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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
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#19.古代竜レトムエーエムとの戦いにて1

 その咆哮は、国中に響いた。

路地が張り裂け、建物が積み木のように崩れ去り。

大地から現れた無数の刃を思わせる『針』が、数多の命を貫いてゆく。


「ひっ、ひぃっ! なんかっ、なんか出てきたぁっ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」

「誰かっ、誰か助けてっ、私の大切な人が――っ」

「え、衛兵は、衛兵はまだなのか――あああああああああぁぁぁぁっ!!」


 それは、カオル達の目の前だけでなく。

街中に被害を及ぼしていた。

だというのに、被害のほどが目に見えてこない。


「……」


 目の前に現れた巨大な、現実離れした何か。

しかし、それは全身ではなく、あくまで身体の一部で。

カオルの目の前に広がる光景は、あまりにも強大過ぎて、それが何なのかが全く見えてこない。


「ぐひゃはははははぁっ!!! 目覚めたぞ、とうとう目覚めさせられたんだ!! 僕の願いが、今までのこの世界への恨みが、ここで完成する!! この世界は、もうおしまいだぁぁぁぁぁっ!!」


 ただただ、歓喜するカボチャ頭の男。

そんなものがどうでもよくなるくらい、目の前の光景は……壮大過ぎたのだ。


「ぐひぃっ! ぐひゃぁぁぁぁっ!! ああっ、ああああ!! 契約通り、僕の全てをっ、僕の全てを貴方に捧げよう!! さあっ、古代竜レトムエーエム!! 後を……後を任せましたよぉっ!! ぐひゃはははははははははぁぁぁっ!!!!」


 そうして、歓喜するカボチャ男は……歓喜しながらに巨大な針に貫かれ、霧のように溶けて消え去った。

その身体を構成する憎悪の念が、針を通して吸収されてゆく。

地鳴りがした。巨大な揺れを伴いながら、ラナニア王都コルッセアを揺るがしてゆく。




『ああ……たまらぬ。人間達の恐怖。苦痛。嘆き。すべて憎悪に繋がるこの感情の揺らぎ。我はこれをこそ求め、この地で眠っていたのだ――』


 破砕された岩盤はやがて血のように赤いウロコを露呈させ。

崩れ去った建物はその身体を覆う鎧のように針にまとわりつき。

やがて巨大な足が、街の神殿から現れ。

長大な尾が街道を破壊しながら出現し。

尾と同じくらいに長い首が、アギトと共に這い出て、街を破壊する。


 そこに在ったのは、ただただ巨大な化け物。

街そのものと大差ないサイズの、血のように赤い一匹の竜だった。


「古代竜……これが、こいつが、デルビアを……」


 デルビアを操っていた黒幕。張本人。

真の悪と言える存在がそこに居た。

人類の天敵。あらゆる生物の頂点に立つ捕食者。そんな存在が、ここに在った。


(やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!)


 以前山で対峙した古代竜とは比較にならないほどのスケールだった。

人を丸飲みどころではない。区画ごと丸のみにされそうなその巨体は、それだけで十二分な威圧感がある。

その灰色の眼球は何を見ているのか。少なくともカオルなど見てはいなかった。

巨大なアギトが鎌首をもたげ見つめる先は――遥か遠方にある王城である。


『見ておるか人間の王族よ……貴様らの民は、これから我が贄として喰われるのだ。さあ、恐れ、憎むがよい。貴様らの敵は、ここにいるぞ……?』


 ジュルリと、長い舌で蛇のように舌なめずりしながら、ゆったりと眼下の都市部を見やる。

逃げ回る人々が居た。恐怖に怯え、その場でうずくまる者達が居た。抗おうと、必死に武器を取り向かう兵がいた。

それら全て、彼にとっての餌だった。


『ゆっくりと味わうとしよう。何せ久しぶりの……直贄(じきにえ)だからな。覚醒してから今に至るまで情念のみを喰らっていたから物足りなかったのだ。ああ、今日は我にとって久方ぶりのごちそうだ。人間の生の感情を、人間ごと貪れる……やはり人間の都市はこれがあるからいい!!』

「や……やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 何キロあるのかも解らないほど長い尾が、軽く振り上げられた。

何をする気なのか解ったカオルが、必死になって声を張り上げる。

しかし、そんなものが何の抑止になろうものか。

そのまま、びたん、と、地面に打ち付けられ。

逃げようとしていた者達が、そのまま押しつぶされた。

ぐちゃり、水の弾ける音がした。


 いくらかは、気づいて悲鳴をあげた者がいた。

自分に迫ってくる巨大な影。

それが何であるのか気づいてしまった不幸な者は、逃げる暇もなく潰された。

何も知らぬまま死ねた者は幸福だったに違いない。痛みなど感じる事もなく、ただ「逃げたい」と思ったまま死ねたのだから。

だが、何が起きたか知ってしまった者には、これ以上なく苦痛で、そして許せない事だった。

沢山の人が、無造作に殺された。


『……うん? 何だ貴様。我に、何か言ったのか……?』


 古代竜レトムエーエムは、自分の眼下に居るカオルにようやく気付いたような顔をした。

既に死んだ年若い女を抱きしめたままの、若い男。

それが自分に対し何かを言ったことを、ことさら気に掛けた。


「お前は……お前は、なんなんだ! なんでこんな……」

『貴様の問いに答えてやる義務は、我にはない』


 また、尻尾が宙に浮いた。


「――やめろって言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 構わず繰り返される惨劇を防ごうと、棒切れカリバーを投げつける。

悪魔や魔人であっても大ダメージになる攻撃である。

だが、レトムエーエムの顎先にぶつかった棒切れは、そのまま弾かれカオルの元に戻ってきた。

多少の衝撃は与えたらしく「ほう」と、感心したように口を開く。

しかし、ロクなダメージにもなっていないのは、目に見えて明らかだった。


『人の子の割には、いくらかは威力がある武器を持っている。あの忌々しき女神の神器か? しかし、その程度では……我には傷一つつけられぬ』


 全く気にした様子もなく、当たり前のように尻尾を街へと叩き付ける。

それが、当然のように都市区画を粉砕し、動けずにいた者達を区画ごと薙ぎ払ってゆく。

たった一薙ぎで、広大な王都の四分の一が破壊された。

その中には、現場に急行しようとしていた衛兵たちの一団が居た区域も含まれており。

これのみで、この街の防衛戦力は0に等しくなった。


(……俺じゃ、こいつの足止めすらできないのか……?)


 無力にもほどがあった。

今朝まで普通に笑い合っていた人たちが、元気に生きていた人たちが、無惨に殺されていく。

直接目にしたわけではないが、それが解ってしまう規模と威力。

尻尾が叩き付けられるたびに身体がグラつくほどの巨大な地震が起こり、地が割け人が飲み込まれてゆく。

これが終末の存在。生物の頂点。食物連鎖の王。古代竜の力だった。


 これを止められる存在は、猫獣人しかいないのだろう。

だが、サララ一人に任せるには、あまりにも恐ろし過ぎはしないか。

このような化け物を相手に、山で戦った時のようにサララが圧倒できる姿は、とてもではないがカオルには想像できなかった。

逃げなくてはいけないのではないか。

そんな事を考えてしまうくらいに、古代竜レトムエーエムは強大過ぎたのだ。


『どうした人間? 我を止めるのではなかったのか? その神器を投げつけて見よ。幾度とでも試すがよい。なんなら――デルビアにやったように、自身に突き刺し空間を破壊してもよいのだぞ?』

「……こいつっ」


 挑発的な言葉に、思わず「そんなにお望みなら」と棒切れを腹に向けたが。

しかし、胸に抱えたままのフランを見て我に返る。

そんな事したら、フランの身体は間違いなく消失されてしまう。

もう助からない、死んでしまった少女ではあったが。

それでも大切な妹分の亡骸だった。せめて、せめて綺麗に整えて眠らせてやりたかった。


(くそ……くそっ)


 どうしたらいいのか解らない。

逃げようとして逃げられる相手とも思えなかった。

むしろ、相手は自分に気づいているのだ。

悦楽の為に弄ぼうとするのが目に見えていた。




「そういう時は、頼ってもいいんですよ」


 迷い戸惑う中、声が聞こえ、はっとした。

振り向くと……彼の最愛の少女がそこに居た。

サララだった。胸に抱かれ動かなくなったフランを見て……全てを察して眉を下げたが。

カオルの肩をぽん、と叩き、「お任せください」と、仇敵を見やる。


「古代竜ですか……それも覚醒してしまっているんですねえ」

「……ああ」

「時間を稼ぎますから、今のうちに逃げてください」

「でも」

「フランさんを、街の外に。まだ夜街のある方は比較的安全ですから。そっちから街の外に逃げればいいと思います」


 動かなくなったフランを指して、カオルと入れ替わるように前に立つ。

それ以上の言葉は不要とばかりに、サララはキ、と鋭い目つきでレトムエーエムを睨みつけた。


『ほう……猫獣人の娘か。そういえばお前も居たな。確かに貴様ならば、我の足止めくらいはできような? だが……果たして貴様如きに、我を殺せるかな?』

「さあ、どうでしょうね? 案外私はただの時間稼ぎ要因に過ぎないかも知れません」


 口元を引くつかせながらせせら笑う古代竜を前に、サララはざらりとした殺意を身にまとい、爪を伸ばす。

レトムエーエムには、猫獣人に対しての恐怖など存在しない。

そこにあるのはただ一つ。この娘から発せられる強烈な憎悪。敵意。

これがたまらなく美味で、この娘がこの上なく美味そうに見えた事。


『猫獣人の踊り食いは久方ぶりでなぁ! 手足くらいは噛みちぎってしまうかもしれぬ! 精々痛みで悶えながら抗うがよい! 往くぞ仇敵よ!! 精々我を愉しませよ!!』

「食べたら、胃の中で暴れ回って壊してあげますよ――覚悟しなさい! フランさんの仇っ!!」


 カオルが駆けだしたのとサララがレトムエーエムに挑みかかったのは、ほぼ同じタイミング。


(無事で……フランをどこか安全な場所に寝かせたら、必ず戻るからなっ!!)


 もう失いたくなかった。

これ以上大切な人を失ったら耐えられない。

だから、急いだ。自分に何ができるか解ったものではない。

それでも、急がなくてはならなかったのだ。




 その頃、王城は騒然となっていた。

クーデター騒ぎで既に大騒ぎになっていた中、突然コルッセアで起きた爆発、地震……そして、巨大な化け物の出現である。

城のバルコニーでは、海軍将校らによって解放された第一王女リースが、コルッセアの惨状に目を見開いていた。


「あれは……あれはまさか、古代竜……?」

「……恐らくは。コルッセアから出てきたように見えましたが……」


 姫に並び立つのは海軍将校アージェス。

提督を殺され、姫君を助け出したのは良かったものの、目の前で起きている現実には戸惑いを隠せずにいた。

増援を引き連れ玉座の間に戻った時にはデルビアの姿はもう城内からは消えていたが、それ以上の問題が起きているのだ。


「――遥か古代、王国が建国されるより以前、この地域には、ある強大な帝国があったのだと言います」


 アージェスの声に応えるように、バルコニーに現れた人物――二人が振り向くとそこには、第二王女リーナの姿があった。


「リーナ! 無事だったのね……良かったわ! 私、ずっと貴方の事を心配して――」

「姉様も、陛下に幽閉されていたとかで……ご無事で何よりですわ」


 姉妹の再会であった。

だが、流石に抱擁を、という気にもなれず、互いに歩み寄るだけにとどまり。

そして、街を見渡すようにしながら、リーナは話を続ける。


「『レイオルム帝国』。かつて大陸を支配していた大国でしたが……ある日突然、巨大なドラゴンによる襲撃を受けました。そのドラゴンの名は『レトムエーエム』。魔王の魂を分割された際に生まれた、強大なる古代竜です」

「レトムエーエム……古代史の授業で名前だけは聞いた事があるわ。だけれど……そんな、なんでコルッセアに?」

「当時のレイオルムは、このレトムエーエムを必死になって撃退しようとしていました。国家全てを賭しての、存亡をかけての一大決戦。まだレトムエーエムが覚醒していなかった事から、多大な犠牲の元封印に成功しましたが、レイオルムもまた消耗し、国体を成せなくなって崩壊したそうです……その、レトムエーエムを封印した地が、コルッセア」

「……つまり初代は、古代竜を封印した地に王都を作ったって事……?」

「当時は不安定極まる世界でしたから、他国が寄り付かない地を敢えて拠点とする事で、外敵に襲われる心配なく発展する事が出来たようですね」


 尻尾の一なぎで街が崩壊していく様を見て、唇を震わせながらに、努めて冷静に説明するリーナ。

対してリースは、「ここは大丈夫よ」と、妹を抱きしめながらキ、と古代竜を睨みつける。


「あのような化け物が、現代に甦るだなんて……魔人や魔王も問題だけれど、あれはそれ以前の問題よ。放置する訳にもいかないわ」

「先程、お城の前でシドム兄様と会いましたわ。軍を動かすのだとか」

「……陛下があのような有様だもの。シドムにはすぐに軍の指揮を執るように指示したわ。状況的に、今は私が仕切ることにしたの」

「なるほど……ハインリッヒ兄様は……?」

「ハインリッヒの衛兵隊にはコルッセア住民の救助を優先させたけれど……あの有様だと、どうなったかしらね」


 城のバルコニーからはコルッセアが見えるとはいえ、街全体を見通せるほど近い訳でもなく、ただ単に古代竜が巨大すぎるが故に存在が認知できただけであった。

そして、あまりにも大きすぎるが故にその一撃で街の区画が粉砕されたのも、それとなく窺えただけ。

だが……それだけで、被害を察するに十分すぎるほどの脅威である。


「その、滅亡したレイオルムと同じ運命を辿るつもりはないわ。私達の国は、私達が守らないと!!」

「姉様……ですが、この国は、本当に守る価値があるのでしょうか?」

「リーナ……?」

「私、方々を旅してきて思いましたわ。人々は皆国に不満を抱いている。自分達の人生を、つまらない物だと思ってしまっている。その責任は、国にあるのでは?」

「そうだとしても、国が無くては人は生きられないわ」

「国などなくても人は生きられるのではないでしょうか? でなくては、人は不満を覚えるために国を建てるのですか? 苦しむ為だけに、国を維持するのですか?」

「……不満も苦しみも、ただ贅沢なだけよ」


 自分の中の迷いを聞かせた妹を、先ほどよりも強く抱きしめながら。

その顔を胸に埋めさせるように頭を撫でながら、王女リースミルムは目を瞑る。


「人はね、満たされているともっと欲しいと願ってしまうの。幸福だと、わずかな不幸がたまらなく苦痛に感じるの。ただ、それだけ」

「ですが……」

「人の心が満たされる事なんてないわ。それは私達王族だって同じでしょう? 人は、どれだけ幸福であっても更なる幸福を求めてしまう。そんな欲深さが、人間にはあるの」

「……」

「だからこそ、怖く感じる事もある。汚く見えてしまう事もある。けれど、それはとても自然な事。人間の大事な本質の一つよ。そしてそんな欲深な人間が、だけれど清く美しくなれる瞬間がある。だからこそ私達は、そんな者達を守らなくてはならない」


 国は何のために在るのか。

国家とは何のために建てられるのか。

それは、人々が拠り所にする為である。

人々を守るための盾となり、矛となるのが国である。

だからして、見捨てては置けなかった。あのドラゴンが国家を滅ぼすというなら、止めなければならなかった。


「アージェス」

「……はっ」

「貴方は私に『人の上に立て』と言ったわね? 女王となり、この国をまとめあげろと」

「それが、亡きベルセリヌ提督の意思であるならば」

「関係ないわ。私は貴方の言葉を聞いた。それは貴方の言葉よ? ベルセリヌなんていう、名も知らぬ提督の言葉ではない」


 妹を抱きしめたままじろりと睨みつけるようにアージェスを見つめ……そして、そっと妹を放す。


「急時です。特例により、貴方を今から海軍提督に任命します。海軍はクーデターの際、軍艦を遡上(そじょう)させたわね?」

「は……小型船による船団ですが」

「ならば貴方は、その船団によってあの化け物を攻撃なさい。少しでもその意識をそちらに向けさせるのよ。可能ね?」

「無論であります。ですが、城の護りは――」

「それは貴方が気にする事ではないわ。軍人ならば、王城よりも民の事を気に掛けなさい。急ぎ達成するように」

「……承知いたしました!」


 その勅令は、海軍将校にとってどれほど待望の物であったか。

ただその命欲しさに、愚かな行動をとった海軍将校たちにとって、王女の命令は涙するほどに、身を震わせるほどに嬉しいものであった。

そして、将兵としての彼らは、姫君の命を受け、走り出す。


「シドムの軍が有効な陣地を構築するまでの間、コルッセアが持ち応えられるとは限らない……提督らの船団には、少しでも時間を稼いでもらわないと」

「姉様……あの街には、『英雄殿』がいるのです」

「……英雄?」


 走り去った将校らの背を見る事もなく、リースはまた、ドラゴンを見やっていたが。

すぐ隣で同じように街を見つめていたリーナは、まだ希望がある事をほのめかす。


「かつてエルセリアを救った、魔人殺しの英雄殿ですわ。私の、お手伝いをしてくれていたのです」

「……そんな人がいるのなら、少しは頼りにしたいところだけど、ね」

「もしかしたら彼らなら、彼の古代竜であっても倒せるかもしれませんよ?」


 魔人殺しと聞けば、この状況下、確実に必要な人材となるに違いなかった。

けれどリースは皮肉げに口元を歪め、「でもね」と、妹姫に笑いかける。


「そんな人に何から何まで頼らなきゃ国を維持できないなら、こんな国、ないのと一緒よ」


 その言葉にハッとしたように目を見開く妹を見て、姉は満足げに微笑む。

そう、国とは、自分達で存続してこそ意味のあるもの。


「私達の国は、民は、私達が守らなきゃいけないの。どんなに辛くとも、苦しくとも。なぜなら私達は、この国の人間なのだから」

「でも、姉様……」

「リーナ。私達の国が存亡の危機に陥る度に、その『英雄殿』に頼るの? 違うでしょう? 私達は、ただ守られ庇われるだけの儚い存在ではない。ただ助けられるだけの弱き存在なら、それこそこんな国に意味はないわ」

「ですがっ、あんな化け物を前に、いくらラナニアでも――」

「……手立ては、あるわ」


 軍ですら時間稼ぎにしかならない。

だが、方法がない訳ではない。

リースは、それを知っていた。


 困惑する妹をそのままに、リースはまた、振り返る。

後ろに控える従者や近衛兵に視線を向け、キリリと頬を引き締めた。


「各塔の備蓄していた全魔力をこのバルコニーに結集するように塔の魔術師たちに伝えなさい」

「し、しかし……それでは、万一あのドラゴンの攻撃を受けたら――あれはこの城の防壁となるバリアーを展開する為に必要なもので……」

「構いません。ドラゴンの攻撃一撃で壊れるようならそこまで。ですが、このまま手をこまねいていてはこの国は崩壊します。やりなさい」

「……承知いたしましたっ」


 ラナニア王城は、緊急時には四方角に建つ塔を管理する魔術師たちにより、あらゆるものの攻撃や侵入を阻む事が出来るバリアを張る事が出来る。

その城の護りの為に備蓄していた魔力を使う。

それは、今はまだ安全なこの王城が、いつ古代竜の攻撃によって崩壊するとも知れぬ事態に見舞われるという事に他ならなかった。


「リース姉様……?」

「大丈夫よリーナ。私達王族の、責務を果たす時が来ただけなのだから」


 国を率いるという事は、国の為に戦うという事である。

国とは民の為に在る。ならば王族は、その国をこそ最優先で守らなくてはならない。

王城だけを守る事など、何の意味があろうか。王城は所詮シンボルに過ぎないのだ。

例え王城が壊れても、街が残れば人は生き残り、また栄える事もあろう。

だが王城が無事でも街がなくなれば、人はそこには集まらない。廃れるだけである。

ならば、王族が戦うべき時は今なのだ。都市が半壊し、都市の上に化け物が陣取っている今こそ、戦わねばならぬ時だった。


「王城周囲の都市部の民を避難させなさい! 東部のアンゲルスを緊急避難先として指定。同時に東部と北部地域の軍を王城前面に集結させなさい!」

「解りました。では私がっ」

「コルッセア住民の退避ルートは北ではなく西にしなさい。北のゴリアテ要塞は真っ先に狙われる可能性があるわ」

「かしこまりましたっ」


 従者や近衛たちに的確に指示を飛ばしつつ、また妹姫に目を向ける。


「リーナ」

「は、はい……」

「私の部屋に、いざという時の為の『魔法の杖』があるわ」

「魔法の、杖、ですか……?」

「そうよ。貴方も見た事があるはずよ。ちっちゃい頃に見せてあげた事があるもの」

「……そう、でしょうか?」

「それを取ってきて頂戴」

「えっ、わ、私が、ですか……?」

「そうよ急いで。部屋のロックは今外したから、貴方なら入れるはずよ」

「解りましたわ。魔法の杖、ですね?」

「ええ。私ね、魔法を使う時はそれを持たないと集中力が保たなくって。絶対に失敗できないの。だから、お願いできるわね?」


 じ、と見つめられ。

リーナは「嫌」とも言えず、素直に頷いて見せた。

姉はいつもの、彼女の知る優しい笑顔になり、頭を抱いて優しく撫でまわした。


「いい子ね……私、貴方が大好きよ」

「それは私も……姉様?」

「走って! 時間がないわ!!」

「あ、はい……すぐに取ってきますわっ」


 その場に従者が誰も居なかったから。

近衛たちが皆走り去ってしまったから、自分がそうしなければならないのだと思っていた。

急かされるままに、不慣れにも走ってバルコニーを後にした妹を、愛おしそうに見つめながら。

やがて、王女リースミルムは、毅然とした表情で、街を破壊し続けるドラゴンを睨みつける。


「――例え私に何かあろうと、必ず討ち取って見せる。封印など手ぬるいわ。私の愛しき民を殺したのよ……確実に、殺す!」



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