#16.滅亡を望む者
ラナニア王国の中枢、ラナニア城にて。
グラント王の乱心により、王都を中心に徐々に混乱が広がりつつあった中、海軍提督ベルセリヌは、急遽予定していた同胞との懇談を中止し、王城への強襲作戦を開始する。
河川を遡上しての小型船団による王城強襲。
かねてより計画にあった作戦ではあったが、あまりにも唐突に開始を宣言され、ベルセリヌに従った将校らも困惑を隠せずにいたが、「機は今をおいて他になし」とのベルセリヌの言もあり、大半の将兵は作戦に参加。
当初は王城を守る近衛隊との熾烈な戦闘が予想されていたが、近衛隊は全く抵抗することなく城の門前で降伏勧告に従い投降。
そのまま、王城へと歩を進めることになる。
「何か……おかしくはありませんか?」
ベルセリヌの隣で作戦の推移を見守っていた将校アージェスは、あまりにも都合よく行き過ぎる作戦に、不安なものを感じていた。
近衛隊は、本来王城にて王族を守護する為に控えているもの。
反乱を企てる海軍に対し、最後の一兵に至るまで戦い抜くはずであった。
それが、剣を捨て盾を捨て、自ら門を開き「我らは投降する」と、全員が両手を上げてこちらに来たのだ。
理解を超えていた。王城で何が起きているのか、アージェスには全く分からなくなってしまったのだ。
「近衛隊の連中も相当参っているようだな……彼らも彼らで辛かったのだろう。何せ生粋の愛国者ばかりで構成されている近衛隊だ。馬鹿な王を、そうとは思っていてもその手に掛ける事は出来なかったと見える」
「本当にそうなのでしょうか……? そうだとして、では、我々が王を討ち取ったとして、彼らに何の得が……?」
「さて、な……とりあえずは、城内に入ってみない事には解らん。何が起きるか予測できんから、各自気を付けるように伝えるのだ」
「……承知しました」
既に尖兵らが先んじて城内に入り込んでいるとはいえ、警戒を密にしつつ、提督を庇う様にアージェスが前を歩く。
しかし……何事か起きる事もなく、玉座の間の前まで進めてしまっていた。
(なんだ……? 何が起きようとしている? 何故何の抵抗も……)
「くくく……随分と上手く行っているようだ。流石は本の悪魔。奴の言うとおりにしただけで、こうも簡単に玉座にたどり着けるとはなあ!」
「……本の、悪魔」
扉の前で、先の展開を思い兵達が固唾を飲んで見守る中。
困惑ながらも思案していたアージェスの後ろから聞こえてきたフレーズに、思わず足を止め、提督を見やった。
口元を歪め、「もはや成功したも同然」とばかりに笑っていた。
それが、アージェスには鼻持ちならない。
「またあの悪魔の言うとおりにしたのですか? 『今が攻め時だ』と。『城は無防備だから』と?」
「その通りだ。奴は中々に役に立つ悪魔だ! 私がいつ城に攻めたらいいか聞いたら、すぐに教えてくれたぞ!」
「……なんという事を」
――あまりにも怪しすぎるタイミングでの作戦開始だったが、まさか悪魔に乗せられていたとは。
傍から見れば愚かとしか言いようのない事を、いいように悪魔に利用されているだけかもしれないのに、この上官は、それがさも当然の利益であるかのようにそのままに受け入れているのだ。
何の警戒もしていない。何の不安視もしていない。
彼にはこの上官はもう、完全に良いように使われてしまっているように見えた。
志を同じくした部下や同胞らを巻き込みながら。
そうして、それがとんでもない事であると気づけていない有様。
それが、アージェスにとって、どうしようもなくふざけているように思えたのだ。
「――提督っ! これは罠の可能性があります! いいえ、罠に違いありません!! 今すぐに引き返しましょう!!」
「何を言っているのだアージェス君。ここまで無事歩を進めたのだぞ? もう、玉座も目の前だ。後は、その先に居る王さえ倒せば――」
「そんなに上手く行く訳がないのです!! 提督、貴方はこの計画の為に7年も費やしていたはずです! それをこんな……何故最後の最後に見誤るのですか!!」
止めなくてはならなかった。
この計画は、既に破綻しているも同然。
いいや、仮に上手く行ったところで、どこかのタイミングで法外なツケを払わされるに決まっている。
アージェスはもう、そうとしか思えなくなっていた。
これが本当に正しい情報で、近衛隊が本当に王に愛想をつかしたとして、王までの道がノーガードだったとして、それでも、それでも何か裏があるように思えてならなかったのだ。
だが、提督は違った。
「アージェス君、落ち着きたまえ。確かに私はこの計画の為に長年費やし、時として離反者をこの手に掛けてまで秘密を維持していた……だが、これはチャンスだ。数少ない……恐らく、私が生きている内に得られる、最大にして最後のチャンスかもしれないのだ」
「もし提督が、ご自身で機を見ての行動だったなら、私はこうは言いません。ですが、今の貴方は……」
「悪魔に魅入られたように見えるか? それで結構だ! 悪魔に魅入られ、利用される程度でクーデターが成るなら……我らの気持ちが晴れるなら、それでいいではないか!」
「……しかし!!」
「それにだ……今引き返したところで、我々は最早国家に反逆した身。王を討たねば……我らに帰る道などないのだ」
既に武装蜂起し、城内に突入してしまっていた。
近衛隊が降伏したとはいえ、遠からずこの報は国の隅々にまで知れ渡る。
ただちに王を倒し、国体を変えねばならない。
元より、帰り道など考えていなかったのだ。
生きて目的を達成し、自分達の存在感と必要性を国に思い知らせられればよし。
仮に敗北して討ち取られても、それはそれで良しとするつもりだったのだ。
少なくとも、提督はそう考えていた。
「――そうだ! 最早戻る道などないぞ! 我がラナニアは、今日、新たな歴史を迎えるのだ!!」
声が聞こえた。
扉の奥。玉座からの、しわがれた声だった。
だが、静寂に支配された城内では、そんな声でも響き渡る。
「……提督」
「くくく……わざわざこんな時間まで玉座でお出迎えくださるのだ。行かねば、行って討ち取って見せねば、無礼というものだろう?」
もはや止まる必要などない。
そもそも、止まれたものではないのだ。
進まねばならなかった。進んで見せねばならなかった。
だから、彼らは進んだのだ。玉座の間へと。
「……陛下」
「良く来たのう、確かお前は……ベルセリヌ、だったか」
「名前を憶えていただけていたようで、光栄ですな」
無論、従えていた兵も突入していた。
その場に残るは王一人。
警護一人ついていない中で、不敵な笑みを浮かべながら玉座に腰掛けていた。
ひじ掛けにひざを立て、右頬を乗せてにやにやと二人を見やる。
そんな王を前に……ベルセリヌは、腰のホルスターに掛けていた短銃を取り出し、構えた。
「ですが我々にはあまり時間がない。邪魔が入る前に、貴方には――消えていただくとしましょう」
「ほう。私を殺すと」
「殺さねばなりますまい。貴方の政治は、我々にとってあまりにも暗愚だった。光り射さぬ洞窟の日々は、我々には毒でしかなかった」
「そうであろうな? 何せ海軍は時代のお荷物。金と人員と物資ばかり食い続け、ロクな戦果も挙げられぬままに朽ちてゆくばかりの足手まといだものなあ?」
「……我々は、まだまだ戦えた! 戦時中も、戦後も、今だってそうだ! 我々は陸軍などよりよほど戦えたというのに、王、貴方は――!!」
煽るような言葉に、提督は激高し、引き金に力を籠める。
「――提督っ」
「なっ……アージェス君!?」
《ターンっ》
夜の王城に響く銃声。
しかし、弾は王にかすりもせず、ただ玉座を傷つけただけだった。
「……なぜ邪魔をする」
「提督。今の状況を見てもまだおかしいと思わないのですか? この王の顔を見てください……もう間もなく殺されようという人間の顔に見えますか?」
「なに……?」
横やりに苛立ちを隠せなくなった提督だったが、王を指さし諭され、はっと我に返る。
……王は、笑っていたのだ。
「どうした? 何故当てぬ? 私を討ち取り、この国を思うままにするのではないのか?」
「……なぜ笑っている」
「可笑しいからだ」
「なんだと……?」
「自らの名誉の為、自らの誇りの為……お前達は実に下らぬ事を理由に、このような大それたことをしている。だが、結局お前らは、より強き流れに飲まれ、流されているだけに過ぎぬ……どうした? 今がお前達にとって、最大のチャンスなのだろう?」
「……くっ、言われるまでもない!!」
今度こそ、と、銃に弾を籠め、一撃を狙う。
この憎たらしい王の顔一つ、当たりさえすればそれで終わるというのに。
だというのに……王は安らかな顔をして、それを待っているかのようだった。
「今度こそ、上手く当てるのだ。ここに、な」
自ら額を指さし。
王は眼を瞑り……その時を待っているようだった。
「王の自殺願望を手伝うつもりですか、提督」
「黙っていろアージェス!! 君は、君は私達の苦しみを知っているはずだ!! それが……それが今、終わろうとしているのだ!!」
「そうだとも。終わりを、迎えようではないか」
それこそが、ずっと待ち望んでいたものなのだから。
そう、グラント王は、ずっと死にたがっていた。
終わりをこそ望んでいた。
ずっと誰かに、討ち取られたかったのだ。
「私もな、生きていていい加減、疲れたのだ。誰かに憎まれながら、悪と断ぜられながら生きねばならぬ。失策一つで民は『王は何をやっておられるのか』と言うが、人はそんなに強くできてはおらぬ……兄と妹をこの手に掛けた私ですら、日々のプレッシャーはあまりにも重苦しく……」
「だから、殺されるときは甘んじて、という事か。もうこれ以上の公演は結構だ。ここで、終わりにさせてもらう……我らの恨み、思い知れぇ!!!」
ずっと自分達を軽んじてきた、どれだけ憎んでも足りぬほどに憎い存在だった。
何が何でも最後には自分達の意地を見せつけ、滅ぼしてやりたいと願っていた相手だつた。
そんな男が……潔く死のうとしていた。
「――なんで」
しかし、王は死ななかった。
銃弾はついぞ発射されず。
王を討ち取らんとする提督は、しかし……銃口の前に立つアージェスを、ぎろりと睨みつけていた。
「なぜ邪魔するのだアージェス。君は、私達の宿願を、果たさせないつもりかね?」
「こんな風になってしまった男を討ち取って、我らの祖父や父が、納得するでしょうか?」
「……なに?」
「これは最早王ではありません。ただの、死を待つばかりになった年寄りです」
勤めて冷静に。
それでも頬に汗を流しながら、上官に再び、王を指さして見せる。
「よく見てください提督。こんな……こんなみすぼらしくなった者が王なのですか? 私には、とてもそうは思えません」
「な、なんだと……」
「……」
驚愕したのは王だった。
しかし、提督は彼に言われ……心の中で冷め往くものを感じていた。
――こんな男だったのか、と。
「我々は、ずっと薄暗い世界で生き、存在すらも軽んじられ、ひたすらに我らを冷遇した者達を憎んできたが……」
――こんな男の為に、我々はずっと、辛い気持ちを抱えて生きていたのか、と。
「本当に……本当に、こんな男を殺せば、全てが晴れるのか? ああ、アージェス君……私は、私は一体、何を夢見て――っ」
「落ち着いてください提督。そうです、これが現実なのです……討ち取るべき憎き王など、どこにもいなかった。ここに座っているのは、ただ死を待つばかりの、情けない男なのです。我々は、こんな男の為にこんなところまで着て、反逆者にされようとしている。酷く……馬鹿らしいですな」
提督の落胆。
アージェスの冷めた言葉に、成り行きを見守っていた周りの将兵らも途端にざわめきだす。
「どうするんだ、これ……」
「どうするって、王を討ち取らないと、俺達、反逆者に――」
「でも、俺達が討つべきだった、憎むべき相手って……こんな……」
「ああ、こんな爺さん一人、殺して何になるんだ……?」
「死にたがってるだけの爺を殺して、俺達の、親父や爺さんの名誉は取り戻せるのか……?」
困惑は広がってゆく。
ただ一人、王だけが取り残されたようにぽかん、としていて……しかし、やがて彼らが戦意を無くしているのを感じ取り、玉座から立ち上がる。
「――何をしておる。何をしておるのだ! 私を、私を殺しに来たのではないのか!? その為に私は計画を進め、わざわざ兵力の大半を城から離してやったというのに! こんな事は、こんな事は二度とないのだぞ!?」
「やはり、今回の事は王の企てた事だったようですな。提督、我々は王に利用されていたのです。盛大な自殺に、ね」
「……馬鹿らしい! こんな男の為に我々は、7年も費やして計画を練っていたというのか!? こんな男の為に!!」
「そうだ、全ては私の為にある! さあ、早く私を殺せ! 提督が討てぬなら周りの雑兵どもでも構わぬ! 王を討ったと、新たな時代の幕を開いた栄誉を欲する者は居らぬのか!?」
死にたがりの王と、恨みを晴らしたかっただけの将兵と。
果たしてこの場において、まともな人間など一人としていたものだろうか、と。
アージェスは深い深いため息をつきながら……腰に下げていた短銃を取り出す。
「――黙れ爺!!」
《タァン!!》
「ひぃっ!? う、お、おお……」
先程と違い頬を掠め、ちりりと抉られた頬肉からの痛みを覚え。
王は……腰を抜かしてしまった。
「皆よく聞け! この場に王など居ない!! そもそも、我が国に王など、いなくなって久しい!!」
もう、この場をまとめられる人間は、彼しかいなかった。
兵を率いていたはずの提督ですら、銃を下ろし意気消沈してしまい。
アージェスしか、残っていなかったのだ。
「最早この状況となっては、この男を殺す事すらその望みを叶える事になってしまう! そんな事をしたところで、諸君らの名誉は、父や祖父の誇りは、取り戻せたものではない!!」
「あ、アージェス君……しかし、我々は……」
「提督、我々は既に行動してしまった。引き返せないのです。この男は……牢にでも放り込んでおけばよろしい。王となる者を、我々で選べばよろしい」
「……ああ」
「元々の計画からして、リース姫に後を継いでいただくという話だったはずです。わざわざ討ち取る必要などない。そも、最早この男に、そんな人望は残っていないでしょう」
ちら、と、腰を抜かした王を見やる。
「あ、ああ、あうあう……うぉぉ……」
呆けてしまっていた。
銃弾が頬を掠めたのがよほど恐ろしかったのか。
死を覚悟していたはずの王はしかし……実感した痛みに、失禁してしまっていた。
これが、王である。
かつては賢王と呼ばれた復興の祖。彼らの主君だった男の末路である。
「……見ていられん! 誰か、この男を牢に放り込め!!」
「はっ……おい、立てっ」
「あうあうあう……」
「構わん、担ぎ上げていけ! くそ……汚いな、漏らしやがって耄碌爺が!!」
配下の兵士が王を連れて行くのを見やりながら、王のいた後の……汚れた床を見て、苦々しい顔になりながら、提督は玉座を見つめる。
それから……とても深いため息をついた。
「なあ、アージェス君」
「は……」
「私も、彼らも……死ぬ気だったはずだ。その覚悟があり、たとえ失敗に終わろうと、今まで抱いてきた誇りを胸に逝けるつもりだった……だが、人とは、あんなにも惨めになれるのだろうか? 我々は、もしやそういう最期を迎えようとしていたのだろうか……?」
「……解りませんが、ただ一つ言えることがあります」
「何かね?」
「あの悪魔の言うとおりにしていたなら、そして王の望み通りに王を討っていたなら……我々は、取り返しがつかないほど虚しい気持ちに襲われていた事でしょう」
「今よりも、かね?」
「今よりも、です。ですが……留まっていただけて、良かったです」
胸を撫でながら銃を腰に下げ、アージェスは笑う。
このような状況下、狂気に至った訳でもなく笑えるこの男に、提督は「大した胆力だ」と、心底感心していた。
いいや、羨ましいと思えたのだ。
自分すら飲まれかけていた狂気の中、このアージェスという部下は正気のままでいられたのだから。
「……君を引き込んでよかった。そうか、我々は取り返しのつかない事をしようとしていたのだな。愚かな……」
「ですが、留まれました。王殺しの汚名を着ずに、あくまで国の為に働いたという名目も立ちます。我らの名誉は保たれたのです」
「そう思う事にしよう……リース姫を探さなくてはな」
「説得も大変でしょうが、王を殺しているよりは幾分楽になるはずです。我々の情熱を、姫様に伝える事が出来れば、あるいは――」
「――なんだ、失敗しちゃったんだねえ。つまんないなあ!」
不意に、おどけたような声が響いた。
「な、なんだ……?」
「と、突然声が……」
「誰か来たのか? しかし、我々以外には誰も――」
先程とは違うざわめき。
だが、将兵らはおのずと、それが危険であると肌で感じ、サーベルや短銃を手に取る。
敵がいると、そう思えたのだ。
「ここだよここ! 上だよぉ!!」
どれだけ探しても見つからぬ。
すわ聞き間違えか、と誰かが言おうとした矢先、真上から声がして、一様に視線が向く。
……カボチャ頭の貴族風の男が、シャンデリアの先端に、逆さまに立っていた。
「なっ――本の悪魔!?」
「そうだよぉ? 本の悪魔デルビアちゃんだよ~?」
提督の驚きの声と共に、カボチャ頭の悪魔――デルビアは、すと、と、床に着地した。
ヒョロヒョロと笑いながら、手に持ったステッキの先端で提督を指す。
「いやはや! 君達意外と役に立たないねぇ? そのまま感情の赴くまま『王様覚悟ー』ってやってくれたらよかったのに。僕としても鬱陶しい男が消えて大助かりだったんだけどなあ?」
「……何を言っている。お前、何を言っているんだ?」
「そのまま殺してくれれば、王族は間違いなく団結して、君達の排除に動いただろうし? そして、その後は王族同士で殺し合いが始まった、かもね?」
それが起きなくて残念だよ、と、デルビアは杖を戻して先端をとんとん、と、床に押し付ける。
黙って聞いていられなくなった将兵が銃口を向けたが、デルビアは気にした様子もなくまた「ふへへへ」と笑い始めた。
「僕さー。この国が嫌いなんだよね」
「なんだと……?」
「だってほら、経済格差酷いし? 国中が何か病んでる感じで見ててすごく嫌なんだもん。それでも王城の中は豪華絢爛、ストレスのない生活送ってるのかなーって思ったら、王族は王族で殺し合い推奨みたいな胸糞悪い文化が残ってるしぃ?」
「……提督、話を聞いてはいけません。この悪魔は――」
「だから、潰す機会を上げたのに、役に立たない奴だなあって思ったの。だからね? 死んでくれないかな?」
にたり。
デルビアが不気味な笑みを浮かべたのと、提督が「撃て」と命じたのは、ほぼ同時だった。
玉座の間を銃弾が飛び交う。
ぼすんぼすんと、まるでクッションか何かを叩いているような音が幾度も響き、デルビアの身体は、そのカボチャ頭ごとハチの巣となった。
「……やったか?」
「やってないよぉ!? こんな程度で悪魔殺せるとか、舐めてないかな君達ぃ!?」
「なっ――」
誰かが確認で呟いた直後。
それに返すようにケタケタと笑い声を上げながら、カボチャ悪魔はステッキを振り上げ――
「くっ、撃て撃て撃てぇ! いかに悪魔と言えど、銃弾を受けて無事では――」
「舐めるなって、言ってるだろう!」
――一息に床へと叩き付けた。
「ぐあっ……うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
「ひいっ、ひいぃぃぃぃぃぃっ!?」
直後、床を割いて巨大な牙と口が現れ。
その場にいた多くの将兵が、ずるり、飲み込まれていった。
「くそ、このぉっ!!」
「よくも仲間をぉっ!!」
生き残りが数名ばかり、果敢に挑んできたが。
彼らがデルビアに刃を向けるより早く、ステッキの先端がすこんすこん、と、彼らの首をまるでスポンジか何かのようにくり抜いていった。
「――っ」
「ぐ、え……っ」
ばたりばたりと倒れてゆく仲間達。
それを見てアージェスは何を想ったのか。
部下達が壊滅してゆく様を見て、提督は……再び銃を手に取ろうとしていたが……その銃も、デルビアに蹴飛ばされ、届かぬ場所に飛んで行ってしまった。
「軍艦のない海軍兵なんて相手にもならないよ。君らじゃ、僕は殺せない」
「お前は」
「うん?」
「お前は、何がしたいんだ? 我々の目的を知っていてお前らは知恵を貸してくれたが……それも全て、罠だったという事か?」
窮地に至るにつけ、アージェスはそれでも、冷静に考えようとしていた。
いや、そうする事しかできなかったのだ。
デルビアの動きはとても素早く、人間の彼の目に追えるようなものではなかった。
その一撃一撃が必殺とも言えるもので、恐らく自分も他の兵らと大差なく死ぬのだろうと思えた。
だが、この悪魔が、そうまでして自分達を殺す意味が解らなかったのだ。
「罠なんかじゃないさ。僕の言うとおりにしておけば、少なくとも王は討てただろう? 君達の名誉がどうとかは知らないけど、当初の目的は果たせた訳じゃないか?」
「……だが、お前は私達を利用しようとしていた。そして今、役立たずだからと粛清している。お前は一体、何がしたくてこんな事をしているんだ? そんな力がありながら。こんな事を企てる理由が解らん」
「死人にそれを語る意味、ある?」
「最後に聞かせて欲しいのだ。どうせ死ぬなら、な」
それくらいはいいんじゃないか、と、口元を緩め、笑って見せる。
それがデルビアからどんなふうに見えるかは解らなかったが……しかし、「なるほど」と、妙に素直な返答がよこされた。
「確かに死ぬ前に気になってた事はさっぱりしたいもんねぇ。でも勘違いされると困るけど、君達って、別にそんなに重要な存在じゃないんだよね」
「重要ではない……?」
「そそっ! 君達はさあ……所詮は、餌なんだよ。魔人なんかより上等な、あらゆるものを食いつくす化け物。そんな方の、餌なのさ」
ただそれだけの為に君達は居るんだよ、と、デルビアは笑うが。
その意図に気づいたのか、提督はす、と前に立ち、デルビアを睨んだ。
「なるほどな……その正体は未だ解らんが……そういった黒幕がいたのか。そして我々は、いいように踊っていたと」
「素直に踊ってくれたらまだ生きる価値があったんだけどねえ。なんか気づきそうだから、死んでもらわなきゃ――」
「そう簡単に我々が死ぬと思うなよ! 我らは餌ではない! 海の男――っ」
《トスッ》
「――ふん。人間なんかが僕の動きについてこれる訳ないじゃないか。所詮は――」
一撃で胸を突かれ、心の臓を貫かれていた。
もう終わりだと。この男は死んだから、と。
デルビアが歪に笑いながらステッキを引き抜こうとして……そして、動かない事に気づく。
「捕まえた、ぞぉぉぉぉぉっ!!」
「おわぁっ!?」
息も絶え絶えのはずの提督が、しかしそのままにデルビアの身体に正面からしがみつき、関節を極める。
まさに死力。身体に残った力の全てを尽くし、一命を以て悪魔を抑え込もうとしていた。
「ふ、ふん……驚かせてくれるじゃあないか。この間の人みたいだよ……人、間がぁっ!」
「あ、アージェス君っ! 逃げろ! 外にいる者達をここに――っ」
「――すみませんっ!」
命がけの足止め。迷う暇などなかった。
上官がまさかそのような行動に出るとは思わなかったが、彼にとってそれは、数少ない生き残るための道のように思えた。
だから、躊躇いなく走った。振り向く事などしない。
すぐに視界から消え、見えなくなった将校を見やりながら……やがて力を失っていく目の前の提督を、デルビアは「やれやれ」とため息を漏らし、適当に振り払った。
「ぐ、う……」
「まあ、ネズミ一匹逃がしたところで別に構いはしないよ。君一人死んでくれれば、とりあえずゲームは継続したままなんだから。精々、憎しみの種を芽生えさせる腐葉土になってくれたまえ!」
ず、と倒れ込んだ提督を見下ろしながら。
やがてステッキを振り上げ……無造作に振り下ろし、とどめを刺した。
動かなくなった肉の塊から興味を無くし、デルビアは天を仰ぐ。
「くくくく……まあ、失敗もいいさ。何せこの国には、いくらでも感情レベルを稼いでくれる奴らがいるんだから! 大騒ぎを、熱狂的なお祭りを!! あの方の為に、この世界の滅亡の為に、もっともっと沢山、色んな感情を爆発させるといいよぉ!!」
それこそが至上。
それこそが願いなのだと言わんばかりに、デルビアはケタケタと笑い。
そして、いつしか懐から取り出した本の中へと消え去っていった。
後に残ったのは、無残な海軍将兵の亡骸ばかり。
無人の玉座が、虚しくそこにあるばかりだった。