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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
12章.エスティア王国編1-恋する女王-
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#3.女悪魔再加入

「なるほどねえ、ラナニアの都市部ではキイチゴのジャムを使った甘いパンが流行なんだぁ。すごいわねえ!」


 カルナスの衛兵隊兵舎近くのパン屋にて。

カオル達は出立前の約束通り、パン屋の娘・ミスティーに、ラナニアで売られていたパンを教えに顔を出していた。

ラナニアでは、『菓子パン』という異世界人伝搬の甘いパンが流行らしく、ミスティーは「まあ!」と目を輝かせて驚きながらもカオル達の説明に聞き入っていた。


「それで、そのキイチゴジャムのパンなんですけど、普通なら外側につけたものを食べるだけでしょう? それを、菓子パンではなんと生地の中にジャムが入っていて~」

「ええっ!? それはどういうことなの? 生地にジャムを練り込んでるとか?」

「いえいえ、違うんですよぉ。これがまたすごいところで、パンを割るじゃないですか? 割ると、中にジャムが丸々と入ってるんです! パンの中に空洞があって、そこに入れられてるみたいで~」

「ふぉぉ!? 何それっ、パンの中に空洞って!? そんな発想なかったんですけど!?」


 食べ物に関してはうるさいサララの説明にはカオルの時よりも興奮し、カウンターから身を乗り出してしまうありさまである。

ラナニア城の一件以来、よりサララのお姫様成分が増えてきたように感じていたカオルだったが、「食い気が強いのは相変わらずだな」と、呆れ半分安堵半分でため息が出てしまう程だった。



「今後はカルナスでも美味しいパンができるかもしれませんねえ」

「結構話し込んじゃったもんな。新たな看板メニューが出来るといいんだが」


 小一時間ほどガールズトークが続いた後、解散。

二人はミスティーから貰ったお礼のパンが入った紙袋を抱え、ほくほくした顔で教会へと向かった。

本当はもっと早く顔を出したかったのだが、パン屋の前に教会に向かった所、長蛇の列ができていたのだ。

そんな中入っていくのは流石に気が引けたので「先にパン屋に行くか」となり、時間も経ったので、と、また戻る。


「……減ってねえ」

「減ってませんねえ」


 かくして、列は全く消化されていなかった。

いや、消化はされていた。されていたが、された端から新たな者が列に並ぶのだ。


「うぅ、早くシスターに慰めてもらわないと、生きていけねぇ」

「シスターシスターシスター……! ああ、俺の女神様!! どうか早く俺の話を聞いてくれぇぇっ!!」

「また男の人にフラれたまた男の人にフラれたまた男の人にフラれたまた男の人にフラれたまた男の人にフラれたまた男の人にフラれた……」


 列から聞こえてくる悲痛な独り言は、いずれも傷つきその日生きるのが辛くなった者達ばかり。

列自体は以前から目にしていて、ベラドンナの始めた恋愛相談の結果そうなっているのだと聞いていたが、その数は日ごとに増していくばかりである。


「ていうか、女の人も並ぶようになったんですねえ」

「まあ、恋愛相談って男よりは女の方がするものって気がするしなあ」


 少し離れた場所から眺めながら、その女性比率の多さに驚くサララと、それほどでもなく受け入れるカオル。

しかし、サララは「うに?」と、不思議そうにカオルの顔を見つめた。


「こういう場所の恋愛相談って、どちらかというと男性がするものじゃないです? 女性は女性でコミュニティ持ってたりしますし、内々で相談しちゃうか、自分で即決即断みたいな感じだと思うんですけど」

「あれ、そうなのか? 俺のいた世界じゃ恋愛相談って女の人がする事が多い気がしたんだけど……ほら、占いとかはオルレアン村でも流行ってただろ?」

「占いは女性の領分ですから。でもそうなんですか……カオル様の世界だと、女性も恋に悩む事が多いんでしょうかねえ」

「こっちの世界程オープンな感じじゃないな。男も女も、隠れてするものって感じで」


 恋人同士であってもそれほどべったりしないもの、というのがカオルの思い出せる限りのあちら(・・・)での恋愛模様。

少なくとも学生同士の恋愛はそんな感じだったのだ。

最も、カオルはこの世界で初めて恋を経験したので、本質的な部分は分からないままの、あくまで「そんなもんだろ」くらいのイメージ語りだったが。

対してサララも「なるほどぉ」と頷きながら、また並ぶ女性たちを見る。


「ともあれ、それだけ、悩ましい気持ちになる女性が多くなったんでしょうか。神の手で助かるなら縋りたい、みたいな」

「兵隊さん関係で悩んでた女の子多かったみたいだしなあ」


 今はどうあれ、悩める女子の相談窓口は多いに越したことはなく、そういった(・・・・・)需要を満たせるこの教会は、まだしばらくは列が解消される事はなさそうだった。




「あらあら、カオルさんではありませんか。それにサララさんも……」


 そうしてカオル達も「順番だから」と素直に列に並んでいたのだが、途中で通りがかった他のシスターが気付き、裏口から連れてきたことで無事、教会内に入る事が出来た。

ベラドンナはまだ懺悔中らしいが、奥の部屋で聖女様が対応してくれたのだ。


「お久しぶり。旅から戻ってたんだな」

「お久しぶりです、聖女様」

「ええ、本当に。私もアイネさんを王城に送り届けた後、すぐこちらに……ですが、このような有様になってしまいまして」


 ちら、と窓の外を見ると、列に並ぶ人々の姿。

もうすぐ夕方だというのに、列が途切れる様子はなかった。


「カルナスは人口が多いから仕方ないとは思いますけど、これだけ恋に悩む人がいるんですねえ」

「……いえ、カルナスの住民も多いのですが、カオルさん達が旅立ってからというもの、国内の様々な場所から相談に来る方が増えて――」

「俺達が旅立ってから?」

「ええ。タイミングが偶然被っただけだとは思うのですが、噂が噂を呼んでいるのか、初めてこの街に着た方がそういった相談をされる事も少なくなく……」


 困ったものですわ、と、ため息混じりに目を瞑り、またカオル達に向き直る。


「でも、この人数だとベラドンナ一人だとどうにもならなさそうだな」

「ええ。さすがに連日ですので、ベラドンナも疲弊していきまして……かといって私達では実のある相談ができる訳でもなく……途方に暮れていた所、ベラドンナと同じように哀しみを背負った経験を持つ女性たちが『私達に力になれたら』と、手を貸してくださいまして」

「同じような……じゃあ、ベラドンナさんの負担はいくらかは減ったんですね」

「そうなると思ったのですが……今度は、別の方向で悩ましいことになったというか」


 なんとも話難そうな、困ったような表情の聖女様に「あれ?」と、カオルもサララも不思議そうに見つめる。

いくらかの逡巡の後、聖女様は「そうですわね」と、明後日の方向に視線を向けながら語り始めた。


「……ベラドンナって、お綺麗でしょう?」

「え? あ、うん、そうだな」

「綺麗な人ですよね。悪魔っぽい部分はともかく、心根も含めて」

「そうなのです……ですから、相談する男性が、親身になって相談に乗ってくれるベラドンナに、その……恋愛感情を抱いてしまう事が増えてきまして」

「……ま、まあ、ベラドンナさん綺麗ですもんね。わかりますよ、たまにはそういうケースも……」

「更に、しばらくの間若い女性の間で続いた衛兵隊長さん喪失の悩みが薄れ始め、現実的な視点で見るようになって普通に他の男性に目を向けるようになり……」

「いいことじゃないか」

「今度は、男性陣がベラドンナに懸想した結果フラれた女性が増えてしまい……その、列が倍増する事に」

「えええ……」


 まさかの展開である。

よかれと思って相談に乗っていたベラドンナ自身の所為で、カルナスの恋愛模様が大きく変化し、社会問題化しつつあったのだ。

これにはカオルもサララも驚き……というか困惑を隠せない。


「列が倍増って、男性側は悩みが解消されてるんじゃないんですか?」

「ベラドンナと話したいという理由で来る方は毎日のように顔を出しますので……」

「毎日って……仕事どうしてるんだろうな」

「さあ……そのうち街の経済にも影響を与えそうなので、あまり考えたくないのですが……早期に解決しないとまずいことになりそうですわ」


 額を抑え、痛くなる頭にぎゅっと目を閉じる聖女様。

しかし、すぐに目を見開き、立ち上がり、カオル達をじ、と見つめる。


「――そこで、カオルさん、サララさん、お二方にお願いがあるのです!」

「お、お願いって?」

「ベラドンナを、この街から連れ出してください! 戻って来たばかりの貴方がたにお願いするのは心苦しいですが、他に頼れるあてもなく……」

「連れ出しちゃっていいんです? また街の人の悩みが増えません?」

「一度リセットする必要があると思うのです。ベラドンナ自身、自分が原因でこうなっている事に心を痛めていて……友として、見ていて心苦しいのです」


 お願いですから、と、祈るように縋るようにカオル達の手を取り、ひざを折る。

それだけ切実な問題なのだ。カオル達にだって、列の長さを見ればそれがよく解る。

こんな列が毎日のように、そして一日中途切れずにいれば、教会の人間の負担だって大きいだろう。

その問題を解決するために原因とも言えるベラドンナを連れ出すのは、確かに必要な事かもしれないと、二人は考えた。

だから、受け入れることにしたのだ。


「解ったよ聖女様。だけど、連れだしたらすぐには戻れないぜ? 俺達、実はエスティアに向かうつもりだったんだ」

「エスティアに……それはむしろ好都合ですわ。しばらく戻れない口実としては十分です」

「口実って……そこまで困ってたんですね。聖女様」


 本来人の悩みを解決するのが教会の在り方のはずだが、その教会がほとほと困らされていたのだ。

キャパシティオーバーの苦しみはどこであろうと共通とはいえ、これには二人も聖女様達に同情してしまう。


「情けない限りですが……ですが、ある程度の期間が開けば、人々も冷静になる事が出来ると思うのです。そしてその間に、こちらも対策をとる事が出来れば、と」


 あくまで時間稼ぎですが、と、窓の外の、この街そのものに悪影響を与えかねない人の列に視線を向けながら、聖女様は立ち上がる。


「同時に、私達ももう少し、人生経験を積む必要があるのかもしれませんね……聖職者に恋愛は不要、と考えておりましたが」

「ああ、まあ、若いシスターとかは普通に恋愛してもいいんじゃないかって思う事はあるな」

「私もそう思いますわ。いいえ、私自身も恋愛をしてもいいのかもしれません! 最近ベラドンナを見ていてそんな風に思いましたわ!」

「聖女様……」

「いや、うん、いいんじゃないかな……」


 いささか遅すぎる気もするが、確かに恋愛をする事で恋愛相談に乗れるようになるのは大きいメリットでもある。

だからといってなんとも言いようのない気分になった二人は、とても真面目にズレた事をしはじめようとしている聖女様に「大丈夫かなこの街」と、ひとかけらのとても重い不安を抱くようになってしまった。




「ふぅ……今回は出立の準備、一日で済んじゃいましたねえ」

「前回はリリアがいたから半分になったが、今回はベラドンナがいるから更に早くなったなあ」


 翌日、挨拶回りも終わり、これからまた旅の準備を……と思っていたカオル達であったが。

本来はもっとかかる予定だった馬車の物資積み込みも、今回はより早い時間で済ませられるようになっていた。

それというのも、リリアの手配能力、ベラドンナの輸送能力のおかげである。


「ベラドンナさんがどんどん荷物を転送してくれるので、あっという間に済んでしまいました」

「またカオル様達のお役に立てるようになれて嬉しいですわ」


 瀟洒(しょうしゃ)なメイドと善良な悪魔のタッグは、このような時凄まじい効果を発揮するのだと、二人は目の当たりにした。


「でも、突然でいきなり旅の支度って、大変じゃなかったです? その、身辺整理とか」

「ええ。聖女様から『カオルさん達についていきなさい』と言われた時は正直困惑しましたわ。ですが、お二人の旅路を見守る事が出来るとあっては……私、心が羽のように軽く舞っているのですよ?」

「そうなのか……いや、心残りとかあったら悪いなと思ってたんだけど」

「後の事を聖女様達にお任せするのは申し訳ないと思いますわ。結局、私は更なる問題の原因を作ったようなものですので……ですが、これに関しては私がここにいても何の助けにもならないというのは分かっていましたので」


 カオル様がたがいなければ一人で旅立っていた所です、と、聖女様からは聞けなかった別の事情も聞けて、「この人も大変だなあ」と、二人そろって同情していた。


「それに、今の私は以前にも増して悪魔力が増したと言いますか……色々できるようになりましたので、旅のお役にも立てると思いますわ」

「それは助かるぜ」

「ベラドンナさんの力はほんと助かりますもんねえ。大歓迎です」


 これが他の誰かなら、サララも「折角の二人旅なのに」と頬を膨らませていただろうが、ベラドンナならばその辺り、全く問題なかった。

サララ的にも心配の要らない、それでいて頼りになるお姉さんなのだ。

つくづく「味方で良かった」と思える人だった。


「ま、予定は明日だからさ、挨拶とかはその間にしてもらえればいいと思うぜ?」

「はい。とはいっても教会くらいしか挨拶する場所はありませんが……最後くらい、皆さんに私の得意料理などを振舞えたらと思いますわ」

「それはいいですねえ。私もカオル様の得意料理を存分に振舞ってもらう予定です!!」

「頑張るよ俺」


 全力でカオルに寄り添うサララと、それをしっかり受け止めるカオル。

二人を見ていて、ベラドンナは「前より進展したのでしょうか?」と、微笑ましく思えていた。

ずっと応援したいと思っていたこの二人を、また間近で見る事が出来る。

それが何より、ベラドンナには嬉しかったのだ。




「――はいやーっ」

「ヒヒヒーンッ」

「ぷっ……ふふっ、相変わらず好きですねえ、それ」


 出立の日。

リリナや聖女様に見送られながらも、カオル達は旅立つ。

ポチに鞭を入れ、一気に進んでいく軍馬車。


(ああ、これからまた、この方々との旅が始まるのですね……)


 サララと共に後ろから遠くなる街に、そして手を振り続けてくれる友に手を振りながら、ベラドンナは期待に胸を膨らませる。

エスティアへの旅は始まったばかり。

だけれど、彼女はその希望が、きっと叶うのだと信じていた。

愛する人たちの、その旅路が、幸多くない訳がないのだから。


 三人の乗る馬車は、瞬く間に国土を駆け抜ける。

夏の日差しの強い中、涼やかな風を伝えながら。


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