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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
2章.オルレアン村編2-Boy Meets Girl-
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#10.夢の中のおばさん女神


 それは、暖かな春の日差しの中に見た、夢の中での事。

ぼんやりとした心持ちながら揺り籠に揺れるような、そんな懐かしい昔を思い出す様な気持ちになりながら目を閉じていたカオルは、ふと、近くに誰かが立った様な気配がして、目を開く。


「こんにちは、カオル」


 女神様であった。

手には白い花。

なんという名前なのかは解らないが、川岸でたまに見かけるものだった。


「女神様。久しぶりじゃん」

「ええ、お久しぶりですね。なんとなくパワーが溜まったのでこうして姿を見せる事が出来ました」

「パワー?」

「ええ、パワーです」


 何か意味の解らない事をのたまっているが、はっきりとは教えてくれない。

ニコニコ笑顔のまま誤魔化すように説明を省こうとする。


「……まあ、いいけどさ。それが溜まると、たまにこうやって顔を見ることができるって事?」

「そうなりますね。毎日会えないのは寂しいかも知れませんが、こうして時々は顔を出せるので、寂しくても我慢するのですよ?」

「……いや、まあ、別に寂しくないけどさ」


 女神様は自分が居ないとカオルが寂しがると思い込んでいるらしかった。

別にそんな事もないのだが、カオルは「女神様なりに気遣ってくれたんだろう」、という方向で考える事にする。


「そうですか? それにしてもあのサララちゃんっていう子は可愛いですね」

「ああ、そうだな。よく食うけど」

「ご飯をよく食べる女の子はとても素敵じゃないですか? 健康的ですし、きっとスタイルもよくなりますよ?」

「そうかぁ? 今のままでも別に可愛いと思うけど。変に太らないか心配だぜ」

「カオル、女性に対して『太る』は禁句ですからね。引っ掻かれますよ」

「……よく覚えとくよ」


 この世界でも女の子に『太る』はタブーとなっているらしかった。

異世界においても、やはり女性は太りたくないという心理が働くらしい。

カオルは若干うんざりしながら、その忠告に深く頷いていた。

素直に頷くカオルに、女神様は満足げににっこり微笑む。


「心配しなくとも、獣人は太りにくい体質のようですから、沢山食べても余計なところにお肉が付くことはないと思います。食べた分が全部背丈とお胸とお尻につくというなんとも羨ましい……こほん、ともかく、カオルが心配するほど身体に悪いことではないと思いますよ?」

「そういうものなのか……なんか、俺達の世界だと食いすぎるとすげぇ太って体に悪いみたいなイメージがあるからさ」


 カオルとしても、別段意地悪でサララが太るのを気にしている訳ではないのだ。

一緒に暮らしている少女が、ただだらだらとしている間に見るも無残な事になるのは流石に可哀想だろうと、そういう思いやりもあっての心配だったのだが、どうやら杞憂らしかった。


「貴方の住んでいた世界と比べて、こちらは栄養価が乏しいものがほとんどですしね。調味料も限られていますし、お肉もそんなに毎日食べられる訳ではないでしょう?」

「ああ、うん……確かにそうだな。こっちに来てから肉って、あんま食ってない気がする」

「勿論カオルの身体は普通の人間のモノですから、食べ過ぎれば太りますが……食べ過ぎる事が出来るほど、食料に満ちている世界ではないのです。それでも、エルセリアはかなり裕福な国のようですが」


 食べるに困らないだけの食料がありますし、と、女神様は口元に指を当てながらに視線を上向ける。

そうして、思い出すように語るのだ。


「大陸の中でも……東の方に行くに従って段々と食料の供給が難しい地域が広がっていって……そういう所に住む人は、やはり苦しい生活をしているのです」

「なるほどなあ……皆が皆豊かな場所で暮らしてる訳じゃないのか」

「もしそうなら良かったんですけどねえ。自分が暮らしている場所以外は、意外と解らないものでしょう?」

「ほんと、そんな感じだな。向こう(・・・)でもそうだったけどさ」


 そう、知らないのは、何も今に始まった事ではない。

元の世界に居た頃だって、やはりカオルは自分の住んでいた場所以外、何も知らなかったのだから。

ただ、それでも食料が少ない土地、というのを想像してみて、ある程度想像できる程度には、カオルは飢えに近いものを理解し始めていた。

サララが来る前は、まだ耐えがたい空腹、というのもいくらかは味わったこともあったのだ。

だから、そんな状態が長く続くような場所、というのがどれだけ辛い場所なのか、想像くらいはできた。


「私もそうでした」


 どこか遠く想い馳せるようにぽつり、呟く女神様。

その言葉が何を意味するのか、カオルにはまだ解らなかったが。

ただ、それ以上語ろうとしない辺りに、何か含みがあるように感じて、カオルはただ黙って、その複雑そうな顔をじっと見つめていた。



「そういえばさ、サララって、猫になる呪いっていうのを掛けられたらしいんだけど」

「まあまあ、猫になる呪いとはまた、怖いですねえ」

「うん、そうなんだよ。怖いんだけどさ、この世界って、そういう呪いとか魔法みたいなの、結構あるの?」


 しばし沈黙が場を支配していたが、ここはカオルが切り出し、話題を変えることに成功する。

それなりに気にしていたことながら、呪いや魔法といったファンタジー的な要素が実際にある以上、「もしかしたら俺も使えるんじゃ」と、若干期待していたのだ。

だが、残酷にも女神様は首を横に振る。


「魔法や呪い、奇跡といった力自体は存在していますが、一般的にはそういった力は行使できない人がほとんどですね。幼い頃から英才教育を受けているだとか、生まれつき素養に恵まれているだとか、その手の名家に生まれているだとか、何かしらの特別性がないと使えないか、使えても大成するところまではいけない、といったところらしいです」

「そうなのか……もしかしたら俺も使えちゃったりしないかなーとか思ったんだけども」

「あらあら、カオルはもしかして魔法使いになりたかったのですか? 残念ながら貴方はバリバリの農夫タイプですからちょっと厳しいと思いますよ?」

「何だよバリバリの農夫タイプって……せめて戦士タイプとかじゃないのかよ」


 よりにもよって農夫だった。

農業の事なんてろくに知らないのに農夫タイプとか言われても、と、カオルは途方に暮れた。


「まあ今適当に決めただけですけど」

「適当に決めないでくれ……割と重要な事だろそういうのって」


 女神様は割と適当な人だった。

今更ではあるが。カオルにもある程度解っていた事ではあるが。


「でもまあ、魔法を使うのって結構大変ですよ? 使えればそれなりに需要はありますけど、体内魔力尽きると気だるくて何もする気なくなりますし」

「女神様は使えるの?」

「勿論です。人間時代は宮廷魔術師も真っ青なくらいの遣い手でしたよ」

「へー」


 思い切りドヤ顔で語っているが、「どうせいつもの女神様ジョークなんだろ」と適当に流すことにしていた。

自分で聞いておいてなんだが、女神様が調子に乗って語るときは大体ロクなもんじゃないという経験則がカオルにそういう判断を促したのだ。

ある意味女神様の自業自得である。


「呪いに関しては、悪魔や魔族が使うものがほとんどでしょうか。たまに呪術師や悪い魔法使いみたいな人達も使ったりするようですけど」

「やっぱ悪いモノっていうイメージ通りなんだな」

「ううん、どうでしょうねえ。言ってみれば体系化されたおまじないですから、悪意の有無の差はあるでしょうが案外村の女の子なんかも普通にやってたりしますよ?」

「えっ? そうなのかい?」

「ええ。よく聞くでしょう? 恋のおまじないって」

「あれ呪いなのかよ!?」


 衝撃の事実であった。できれば知りたくない類の事実であった。

一瞬驚いて、「ああ、これも女神様ジョークか」と思ったものだが、女神様は割と真剣な顔である。


「つまり、その行為に込められた思いの方向性は別としても、何かしら『人の想い』が込められているのがおまじない、呪いの類と考えると解りやすいでしょうか」

「じゃあ、猫になる呪いにも何らかの想いがあるって事か?」

「きっとそうだと思いますよ。なんで猫になってしまうのかは本人じゃないと解らないでしょうけど」


 なんとなく解ったような、やはり解らないような、なんとも言えない曖昧さが残ってしまった。

人の想い、というのが呪いの根源だとするなら、人は日夜、呪いを吐いて生きているんじゃないかと、カオルはそんな事を思ってしまったのだ。


「なんか、世の中呪いだらけになってそうだよな……」

「そうですねえ。世の中呪いだらけになってると思いますよ? それによって誰かが足を引っ張られたり、不幸になったりして、また誰かが呪いを吐いて……呪いというのは、良い物も悪い物も循環していくんだと思います」

「うへえ……なんかやだなあそれ。呪いが空気みたいで」

「ふふっ、カオルは面白い例え方をしますね。確かに、呪いとは空気のようなモノなのかもしれません」


 うんざりとした様子のカオルに対し、女神様は愉しげに口元を手で当て微笑む。

空気のように呪いが漂っているみたいなイメージになってカオル的にはあんまりだったが、女神様的にはありなのかもしれない。

その辺り、価値観の違いというか、やはり女神様もカオルとは違う感性らしかった。


「カオルは悪い方向にばかり考えていますけど、言ってしまえばそれって言葉や行動で示される『想いの形』でしかないんですよ。色々な手順を踏んだりするものもありますけど、そういうのも含めて、想う者が、相手に対して何がしかの想いを向ける。そのとても回りくどいやり方が、呪いというものなのです」

「じゃあ、回りくどくないやり方は?」

「うーん……告白、とかでしょうか?」


 とてもロマンチックな表現であった。

ちょっと予想外だったので、カオルも吹きそうになってしまったが。

女神様は真面目な顔だった。とても。


「恋する人に向けてのおまじないも、憎い仇に向けての呪いも、結局は想いをそのままの形では伝えられず、別の形にする事で届けば、という願いがあってのものですしね。それをはっきり言えるのなら、つまりはそういう事なんだと思いますが」

「女神様がそう言うならそうなのかもしんないな……でも、そっか。いい事も悪いことも、何かしらの形で相手に伝わるかも知れないって事なのか」

「そうですね。ですからカオル、気を付けないといけませんよ。何が元で自分の気持ちが他者に伝わるのか、それは解らないですし、些細な負の感情が元で、思わぬタイミングで呪いとなってしまう事もあるのですから」

「まあ、できるだけ気を付けるよ」


 どう気を付けるべきなのかも曖昧だが、そこは考えろという事かもしれない。

カオルはそう考えながら、それでもやはり難しい女神様の言葉に首をひねったりしながらゆっくりと頷く。


「ねえ、もしかしてさ、何でもストレートに伝えれば問題ないのかな? 隠そうとするから、思わぬ形で相手に伝わっちゃうんだろ?」

「ううん、それはどうでしょうねえ」


 カオルの思い付きに、しかし女神様は苦笑いしながら思案するように頬に手を当てる。


「何でもストレートに伝えてしまうという事は、怒りも、憎しみも、全てそのままぶつけてしまうという事です。勿論好意もでしょうが……それって、人によってはすごく傷ついてしまいますよね?」

「あ……うん、そうだな」

「そういうのって、よっぽど親しい人じゃなければ難しいと思うのです。中にはそういう何にでも正直な人の方が好きっていう人もいるかもしれませんが。相手の生の感情をそのまま受け入れるには、結構勇気がいるんですよ?」


 とても大切な事ですが、と、指を立てながらに始まる講義は、とても為になるような、だけれど難しい様な印象を受けて、カオルにはすぐには受け入れられなかったが。

なんとなく、イメージすることはできた、ような気がしていた。

そう、身近な存在を思い浮かべると、それっぽいものが浮かび上がったのだ。


「……俺のかーちゃんとか、結構そんな感じだった気がする」

「ふふっ、そうですね。親なら、子のする事は怒ったり泣いたりしながら、受け入れてくれるものだと思います。逆に言うなら、それくらいに親しい人でなくては、信頼が置ける相手でなくては、中々そういう風には付き合えない、という事かもしれません」

「難しいんだな……自分に正直に生きるのって」

「そうですよ? 自分の生き方、意見を通したいなら、尚の事人から信頼を得なくてはいけないのです。でもカオル、私は信じていますよ。カオルなら、きっとこの世界で多くの人に信頼される、多くの人にとっての大切な人になれるのだと」


 私が保証します、と、にっこり微笑む女神様。

はっきりと言ってくれるが、カオルにとっては中々のプレッシャーである。

多くの人々に信頼され、多くの人々にとって大切な存在になる。

それがどれだけ大それたことか、大変な事か、今はもう、カオルにもうっすら解ってきたのだ。

だから、女神様の言葉にも調子に乗らず、頬をぽりぽり、そっぽを向いた。ほっぺたを赤くしながら。


「……ま、やれるだけやってみるぜ」


 思い切り調子に乗りたいのを我慢しながら、カオルは一言告げるのみである。

何せ、今のカオルはもう一人ではないのだから。

村に来てからというもの、色んな人に支えられ、そして今はサララという居候までいる。

一人で頑張ってきた自負が無い訳ではないが、それ以上にいろんな人の支えあっての自分だと、自覚していたのだ。

見知らぬ異世界に来て、しがない少年は、相応に謙虚さを知り、自分と、自分の周りをある程度客観視できるように成長していた。

オルレアン村という小さな世界は、彼の精神的な成長にとても大きな作用を促したのだ。

自信を失い、諦めを受け入れていた少年の姿は、今はもうどこにもない。


「強くなりましたね、カオル」


 女神様は、そんな逞しく成長しはじめた青年の姿に、安堵したようにずっと微笑んでいた。




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