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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
201/303

#22.古代竜レトムエーエムとの戦いにて4

「見つからない……どこに、一体どこにあるの……?」


 第一王女リースの部屋にて。

リーナ姫は、姉に頼まれた魔法の杖を探していた。

幾たびも揺れる振動に怯えながら、焦る手で部屋の中を探し回る。


(はやく……早く見つけないと、国が、姉様が……っ)


 心は焦れるばかり。だというのに一向にそれらしいものは見つからない。

姉の部屋は整然としており、不必要なものは一切置かれていなかった。

部屋こそ広かったが、そのおかげでとても探しやすく、最初こそすぐに見つかると思ったのだ。

しかし、どれだけ探しても、それらしいものが無い。


(なんで……? 姉様が使うようなものだもの、解り難いところに置くはずが……)


 姉の性格を思えば、必要なものはすぐに取り出せる場所に置くはず。

いかに大切なモノとはいっても、いざという時に使うに手間取る場所に置くというのは考えにくかった。

それでも、目に見える範囲、何かしら収納されていそうな場所はあらかた探し尽くし、それでも見つからなかった。


(ベッドの下……ない、クローゼットの裏? でも、こんなところには……やっぱりない! どこなの? どこにあるの……?)


 不安な心に押しつぶされそうになりながら、リーナは「あるはずがない」と思うような場所まで探し始める。

しかし、それでも見つからないのだ。

一か所見つからぬ度に、その心はどんどん焦りに締め上げられてゆく。

急がなくてはならないのに。そのままでは姉が何もできないまま、古代竜に殺されるかもしれないのに。

国そのものを助ける手立てが、何一つ成せないまま滅ぼされるかもしれない。

それが自分の所為で起ころうとしている事が、怖くて怖くて仕方なかった。


(……わたくし、は……)


 そうして、気づいてしまう。

自分がいかに矮小であるか。自分がどれだけ、情けない存在だったのかに。

口先だけでどれだけ国の事、民の事を憂いても、結局何一つ変わらないのは当たり前だった。

こんな時に、杖一本探せないのだ。そんな人間が、何の役に立とうか。

必要な時に必要な事が出来ない王族に、果たして何の意味があろうか。

今この瞬間にも、コルッセアの街は被害を受け続けている。

その振動が、目に見えぬ古代竜の活動を今も伝え、その恐ろしさが自分の胸を打ち続ける。


「――私はっ、そんなの、嫌です!!」


 国には残って欲しい。滅びて欲しくない。

民には傷ついてほしくない。古代竜なんて、今すぐ消え去って欲しい。

怖くて怖くて仕方ない。だけれどそれ以上に、自分の所為で誰かが傷つくなんて我慢できない。

結局自分は自分の所為で他者がどうにかなるのが嫌だっただけ。

だというのに、自分の恨みがましい気持ちばかり優先して、王族の廃滅を願ってしまった。

けれど、そんな王族の中にこそ、王族としての役割を果たそうとする人たちがいたのだ。

自分のように好き勝手にしていた、王族にふさわしくもない小娘などと違い、命を張ってでも国の為に動ける人がいたのだ。

父王こそは全ての害病の元と思えたが、そんな人達には傷ついてほしくなかった。失いたくなかった。


「見つかって、お願いだからっ、どこにあるのか――姉様っ」


 涙をぽろぽろ流しながら、焦りながら、だけれど心の底から救いを求め、姉の無事を願いながら。

リーナは、足りない力でクローゼットをどかそうとする。

隠れている場所はもう、置かれている物の下にしかないのだ。


「く……うっ、どかさないと、早く、これを……っ」


 しかし、非力な彼女に身の丈より大きなクローゼットをどける事などできるはずもなく。

その華奢な身体を使ってなんとか動かそうとするも、クローゼットは、微動だにせず。


「あ……エレノア様っ、いらっしゃいました! 侍従長の仰る通りでしたわ!!」

「失礼しますっ、ご無事でよかったですわ姫様っ」

「え……っ?」


 全く動かないクローゼットに絶望しながら、それでもなんとかしようと背を押し付け動かそうとしたが。

そんな中、お供の女騎士と侍女が現れる。


「姫様、一体何を……?」

「姉様の魔法の杖を探しているの。だけれど、他にはどこにもなくて……このクローゼット、動かしたいのよ!」

「姫様、お城の家具はどれもいざという時に倒れないよう、底辺を床に打ち付けられています。力押しでは恐らく……」

「お任せください。姫様は、安全な場所に」


 ミリアの声に「そんな」と眉を下げた姫君であったが。

エレノアはぐ、と両手をクローゼットにあて、両足を肩幅より広げ、中腰になって姿勢を保つ。


「エレノア……?」

「う……ぐ……っ」

「さ、流石にそれは無理なんじゃ……」

「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ズォ、と、何かが張り裂けるような音がし、エレノアの声と共に、クローゼットが宙に浮く。


「ひ、ひぃっ」

「――りゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そうして、ミリアが怯え情けない声を上げる横で、その目の前にズン、と、置いて見せたのだ。

凄まじい怪力だった。これにはリーナも目を丸くしていたが……やがて、小さくため息をつく。


「ありがとうエレノア。だけれど、ここではなかったみたい」

「はぁっ、はぁっ……そ、そうでしたか。では、次を――」


 ともかく、これで探し物が続行できる。

家具は他にもいくつかあるので、それらのいずれかの下にある事を願い……リーナは、次の家具へと目を向けていった。




「ひ、ひぃっ、何だあれっ!? 魔物かっ!?」

「うわぁぁぁぁぁぁんっ、ママぁっ、ママっ、助けてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「誰かっ、誰か私の子供を助けてぇっ!!」

「ふぉぉぉ……だ、誰かっ、うぉぉぉぉぉぉっ」


 その頃、各地では問題が起き始めていた。

まず真っ先に被害に遭っていたのは、直近に居た、コルッセアから逃げ出した住民だった。

突如として空から巨大な羽蟲が飛来し、人々に襲い掛かってきたのだ。

最初に狙われるのは、子供や年寄りといった、逃げ遅れがちな者。

巨大なハサミのついた両足で器用に空中に連れ去ったり、逃げている者の背中に張り付き、牙を突き立てたり。

そうして襲われた者達が、抵抗も出来ぬまま魔物の手に掛かり――じわり、煙となってゆく。


「ママぁッ、マ――うっ!」

「ああっ、トーヤ! 何てこと……ひどい……ひどいぃ……っ」

「ご婦人何をしているっ、早く逃げなくては……くそっ、うおおおおおおおお!!!」

「命に代えても、これ以上コルッセアの民を傷つけさせるな! 何が何でも守るんだっ!!」


 我が子が目の前で煙となってゆくのを目の当たりにし、母親がその場で泣き崩れると、今度はそれが新たな狙い目となる。

羽蟲たちが大挙して押し寄せてくるのを、避難民を誘導していた衛兵らが応戦する。

しかし、多勢に無勢であった。

必死になって抗い立て直そうとするが、空からの攻撃に一人、また一人倒れてゆく。


 元々、この衛兵らは街の外に脱出した住民の避難優先で動いていたから無事だっただけで、本隊は先ほど、レトムエーエムの薙ぎ払いをまともに受けて全滅した後なのだ。

救援など期待できるはずもない戦い。絶望感が場に漂う。

逃げ惑う住民達は、しかしどこに逃げたらいいのか解らず、パニックに陥っていた。


「おりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ピギィッ!?」


 そんな絶望的な戦いの中、指揮官バリアンも生き残りの衛兵らの中に居た。

必死の形相で襲い来る羽蟲の攻撃を避け、カウンターを決めて槍で叩き落としたのだ。

自身の槍刃(そうじん)が相手の胴にしっかりと傷をつけているのを見て、気勢を上げる。


「決して倒せぬ敵ではない!! 自分から仕掛けるな! 敵の動きをよく見て、回避しつつ反撃を決めるのだぁ!!」


 羽蟲の動きは、それ単体ではさほど早くはない。

数こそ多いが、その体躯の大きさからか同時に対象に攻撃できる瞬間というのは実際には限られていて、動きさえよく見ていればなんとか(さば)けなくもなかった。

まとまって動きはするが連携が取れている訳でもなく、互いが互いを邪魔し合ってもいる。

敗色濃厚だが、「この敵は倒せるのだ」と仲間達に伝える事は大事だった。

わずかなりとも朗報ならば、それだけで士気は保てる。

このような状況下、衛兵だけでも自棄になるのは回避しなくてはならなかった。


 だが、既に被害は全体に広がり始めていた。

衛兵らの奮戦虚しく、多くの避難民が羽蟲に襲われ、煙にされてゆく。


「くそっ、なんなんだよあの蟲……俺のっ、俺の大切な女が、あいつのせいで……ちくしょうっ、ちくしょうがぁぁぁぁぁっ!!!」


 次第に絶望は、避難民の間に憎悪の声を響かせた。

大切な人を失った者達が、理不尽に奪った蟲を睨みつけ、叫ぶ。

その口から、黒い煙があふれ出していた。


「なんだ、あれは……?」


 指揮官バリアンが見たのは、霧のように舞い上がってゆく黒煙。

それが人から発せられたものであると気づくのにわずかばかりかかり……そうして。


《パァンッ》


 爆発音が、避難民たちの間から響いた。

弾け飛ぶ人間。飛び散る黒い汚染物質。

周囲にいた人間まで巻き込む憎悪の毒。

呪詛がばら撒かれ、人々の心を汚染してゆく。

爆発音は、連鎖的に発生していった。




「あぁ……なんてこと……」


 呪詛による爆発は、至る所で起きていた。

羽蟲による被害も増え始めていたが、それ以上に、爆発による被害が上回ってしまうのも時間の問題だった。

そう、羽蟲はあくまで、憎悪を煽るだけの道具に過ぎなかったのだ。

王城のバルコニーで、遠見(とおみ)を使って避難民たちを見守っていたリース姫は、突如爆発した避難民を見て、それが何であるのかを察した。


 殺し殺されることによって、人は絶望し、理不尽を与えた相手に憎悪を抱く。

ならば、このように一方に殺され続ければそれだけに、レトムエーエムを憎めば憎むほどに、爆発する対象は広がってしまうのではないか。

勝てない。このままでは勝てるはずがない。

キ、と、唇を噛みながら、すぐそばに控える配下に目配せする。

まだ、一人も爆発していない。少なくともこの中に、爆発するほどの何かを抱く者はいないのだろう、と判断する。


「まだ、爆発する条件が解らないわ。一定範囲内なのか、それとも、一定以上の感情の昂りなのか……ともかく、皆冷静なままでいてね。私は……はらわたが煮えくり返りそうなくらいだけれど。抑えないと」


 この中で一番怒りを覚えているのは、間違いなく自分であると認識しながら。

それでもそれを噴出させぬよう、わずかでも心落ち着かせようと、視線を城内に向ける。


(……私達がどうなろうと、リーナが大丈夫なら。あの娘が無事でさえいれば……)


 大切な妹が生きているなら、それだけでよかった。

そう思えば、レトムエーエムへの憎悪もわずかばかり薄れる。我慢できる。

今も内からふつふつと湧き上がるどす黒い感情が、妹への愛情によって緩和されていくのを、リースは感じていた。


「姫様、塔の魔術師達から、『これより魔力をそちらに集中させる』とのこと。準備はよろしいですか?」

「……ええ、構わないわ。いつでも来て頂戴!!」


 丁度、反撃の支度が整った。

それだけで、怒りや憎しみといったネガティブな感情が、勝利への願いや希望といったポジティブな感情によって上書きされていく。

すぅ、と息を吸えば、清浄な空気がまだ、胸の内を清めてくれる。


「――黙ってやられるつもりはないわ。いくわよ、古代竜レトムエーエム!!」


 キ、と、遥か先に佇む古代竜を睨みつけた。



『む……?』


 コルッセアの街の中では、レトムエーエムが、力の淀み(・・)のようなものを感じていた。

空間がブレる様な、強大な魔力の気配。

それはどこか感情の暴走にも似た強大なエントロピーであり、感情、とりわけ憎悪を糧とするレトムエーエムには看過できぬものであった。

目を向けた先は王城。そのバルコニーに立つ、若い女だった。


『なるほどな……ただ黙して我を見ていただけではなかったか。相応に備えがあったと見える』


 それがその女が内包していた魔力とは思えず、レトムエーエムは愉しげに口を歪める。

しかし、その眼は笑っていなかった。

自分に打撃し得る、十分な威力を伴った質と量の魔力を感じていたからだ。

今はまだ混沌としていて、収束する気配もないが、無視するのは得策ではない。

生意気にも自分を睨み続けるその女を――リース王女を、殺すことにした。


『滅びよ、人間の王族。我に目を向けた事は赦そう。憎悪の眼を向けよ、そしてそのまま――滅びるがよい』


 くわ、と、巨大な口を開き、何がしかを始めようとする。

直後、ドン、と、足元が爆発した。


『……鬱陶しいな』


 見れば、人間が一人、棒切れ片手に自分を睨みつけていた。

そうしてまた、棒切れが飛ぶ。強めの衝撃が、自分の足にわずかな振動を与えていた。

だが、その存在はレトムエーエムにとって、不思議以外の何者でもなかった。


『貴様、今さっき我が爆発させたはずだが?』

「ああ、そうだな」


 カオルも例外なく、このレトムエーエムによって爆破されていた。

内から来る憎悪が膨れ上がり、惨めなミンチ肉になっていたはずだった。

その瞬間、それを目の当たりにしたサララが絶叫を上げていたが……すぐに復活したカオルは、構わず攻撃を再開したのだ。


「お前のおかげで、俺が不死身だってのがサララにばれちまった。全く、ロクな事しやがらねぇな古代竜って奴は!」

『……不死者か。完成体のゾンビか、あるいはヴァンパイアか……なるほど、次元のひずみに飲み込まれても無事だったのはそれが故か。まこと、鬱陶しい奴よ』

「少しは鬱陶しく感じてくれたかい? それなら結構だ……おらぁっ、何発でも喰らいやがれ!!!」

『――ベノムスプラッシャー!!』

「うぉっ」


 バボン、と、また内からの憎悪によって爆発するカオル。

惨めに弾け……しかし、幾度爆発させられても、即座に甦る。


「ははははははっ! もう何も感じねぇっ! 何も痛くねぇぞぉっ!!」

『……ぐぅ、面妖な……』


 カオルによる攻撃も全くと言っていいほどダメージになっていなかったが、自身の攻撃も全くと言っていいほど意味をなしていない事に気づき、歯を噛む。

人と違いぱっと見では解り難かったが、明らかにイラついていて、それがカオルには嬉しくて仕方なかった。


「俺を見ろ! 俺が生きてる限り、俺はお前の邪魔をし続けるぞ!!」


 それも、大切な人は自分の近くで、安全な場所にいるのだ。

何も怖い事はなかった。

もう、失う事など何もない。


『そんなにお望みならば、貴様から復活できぬ様にしてくれるわぁ!! グォォォォォォォォォォッ!!!』

「うひぃっ、へへへっ、来やがれ! お前なんか怖くねぇぞ!!」


 何が起きるのか解らない古代竜との戦い。

だが、勝ち筋が全く見えずとも、それでも笑えるくらいには余裕があった。


(俺、どうなっちまってるんだろうな。もう痛くもなんともねえや)


 どれだけ爆破されようと、どれだけ踏みつぶされようが、どれだけ薙ぎ払われようが、痛くもなんともない。

そんな事より……そんなこと以上に、沢山の人が死んで沢山の人が苦しんでいる事の方が許せなかった。

そう、感情が肉体の痛みを無視させていた。

どうでもよかったのだ。どうせどれだけ痛くとも、すぐに甦るから、歩けるようになるから、戦えるようになるから。

だったら、そんなどうでもいい怪我の痛みなどより、全ての元凶のこの化け物を、蹴散らさなくてはならないのだから。




「カオル様……」


 すぐ近くの聖域では、まだサララが治癒の奇跡を受けていた。


「……ここに来るまでにちょっとした説明は受けたけどさ、ほんとにカー君、女神様の恩恵を受けてるみたいだね。あれだけの攻撃を受けて無事でいるなんて。さっきなんてあたしはカー君がはじけ飛んだように見えたけど、無事みたいだしさ」

「そう、ですね……カオル様が爆発した時は気が狂うかと思いましたけど……」

「その状態で外に出たら、あんたも間違いなく爆発してたんだろうね」


 弱気な様子でハラハラとカオルを見つめ、攻撃を受ける度に「あっ」と、不安そうな声を上げるサララに対し、イザベラはレトムエーエムを睨んでいた。


「あいつはきっと、人々の感情を操れるのね。憎しみとか、恨みとか……そういうネガティブな感情を増幅させて……そして、増幅させた感情を、文字通り相手の体内で爆発させられるのよ」

「……私達が無事なのは?」

「この聖域のおかげよ。だから、今はまだ外に出ないで」


 決して広くはないスペースだったが、イザベラの展開した聖域は、レトムエーエムの力から免れ得るだけの効力があった。

おかげでサララもイザベラも、レトムエーエムへの憎悪が強くとも、爆発せずに済んでいたが。

それも、聖域の外に出ればいつ爆発してもおかしくない状態なのだ。

爆発した人間の体内からは、真っ黒な呪詛がばら撒かれる。

そうして世界はどんどんと、人間自身の憎悪によって汚染されてゆくのだ。


「……心落ち着かせないと、戦う事も出来ない訳ですね」

「そうね。落ち着きなさい。私だってフランを殺されて、あの化け物は憎いわ。だけど、戦うなら心落ち着かせないといけない」


 唇をギリ、と噛みながら、サララはレトムエーエムを睨みつける。

けれど、傷が癒えそうな今ですら、その憎しみは消えそうになかった。

大切な人が、傷つけられている。

例えすぐに死なないと解った今でも、それでも愛する人を傷つけるレトムエーエムが許せなかった。


「……その、カー君が好きなら、楽しかった思い出とか思い出してなさい」

「え……?」

「愛情とか恋情とかね、そういう感情は、憎悪や怒りといった感情を薄めてくれるから。ネガティブな情は内から来るものだけれど、外から来るポジティブな情で中和できるのよ」


 私もそうするわ、と言いながら、胸の前で手を組む。

やがて、にへら、と、口元が緩んだ。

イザベラのそんな顔が、サララにはどこかイラっとしてしまい、唇を尖らせる。


「あの……こんな状況で、何思い出し笑いしてるんです?」

「えっ、何って……最初の彼氏とのイチャラブしてた時の事を――」

「イチャ……! こんな時じゃなかったら、張り倒したいくらいです」

「こんな時だからこそ、そういう幸せな思い出を思い出さないとダメなんじゃない」

「……解りましたけど。解りましたけど、貴方の笑顔ってなんか腹が立ちます」

「私だってそうよ。大概の悪人は許せても猫獣人だけは赦せないわ。でもまあ、それでも協力しなきゃいけない」

「そう、ですね……」


 外傷はほぼ消え去っていた。

内臓からくる痛みも大分薄れ、砕けていた骨もかなり繋がっているようだった。

聖域の力もあり、焦っていた心も次第に落ち着いてくる。

眼を閉じれば、すぐにでも愛する人との思い出が浮かぶようで。


 そう、犬獣人とはこのような時、人々の助けとなれる種族だった。

女神アロエによって生み出されし獣人、その中でも女神に仕える事を選んだ、女神の下僕。

女神の奇跡を扱い、人々の心の支えとなり、人々を元気づける。

女神の信徒『聖堂協会』の中枢を担う少数種族、それが犬獣人なのだ。




『――むぅっ、鬱陶しい! いくらコバエと言えど、殺しても殺しても蘇られては――ぬぅっ!?』


 その、レトムエーエムにとって一瞬とも言えるカオルの妨害が、レトムエーエムにとっての予想外を産む。

先程まで警戒していた王城のバルコニー、そこから、収束した魔力の波動を感じたのだ。


『撃たせるものか――メテオスゥ――』


 明確な脅威。それに気づけばこそ、レトムエーエムは自らの得意とする『魔法』を展開させる。

城の上空に展開される魔法陣。


――しかし、妨害要因は、何もカオルだけではなかった。


《ドゴォォォォンッ》


『ぐぬぅっ!? な、なん――』


 突然の、胴体に直撃する砲弾の数々。

城からの射程では届かないはずの攻撃が、巨大な体躯を揺るがせる。

爆着しては打撃となる、その砲火の出所は――コルッセアと王城とを挟む河川からであった。





「――撃てぇ!! 一撃でも多く撃ち、あの化け物の注意を引くのだぁ!!」

「イェッサー!!」

「三番砲、撃てます! 撃ちます!!」

「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 《ドォォンッ》


 煙を上げる砲塔。

河川にひしめく小型船団の砲が、レトムエーエムを捕らえていた。


「提督! 通常砲弾はもう数がありません! 元々水上戦闘を行う予定はなかったもので……」

「構わん、積んでいる弾全て撃ち尽くせ! 撃ち尽くしたなら銃剣を以て陸上戦だ!! 我らの攻撃はあくまで時間稼ぎ!! 何を用いてでも時を稼ぐのだぁ!!」

「了解! 氷結魔法弾、撃ちます!!」


 新提督アージェス率いる小型船団は、レトムエーエムへの攻撃を続けていった。

次代の王ともなる女性の命令を遂行する為に。




『ぐぬぅぅぅぅおぉぉぉぉ……っ』


 重なる爆発音。

鼻先で砲弾が爆発し、ビシリビシリと金属片が目へと突き刺さってゆくと、レトムエーエムは身悶えしながら涙を流した。

すぐ下に居たカオルがその爆音に鼓膜を破るが、口元のにやけは隠せなかった。


(何か解らないけど、いい感じに注意引けてるじゃないか)


 突然の爆発だったから驚きはしたが、恐らく軍の大砲か何かなのだろうと思い、カオルは足元の妨害に徹する。

本当は自爆できればよかったのだが、いかに聖域があるとはいえサララ達にどんな被害を与えるか解らないので、地道に棒切れを投げつける事しかできなかった。


 砲弾の雨もカオルの攻撃も、未だレトムエーエムを倒せるほどのダメージに至らない。

今でこそ破片によって目が傷ついているが、それもすぐに癒えていく。

致命傷以外、倒せるほどの攻撃にはならないのだ。




――しかし、時間稼ぎとしては上等であった。


 レトムエーエムの意識が散漫となり、王城上空に展開された魔法陣は消えていた。

代わりに、バルコニーの前面。中空に発生する、巨大な魔法陣。


『我がラナニアの祖・偉大なる魔導師シュバッテンの名により、全ての力を開放します――』


 王城を中心とした四つの塔。その全てから放たれる大出力の魔法の束。

それが中心となるバルコニーへと結集され――リース姫が魔法へと変質させてゆく。

言霊がやがてラナニア城の魔導装置とリンクし、有事はバリアとして展開されるはずのその力を、姫君自身が歪めてゆく。


『――破砕(はさい)砲!!』


 本来盾として使う力を、矛として使う。

膨大な魔力の束がやがて結晶化し――リース姫の声のまま、光の刃となって対象、レトムエーエムへと放たれた。




『グギャォゥゥゥォォォォォッ!! グゥァァァァァッ!! オオォォォォォッ!!!!!』


 光速で飛び交う魔法の刃に、レトムエーエムはかわす事すらできぬままに頭部を貫かれ、絶叫する。

こんな事は初めてだった。

かつて自分を封印した古代の民ですら、ドラゴンスレイヤー達ですら、頭は破壊できなかったというのに。

脳髄に焼き付く痛みが、自身に敗北の二文字を思い起こさせる。


『バカなっ、我がっ、我がこんなっ―人間、如きにぃ……っ』

 

 激痛のまま、レトムエーエムは倒れる。

立っていられなかったのだ。中枢が破壊され、脚に力が入らない。

やがて、急速な眠気が襲い来る。


『ソン、ナ……こんな、ところ、デ……ッ』


 無念としか言いようのない敗北感。

しかし、脳が破壊され、それ以上に声は上げられず……そのままレトムエーエムは、瞼を閉じた。




「……やったわ! 当たった! 倒せた!!」

「おおおおおっ」

「やりましたな、姫様!!」

 

 バルコニーでは、古代竜の巨体が倒れたのを見て、勝利に沸いていた。

それで死んだかまでは解らないが、少なくとも大ダメージを与えたのだと確信したのだ。

だが、油断すまいと、リースは右をす、と腕を出し、侍従に平静を保つよう促す。

すぐに、バルコニーは静まり返った。


「何が起きるか解らないわ。確実に仕留めるために、もう一度魔力を収束させて」

「承知しました! 塔の魔術師達に伝えます」


 まだ、油断すべきではない。

ここまで暴れ回った化け物の最期にしてはあっけないにもほどがあった。

だから、何かあると思ったのだ。

思ったからこそ、確実に仕留めなくてはならない。


 各々、気を引き締めトドメの為の行動に移る。

リース自身強い疲労感とふらつきを感じたが、まだまだ次弾を放てるだけの余力はあった。


(確実に、次で――)


 遠目では動かなくなっているレトムエーエムだったが、動かないなら、動けないうちに消し炭にしてしまいたかった。

精神を集中させようとする。させようと、した。


「へ、陛下っ、何故こちらに――っ!?」

「……えっ」


 不意に聞こえた侍従の声。

平静を保とうとしていた心に、わずかな揺らぎが生まれ。

そうして目を向けた先には、確かに父の姿があった。

ほんの数日顔を見なかっただけの、妙に皺枯れた、今にも死にそうな年寄りが、震えながらに自分の前に居たのだ。


「突然目の前の牢に居た者が爆発して……牢獄が壊れてな……」

「おとう、さま……その、身体は……っ」

「姫様っ!!」


 プルプルと身を震わせ、真っ黒に染まった身体を娘に見せるようにしながら近づき――



『ベノム――』

「こいつっ、まだ生きて――」

『――スプラッシャァァァァァァッ!!!』



――直後、ラナニア城のバルコニーで、ラナニア王が爆発した。

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