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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
202/303

#23.落日

「――はっ、はっ……はぁっ、姉様っ! リース姉様ぁっ!!」


 揺れ続ける城内。供に付き添われながら、リーナ王女は懸命に走る。


(どうして――どうしてあんな、ことを――!!)


 魔法の杖など、どこになかった。

部屋中のあらゆる場所を探しても尚、そんなものはなかったのだ。

ならば一体どこにあるというのか。

それを考えた矢先、バルコニーの方から聞こえた爆音で、リーナは気づいてしまう。


――姉様は、私を生かす為にバルコニーから引き剥がしたのではないか。


(どうかっ、どうかご無事で――姉様っ!!!)


 嫌な光景を想像しそうになり、必死になって頭を振り乱し、泣きそうになりながら姉の元へと急ぐ。

そんな事にならない様に。どうか、どうか姉様が元気でいらっしゃるように、と。


「――っ!」


 しかし、彼女がそこにたどり着いた時、バルコニーは、かつての形を失ってしまっていた。

一部分が歪に崩れ、その周囲は黒く染まっていた。

そうして、その黒く染まった場所に、姉姫が座り込んでいたのだ。

唇をわなわなと震わせながら。目を見開き、カタカタと震えながら。

リース姫の前には、かつて人だった黒い塊が立っていた。

それが、歪に膨れ上がってゆく。


「姉様っ!」

「……、来てはダメ!!」


 近寄ろうとした矢先、姉から拒絶され。

何が起きたのか解らず、リーナは足を止めてしまう。

直後、バポン、と、間の抜けた音と共に黒い塊が爆発し……リース姫の正面でそれが消え去った。


「お父様が爆発したの。きっと、あのレトムエーエムとかいうのの仕業ね。それ自体は私を庇ってくれた人達のおかげで助かったのだけれど……こんな有様でね」


 ヘドロの様な粘液質の黒い液体に塗れ、リースは皮肉げに笑おうとした。

だが、笑えない。唇は震えたまま、身体を走る悪寒は消えぬまま。

どんどんと心が悪しき方向へと誘導されそうになっていた。

気が狂いそうなほどの怨嗟(えんさ)の声が耳の奥でこだまし、脳内を直接汚染してゆく。


「これ……呪いか何かなんでしょうね。魔法防御で爆発そのものは防げたけど、これは全く防げなくて……私も、爆発するかもしれないから、貴方は離れていなさい」

「で、ですが……」

「私が死んでも、他の二人が死んでも、貴方さえ無事なら……そう思って、私はここに残ったのよ。貴方に死なれたら、何の為に嘘をついてまで追いだしたのか解らなくなっちゃう」

「……姉様っ」


 笑えずとも。

それでも少しでも愛する妹を安堵させようと、眉を下げ……困ったような顔になってしまう。

実際、困っていた。こんな場所に妹が着てしまった事も。

そして、自分がそう掛からず死ぬかもしれない事を、隠し切れない事にも。

何より、この妹が簡単に逃げてくれなさそうな事にも。

ただ、この崩れつつあるバルコニーからでも解る。


――古代竜レトムエーエムは、まだ生きている。


「敵は、まだ生きていた。まだ、終わらないの。弱っている今のうちに、とどめを刺さなきゃいけない。その為にも……魔力を結集しないと……」

「でしたら、それは私が――」

「言ったでしょう。貴方が生きていなきゃ、意味がないのよ」


 こんなところで困らせないで。

そう言いたかった。リースにとって、この妹は目に入れても痛くないほどかわいい妹。

だけれど、だからこそこんな事で、自分と一緒に危険に関わらせるつもりなどなかったのだ。

こんなバカげたことで死ぬのは、自分だけで十分だと、そう思っていたのだから。


「それに、私は呪われてしまっているわ。この呪いは近くにいる人に伝搬し、やがて爆発するの……傍に居たら、貴方まで巻き込んでしまうわ」

「でも……でも、このままじゃ姉様が……」

「聞き分け良くなって頂戴。私は、役目を果たさなくてはいけないの。王族としての責務を、愚かな父に代わって果たさないといけない」


 ぐ、と力を籠め、なんとか立ち上がる。

ぐらつきそうな足を踏ん張って、なんとか敵を見据える。

魔力は、未だ周囲の塔から結集されていた。

後はそれを手繰り寄せ、再び敵に向けて撃てばいいだけ。


「それに……私自身、自分の感情に押しつぶされそうになってるの……愚かな人だけれど、やっぱり私にとっては、父親だったのね……」


 胸の中に溢れるのは、憎悪の感情。

家族を奪われた虚しさ。人間を操り爆破するその暴挙に対しての怒りだった。

溢れ続けるネガティブな感情は、確かにリースを立ち上がらせる一助にはなっていたが。

それがいつ暴走し、父のように爆発するのか、彼女にはそれが怖くて仕方なかった。

こんなところで、自分が爆発するのまで目の当りにしたら、この妹はどうなってしまうのか。

父だけならばそこまで情は動かないかもしれない。

けれど、この妹を可愛がっていた自分が目の前で死んだら、どうなるのか。

同じように憎悪に突き動かされ、同じように爆発してしまうのだとしたら。

そんな連鎖は、終わらせないといけないのだ。


「行きなさいリーナ! 貴方は、自分の恨みを晴らすために民主主義運動なんかに加担したのでしょう? なら、王族など滅びてしまえと、笑って走り去りなさい!」

「そんな……違うんです。違うんです姉様! わたし、わたしはただ――っ」


 いつまでも逃げてくれない妹に、若干のイラつきも覚えながら。

しかし、その後ろに控える侍女やお供の騎士は、自分の言う事を理解してそうだと判断した。


「――ミリア、エレノア」

「はっ」

「あ、はいっ」

「リーナを頼みますよ」

「か、かしこまりましたっ」

「この命に代えても」

「えっ……ふ、二人ともっ!?」

「失礼します姫様っ! 今は逃げる時ですよっ」

「姫様、今はここにいるべきではないのです。逃げましょうっ」


 てこでも動かないリーナも、二人係では何もできず、連れ去られてゆく。

去り際に「放してっ」と叫んでいたが、そんな妹を見て、ようやく安堵のため息が出た。


(こんなところで死なれては困るのよ。貴方は賢い子。私やシドムより勉強ができたのだから)


 自慢の妹だった。

年が離れてはいたが、どんどんと新しい事を覚えてゆく賢い妹だった。

いずれ優れた指導者になるに違いないと、その将来に期待していた。


(いつか、この国が王族の手から離れた時――貴方のような人間こそが、無駄なしがらみに囚われず、民を導いていけるはず――)


 見据えるのはこの国の将来。

ここで滅びるなら、王族など所詮その程度の存在に過ぎない。

ならば、命を懸けなければならない瞬間だった。

だが、ここで命を賭すのはリーナではない。

古臭い伝統。変わる事の出来ない血統。いつまでも続く因習を捨て去れない一族。

その悪しき過去を、一新できるかも知れないからこそ、リーナには生きていてもらわなくてはならなかった。


「――だから、私と一緒に死になさい、レトムエーエム!! 私はまだ、生きてるわよ!!」


 はるか遠くに見える巨大なドラゴンを睨みつけ、あらん限りの憎悪を以て、魔力を結集させる。

それがどんな結末に続くかなど解らぬままに。ただただ、今は戦うべき時だと自身を奮い立たせながら。




『……ふっ、ふふふふっ、ふはははははははっ!!!!』


 対して、レトムエーエムは愉悦に震えていた。

自分へ向けられる憎しみの力が、どんどんと増してゆくのだ。

一時は死すら覚悟したが、ギリギリのタイミングでそれが間に合った。

城からの魔法で弾けたはずの頭部は今では完全に回復しており、再びその巨体を、バルコニーへと向けていた。


「くそ……どうなってやがるんだ。なんであいつ、こんな――」


 直近でそれを見ていたカオルは、困惑で力が抜けそうになってしまっていた。

訳が分からないのだ。明らかに死に体だったレトムエーエムが、突然甦ったのだから。


「見えるよ……あいつの周りに、途方もない量の概念的な『何か』が集まってきてる……」

「概念的な何か……?」


 声に気づき振り返ると、すぐそばに、イザベラとサララが立っていた。


「聖域が消えてる……大丈夫なのか?」

「大丈夫って言うか、これ以上ほっとけないからね。こいつ、よりでかくなるわよ」

「……これよりも?」

「古代竜は覚醒する事によって身体を成長させられるようになるんです。あらゆるのを飲み込んで、無限に成長してゆく化け物……だから、覚醒しきる前に倒さないといけないんです。いいえ、覚醒しても、成長してなければ猫獣人が居ればどうにかなるはず……だったんですけど」

「覚醒した上に成長してる。しかもこれからさらにってなると、今すぐ潰さないともう、世界が滅びるわよこれ。全く、こんなのが街の下に潜んでたなんてねえ……」


 嫌になるわ、と、長い髪をポリポリ掻きながら、イザベラは両手を広げる。


「いいカー君? 私は今から、この化け物に特大の『聖裁』を加える。発動中はこいつの成長は完全に止まり、いくらか能力も低減されるはずよ。その間が、倒せる最後のチャンスだと思って」

「そんな事できたのか……イザベラ、すごい人だったんだな」

「まあねえ。これでも色んな人生歩んできたからね。さすがに覚醒した古代竜の相手させられるなんて夢にも思ってなかったけど」

「……犬獣人と猫獣人が揃って、それでも勝てないなら……逃げるしかないですね、もう」

「そうねえ。まあ、このまま成長し続けてもエスティアかリーヒ・プルテンか……どっちかまでたどり着いた時点で死ぬの確定でしょうけど」


 二人そろって「今の世の中じゃねぇ」と、苦笑いする。

それが、カオルには奇妙に感じられた。


「聖裁発動中は私は超無防備になるわ。その辺の羽蟲に襲われただけで死んじゃうから、守って頂戴ね!」

「解った」

「サララはレトムエーエムを攻撃する事にします。怪我は治りましたから……お任せください」


 に、と、勝気に微笑んで見せるサララに「心強いな」と心底安堵し。

カオルは、レトムエーエムの動きを注視した。


「それじゃ、行くからね――女神アロエ様! どうかに私に奇跡を――」



『むっ!? なんだ、これは――う、うおぉっ、ぐっ、そうかっ、女神の使徒! 犬獣人の力かっ、おのれぇぇぇぇっ!!』


 聖裁の効力は、即座にレトムエーエムを拘束し始めた。

極端に弱ってゆく力。取り込んでいた憎悪は身体の表面から解き放たれ、吸収する事すらままならなくなる。

明らかな弱体化。異常を察知し、レトムエーエムは、眼下の街中に、犬獣人の姿を捉える。


 先ほどは目を向けてすらいなかった存在だつた。

堕落し、娼婦に堕ちた犬獣人を見て、彼は「惨めなものよ」と笑っていたくらいだった。

だが、そんな堕落した筈の存在が、未だに女神の奇跡を扱えることに戦慄した。


『ぐぅっ、小癪なっ、まずは貴様から――』


 犬獣人など取るに足らぬ存在のはずだった。

確かに強大な奇跡を行使できる存在ではある。

だが、その身体はかよわく、人間とそう大差ないと認識していた。

だから、殺す事など容易い。いつでも潰せる存在だと思っていたのだ。


 だが、視線を眼下に向けた直後、また顔面に向け爆発が起こる。

直後、冷気が鼻先を凍てつかせた。

鼻息と共にそれを溶かすが、河川からの砲撃、これが大変鬱陶しかった。


『……こいつらの所為で、城からの魔法への対処が遅れた――こちらが先か』


 すう、と、深く息を吸い。

くわ、と目を見開き、河川の船団を見た。


『滅び去れ――メテオスゥーム!!』


 


「撃て撃てーっ!! 撃てる弾は何でもいい、撃ち尽くせぇ!!」

「提督っ、これ以上は砲弾が……次で最後の弾です!」

「よし、ならばそれを撃ち次第陸戦に――むぅっ!?」

「なんだ、あれは……!?」


 攻撃の最中、天空に見える巨大な魔法陣。

それがやがて、無数の燃えたぎる隕石を展開させ――自分達に向け、降り注いでくるのが見えたのだ。


「あっ、ああ……うあああああああああああっ!!」

「ひぃっ、に、逃げっ――どこに逃げたらっ!?」

「川にっ、川に飛び込めば……っ」

「……各自、覚悟を決めろ! 川に飛び込めぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 アージェスの号令と共に、水兵らが川に飛び込んでゆく。

直後、隕石が着弾し、船団は壊滅。

それでも終わらせぬとばかりに、隕石群は川へと落下し、水に逃れた水兵らを一人、また一人押しつぶしてゆく。


 一巡の魔法が終わった時、アージェス率いる船団は、その全てが壊滅。

川は、巨大な石くれと真っ赤な水で濁っていた。




『ふん、これで少しは――ぬぅっ!?』


 鼻息荒く船団を見ていたレトムエーエムは、しかし、足元からの攻撃にただならぬ衝撃を覚えた。

弱体化した自分に対し、確実に伝わる被害。

見れば、先ほど動けなくした猫娘がそこにいた。


『貴様か……ふんっ、猫獣人と犬獣人と不死者と……邪魔臭いわぁぁぁぁっ!!!』


 いい加減、足元で邪魔され続けるのも面倒くさくて仕方なかった。

だから、潰すことにしたのだ。

胸いっぱいに息を吸い、体内の呪詛を酸素にしみこませる。


「ブレスっ、来ますよ!! 瓦礫の中に!!」

「ちょっと、私、動けないんだけど!!」

「任せろ!!」


 即座に隠れようとするサララ、動けず焦るイザベラ。

カオルはといえば……そんな二人に歯を見せ笑いながら、棒切れカリバーを振り被る。


『死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

「不定形なら、これだぁぁぁぁぁぁっ!!」


 一気に吐かれる呪詛のブレス。

だが、その一撃は棒切れカリバーによって凍結されてゆく。

ぴしり、巨大な氷柱となったブレスは、レトムエーエムの口を開かせたまま、固定させた。


『ぐっ、ぐ、ぅ……ばはなっ、な、なん……おぁっ、おおおおぁぁぁぁっ!!』


 口の中一杯の凍結した氷は流石に砕けないのか、もだえ苦しむ。

それを見て好機と思ったのか、サララは氷柱を器用に駆け上り、レトムエーエムの眼前へと肉薄した。


「回復するなら、何度でも同じ痛みを味わわせてやりますよ! 喰らえぇぇぇぇぇ!!」

『ぎぃっ!? ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』


 ぶちゅ、と、惨めな音が響く中、レトムエーエムの左右の眼が潰される。

余りの痛みに口が利けなくなっているのも忘れ、腹の底から絶叫を上げ。

そうして、あらん限りの抵抗をしようとした。

目が見えぬ中、レトムエーエムはその巨体を不規則に地べたなどに叩き付け、地団太を踏んでいたが……サララは追撃も忘れない。


「――そんな攻撃で、やられませんよ!!」

『グギィッ!?』


 直感でサララに頭を叩きつけようとしていたのをかわしながら、細腕を交差させ――上から下へ一気に叩き付ける。

ズドン、と、大砲の様な音が鳴り響き、レトムエーエムの巨大な頭蓋が、地面へと叩きつけられた。


『グ、グ、ゥ……』

「へへ、ナイスアシスト、サララ」


 そうして、その目の前にはカオルが居た。

棒切れを手に、悠々とレトムエーエムの口の中へと入ってゆく。

本来なら牙に邪魔され入れなかった場所だった。


「アッ、アニヲ――ウ、ウガァッ!?」


 異物が入り込んだのに気づき、即座に口を閉じようとしたが、氷柱が邪魔過ぎて噛み切れない。

そうしている間にも喉に入り込み、やがて、そのまま巨大な体内へと入っていってしまう。


「臭ぇなあ……それに、まっ黒で何も見えやしねぇ」


 鼻をつまみながら「たまんねえな」と口を歪め。

そうしておもむろに、棒切れカリバーをその辺の肉塊へと突き刺した。


『――オゴォッ!?』


 それは、レトムエーエムの気道。

肺へと差し掛かる道で爆発し、時空のひずみが発生する。


「前にドラゴン料理するの見た時に、外側より内側の肉の方が柔らかかったんだよな。これって、そういう(・・・・)事だもんな」


――ドラゴンを殺すなら、腹の中で自爆すればいい。


 外からの自爆で殺せなくとも、間違いなくダメージになると踏んでの行動だった。

同時に、これなら容易に外に被害が出ない。

サララ達を巻き込まぬまま、レトムエーエムにだけ被害を与えられるのだ。

最適解とも言える行動だと、カオルは納得しながら棒切れをガスガスと肉へ突き刺してゆく。


『ヒギュォッ!? ウギッ! アッ、ガ――ゴォォォッ!?』


 眼を見開き、体内からの激痛に悲鳴にならぬ悲鳴を上げ続ける。

余りの痛みに口を塞いでいた氷を噛み砕き、口から血を流しながらもだえ苦しむが――すでにサララやイザベラの事など、視界にはなかった。


「――隙ありっ!」

『グギャァァァァァァァァァァッ!!』


 そうこうしている内に右前足の()を切り割かれ、姿勢を崩される。

ズズン、と、巨体が街だった瓦礫を粉々に粉砕しながら横へと倒れ込んだ。


「いいわ……いい感じよっ、このままいけば――勝てるかもっ」


 十分なダメージだった。

間違いなくレトムエーエムに有効打足りうる。

だが、問題が無いわけではなかった。


(やば……思ったより、疲労が……今まで、お祈りとか全然してなかったから……っ)


 主な要因は、奇跡を発動していたイザベラ自身にあった。

本来犬獣人は、その敬虔な祈りを女神に捧げる事で奇跡を行使できる種族である。

だが、イザベラは堕落しきった日々を送る事で、そういった『犬獣人なら当たり前にこなしていた儀式』を欠いていたのだ。

これがテキメンに影響していた。

奇跡は発現できた。しかし、継続が困難なほどの消耗が現れてきたのだ。


(なんとか、倒しきれれば……倒しきれないと、やば、い……っ)


 今のまま行けば、勝利は確実だった。

レトムエーエムはもう、回復できない。

この状態で被害を与え続ければ、いつかはレトムエーエムが死ぬだろう。

だが、それもこの聖裁あってのもの。

イザベラ一人沈めば、また憎悪を取り込む事でレトムエーエムは容易に回復してしまうのだから。


(間に合って……お願いアロエ様。堕落した私は天罰でもなんでも喰らわせていいから……フランの仇だけは、討たせてよ……!!)


 歯を食いしばりながら、なんとか天に願う。

天上におわす女神はただ一人。主神アロエのみである。

せめてその温情に縋ろうと、イザベラは更なる奇跡を願った。




「――各砲座、準備整いました」

「うむ。攻撃を開始する! 王城にこれ以上攻撃を加えさせるわけにはいかん。姉上を守るぞ――砲撃開始! 以降は砲座が焼け付くまで撃ち続けろ!!」

「はっ!!」


 奇跡は、届く。

コルッセア近郊に陣を構えた軍が、ようやく攻撃態勢に入ったのだ。

陣地に並ぶ無数の砲台。

ラナニア陸軍の総力を結集した最大火力が、シドム王子の号令と共に一斉に砲火を上げる。


「王子! コルッセア近くで羽蟲共の襲撃を受けていた避難民及び衛兵隊を救助しました! かなり損耗していますが……」

「ただちに安全な場所に逃がせ! ここも何が起きるか解らぬ。各自、覚悟を決め攻撃を継続せよ! 偵察班は引き続き、逃げ遅れている者がいないか探し回れ!!」

「はっ!!」

「避難民も衛兵隊もですが……生き残りが言うには、『怒りに叫んだ者達が突然爆発した』との事で……」

「うむ……感情に関わる何がしかの問題が発生すると、それによって爆発が起きるのかもしれぬ。各々、冷静に振舞え」

「承知。そのように伝達いたします」


 側近らの話を聞きながら、羽蟲だけでなく突然の爆発への対処も即座にこなしてゆく。

シドムという王子は、このような時姉以上に冷静な判断ができる男であった。


「様子がおかしい者は構わぬ。斬り捨てろ。生きて爆発させるくらいなら、例え仲間であろうと殺し、後に弔ってやれ」


 同時に、他の誰より冷徹な判断が下せる男でもあった。

そのシドムの言葉に、周囲の士官らも息を飲むが……それが必要な判断なのだと解っていたから異論等挟まない。

今は動かねばならぬ時だった。やってみせねば、国が亡びる。

覚醒した古代竜というのはそれほどの脅威であるのは、軍人ならば誰でも知っている事だった。


(姉さん……死ぬならば、このシドムも一緒だ。なに、心配はいらぬ……ハインリッヒが居れば、きっとリーナを守ってくれるはずだ)


 そしてその脅威と対峙する。

シドムも危険な事など解った上で、命を捨てる覚悟でこの場に居た。

恐らくは自分同様、王城からレトムエーエムを攻撃する姉も同じなのだろうと思いながら。

そして、姉にとって少しでもやりやすく支援する捨て駒が、自分達なのだと理解しながら。


(まだ、コルッセアで戦っている者達も居るようだ……こちらとは真逆……前後であの古代竜を攻撃し続ければ、あるいは――奇跡もあるかもしれぬ)


 希望が見えていた。

時間は稼げる。被害は出続けても、なんとか勝てるかもしれない。


 そんなシドムの眼前。天空にまた、無数の魔法陣が展開されていった。



『グガァァァァァッ!! アアアアアアッ、アガァァァァァッ!! 壊れろっ、コワレロッ、コワレテシマエェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!!』


 憎悪を煽り、憎悪を喰らい、憎悪で成長した古代竜は、自分自身も憎悪に叫びながら、辺り一面を焦土とさせようとしていた。

コルッセアだけではない。ラナニアという国家、その国土全ての空に広がる、いくつもの魔法陣。

物理的な抵抗のみならず、魔力の全てを使い果たしての、レトムエーエム最大の反撃だった。


「こ、これは――」

「早くっ、早くトドメをっ!! こいつっ、このままじゃこの国が――っ!!!」

「そ、そんな事言われても――」


 間違いなく追いつめていた。

だが、その一撃で全てが灰燼と帰す程に、それは圧倒的だった。


『オマエラナド、エサトスルカチモナイワァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』





「――だったらあんたには、存在する価値すらないわよ!! レトムエーエム!!」


 その叫びは、間違いなく王城に届いていた。

だからこそ、王女は叫ぶ。最期の魔法を発動させるために。

だが、その瞬間、足元がふらついた。


(あっ……なん、で……っ)


 体力の限界だった。

一撃撃っただけでふらつくほどの魔力放出。

塔の魔術師から受けた魔力を制御するには、魔力に秀でたラナニア王族であってもそれほどの消耗を強いられるのだ。

そもそも防御用の魔力を攻撃用に転嫁するという無茶極まりない真似をしていた。

その負担が、呪われた身体に重くのしかかる。


「か……はっ……まだ、まだ……!!」


 一人きりのバルコニー。

血を吐きながら必死に脚に力を籠め、魔力を目標へと向けようとする。

けれど、視界が揺らぐ。ブレてしまって、狙いが定まらない。


(どうして……どうして、こんな時に……っ、後ちょっと、ちょっとだけだから、持ち応えて私! 死んでもいいから、どうなってもいいから、この国と、大切な人達を……守らせてよっ!!)


 正直、この国は好きではなかった。

古臭い因習にとらわれ、政治に関わる者達はいつまでも時代遅れな軍事力重視の思考ばかりして。

隣国エルセリアが自由によって繁栄しているというのに、ラナニアという国はいつまでも過去に囚われ、過去に縋り、成長できずにいたのだから。

どれだけ外交に活路を見出し、政治の中で国の繁栄を願っても、「我が国の歴史では」という停滞の言葉を聞かされる度、絶望に追いやられ。

国外から、「何が最強の陸軍国だ」「戦争が無ければ進歩できなかったのではないか」と揶揄されるのが怖かった。

いつか時代に取り残され、落ちぶれてしまうのではないかと思うと、後を継ぐのが嫌で嫌で仕方なかった。


 だけど、愛着はあった。

自分の国に対して、命を懸けてでも責務を果たしたいと思うくらいには、まだ誇りもあった。

それを、こんな化け物に理不尽に奪い去られるのが、許せなかった。

愛する家族がいるこの国を、こんなバカげた戦いで失いたくなかったのだ。


――どうか奇跡を。


 そう願い、どんどん見えなくなってゆく目標を見据えようとする。

視界が狭まってゆく。暗くなって、黒くなって、何にも解らなくなって、焦燥の中、悲しくなって涙が出た。


「――姉様っ!!」


――かくして奇跡は起きた。


 自分が追い返したはずの、安全な場所に逃がしたはずの妹が、自分の手を握ってくれた。


「リーナ……なんで……」

「私もっ、姉様が死ぬのは、嫌だからです!! 私、大切な人がこんなところで死ぬのなんて、耐えられません! だから――」


 信じられない事を見る様な眼で見つめる姉に、リーナも必死だった。


「――だから、二人で、生き延びましょう! あんな化け物に、私達の国を台無しにさせる訳にはいきませんから!!」


 一人では無理な奇跡も、二人でなら起こせるかもしれない。

不意に明るくなる景色。涙でぐちゃぐちゃになった妹の顔が見えて、思わず泣きそうになったが。

自分の手を握りしめる手の力強さを確かに感じ、リースは……こくり、頷いた。


「解ったわ。力を貸して頂戴! 私一人では足りない魔力も、貴方の分の魔力を足せば――」

「はい! 任せてください!! 古代竜レトムエーエム、ここで――終わらせます!!!」


 まとめきれなかった魔力がどんどんと収束してゆく。

強大な魔力の渦が王城正面に展開され――二人の姫君を前に、巨大な光の束になってゆく。


「「――破砕(はさい)砲!!」」


 それは、一筋の奇跡だった。

誰一人欠けても届かぬ奇跡。

国一つの存亡をかけた、戦う者達の祈り。

その一撃に願いを込め――かくして奇跡は繋がった。




『――ア、アァ……ッ』


 再び頭部を貫いた光の束。

それがやがてレトムエーエムに、最期を自覚させる。


『バカ、ナ……ワレ、ハ、エンシェント、ドラ……とむ、えー、え……』


 それでも受け入れきれず。

最後まで自分の敗北を認められず。

その巨体をどう、と横倒れにしたまま、最弱の古代竜レトムエーエムは、永き生を閉じた。


 そうして、天空を埋め尽くした魔法陣はその全てが消滅し。

ラナニア王国は、古代竜レトムエーエムとの戦いに勝利した。

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