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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#4.軍馬でGo!

 カルナスからエスティアへ向かうルートは、とても分かりやすく迷う事が無い。

まずカルナスから北西のビオラへと向かい、そのまま街道伝いに北に抜けて国境の村コルコトへ。

そしてコルコトから国境を抜ければ、そこはもうエスティアの国土。

国を西から東へ横断したラナニアへの旅路に比べると、国内に入る事自体はそれほど遠くもない異国の地だった。


「とばせとばせーっ、今の内に距離を稼ぐぞーっ」

「ヒヒヒーンッ」


 そしてその工程を、軍馬車で一気に駆け抜ける。

山岳国家のエスティアの旅では軍馬車は有効に活かせない。

平地の多いエルセリア国内に居る間が、ポチの最大の働き所という事になる訳だが……カオルは少しでも早く、この平地の距離を駆け抜けたいと思っていた。


 理由は、エスティアの情勢が読めない事と、エスティアの気候が読めない事から。

どの程度バークレーに入り込まれていて、国がどのような事態に陥っているのかが解らない以上、サララの為にも少しでも早く着きたい、という想いがあった。

また、サララが言うには「エスティアの夏は天候が変わりやすい」との事で、これを警戒したのだ。


「んー、この辺りって目印らしいものがあんまりないんですよねえ……でも、大体、これで三分の一くらいいけたかなあ……?」


 カルナス~ニーニャ間とさほど違いない距離のカルナス~コルコト間の道程は、スレイプニルの速度をもってすれば一日で済ませられる程度のものだった。

過ぎ去る景色は既に遠く、これから見える景色も瞬く間に今のものとなる。

軍馬車の旅は、既に慣れているサララをしても「はやいなあ」と呟いてしまう程で。

座り心地のいい幌の中から顔を出し、地図を手に行く先の距離を考えていたのだが、すぐに「まあいいや」とスカートのポケットに地図を仕舞い込み、カオルの肩口に顎を乗せる。


「どうかしたか?」

「んんー? いえ、なんでもないですよぉ?」


 ただ甘えたいだけ。

逞しい背中を見ていて、じゃれつきたくなっただけ。

そんなのを誤魔化す事もなく、サララは首筋に頬を擦りつけ、「えへへぇ」と笑顔になる。

カオルには見えない笑顔。だけれど、カオルにしか見せない、だらしがない笑顔だった。


「カオル様。コルコトはリバーライト辺境伯リコッテさんの領土ですから、ポチはそこに預ける形になりますからね」

「ああ。ゴートさんが話を通しておいてくれるってな。どんな人なんだろうな?」

「さあ……特に変わっていなければ、辺境伯の拠点はコルコトの東にあるリバーライトでしょうから、直接会う事はないでしょうけど。でもまあ、辺境の領主なんてやってるんだから、王様の信頼篤い方なんでしょうね」


 じゃれつきながら先の事を語らい合う。

ベラドンナも後ろから見ているだろうに、サララはいちゃつくのをやめようとしない。

けれど同時に、大切な話でもある。先の確認。これからどうすればいいのか。

それを忘れさせない為の。


「辺境なのに、信頼が厚いのか?」

「うに?」

「いやさ……なんか、辺境に押し込まれてるのって、罰ゲーム的な……『お前気に入らないから田舎暮らしな』とか、そんな扱い受けてる人って印象があってな?」

「カオル様の世界ではそうだったんです?」

「そんな感じだったなあ」


 中央で活躍できなかったり、何かしら問題を起こした人の左遷先。

それがカオルの中の、『辺境』と呼ばれる場所に封ぜられる人のイメージだった。

だが、サララは「こちらでは違いますねえ」と、膝立ちになりながら、腕をカオルの腹回りに回してぎゅーっと抱き着く。


「まず、国と国の境目って、すごく広範囲ですよね? 地図を見ても解ると思いますけど」

「ああ、まあ、そうだな。川とかで解りやすく区切られてるとこもあるけど、現実には線が引かれてる訳でも何でもないもんな」

「そうなんです。それでいて国境ってすごく、警戒しなくちゃいけないポイントなんですよね。主要な街道は当然ながら、ちょっとでも人が通れそうな山とか川とかも、警戒しなくちゃいけないんです」


 例えば、と、目を伏せながらカオルの耳に顔を近づかせる。


「エルセリア~エスティア間はそこまで問題はないはずですけど、エルセリア~バークレー間なんかはバークレーからエルセリア側へ不法入国しようとする人が結構いると思うんですよね。だから、その分警戒をしなくちゃいけないんです」

「つまり、それができるだけ人とか集められないと無理って事か」

「そうですそうです。国境警備区域なんて本来国の直轄領でもいいくらいなんですけど、それを任せられるって事は、それだけの財力と高い兵員動員数、そして国家への忠誠心がなければできませんから」

「忠誠心か」

「だって、敵に攻め入られたらすぐに裏切っちゃうような領主だと、国も困ってしまうでしょう?」

「なるほど」


 都会から離れた田舎、なれど要衝なれば、当然信頼の厚い忠義の士を領主に置きたいと考えるのは、カオルにも理解できた。


「そんなだから、辺境伯というのは貴族の中でも突出して高い扱いを受けやすいのです。王家に連なる家の次くらいには。代々忠臣の家系とか、そんなのが多いですね」

「信頼されてるからこそ、そんな場所を任せられる、と」

「そういう訳です。だから、ゴートさんからのお話がちゃんと届いてれば、私達にかなり便宜を図ってくれると思いますよ。その辺り、貴族は抜け目ないでしょうから」

「仲良くしといて損はないって思われる訳か」

「そうですねえ。直接会えなくても、単純に話の種ができるだけでも、貴族にとっては嬉しい事でしょうから」


 パーティー会場での話のネタというのは、貴族にとってとても重要なものである。

会場でのアドバンテージは、当然ながら家格や階級なども関係してくるが、個人間ではコミュニケーション能力が重視されがちで、どれだけ高家の者でも、話すのが下手だったり、つまらない話ばかりする者は白眼視されかねない。

逆に家格が低くとも、話し上手だったり聴き上手だったりする者は多くの信頼を集めやすく、より家格の高い者の庇護や協力を取り付けやすくなる。

噂好きな貴族たちは、どんな話題でも食い付く。

ただ、話題の鮮度は常に重要で、だからこそ最新の話題を提供してくれるカオルという存在は、貴族から見れば垂涎のゲストであると言えた。


 王城でのパーティーは、基本的には国内に領土を持たない貴族ばかりだったが、これからはそういった、領土持ちの貴族とも関わることがあるかもしれないのだ。

相手の性質は、知っておいて損はなかった。

ただ、それ以上に今のカオルは、急に背中にくっついてきた高い体温に驚き、どくどくと高鳴る心臓を誤魔化す事で精一杯だったが。


「でも、領土持ちの貴族って、あんまり城のパーティーとかには出てこなかったよな。やっぱ自分の領土運営で忙しいのか?」

「それもあるでしょうけど、地方貴族は地方貴族のコミュニティーを持っていますからね。多く、友好国同士だったり、血縁のある一族同士でのコミュニティーを重視しますから、中央部のと比べると、ちょっと異質かも」

「他国の貴族と交流持つわけか」

「そうですねえ。そういう関わりもあって、外交的なお話でも重要な存在になってきたりするんですよ、辺境領土持ちの貴族って」


 すごく重要なんです、と目をぱっと開きながら、サララは腹に回していた手を放す。

急に背中の体温が感じられなくなり、「離れたのか」と安堵しながらも、ちょっと寂しくも感じてしまうカオル。

それを狙ってか、サララは「してやったり」とニマニマした顔で奥へと引っ込んでしまう。


「そんな訳ですから、絶対に軽く見てはいけませんよぉ。権勢を持ってるという事は怒らせると何してくるかわからないって事ですから。カオル様なら大丈夫でしょうけどー」

「ああ。気を付けるぜ」


 そんな事で相手の機嫌を損ねるのもバカバカしいし、と、緩んでいた手綱を握る手をぎゅっと握りしめ直し、気を引き締める。

サララ先生の辺境伯授業は終わったのだ。真面目に御者をしなくてはならない。


(なんか、また胸がでかくなってたな)


 まだ把握できない事も多いカオルの為に噛み砕いて説明してくれた為にカオルにもとても解り易かったが、それはそれとして、背中にかすかに残る感覚が、いらぬ想像を掻き立てる。

サララは、外見的にはもう十分、大人と言える風貌になりつつあった。

カオルのいた世界では学生さんと呼ばれるような年頃でも、この世界では子供を問題なく産める身体になれば大人扱いなのだから。

それでも、猫獣人的にはまだ子供扱いらしい。

大人になったサララがどんな風になるのか、今を以てもう我慢が限界に近いのだが、それを想うと先々が怖かった。


 今ですら、些細なボディタッチで胸がざわついてしまうのだ。

初めて出会った時から可愛いと思っていたし、一緒に暮らしていて大切な恋人だと思えるようになっていた。

このままいけば、いつかは結婚するのだろうとも思っていた。

けれど、サララは歳を経るごとにどんどんその魅力を増していっている。勝てない。このままでは勝てない。


(どうしたもんかなあ、これ……)


 困ったことに「勝てなくてもいいかなあ」と思い始めてしまっていた。

されるままに弄られ、気の向くままに玩具にされる、そんな関係でもそれはそれでいいんじゃないか、と。

そう、猫の玩具のようにきまぐれな猫娘に可愛がられる人生でもいいかな、と。




「~~~~~~っ」


 一方、奥に引っ込んだサララはというと、毛布にぼふ、と転がり込み、そのまま静かに足をばたつかせていた。


(抱き付いちゃった。すごく自然に抱き着いちゃった!!)


 それくらい普通、と装ってはいたが、サララもカオルと同じくらいには胸を高鳴らせていたし、緊張もしていた。

そういう口実(・・・・・・)と言ってしまえば格好もつくだろうが、自分の気まぐれで始めた事で自分が苦しむ事態に陥っている。

普段要領のいいサララらしからぬ負けっぷりであった。


(ドキドキしていたのバレちゃったかな……でも、バレててもいいし……むしろ伝わってくれた方が……っ)


 そしてあらぬことまで考え、また顔が熱くなる。


「~~~~っ! ~~~~~~っ!!」


 声にならぬ声を上げ、脚をじたばた。

軽いサララの足は、毛布の上でばたつかせた程度ではさほどの音にもならず、幌の外の風音にかき消されていった。


(ああ、もう……もうっ!! ラナニアから戻ってからというもの、カオル様が……カオル様が……好きすぎるっ!!)


 どうしたらいいのこれ、と、止め処なく胸の内から溢れる「カオル様大好き」という気持ちに振り回されてしまっていた。

当然、そんなのは初めてで。

いつもは制御できたはずの愛慕が全く制御できない事態は、サララにとって大層甘酸っぱく辛い謎の感覚を与え続けていた。



(微笑ましいですわ)


 そしてそんな二人を後ろから眺めていたベラドンナは、以前より更に進展したらしいこの二人を保護者感覚で見守っていた。

とても優しい笑顔で。





 そうこうしている内に、コルコトに到着。

流石に日が暮れ始めていたが、予定通り、その日中にたどり着けたのだ。

村はそれほど大きくもなく、夕方という事もあって人口もぱっと見でそこまで多くはなかったが、入り口わきの旅籠は立派で、軍馬車を置くスペースも用意されていたし、その隣に併設されていた(うまや)も、ポチが問題なく休める程度には整備されていた。


「お客さんが、領主様の言っていた『ゲスト』の方ですよね? 一応、お名前を確認させてもらっていいですか?」


 とりあえず軍馬車をおいて旅籠へ向かおうか、と足を向けた矢先、旅籠の入り口で控えていた女性に声を掛けられる。


「ああ、カオルだ。こっちはサララっていう。カルナスから来たんだ」

「……はい、確かに確認できました。領主様から、急遽こちらにお二人をお泊めして、軍馬を預かるようにと言われてますので……あ、私この旅籠の看板娘のピアって言います。短いお付き合いでしょうが、どうぞよろしく」

「ああ、よろしく頼む」

「お願いしますね~」


 即座にサララの腕が回され、ぎゅっと腕に抱き着かれる。

旅籠の娘ピアは――クリーム色の長い髪が美しい、大人びた美人さんだった。

サララの笑顔も警戒モードのそれである。


「それではこちらに……あ、軍馬ちゃんの方はうちの宿の者がお世話させてもらうと思うので、触らせてもらっていいですよね?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとうございます。スレイプニル種なんて滅多に触れないから、私も後で触らせてもらっちゃおうかなーなんて思ってます。うふふ」


 爽やかな笑顔を見せつつ、「どうぞ」と案内してくれるピアに、カオルは「馬好きなのかな?」と親近感が湧きそうになっていたが……直後にぎゅ、と、腕により強い圧が加わり、その考えをすぐに捨てた。


「ど、どんな部屋か楽しみだなあ」

「そうですね~、うふふふ」


 たった一晩泊まる部屋である。夏場なので、極論雨風をしのげればそれでいいくらいだが、折角だから楽しみにさせてもらう。

……そういう体で誤魔化す事にした。

誤魔化されてくれたかはともかく、サララはずっと笑顔だった。カオルの恐れる笑顔のまま、旅籠の娘が案内を終えるまでサララはカオルから離れなかった。




「お二人は新婚さんですかぁ? コルコトに来るって事は、奥さんの故郷に里帰りとか?」


 食事の時間になると、料理や飲み物で満載にしたカートを運んできたピアが、二人に興味深げに雑談を振った。

配膳しながらの短時間だが、新婚と言われ二人が顔を赤くしたのを見て「ああ、違うのね」と理解し、微笑ましさを感じながらも「それじゃあ」と、意地悪な顔になる。


「国からのお仕事か何かですか? 恋人同士でないなら、夜のお世――」

「あっ、恋人ですから! そちらは要りません!」

「……?」


 ピアが何か言おうとして、サララが慌てて即答して。

カオルにはそれが何を意味していたのか解らなかったが、直後サララが顔を赤面しながら「ですから」と声を小さく縮こまってしまうのを見て「可愛いなあ」と、改めてサララの可愛さに胸が熱くなってしまう。


「あら、そうでしたか。失礼しました。うふふ、それなら、ベッドもダブルの方が良かったかしら? 領主様からは『別々で』と聞いていたのでそうしたのですが……なんなら今からでもお部屋を変えて――」

「別々でいいぞ」

「別々でいいですよっ」


 二人の声がハモる。

ピアは、つい笑ってしまった。


「失礼しましたわ。それでは、私はこれで――あ、お風呂は入り口から左に進んでいただければ」

「解りました。ありがとうございます」

「ありがとな」


 それ以上からかうのはよくないかしら、と、一応は真面目な顔になり、ぺこりと頭を下げてから部屋を出る。

配膳された料理は美味そうだったが、キツネにつままれたような気分になり、カオルは「油断ならん人だな」と得体の知れなさを感じてしまっていた。

サララはと言えば……顔を真っ赤にしたまま、俯いている。


「サララ?」

「ひゃいっ!?」

「……どうしたんだお前? なんか――」

「な、なんでもありませんよぉ。さ、早くご飯にしましょう。お腹空きましたし~っ」

「お、おう」


 何かを誤魔化すようにテーブルに配膳された料理を見て「おいしそー☆」などと意識を向けようとしていたサララに、カオルは「何か変だな?」と、始終首をかしげていた。


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