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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
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#11.希望

 翌朝、伯爵別館にて。


「ど、どうかな……?」

「おおお……サララ、これは一体……?」


 朝というにはやや遅めの時間帯だったが、朝食の為部屋から出たカオルの前にサララが現れ「いいから」と手を引かれついていった先の部屋。

そこに、何故かメイド服を着たフランがいた。

いつもと違う印象のフランは照れながらもカオルに感想を聞いてきたが、カオルはそれを口にする前に、サララの顔を見た。

当のサララといえば「ふふん」と自慢げに胸を張っている。


「フランさんは、そのままの格好でも可愛らしいとは思いますが、街中で暮らすにはちょっと違和感がありますからね。メイド服ならほら、誰がどう見ても『お金持ちのところのメイドかな』って思いますから」

「あのね、夕べサララちゃんと話して、皆のお手伝いをするって決めたから……暇な間は、お屋敷の方で働くことにしたんだ~」

「なるほどな……確かに、メイドの方が昼街に馴染みやすいしな。それにしても――」


 事情を聴いて納得したカオルは、改めてフランの姿を上から下まで見やる。

濃緑色のブラウスとロングスカート、白いエプロン。頭には赤いカチューシャのついた白いブリムをつけていて、フランのココア色の髪には好く似合っていた。

今まで着ていた娼婦の衣装と比べるとかなり大人しめの、可愛らしさよりは貞淑さを追求したような衣装である。

昨日までよりどこか大人びた印象が感じられたので、カオルも素直に頷いていた。


「――女って、服一枚違うだけで随分印象が変わるよな」

「女は役者ですからねぇ。でも、これはこれでいいものでしょう?」

「ああ。悪くない」


 綺麗だと、そう褒めたい気もしたが。

それをしてサララの機嫌が悪くなるのも面倒だし、フランに要らぬ誤解をさせても悪いし、敢えて当たり障りのないことを言っていた。


(……うん? なんで俺、サララに気を遣ったんだ……? 面倒って)


 そして言ってから違和感を覚え、首を傾げる。

いや、サララが自分の事を好きなのは昨日のやり取りから解っていたが、何故かカオルには、嫉妬に怒り狂って涙目で顔を引っ掻いてくる猫娘の姿がイメージ出来てしまったのだ。

そんな事をイメージ出来る自分に不思議な気持ちになっていたが……それこそが、昨日サララが言った『本当の自分』の根拠なのだろうと、そんな結論に至り「やっぱり俺、この娘の恋人だったんだな」と、今更のように申し訳ない気持ちになっていた。


 だが、そんなカオルを余所に、女子二人はきゃっきゃしながらはしゃいでいた。

たった一晩で随分仲良くなったものである。


「お前ら、随分距離が縮まったみたいだな?」

「えへへー、夕べは二人で寝ましたからねー。なんだかんだ、お話していると語り合えることが結構多くって」

「話している間に眠くなっちゃったんだよね。でも、サララちゃんとのお喋りは楽しかったよ!」


 色々為になったし! と目を輝かせて語るフランは、とても楽しそうで。

カオルとしても、サララが良き友になってくれたようでちょっとだけ嬉しくなっていた。

やはり……カオル視点では、フランは可愛い妹のような存在だったのだ。




「それで、カオル様にやってもらう事は昨日説明しましたけど、大丈夫です? 解らない所があったら、今のうちに――」

「いや、俺の方は大丈夫だよ。ゴートさんに何度も説明してもらっちゃったしな……」


 カオルの方はカオルの方で、男同士、ゴートから散々今のまとまった状況や今やらなくてはならない事、現状の問題点などを説明されていて、既に疲れ気味だった。

夜街ではあまり頭を使う事なく暮らしていたため、座学のように続くゴートの説明は眠気との戦いでもある。

幾度も居眠りしては夢の中の女神様に「駄目ですよ居眠りをしては」と怒られ目を覚まし、ゴートからもやんわりとした口調で「カオル殿頼みますよ」と諭され、その細かい説明は深夜まで続いた。

だが、そのおかげもあってか、今ではかなり自分を取り巻く事情を理解し、把握できるようになっていた。

無論、まだ記憶を取り戻したわけではないからその時の自分の気持ちや感情までは解らないが、自分がお姫様達を傷つけたくないからと魔人の振りを買って出た事などは、ゴートから聞けたのだ。


「ゴートさんも、カオル様の事をすごく心配していましたから。だから再会できたときに喜んでいたでしょう?」

「ああ、なんか……すごくいい人だよな、ゴートさんも」

「それはそうですよ~、カオル様の周りは、いい人でいっぱいでしたから!」


 つくづく恵まれた人生だったらしいと解り、そんな自分が夜街で、娼婦たちと暮らしていたというのがものすごく皮肉に感じられてもいた。

記憶を失い、確かに自分は夜街の住民だと自負するようになっていたのだが、本当の自分はどちらなのだろうか、と。

もし記憶が戻ったら、自分はフランたちの事を見下げるようになってしまうのだろうかと、少し怖くなってしまっていた。

だが、そんなカオルを察してか、サララは「大丈夫ですよ」と笑いかける。


「カオル様は、人の苦しみや悲しみをちゃんと理解できる人ですから。たとえ記憶を取り戻したとしても、今のカオル様がよりいい人になるだけですから」

「……そんなもんかね」

「そんもんだと思いますよぉ? 少なくとも今サララと話している貴方は、大分昔の貴方と近いですから。これで口調がもっと粗かったり粗野な心根になってしまっていたら、サララはひっぱたいてでも正気に戻してるところです」


 そんな風にならなくてよかったー、と、可愛らしく笑いはするが。

この「好きな人の為なら好きな人をひっぱたいてでも元に戻す」と言ってのけるサララを見て、カオルも、そしてフランも「気の強い子だなあ」と苦笑いを浮かべていた。


「私も、ゴートさんに慣れられるようにしなくちゃね……今までほとんどお話しなかったから、会話くらいはできるようにならなきゃ……」

「無理せずに頑張りましょうね。でもでも、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよぉ。少なくともあちらはフランさんの事情は分かってますし、無理に話しかけようとはしてこないはずですから」

「そ、そうなんだ……うん、でも、直接話せるようになった方が便利なはずだから、頑張る」

「フランさんは頑張り屋さんですねぇ。それでは、とりあえず朝食に行くとしましょうか」


 フランの決意を笑ったりすることなくあっさり肯定し、「それよりもお腹空きました」と、眉を下げながら歩き出してしまう。

なんともマイペースな少女だった。美少女だから許される気まぐれさな気がした。

だが、カオルもフランも「可愛いなあ」と思ってしまい、嫌な気一つ湧かない。


「――それから、さっきゴートさんに聞いたんですけど、もうすぐリーナ姫がいらっしゃるそうですから、粗相のないようにしましょうね?」


 最後に特大の爆弾を残していくスタイルである。

これには二人も「えっ」「なにそれ」と声に出して困惑し、唖然としたままサララの背中を見つめていた。

ほどなく、部屋を出ていってしまい見えなくなったが、二人、ぽつんと立ち尽くしながら互いの顔を見る。


「え……お姫様って、え……?」

「……来るのか? どうすんだこれ」


 しばらく困った顔をしていたが、部屋の外から「はやくー」とサララの催促する声が聞こえ、はっとして二人、部屋から出ることにした。

部屋の外には待ちかねたような顔のサララ。

二人の顔を見るや「待たせても悪いですからね?」と釘を刺され、二人して「ごめんなさい」と頭を下げることになった。




「――お久しぶりですね、カオル殿。お話を聞いた限りでは、記憶を失っていらっしゃるとか?」


 そうして三人が食卓の間に顔を出すと、腰ほどまでの長い金髪を三つ編みに結った、品のある少女――リーナ姫が正面の席に着いていた。

そして少女の後ろには、キリリとした表情の女騎士と、気弱な侍女が並び立つ。

テーブルの右側にはゴートも掛けていたが、どこかやり難そうな、難しい表情をしていた。

まるでホストとゲストが逆転したかのような光景である。カオルは思わず息を呑んでしまった。


「……ええ、何があったかは解らないんですがね」

「そういう振りの可能性も?」

「そうだったらもうちょっと解りやすいんですが」


 一見して「偉い人だ」と解るリーナ姫を前に、カオルも緊張気味に敬語で対応する。

喉の渇きを感じ、声がいくらかかすれてしまっていた。

だが……その口調を聞いてか、姫君は楽しげに口元を抑えクスクスと笑いだしていた。


「……何かおかしいですかね?」

「ごめんなさい。前までの貴方なら、普通に話していたでしょうから。記憶を失っていると解っていても、敬語で返されると……つい」

「ああ、そういう事」

「そういう事です」


 どうやら敬語が話す必要がないらしいと解り、カオルもわずかばかり、緊張が収まる。

そうすると全体をよく見る余裕が生まれ、改めてリーナ姫をしっかりと見つめた。

お忍びで来たのか、テーブルの上にはベレー帽が一つ、そして、手には何故か眼鏡を持っていた。

この眼鏡をカチャカチャと手慰みにしながら、リーナ姫は「早くおかけになって」と、三人に着席を促す。

言われるままに、姫君の正面に来るようにカオルが、そしてテーブルの左側にサララとフランが並んで掛けた。

それに合わせ後ろに控えた侍女がベルをちりん、と一度だけ鳴らし、それに合わせるように料理が運ばれてきた。


「――見ない顔がいますね? そちらのお仲間ですか?」

「ああ、彼女は俺の仲間だよ」

「は、はははは、初めましてっ、おはつにおめにかかか――」

「あはは、落ち着いてください、大丈夫ですよフランさん」

「う……う、ん」


 カオルは落ち着けていたが、フランはとてもそうはなれないらしく。

混乱の中視線を向けられ目をグルグルに回しながら混乱してしまっていた。

だが、隣に掛けるサララがすぐに声を掛け、胸に手を当て一息。

改めて姫君を見つめながら、頑張って笑顔を作ろうとしていた。


(あ、れ……?)


 だけれど、笑顔になれない。

今まであれだけ色んな人に見せてきた「可愛い」と言われる笑顔が、この姫君の前では出せなくなってしまっていた。

なんでなのか解らない。いいや、原因は解る。


(笑わないと、笑って見せないといけないのに……なんで、こんな)


 だけれど、認めたくなかった。認められなかった。

中々笑えない。嫌な沈黙が食卓の間に広がる。

姫君は不思議そうに見つめていたが、それが余計にフランの不安を強めてしまう。


(早く……早く、口元を緩めて、ふわっとした顔を……っ)


 頬に手を当て、無理矢理に笑顔を作ろうとしているのに、貼りついた笑顔が作れない。

困ってしまった。こんな事、今までなかったのに。


(こんな時は……こんな、時は)


 焦りながら、夕べのサララとの会話を思い出し。

そうしてカオルの顔を見た。

サララと違い心配した風でもなく、目が合うと笑い返してくれた。

――それだけで、緊張に強張った顔が、いつもの笑顔を取り戻せた。


「あのっ、初めまして! 私は、フランと言います。訳あってカー……カオル君とサララちゃんのお手伝いをさせてもらっています!」

「そうですか、初めまして。ラナニア王国、第二王女のリーナと申します。以後お見知りおきを」

「はっ、はひっ!!」


 なんとか笑えた。なんとか言えた。

たったそれだけなのに、お姫様が自分に向けている興味はそれだけで薄れたというのに。

とてつもなく大きな仕事を終えた様な気になり、フランは……凄まじい疲れに支配されてしまう。


(う、うぅ……お姫様の前って、こんなに緊張するものなのかな……なんだか、すごく、怖い)


 何か変な事を言ってしまわないか。

自分が娼婦だと思われたら、蛇蝎(だかつ)のように嫌われてしまうのではないか。

王族なんて勝ち組に嫌われたら、自分等すぐに消し飛んでしまうはず。

それだけは避けたい。生き残りたかった。

そんな感情が前に出てしまったからか、とにかく心臓がバクバクしてしまい、料理に手が付かない。

夕べは「おいしい」と満面の笑みを浮かべて食べていたこの館の夏野菜のソテーが、ただの絵の具をぶちまけた野菜盛りにしか見えなくなってしまっていた。


「――それでは、本題に入りましょうか」


 カオルとの会話、フランの挨拶。

そんなものは前菜前に済ませる程度の物でしかないとでも言わんばかりに、食事が始まると同時に、姫君の声が全員の心を強く打つ。

とても静かな、それでいて胸に響く声だった。




「現在、我が国は未曽有の事態に陥っています。国政の大部分を預かる宰相が失踪、そして……我が姉リース第一王女が、他ならぬ王によって幽閉されているという話を、下の兄から聞かされました」

「第一王女が幽閉されてるってのは聞いたけど、宰相までいなくなっちまったのか……あれ、それってかなり不味いんじゃ?」

「かなり不味いはずですわ。国王陛下は老いから来る疲労を抑える為に宰相に政務を一任していましたので……宰相がいなくなり、更にリース姉様が居なくなった現状、この国の政治はかなり混乱していると言えます」


 噂は噂ではなかった。

いや、それ以上にひどいことになっていた。

これにはカオルもサララも困惑を隠せなかったが、ゴートはある程度話を知っていたのか、驚いた様子もなく、ただただ苦虫を噛み潰したような顔である。

姫君の後ろに控える二人も、気まずそうな顔をしていた。


「カオル殿、貴方は恐らく、私の依頼した以上の成果を求め、国に巣食う『魔人』に挑んだのかもしれませんが……私は正直、貴方がそこまでするとは思いもしませんでしたわ」

「俺の行動は、お姫様にとってはマイナスだったって事かい?」

「いいえ、むしろ逆ですわ。私が望んだ以上の成果と言えます。魔人が死んだか、少なくとも何かしらその存在が国に大きな影響を与えたようですから。今陛下は、焦ったようにゴリアテ要塞の戦力を強化しています。それこそ、国中の軍人や衛兵を集結させるほどに」

「……国中って」

「それじゃ、戦力の大半がゴリアテ要塞に……?」


 カオルには今一パッとしなかったが、サララとゴートには周辺地図がすぐに頭に浮かぶ為、その異常さがよく解った。

このコルッセアのすぐ北に位置する巨大要塞。

ここに戦力を一極化しているのだとすれば、肝心の王城はがら空きとなってしまう。

それだけではない。今まで治安を担ってきた各地の軍人や衛兵がいなくなれば、当然その空いた時には、賊や魔物が跋扈(ばっこ)する。

まず間違いなく、愚策とも言える方針だった。


「今ならば、例えどこかの誰かがクーデターを模索しても、誰も止めることはできない……これは、脅威だと思いませんか?」


 どうですか、と試すように微笑みかける。

だが、その笑顔はどこか冷淡で。

まるでそれ(・・)を望んでいるかのような、そんな顔のように、カオルには感じられた。


「お姫様はさ、俺達に何をさせたいんだ?」

「私は私の願う形で民衆が幸せになれれば、それでいいと思いますが」

「国が転覆したらどうなるのかは解ってるの?」

「解りますよ。とても惨たらしいことになるでしょうね。恐らく、多くの民衆が悲しむし、その時が来てしまえば、革命を望んでいる者ですら『こんなはずじゃなかった』と後悔する事でしょう」

「……そっか」


 そんな風になるんだな、と、姫君の言う『もし万一が起きた場合』のこの国の姿を想像し、ため息が出た。

そうして、落ち込んだようにうつむいたままのフランに目を向ける。

そんな事はさせてはならない。

それは、沢山の人にとって――この娘達にとっても、大変なことになってしまうから。

夜街だってなくなってしまうかもしれない。

それだけは避けなくてはならないと、カオルは小さく頷き、改めて姫君の顔を見る。

しかし……姫君の言葉は、それだけで終わらない。


「――ですが、そうなっても構わないと、誰が被害を受けてでも望みが叶うならそれでもいいと願うなら、その人はきっと、そのまま計画を推進してしまうでしょうね」

「そんな奴、居ないに越したことはないけどな?」

「ええ、本当に……ですが、偶然起きているにしては出来過ぎています。だから私は、物事の裏側に居る『黒幕』を探すようにお願いしたのですから」

「お姫様が何を考えてるのか俺にはよく解らんが……結果として、まだ黒幕は見つけ出せてないって事か」

「どうでしょうね? 貴方はエドラスの隠れ家で何を見たのか……悪魔がいたというのは、そちらの猫耳のお嬢さんから聞きましたが」


 それだけなんですよね、と、眼を細めながらにカオルを見つめる。

悪魔がそこに居た。

ではそれは黒幕ではないのか。

果たしてサララは、姫君に何を伝えたというのか。

記憶の無いカオルには解らない。

だけれど「伝えきれていないならそれはきっと、こんなものなのだろう」と思いながら口を開く。


「そいつがどんな悪魔なのか解らないが。でも、俺が感じた事がお姫様に伝わってないなら、それはきっと、感情的な部分の話なんだろうな」

「ええ、恐らくは。そしてその、貴方の感じた感情的な部分こそが、私の知りたい事でした。肝心の部分を貴方は忘れてしまったようで」

「困ったもんだな、俺の記憶喪失って奴は。何をするにもこれが引っかかりやがる。夜街で暮らす分にはそんなに不自由もなかったんだが」

「記憶を失って尚そう語れるのなら、貴方は十分強い心をお持ちなのでしょうね。でも、人は皆、強い心を持っている訳ではないですから」


 控えめな胸元に手を当てながら、眼を閉じ、謳う様に語る。


「人の心には、多かれ少なかれ傷があるものです。悪魔となった者は、その傷の侵食に耐え切れず壊れてしまった者。では、何故その悪魔がそのような事をするのでしょうか? 悪魔は言います、『契約するならば誰にでも従う』と。でも、本当にそうなのでしょうか?」

「何が言いたいんだ?」

「悪魔だって元人間ですわ。本当に心から嫌っている事を、望んでいない事をするものでしょうか? 私はこう考えます。『どうせなら、自分が楽しめる方法を選ぶ』と」

「……その悪魔が、自分の意思でこんな状況を生んでるって?」

「その可能性を考えました。あくまで空想です。ですが、いくらかは真実が混じっているかもしれませんわ」


 もしそうならいいのですが、と、詩を締めくくり。

姫君は、思い出したかのようにソテーにフォークを突き刺し、その一片を口に入れる。

そうしてにっこり「美味しい」と微笑みながら飲み込み……またフォークを置いた。


「カオル殿? 私はこの国が異様なのだと思います。他国の話を聞けば、皆が少しでも自分の国を良くしようと努力している。けれど、この国の人は、自分の事さえよければそれでいいと思い、目先の事ばかり見て、自分の立場を理解せず、ただただ上ばかりを求めるのです」

「それが人ってものじゃないのか? 誰だって、自分の事はよく解らんままに今よりいい生活を求めるものだろう?」

「そういうものかもしれません。ですが……それでも私には異様に見えますわ。だって……心から笑っている人が、ほとんどいないんですもの」


 カオルの反論に、しかし姫君は揺らぎもせず。

ちら、とだけフランを見つめながらまた目を閉じ……そうして、また食事に戻る。

まるで「反論は受け付けませんわ」とでも言っているかのようでカオルにもそれ以上は返しにくく。

嫌な沈黙と共に、食事の時間が流れた。

ただ、誰もが何も言えず押し黙っていた中、フランだけがハッとしたように顔を上げ……そして、姫君を見ていた。




 結局その後、ほとんどまともな会話をする事もなく食事が終わり、「今日は顔を見に来ただけですので」と、姫君一行はそそくさと去っていった。

別室に移った四人は、その後も少しの間だんまりだったが……やがてカオルが沈黙に耐え切れず、話を始める。


「なんていうか、話しにくいお姫様だったな」

「ええ……サララもそう思っていました。前にお話しした時も、どこか油断ならない様な……何か考えてそうでしたし。その時のカオル様も気にしていたようでしたよ?」

「なるほどなあ……確かに何考えてるのかよく解らん人だった。ゴートさんは、先に話してたんだよな?」

「まあ……カオル殿の事について、色々と聞かれましたからね」


 先に席に着いていただけあって、ゴートは難しい顔になりながら歯切れ悪く話す。


「私としても、常に王を相手にしている時のような……朗らかな口調なのに油断していると胸に突き刺さるような事がサラサラと流れ出てきて、気が付くと抉られているのです」

「ああ、わかる気がする。すごく予想外の事言うよなあの人。前もって回答考えてると全部裏切られる奴」

「まさにそんな感じですね……私のような役人気質の人間には、辛い相手かも知れません」


 ゴートにとっては紛れもなく天敵のような存在。

それでいてカオルやサララにとっても扱いにくい、どう扱うべきなのか迷う相手。

三人ともが、その難物具合に困ってしまう。


「でも……皆の事は解ってたね、あの人」


 唯一フランだけが、姫君の発言を素直に受け止めていた。


「皆の事って?」

「この国の人が、心から笑えなくなってるって事。私も、そう思う……」


 自分がそうだったから、とはカオルの前では言えなかったが。

それでも、それが解るくらいにはフランは、暗い人生を歩んでいたのだから。


「今まで民主主義がどうこう言ってた人は、皆上辺だけ見て自分の生活を良くしようとしてただけなの。恵まれた人生を歩んでた人達が不幸ぶって『もっと幸せになろう』って。そのまま暮らしてたって別に死ぬ訳じゃないのに、それほど苦しくもないことを辛い辛い言って、今を変えようとしてたの」

「ああ……たまに昼街でやってた奴らか。遠目に見てて『なんだあれは』って思ってたけど、そんな事やってたのかあいつら」

「カー君の言ってた事も正しいよ? 人って誰でも、今が辛いって言いながらより良い暮らしを求めるようにできてるんだと思う。でも……でもね、不幸でもない人が不幸な気になって不幸ぶってるのが、今のこの国の人達なんだと思う」


 思いもよらぬ辛辣な発言にゴートやサララは驚いていたが。

カオルはそれほど気にならないのか、フランの言葉には「そうかもな」と、一応の肯定を見せた。

それが意外だったのか、フランは驚いたように顔を上げていたが……ただ、カオルの真剣な顔に、頬が緩むのを感じていた。


「ま、まあ、そんな感じに、負け組人生歩んでた私は思っちゃったんだよね! 楽しく生きればいいのに、辛い辛い言っても何も変わらないのにって。あの人達なりに変えようとしてたのかもしれないけどさ、結局、自分の気の持ち方が問題な訳でしょ?」

「そうですね。気持ちの問題も大きいでしょうから……満ち足りた生活を送ってる方には、今の状況は本当に無意味で理不尽でしょうしね」

「そうなんだよ! ほんとそう! カー君みたいに毎日を楽しめてる人がいるのに、『今の自分可哀想!』なんてやってる人は、ちょっとカー君を見習うべきなんだと思う! 何やってたって、考え方を変えれば楽しくなれるはずなんだから!」


 ちょっと自分の事を棚に上げ過ぎていると思いながらも、先ほどまでと違って照れが前にきてしまい、引き返せなくなる。

ブラウスの裾をきゅっと握りながら力説し……それからハッとして、恥ずかしそうに俯いてしまった。


「あの……ごめんなさい。私なんかが知ったような事言っちゃって」

「いや、いいと思うぜ。フランがそんな風に考えてたって解ったし。でも、俺はフランは負け組だなんて思ってないけどな?」

「そ、そう?」

「ああ。だってフランには店の人達がいるし、俺だっているだろ?」

「……う、うん」

「そりゃ、色々あったんだろうけどさ、今は上向いてきてるだろ? 状況が落ち着いたらどうなるのかまだ解らないけどさ、場合によっちゃこのまま、色んな事ができるようになるかもしれないし。そしたらお前、勝ち組じゃん」


 大勝利だぜ、と、ニカリと笑って語り。

そして、また真面目な顔になる。


「フランはもうちょっと自信を持っていいと思うぜ。普通に話してる分には楽しいし、意外と為になる事言ってたりするし」

「自信……持てるかな、自信」

「持てる持てる。俺見てみろよ? 根拠もなく自信の塊だぜ? 俺なら何でもできるって思っちゃってるくらいだ」

「確かにカオル殿は妙な自信に溢れてましたね」

「そこは否定できませんねえ」


 カオルとフランの二人の会話になりそうだったが、絶妙なタイミングでゴートとサララが横から口を挟み、フランも思わず「ぷっ」と笑ってしまった。


「おいおい、俺は真剣に話してるつもりなのになあ……まいっちゃうぜ」


 結局お笑いになってしまうのか、と、頭を掻きながら困った顔になり。

しかし、そんな事がきっかけでその場が穏やかになったのも間違いなかった。


(……すごいなあ)


 そうして、フラン自身、そんなカオルを見て思うのだ。


(こんな風になりたいなあ。勝ち組に、なれるかな……ううん、なれるんだよね、きっと)


 根拠もなく自分を可哀想だと思っていたくない。

意味もなくよりよい人生を求めるのではなく……意味のある人生を求めたい。

この人のように、もっと自信を持って笑える、そんな人になりたい。


 不幸な自分からの脱却を望む気持ちが、フランの中で湧き上がっていった。

辛いばかりの人生の中でも心から笑っていられるように、肯定する事の出来る自分が欲しい。

その願いは、少女をわずかばかり前に進ませる。





――その先が、例え地獄であっても笑えるから。その為に。

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