#2.今なら特典大サービス!!
胡散臭いおばさん女神は、目に見えてがっくりしているカオルに微笑みかける。
「私が今現れたのは、貴方に選択肢を授ける為ですわ」
「選択肢?」
カオルの頭の周りをクエスチョンが行き来する。
意味の解らない単語、というよりは現実ではあまり聞きなれない単語、というか。
(ゲームによくあるアレみたいなもんなのかな?)
たまにやる戦争ゲームなんかを想像しながらぼんやり考えていると、女神様は指を二本立てる。
「貴方は、どう足掻いても死にます。いますぐ死ぬのと、死ぬのは回避できないまでも誰かの為に少しの間生きるのと、どちらがいいですか?」
(えっ、何それ)
女神様の提示した選択肢は、なんとも無慈悲なものであった。
カオルも思わず唖然としてしまう。救いもへったくれもありゃしなかった。
しかもドヤ顔である。妙に腹の立つ女神様であった。
「死にそうな俺が言うのもなんだけどさ……せめてもうちょっとこう、『超絶美形になって生まれ変わる』とか『奇跡的に助かって超能力に目覚める』とか、そういうのはないんです?」
死ぬなら死ぬなりに何か救いは欲しいし、生きるなら生きるなりの何かが欲しかったのだ。
どう足掻いても死にますとか言われても、男子高校生にはかなり困る。
選ぶ意味なんてないんじゃないかと思ってしまっていた。
「残念ですが――」
だが、ここにきて尚も無慈悲な仕打ち。女神様は首を横に振る。
「ごめんなさい。そういう願いはもう他の人が叶えてしまっていて……貴方に残されたのはこの二つしかないんです」
「順番次第じゃ叶ったのかよ!?」
なんだこの理不尽は、と、噴出しそうになりながらもカオルは全力で呆れていた。
昔のゲームの方がまだいくばくかは良心的だったのだから無理もない。
現実はもう少しゲームを見習うべきだったのだ。
「でも貴方はある意味すごくついてます。超ラッキーです☆」
自分で「どう足掻いても死ぬ」と言った後に出た言葉がこれである。
当然、カオルは全然嬉しくもないし、ラッキーだとも思えなかった。
「貴方が望むなら、一時的に貴方の魂を異世界に飛ばしてあげましょう。わあ、ラッキー☆」
語尾についてくる『きらっ』という謎の効果音に若干イラッとしながらも、カオルは女神様の話す謎の単語に意識を向けた。
「異世界ってなに?」
「異世界は異世界です。こことは別の世界と言えば解り易いでしょうか?」
そしてドヤ顔のまま説明が始まる。
「すごくファンタスティックでファンタジーでバイオレンスでファンタジーまみれな世界ですわ」
「ごめん横文字よく解らないんだ」
ファンタジーが二度出たのはカオルも気付いたが、正直それ以外の意味がよく解らなかった。
それとなく解答用紙へと視線を向けていると、女神様もカオルが手に持ったソレへと眼を向ける。
当然、内容が変わるはずも無く。0点である。
「おおう……」
そしてなんとも言えない表情に変わっていくのを、カオルは見てしまった。
「今がっくりしただろ」
それはカオルもよく知る顔であった。
主に教師だとか親だとかがカオルの顔と、テスト内容を見た時にする顔である。
「いや、でも大丈夫です! その世界ではシステム面が何もかも違うからそもそも言葉が通じないというか――」
そして必死になって取り繕おうとするところもそっくりであった。
あせあせと手を振りながら否定するが、作り笑いが余計に痛々しい。
(女神様でもやっぱり大人なんだよなあ……)
世知辛い世の中を垣間見た気がして、カオルは心の中でため息をつく。
彼の知る大人とは、大体こんなもんであった。
「例えば、向こうの世界で貴方が何か話しても『ピー』としか聞こえないでしょうし、向こうの人の言葉も貴方には『ピー』としか聞こえないはずですから、安心して大丈夫です!」
何が大丈夫なのかはカオルには解らないが、女神様は自信満々であった。
だが、お話にすらならないのだ。文字通りに。
「話通じないじゃん。余所の国の言葉どころの問題じゃないじゃんよ」
いくら0点のカオルでも、『いえす』とか『のー』くらいは解るのだ。
だがそれすら通じないレベルでは「俺が行っても仕方ないじゃん」と、無力感が溢れてしまうのも無理はあるまい。
「異世界の言葉話せる奴誘ってください」
そして次にはもう、諦めの言葉が出ていた。
どうせ死ぬなら潔く今死んでも良いんじゃないかと思ってしまったのだ。
むしろ変な希望抱かせないで欲しかったと割と本気で思ってしまったのだ。
(あーあ、最後になんて後味悪い事しやがるんだこの女神様は)
若干腹立たしさを感じながらも、全てを諦める事を選ぼうとカオルは本日三度目の腹を括ったが――
「いや、だから諦めないでくださいっ! 簡単に死ぬとか選んじゃダメっ!!」
人に「どう足掻いても死ぬ」とか言っておいてこれである。
ダブルスタンダードこの上ない。
せめて騙すとか隠すとかしてくれればいいだろうに、正直すぎると却ってよくないというお手本のような女神様であった。
「もし貴方が異世界に行くのを選ぶなら、特別に10個くらい特典を付けてあげますから! 異世界ライフを満喫するのも悪くないですよ!?」
正直、カオルには意味が解らなかった。
選べとか言いながら露骨に異世界行きを勧めてくるのだ。
何か裏があるんじゃ、と、カオルは怖くなった。
「いや、そういうの別に――」
「特典その1!! 飛んだ先の世界の言葉を無条件に話せるようになっちゃいます! なんと読み書きまでできてしまいます! わあ便利!!」
要らないから安らかに眠らせてくれと言おうとしたのに、女神様はさえぎるように言葉をかぶせてくるのだ。
ついには「最初から選ばせる気なんてなかったんじゃないか」と思い至り、「神様ってこんな身勝手な人ばっかなのか?」と、若干神様不信に陥りそうになってしまう。
だが、女神様は笑顔で続けるのだ。
神様は殊の外自己中であった。
「特典その2!! その世界にいる限りどんなに傷ついても、病気になっても死なないようになる呪いを掛けてあげます!」
「よりによって呪いかよ。せめて加護とか言ってくれよ」
「加護を掛けてあげます!」
もうグダグダであった。グダグダにもほどがあった。
カオルはため息をついた。
「後は……えーと、えーと」
そして早くもネタ切れを起こしそうになっているらしく、女神様は視線を彷徨わせる。
もうこの時点で、カオルは「きっと大したもんじゃないんだろうなあ」と聞き流すつもりである。
「あ、そうだ!」
そして思いついたらしく、ぱちん、と手を叩き、にこやかぁに微笑みながら口を開く。
「特典その3は、伝説の武器をあげましょう。その名も『エクスカリバー』!!」
「おお、なんか初めてそれっぽく――うん?」
カオルも若干期待してしまったのだが、女神様が自分の袖から出してきたのは――みすぼらしい棒切れであった。
腕一本分くらいの長さの棒切れ。道端に落ちてそうな頼りない棒切れである。
「エクスカリバーです!」
「見えねぇ……」
どや顔で強調するが、名前負けってレベルじゃないほどに棒切れであった。
「ごめんなさい嘘をつきました」
女神様は嘘つきだった。
いや、この場合素直なのだろうか。カオルは若干混乱してしまう。
「エクスカリバー……を模倣した剣です。見た目はアレですけど威力は本物の10倍くらいあります。強いですよ」
「本物見たことないから知らんけど、どう見ても剣じゃないよなそれ」
見た目はともかく、エクスカリバーというのはゲームではよく見る名前なので、カオルにはなんとなしにその性能のイメージはできていた。
いつも最強の武器よりワンランク下くらいの性能で落ち着いている武器である。
見た目はアレでも、まあ、強いというのなら強いのだろう、と、うさん臭さを感じながらも受け取ろうとして――そして思い出す。
「ていうか、俺、動けないんだけど」
カオル、動けない。
この状態になってから今まで、カオルはまともに身動きが取れないのだ。
喋ったりため息をついたりする位はできるが、首から下はほとんど動かないと言っていい。
「ああそうでした、魂で話してるから、今の貴方はほとんどまともには動けないんでしたね。すっかり忘れちゃってました」
いけないいけない、と、思い出したようにぽん、と手を叩いて苦笑い。
同時に、手に持っていた棒切れが落下した。
《バキィッ》
棒切れが落ちるや周辺の地形が壊れて、なんかよく解らない黒いものがあふれ出していた。
一面、黒に染まりそうになる。
「あらやだ、空間が壊れてしまったわ」
いそいそと転がった棒切れを拾いながら、手から何やら粉のようなものをこぼしてゆく。
それで塞がったのか、溢れ出ていた黒はやがて霧散し、元の風景に戻っていた。
そして「はい、どうぞ」と、カオルに押し付けようとする。
「そんな危険物俺によこさないでくれ」
当然、カオルは嫌がる。誰だってこんな危険なモノ、持ちたいとは思わない。
使い方もよく解らないし、どうあれ持て余すのが目に見えていたのもあった。
どうせならただの棒切れが欲しかったのだ。変な効果とかいらないのだ。
「まあ! 危険物だなんて!! これは確かに危険ですが、上手く有効に扱えば、きっと貴方の使命に役立つはずですよ?」
何てこと言うのかしらこの子、みたいな口調で諭そうとする女神様。
危険物であることは否定してくれないのか、と呆れるカオルだったが、同時に違和感も感じた。
「使命ってなんだよ? 俺に何かやらせるつもりで異世界飛ばそうとしてるのか?」
異世界ライフを満喫して、なんて言いながら、やっぱり裏があるんじゃないかと疑いを深くしたのだ。
これには女神様も居心地悪そうに視線を逸らし、ぽそりと呟くように答える事しかできなかった。
「いや、まあ……その、ありますけど。使命」
「やっぱ俺このまま死――」
「特典その4!! 貴方は行く先々できっと勇者や英雄と持て囃されるはずです!! もちろん貴方の活躍次第ですが!!」
もはや特典でもなんでもなかった。
しかも、カオルくらいの歳の少年にとって、勇者だとか英雄だなんてのはちょっと恥ずかしく感じてしまうフレーズなのだ。
これが小学生だの中学生だのならまた違ったのだろうが。
男子高校生に『勇者』はちょっときつい。
カオルは「やっぱこの話は断ろうかな」という気持ちが強くなっていた。