは問題ありません。エスティアって、鉱山労働や狩猟なんかの為に村とは別の現地拠点を持つ人たちが多くって。一年の大半はそちらで過ごすっていう感じで、今の時期の村落部は空き家だらけなんですよね」

「それって、余所者が勝手に住んでも許されるのか?」

「お金さえ払えば問題ないですねぇ。いない間の家は個人の物件ではなく、あくまで借主の物件という扱いになります。都市部におけるアパートメントと同じ感じでしょうか」


 集合住宅とは少し違いますが、と、指を立てながらドヤ顔で説明するサララ。

カオルにとっても解りやすい単語が出てきたので「なるほど」と納得するが、同時に「この顔のサララ見ると安心するなあ」と、別の事も考えてしまっていた。

こうして傍にいると、故郷の事をそこまで難しく考えていないようにも思えるのだ。

いつもの、ちょっと調子に乗りがちな、それでいて思慮深いサララ。

そんな彼の知る彼女が、そこにいるように感じられたから。



 けれど、実際にはサララはもっと深く考え込んでいるのも、カオルにはよく解っていた。

サララにとって、祖国が、そして王家がどうなっているのか、妹がどこまで追いつめられているのか、それがどれほど重い事なのかは、カオルにははっきりとは分からない。

けれど、それでも普段と違う瞬間が確実にあって、そういった時のサララの真剣な表情を垣間見ると、「普段は隠してたんだな」と、寂しくも感じてしまっていた。


――好きな女の本音を、まだ全部は聞けていないから、聞きたい。


 たったそれだけの事なのに、中々そこには至れない。

だからしてカオルは、そんな自分を「まだまだだな」と、自嘲的に考えていた。




「旦那がた、もうすぐ国境だけど、準備はできてるね?」

「ああ、手形は用意してある」

「大丈夫ですよ~」

「ならよかった。前さ、手形持ってないのに国境渡ろうとしてたカップルが居てね? 流石に役人に『それは無理だよ』って怒られてたからさ」

「へえ、そんなカップルがいたのか」

「困った人達もいたものですねえ」


 壮年の御者が笑いながら語る、そのカップルに、カオル達は特に気にもせず、苦笑いしながら返していく。

御者もまた、「そうなんだねえ」と、年季の入った皺枯(しゃが)れた声でその頃の事を懐かしみながら、手綱をゆったりと揺すっていった。


「御者なんてやってると色んな客と会うけどさ、そういう、変わった人達を見ると結構記憶に残るんだよね。あの二人は今頃どこで何をしてるやら」

「結局その二人は、ここで引き返したのかい?」

「いいや、役人さんに必死に頼み込んでたみたいだから、もしかしたら……いや、でもなあ。よほどの事情でもないと、あの頃は色々あって国境も物騒だったからなあ」

「物騒って?」

「エスティアの内政が急に無茶苦茶になってた時期だからなあ。今はともかく、当時は『ひまわり団』とかの賊もうろちょろしてたし、護衛も付けずに旅をするのは危険な場所も多かったんだよ」

「ああ、そういう……」


 サララが猫にされてから年数がたっても尚、エスティアはずっと混乱が続いていた。

元々脆弱だった警備体制は更に脆くなり、賊が居つくには最適の環境になってしまっていたのだ。

その結果、国内の治安は急激に悪化。旅をするには危険な地域になっていたらしいというのが、御者の話であった。

事情はある程度事前にわかっていたとはいえ、現地を行き来する人間の話を聞き、カオルは改めて「王族が猫にされたってのはやばかったんだな」と、いかにエスティアが危機的状況だったのかがはっきりと認識できていた。

サララも、小さな唇をきゅっと噛み締め、現実を受け入れている。


「ま、その頃に比べれば、エスティアの方も大分落ち着いたみたいだけども……ただ、エルセリアの民としちゃ、バークレーが寄ってきてるのはちょっと怖いよな」

「やっぱ、バークレーの人もそこかしこもいたりするのかい?」

「まだそんなには多くはないけど、たまに眼光鋭いのが居るからよく解るよ。いかにも役人って感じで、旅人とは違う格好してるからね」


 既にバークレーはエスティアに入り込んでいる。

それは夕べ、辺境伯からも聞いた話ではあったが、やはりというか、油断できるような土地ではないらしいのが解り、カオルも緊張に頬を引き締めた。


「後、あっち側の商人とかもいるけど、気を付けた方がいい。特にそっちのお嬢さんみたいに可愛い人は、絶対に一人で商人と話させちゃいけねぇよ?」

「……さらわれるからか?」

「ああ。解ってるなら話が早いが……バークレーの商人は、表向きは善人面してるが、可愛い女の子とかが客で来ると薬やなんか使って誘拐するって噂になってるからね」

「気を付けますね……」

「まあ、あんまり一人にする事もないと思うけどな。なんだかんだ一緒にいるし」


 普段なら「可愛い女の子」なんて言われたらはしゃぎまくるサララが、シリアスな顔のまま神妙に頷いているのを見て、カオルもまた「気を付けないとな」と、より心に深く刻むことにした。




「はい、確認できました! 同胞のお嬢さん、お帰りなさい。そして新たな旅人の方、よい旅を~♪」

「ありがと」


 国境についてからはラナニア時と違い、エスティア側の国境では、通行手形の確認をするだけであった。

これにはあまりに簡易的過ぎて、拍子抜けしてしまう。


「なんか、思ったよりあっさり通してくれたというか……めっちゃ軽くねぇ?」

「まあ、エルセリアとは友好国ですからねえ。余程の事でもなければ、国境の対応は緩いですよお」

「ラナニアの時は結構きっちり確認されたよな。ひっかけようとしたりさ」

「ラナニアは元々対立してた相手ですし、友好国って言っても互いに信じ切れてなかった部分もあったでしょうから……」


 国と国の関わり方一つで、国境というものがこうも違うのが、カオルには不思議で仕方なかったが。

国際感覚というものが解らない自分よりは、解るサララがこういうのだから、と、なんとか納得しようとして、「ううん」とうなる。

サララも苦笑いしながら「それだけでもなくって」と、補足するように説明を付け足していく。


「エスティアって、猫獣人の国ですから」

「ああ。役人のお姉さんも猫獣人だったな」


 今でも荷台の後ろから見える国境では、役人のお姉さんが笑顔で手を振り続けていた。

同じ猫獣人だがサララと違いすらっと背が高く、のんびりとしたお姉さんだが、その耳には猫耳が、そして下半身にはしっかりとした猫尻尾が揺れていた。

オシャレなのか、尻尾にリボンまで巻いている。


「猫獣人って基本、のんびり屋でマイペースな人が多いんですよ。職務よりお昼寝を取っちゃうくらいには」

「まあ、サララ見てたらなんとなくそれは解るが……国民全員がそれなのか?」

「国民全員がそれですねえ。基本自分の気分のままにお仕事をして、昼食後に毎日二時間はお昼寝の時間があります」

「めっちゃ寝てるのな」

「猫獣人ですから~」


 よくそれで国として成り立つものだと別の方向で疑問が湧いてくるが、それはそれとして、普段のサララを見ていると「やっぱそうなのか」と、納得せざるを得ない説得力があった。


「まあ、そんなですから、国境もかなりゆるゆるなんですよぉ。それでもバークレー側の国境は、一応国でも精鋭の兵隊とかが控えてて、それなりに緊張感があった筈なんですけど……今はどうかなあ」

「入り込まれてるって話だもんなあ。同じようにゆるゆるになってたりするのかな、やっぱ」

「その可能性はありますねえ。まあ、そちらには行かないから良いんですけど……あ、最寄りの村のラグナスまではちょっとかかりますから、今のうちに休んでおいた方がいいですよ」


 エスティア側の国境の村、ラグナスまでは、地図の上では大した距離はないように見えた。

しかし、国境を抜けてから、それまで背景に過ぎなかった山々が次第に迫ってくるように見えて……広大な坂道が、見え始めてきたのだ。


「この辺りから山道になっていくのか」

「そうですねえ。岩が多い地形だと馬は足を痛めちゃうし、高山になってくると適応できないしで、牛ちゃんの方がいくばくか耐性がありますから、ラグナスまでは牛ちゃんって、結構理に適ってるんですよねえ」

「運ぶのは大変だけど、馬が無理なら牛に頑張ってもらうしかない訳か」

「そうですねえ。ラグナスまで着けば、後はグリフォンが運べるから問題ないんですけど……」


 地形に左右されないスレイプニルでも山道を走るのは苦手としているらしく、馬を最大限に長生きさせたいならば、やはり無理はさせない方がいいのである。

無論相性もあるが、サララ自身も、ポチを大切にしたいという気持ちがあっての説明だった。


「ここからは山道を登ったり下りたりを繰り返して、ゆっくりラグナスに向かう事になるから……大体こいつらだと、二日くらいかかる訳だ。その為の準備はしてあるんだろう?」

「ああ、旅の準備はちゃんとしてあるから、それは問題ないんだけどな……最初の村に着くまでに二日、か」


 会話の合間に挟み込むように話に混ざる御者の問いに、カオルも難しい顔になりながら頷いた。

振り返りながらそんなカオルの顔を見た御者は「悪いが」と、笑いながら続ける。


「急ぎ旅かもしれんが、だからとこいつらを無理させる訳にもいかんからな。得意でもない山道を、重い軍馬車を牽引(けんいん)しながら進むんだ。多少遅くなるのは勘弁してやってくれ」

「大丈夫ですよぉ。ラグナスに着いてしまえば、それくらいの遅れはすぐに取り戻せちゃいますから。御者さんは、牛ちゃんの安全を最優先で考えていただければ~」


 一番焦っていたはずのサララは、しかし、にこやかあなスマイルで御者を安心させようとしていた。

そんな笑顔を見て、御者もまた「ありがたい」と頷き、また牛たちの方へと向く。


「焦らせてもいいことないもんな」

「そうですよぉ。大丈夫です、一日二日で国がどうにかなったりはしませんから。それより、一歩ずつ確実に前に進む事の方が大切なんですから」

「ははは、お嬢さん、いいことを言ったね! ほんとにそうだ、牛の旅は風景を楽しむ旅さ。青々とした山岳地帯の旅を、ぜひお楽しみに~ってな!」


 急ぎ旅には違いない。

けれど、急ぐあまり見失ってはならないものもあった。

サララはそれを心得ている。御者はそれを理解している。

だから、自分だけがそれを見失っていたのだと気づき、カオルは「やっちまったなあ」と、張りつめていた糸をいくらか緩め、落ち着けた。


 旅はまだ始まったばかり。

だけれど、無理をしても仕方ないのだ。

最近になって焦るような情報ばかりが入ってきて気が抜けないような気がしていたが、これは本来、急いだからとどうこうなるような旅ではないのだから。

急がないと、急がないとと考え続けるせいで、心の余裕を失っていたことに気づけたのは大きかった。

これからの牛車旅が、ゆったりとした、落ち着いた心で楽しめるのだから。



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