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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
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#18.憎悪を貪る者

――僕の家は、この国ではそこそこ名の知れた貴族だった。

アースミルという小さな領土の、だけれど重鎮として重用され続けた、政治家の家系さ。

戦時中興ったばかりの、貴族としては家格も低かった家なんだけど、王家との繋がりが強くてね。

祖は何代か前の王と幼馴染で、継承時に王が窮地に立った時に一人だけ味方に付いたとかで、その時の縁もあって、代々要職に就く事が出来たらしい。


 アースミル伯という肩書は当時のお城では結構な身分でね。

僕の父は大臣として国の政治に大きくかかわり、世界中を巻き込んだ大戦を終結させた大会議にも、当時の王と共に出席したほどの立場だった。

そんなだから、僕も幼少時から王族と縁を結んでいてね――シンシアという、とても愛らしいお姫様と、婚約関係にあったんだ。


 シンシアはとても美しい姫だった。

まるで銀糸のように繊細な美しい長い髪に、まるで絵画から出て来たかのようなガラス色の瞳、瑞々しいスモモのような色の唇……ああ、今でも思い出せるよ! 僕は彼女が大好きだったんだ!!

とても優しく、賢く、そして誰よりも家族の事を憂いていた……可哀想なお姫様。

僕は彼女の力になりたかった。


「私の役に……ですか?」

「そう。僕はまだ若いし、父上のように政治的な力は持っていないけれど……大人になったなら、必ず貴方の役に立てるように、頑張るから」

「……ふふっ、それってプロポーズですか?」

「い、いや、そんな事は……ははっ、プロポーズは、もっと立派な事を言えるように頑張りますよ」


 僕が17、彼女が14になったある日。

王家にはつきものの継承者問題が表に出始め、目に見えて疲弊していた彼女の事を心配した僕は、意を決して、自分の想いを伝えたんだ。

恋とか愛とか、そんなものよりも……その時はまだ、彼女を支えてあげたいっていう気持ちの方が強くて。

そう……かつてこの国の王を支えたっていう、僕のご先祖様のように、彼女を支えてあげられたらって思ったんだ。


「大丈夫ですわ。上の兄様も下の兄様も、私の事は可愛がってくれていますし……仲よし兄妹ですもの。きっと、大丈夫です」

「だとしても、姫の事が心配で……僕は、僕だけは絶対に君の味方だからって、いう事を……伝えたくって」

「ありがとうございますレットルマン様。貴方のご先祖様の事を思えば、貴方が私の事を想ってくれるのは、縁起がいい事のように思えますわ」

「縁起が、いい?」

「ええ! だって、貴方のご先祖様が味方に付いてくれたから、私たちのご先祖様が王になれたのですから……貴方が傍に居てくれれば、きっと、私は……幸せになれると思いますの」


 僕の手を取りながら笑うシンシアを前に、僕は子供のように顔が熱くなるのを感じて……僕は、「この人を幸せにしたい」と思ったんだ。

婚約者として、子供の頃から付き合いがあった女の子だけれど……そんなの関係なしに、僕は彼女が好きだったんだ。




「――そんな彼女が、どうなったか解るかい?」


 頭から血を流しながら。デルビアは口元を力なくひくつかせ、カオルに笑いかける。

幸せだったころの、彼の人間としての記憶。

それが、何を意味するのか。

不幸な人間とは、最初から不幸なのではない。

幸福を奪われるから不幸になるのだ。

ベラドンナの時もそうだった。だから、カオルは「お姫様の身に何かがあったのか」と問うた。

デルビアは……少し驚いたように目を見開きながら、やがて目を閉じて「そうさ」と返した。


「彼女は、王族同士の争いによって死んだ。第一王子がシンシアとの間に結んだ協力協定を裏切りと感じた第二王子によって」

「協力協定って?」

「『私達は血なまぐさい争いはしないようにしましょうね』というものさ。子供っぽいだろう? だけど、そんな事すらしなくちゃいけないほど、この国の王位継承は命がけの問題なんだ」


 血でドロドロさ、と、人差し指を立てながら。

デルビアはほう、と息をつき、また語る。


「本当は、第一王子は彼女と協力関係になった後、第二王子とも同じ協定を結ぶつもりだったらしい。だけど、第二王子はそんな事を考えもせず、ただ『裏切られた』と感じて、二人を殺したんだ」

「……自分の兄と妹を、か? 裏切られたって思い込んで……?」

「そう。ただの思い込みで。当時、継承候補の中で一番優勢だったのは第一王子だった。無理をしなくてもそのまま王位につけると言われる程でね。そして、二番目はシンシアだった。これはひとえに人柄によるもの。みんなに愛されていたから、彼女は下の兄よりも優位だった」

「追いつめられてたから……? でも、裏切りって? 最初から競い合ってたんだろ? あれ? でもそれじゃ『仲よし兄妹』って……」


 エルセリア王家の継承問題とは大分形が違うのは念頭にあったが、そうとしても、シンシアの話とは繋がらないように思えて仕方なかった。

仲が良かったはずなのに、競い合って、殺し合いをしなくてはならなかった、など、彼の頭には到底受け入れきれなかったのだ。


「第二王子はさ……ずっと兄を尊敬して、妹のシンシアを可愛がってたらしいよ? シンシアの言う『仲よし兄妹』ってのは間違いないものだったらしい……だけど、彼らの父は、それを許さなかったんだ」

「……王様が焚き付けたのか?」

「そうなんだろうね。仲の良かった兄妹に、殺しあえって煽って……そして、第一王子とシンシアは、それに抗おうとしたんだ。だけれど、第二王子はそれに気づけず……兄と妹が手を取って自分を殺そうとしているように思えたのかもしれないね」

「ひでぇ話だ」

「ほんとにね」


 馬鹿らしくなっちゃうよね、と、顔に手を当て、撫でるようにしながら。

やがて、力なく腕をすとん、と降ろす。


「その第二王子の名はグラント。今の王様だよ。いや……今はもう、王の座から引きずりおろされ、ただの牢屋の耄碌爺(もうろくじじい)になってるけど」

「クーデターは成功したのか……」

「クーデターとしては成功したんだろうね。海軍は意地を見せて、首謀者は死んだ、という形である程度の責任は取れた。後は後釜にリース姫がすっぽり収まれば、国の混乱もほどなく収まるかもしれない……僕としては大失敗だけどさ」


 つまらないことになったもんだ、と、デルビアはため息する。


「僕ぁね、シンシアが死んだと聞いた時、信じられなかったよ。何が起きたのか解らなかったんだ」

「好きだった女が死んだら、そりゃな」

「それだけじゃないんだ。彼女が笑顔で語った『愛する家族』が彼女自身を殺したんだ。そして、彼女を殺した男が、王様になったんだ」

「……お前にとっては、今の王家そのものが婚約者の仇だったって事か」

「そうさ! だけど、王家だけじゃないよ……この国は、ずっと昔からこんな事を繰り返してきたんだ。そんな沢山の悲劇によって生み出された王が運営して成り立っていたこの国……そのものが、僕にとっては憎くて仕方なかった!」

「事情は……解らんでもないけどなあ」


 カオルにしてみれば、全く理解できない範疇の話ではなかった。

むしろ、聞けば聞くほど「そりゃこうなるわ」と納得できるくらいには、デルビアの話は感情移入しかねないものだったのだ。

問答無用で殺したり封印しなくてよかったと思えるほどに、カオルの心は今、同情と憐憫の情が湧き始めていた。


「解らんでも、ないって?」

「俺だってサララがそんな理由で殺されたらブチ切れるぜ? お前がやってた事は色んな人巻き込んでたしスケールでかすぎて正直加減しろって思うけど、サララを殺したのが王様だったって言うなら、そりゃ国に喧嘩売るくらいはするだろってなるぜ」


 好きな女一人の為なら、国くらい敵に回す気概はあった。

とはいえそれを本人に伝えるのは恥ずかしいが、そういう気持ちはカオルにもあるのだ。

だから、実際に悪魔になってまで国を敵に回したデルビアには、いくらかの感心もしていた。


「お前はすげぇよ。本当にそれをやったんだからな」

「……僕を、笑わないのかい? 馬鹿な事をしていると。僕の周りの人間達のように、僕の家族のように……」

「笑う訳ないだろ。好きだった女が死んだんだろ? そうなるくらい、当たり前じゃねぇか」


 デルビアがサララを手に掛けると聞いた途端、彼は心底の憎悪を爆発させていた。

だからこそ解るのだ。「好きな女が死ぬなんて考えたくないし、そんな事になったら何が何でも復讐する」と。

そしてデルビアは、実際それをやってしまっただけだった。


「勿論お前は色んな人を巻き込んだし、ゴートさんだってどこにいるのか解らねぇ。実際沢山の人を扇動してクーデターまで起きてるんだから、許せない奴だとは思うぜ? だけど、やってる事の意味は理解できたよ」

「は、はは……君は、すごい奴だね。普通、こんな事を語ったって、ただの世迷言にしか思わないだろうに。僕は悪魔だよ?」

「悪魔は初めてじゃないって言っただろ? 別に、言った事を聞いてやるくらいはしてやるさ」


 やった事を許すかは別問題だがな、と、くったりしていたデルビアの肩を掴む。

目を閉じていたデルビアだが……うっすら目を開き、口元を緩めた。


「僕は、復讐のために悪魔となった。だけど、デルビアというのは悪魔になった僕の名前ではなく……『本の悪魔』を示す名前だ」

「お前がデルビアって名乗ってたんだろ?」

「それは、その『悪魔の本』を読んだことによって悪魔になった者につけられる称号のようなものでね……つまり、デルビアと名乗る悪魔は、僕だけじゃないんだよ」


 とても大切な事ながら。

カオルは一瞬、デルビアの言っている言葉の意味が、理解できなかった。

いいや、理解しようとして……その可能性に気づいてしまったのだ。


「まさかお前……お前以外にも、この問題に関わってる悪魔がいるってのか!? デルビアって悪魔が、他にも――っ」

「そういう事さ。じゃあ、君の為にもう一つ聞かせようか。この国には、この国に滅びて欲しいっていう人が沢山いた。僕の以前にも、同じような悲劇で大切な人を失った人がいてね……そんな人が復讐のために『自分の心の闇を肥大化させる本』を生み出したんだ。それが……僕たち『デルビア』を生み出した『悪魔の本』。これによって生み出された悪魔は皆デルビアとなり、記憶と感覚が共有されるようになる」

「……レットルマン、お前は一体何を」


 頬に汗するカオルを前に、デルビア――レットルマンは、最後の力を振り絞り、語る。


「君の大切な人は、僕一人を倒せたところで守り切れないって事だよ?」


 そう聞かせたレットルマンは、それを聞かせられたことがさぞかし楽しいかのように口元を歪ませ……そして、力尽きた。




「はっ、はっ――くそっ、間に合えっ、間に合ってくれぇっ!!」


 走っていた。館の外に逃げたはずのサララ達を探して。

だが、どこにもいなかった。

空間破壊によって崩壊した館の敷地内から大きく離れたのかもしれないが、それにしても、どこにも見当たらないのだ。

焦りが募る。何故。どうして。

その可能性に気づけなかった自分が憎くて仕方なかった。そんな愚かな自分が、許せない。


「サララっ、どこだっ、どこにいるんだぁっ!!」


 もうすでに、他のデルビアに襲われているかもしれない。

そんな可能性を感じながらも、それでもサララの無事を願わずにはいられない。

彼もまた、大切な女という弱点を持った一人の男だった。

それが失われようとしていると思えばこそ、叫ばずにはいられなかった。


「俺はここだっ! 無事ならっ、無事なら声をあげてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 走りながら叫ぶ。耳の良い彼女が、それに気づけないはずがない。

無事なら、きっと自分の方にきてくれるはずだった。

爆発で吹き飛んだ地形を走り回り、まだ無事な街へと出て。

そして、見つけられたのだ。

愛すべき、猫耳娘を。


「カオル様っ!? 良かった、無事だったんですねっ」

「サララっ、サララ! 良かった……良かった。無事だ……っ」

「ふわわっ……あっ、ああ……」


 他の屋敷の人達ともども、元気そうだった。

ただ心配そうに自分に駆け寄ってくるサララを、カオルは迷わずぎゅっと抱きしめ。

突然の事にサララは赤面していた。


「あ、あのっ……サララの事を心配してくれたのは嬉しいのですが……カオル様、記憶、戻られました?」

「……ああ」


 言い出すタイミングを計っていたはずだが、もうそんな事はどうでもよかった。

何よりこんな風に抱き着いておいて今更記憶喪失の風を装う訳にもいかず。

カオルは少し気まずそうにサララを開放しながらそっぽを向く。


「今さっき思い出した……とかじゃないですよね? 棒切れカリバー持ってましたし。実は夕べにはもう?」

「ごめん。なんか……言い出しにくかったというか」

「そうですかぁ……それでカオル様。デルビアは?」

「あいつなら死んだと思う。だけど、聞き捨てならない事を最後に言っててな」

「聞き捨てならない、というと?」

「なんかあいつ、一人だけじゃなかったらしい」

「……はぇ?」


 なにそれわかんなーい、とでも言いたげに困惑するサララに、カオルも「どう説明したものか」と頬をぽりぽり。

結局、先程デルビアから聞いた話を丸っと聞かせることになった。




「なるほどぉ……デルビア……レットルマンもまた、この国の犠牲者の一人だったって訳ですね」

「そうらしいな。結局ゴートさんがどこにいるのかまでは聞けなかったけど。ただ、最後の最後にお前を狙ってるのはあいつだけじゃないって解ったから、急いで探してたんだよ」


 ともかく無事でよかったという思いが強く。

カオルはサララの方ばかりを見ていた。


「――そうなんだ。記憶が戻って、サララちゃんが無事なままだし、とりあえずは一安心、だね」


 そうして、サララ以外にもカオルを心配していた一人が、寂しげに声をあげた。


「あ……フラン」

「記憶、戻ったんだね。おめでとうカー君。これで……サララちゃんと元通りだね」


 それは、フランにとっては失恋に等しい出来事だった。

記憶を失っていたからこそのカオルとの接点。

記憶を取り戻したら失われなければならない、恋愛感情だった。


「その……ああ。フランにも沢山世話になったぜ。お礼は、必ずするから」

「そんな! 逆に私の方がカー君に救われてる事が多かったくらいで……だから、気にしないで。お幸せに」


 負け確定なら、引かなくてはいけなかった。

結局彼女は敗北者。否。最初から勝てない恋愛レースに参加してしまった、ただの当て馬だったのだから。

でも、そんな自分が敗ける人生なのを、彼女はどことなく、理解していた。受け入れていた。

だから、笑っていた。いつもの、無理をしている笑顔で、好きな人を祝福していた。


「フランさん……?」

「大丈夫! それじゃ、とりあえずこの後のことについて考えよ! 私、この辺りで皆が集まれそうな場所探すから、待ってて!!」

「おい、フラン――」

「すぐに戻るからっ!!」




 勝てなかったレースは終わった。

最初から負けると解っていた。だから、そんな気持ちをいつまでも抱いても、虚しいだけ。

そもそも好きになったのだって、些細な事なのだから。きっと些細な事で忘れられるはず。

それでも、それでもフランにとってそれはとても温かな事で、幸せな時間で、美しい思い出だった。


「ふっ……は、ぁ……っ、ぐすっ、ひっ、く……うっ、うう……っ」


 そんな時間が終わってしまった。

デルビアの脅威はまだ去っていない。大変な時期はまだ終わっていない。

自分の居場所はまだ残っていると思えた。

まだ友達面していれば、恩人面していれば、カオルの傍にいる事が出来る事くらいフランにだってわかっていた。

だけれど、決定的な敗北感の前に、自分の心を騙しきれなかった。


(サララちゃんがカー君に抱きしめられてるの見ただけで、すごく嫌な気分になっちゃった……私は、私は最低だよっ)


 好きな男の人が好きな女の子を抱きしめている。辛い。

単純な失恋以上に心に来るものがアリ、凌辱以上に彼女の精神をすり減らしてしまう。

自分による自分の心への攻撃は、誰に傷つけられるよりも苦しく。

フランはただ、路地裏で泣く事しかできなかった。


「解ってたのに……こうなるって、解ってたのに……!」


 ほんのちょっと優しくされただけで、心が温かくなって、幸せになって。

人の事を好きになってしまったら、ダメになった時が辛くなるだけなのに。

自分みたいな負け犬が、勝てるはずなんてなかったのに。

それが解ってたのに、好きになってしまっていたのだ。諦めきれなかったのだ。

身を引かなくちゃいけないと思ってるのに、心の底から「そんなのやだ」という気持ちが溢れかえってくる。

自分がどんどんと醜い気持ちに支配されようとしているのが解って、逃げずにはいられなかった。


 失恋した自分という事実を、受け入れたくなかったのだ。


(こんな気持ち……いつまでも抱いてちゃダメなのに。諦め……切れないなんて、ダメなはずなのに……諦められないよぉ!!)


 想いが洪水のようにあふれ出し、それなのにどんどんと自分の心が「私は負け犬だから」と蓋を閉めようとしてしまう。

濁流のように濁った気持ちが爆発しそうになっているのに、一言「好き」と言えれば楽なのに、それすらできなくなってしまった。

辛い。悲しい。苦しい。こんなの耐えられない。

いくつもの想いが「私なんかが」という自分の中の圧力に屈して、その度に心がズタズタにされてしまう。


「耐え、なきゃ……辛くても、笑って……笑って……カー君たちの役に、立たなきゃ」


 泣きながら。諦めきれない自分の心を直視しながら。

それでも彼女は、好きな人達の役に立ちたいと願った。

それだけが自分に残された道だから。それだけが、自分に許された救いだからと、そう信じて。


 路地裏に居た自分はもう終わり。

明るい世界で、少しでも皆の役に立って生きたい。

そんな気持ちを抱き、表の道にとぼとぼと歩き出したフランの前に――見知らぬ男が立っていた。


「……えっ」

「やあやあ。あの猫娘は先に確保されてしまったけど、都合よく『彼の妹分』が離れてくれて助かったよぉ」


 男は自分の顔を撫でるようにし、その顔を……カボチャ頭へと変化させる。


「で、デル、ビア……?」

「くくくっ、その通りさっ! 『彼』は死んでしまったようだけど、『僕』はまだ諦めきれてないんでねぇ? 猫耳娘の代わりに、君の命を利用させてもらうよ……?」


 ステッキの先端が自分に向けられたのだと気づいた直後。

それがフランの胸へと突き刺さり、致命傷となった。


「あ……っ」

「くはははははっ!! 君は良い餌になってくれそうだ! さあ絶望の刻は来た!! いい加減、この国を終わらせよう!!」


 最低限の動き。

無駄のない動作で彼女の胸からステッキを引き抜くと、力を無くし倒れ込んできたその身体を片腕でキャッチし、そのまま歩き出す。


「――きゃぁぁぁぁぁっ!!」

「なっ、なんだ……あの娘っ、胸から血が……」

「なんなのあのカボチャ頭……っ! 誰かっ、誰か衛兵の人を呼んできて!!」


 すぐに街の人々が騒ぎ出す。

当然である。胸から血を流す若い娘を抱きかかえた、カボチャ頭の奇人が闊歩するのだ。

だらだらと血が道へと零れ、赤い道筋を残してゆく。


「――フラン!」


 ほどなく、カオル達が到着する。

人々の叫び声をサララが察知したのだ。

そして……抱き抱えられたままのフランを見て、カオルはがなり声を上げる。


「デルビアっ、お前っ!」

「お早い到着で結構! さあ、この娘はまだ生きているよ? 助けたいとは思わないかい?」

「……お前って奴は」

「レットルマンとか言ったか……彼は君の事を大した奴だと思ったようだけど、その気持ちはよく解るよ。だけどね? 僕たちにも計画を止められない事情があるのさ。この娘には、都合のいい餌になってもらわないとねぇ」

「……餌だと」

「そうさ! さてどうするね? その棒切れで僕を攻撃すれば、当然この娘も巻き込む。身内を殺すつもりで挑まなければ、僕は止められないよ?」


 それは、カオルに対して最も効果的な手段だった。

カオルの攻撃は、稚拙な体術を除けば、後はいずれも他者を巻き込みかねないもの。

そして巻き込んだら殺しかねないものだった。

幸いにして街の人たちは逃げ出していた。

だが、迂闊に攻撃すればフランに当たるかもしれない。

そう思えばこそ、フランを生かしたいと思えばこそ、手が出せない。


「ま……僕としては君と戦うつもりなんて微塵もないんだけどね」

「なんだと……?」

「くくく……言っただろう? 僕は君の事を大した奴だと思ってたって。ほら、解放してあげるよ」

「あ……っ」


 対峙しながらも、どうしたものかと考えあぐねていたカオルに、デルビアは……事もあろうにフランを立たせ、そのまま背中をとん、と手で押したのだ。

ふらふらとしながら立っていたフランは、背を押され……そのまま、前へと転びそうになってしまう。


「――フランっ」

「かー、く――んっ!?」


 そして、その小柄な身体を、ステッキが貫通した。

後ろから貫かれ、胸からまた、どぱ、と、大量の血が流れる。


「フランっ、ふらぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「くはははははははっ!!! ほらっ、ほらっ、早く助けないとっ、助けないと君の助けたかった子が、死んじゃうよぉ!? ほらっ、ほらっ!!」

「あっ、ぐ……くはっ、あぁぁぁぁぁっ!!!」

「やめろっ、やめろデルビアっ――」


 まるで弄ぶように、息も絶え絶えなフランを幾度もステッキで貫き。

それを止めようと飛びかかったカオルに「おっと」と、フランを突き飛ばして距離を取った。


「あうっ……く、は……っ」

「フランっ! 今、今なんとかしてやるからっ! 死ぬなっ、こんな事で、死ぬんじゃねぇっ!!」

「あ、あ……か……くん」


 突き飛ばされてきたフランを抱き留めながら。守るように抱きしめながら。

カオルは、必死にフランの背中を撫でてやりながら、無理矢理にでも走ろうとしていた。

けれど、足が動かない。限界だったのだ。


「あっ、く……くそ、ぉ」

「くくくく! あの(・・)爆発は君にとってもダメージが大きかったらしいねえ? 何をしたのかはよく解らないが、君は君自身の戦術の所為で、その娘を助けられない訳だ。これは傑作だねぇ。ハハハハハハハ!!!!」


 耳障りな声で喚き散らすカボチャ頭の事など最早視界にすら入らず。

カオルは、それでもなんとかしてフランを助けようとして……けれど、フランの顔が蒼白なのに気づく。

呼吸が荒く、もう、後がないのだとよく解る有様。


「フラン……フランっ、俺が、俺がこんな事に巻き込んだせいで……っ」

「はぁっ……は、ぁ……やめて、かー、くん……ちがう、よ……わたし、うれし、かった……」

「もうっ、もういいからっ、フラン、無理しなくてもいいんだっ」

「ずっと、ずっとまけて……まけつづけ、て……だけ、ど、さいごは、おなじだもん」


 それは、フランが今までの人生で、唯一得られたものだった。

ずっとずっと負け続けの。失敗ばかりの。不幸しかない人生の中で、唯一得られたもの。


「あのこと、いっしょ……かーくんが、だきしめて、くれたの……うれし、かった……っ」

「そんなこと……そんなことくらいっ、いくらでもしてやるからっ! だからっ、こんな事で――」

「えへへ……すきなひとにだきしめられて、しあわ――せ」


 人生にしてみれば、ほんのわずか一緒にいただけの人だった。

だけれど、自分の人生の今までを塗り替えるくらい、素敵な一瞬だった。

だから彼女は、最後の最後に自分にとっての、一番の笑顔を彼に見せ……深い眠りについた。

それがフランにとっていかほどの幸せだったのかなど、カオルには解るはずもなく。

ただただ、その最期が、カオルにとって途方もなく辛くて――


「――デルビアっ、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 彼の怒りは――今までの人生で最も、大きなものとなっていった。


「クハハハハハっ!!! いい憎悪だよ君ぃ! そうだっ、僕を憎めっ、僕を恨めぇっ! 僕が生きている限り、この国を憎む僕がいる限り、僕は君の大切なモノを奪い続けよう! 僕はっ、何度だって君の幸せを奪っていこう!」

「許さねぇっ、てめえだけは許さねぇぞデルビアぁぁぁぁっ!!!」


 その怒りは、途方もなく爆発的で。

一介の人間のそれとは比較にならないほど、強大なものだった。

そんなエネルギーが、彼の身体から溢れたのだ。

それを感知し、デルビアは「ようやくだ」と笑った。


「――それさ! 僕達が欲しかったのはそれだ! さあっ、君の憎悪をっ、もっともっと膨らませるんだ!! さあっ、『あの方』の目覚めの時間が来た!! 絶望を、この国に溢れさせよう!!」


 まるでその怒りに呼応するように、大地が揺れた。

突然の事だった。デルビアへの怒り膨らませるカオルですら「なんだ」と一瞬我に返ってしまいそうな瞬間。

ずぐ、と、大地から突然刃が飛び出し……デルビアの身体を、貫いた。


『――よくぞ契約を果たしたデルビアよ。貴様らの執念、憎悪……中々に美味であったぞ……?』


 声がした。

空気を震わせる声。

大地が共鳴し、地面が張り裂け、巨大な刃が至る所から現れ、建造物を破壊してゆく。


『最早お前に用はない。あの世で、自分の願いが成就するのを眺めているがよかろう――この古代竜(エンシェントドラゴン)レトムエーエムによってなあ!!』


 そうしてラナニア王国に、憎悪を貪る黒き古代竜が顕現した。

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