#9.春の終わり
翌日以降、カオルの村での扱いが、各段によくなっていった。
村の男たちを率いて確認した兵隊さんによって、カオルが倒し生き埋めにした中年男が各国を悩ませていた大盗賊団『ひまわり団』の頭『ダンテリオン』本人であることが確認された。
国の隅々にまで『ダンテリオン』の名は知れ渡っており、当然、手配書も兵隊さんのもとに届いていたのだ。
その手配書の顔と一致。更に意識を取り戻した本人よりこれまでの所業が自供された為、疑いようもなかった。
この大手柄に、国からはカオルへ感謝状と褒賞が届くとの話で、直接捕縛した兵隊さんにも何らかの名誉が与えられるとのことだった。
盗賊退治を境に、カオルの名は、まだ一部とはいえ村の外にまで知れる事となったのだ。
こうまでなれば、もうカオルの事を新参呼ばわりする者などいるはずもなく。
これまで小間使い・便利屋程度に使っていた村の若い衆も、若造扱いしていた大人たちも、一目置く存在として、そして立派に村に貢献した村の男として、敬意を払うようになっていた。
だが、それとは関係なしに、カオルはこれまでと同じように、困っている人が居たら助けたし、助けを求められれば断る事もせず村のどこへでも走り回った。
村にとっての英雄はしかし、まだまだ自分では努力が足りていないのだと自戒し、ちょっとだけ調子に乗りそうにはなったものの、あくまで村の男として過ごそうとしたのだ。英雄志望の、村の男として。
「カオル様ぁ、ちょっと村長の娘さんにリンリンマルヒ摘みのお手伝いを頼まれたので、行ってきますね」
「リンリンマルヒ……? ああ、気を付けてな」
「は~い」
サララはというと、当たり前のようにカオルの家に居ついていた。
他に行く当てもないのでこの村に留まるのは仕方ないとして村長さんに認められてはいたが、住む家を決める段階で「私はカオル様のものですから」と爆弾発言。
一時は村長さんの家で預かってもらえる流れになりかけていたのに、その一言の所為でカオルと同居する事に決定されたのだ。
その時の村長の娘さんの「あらあら」という顔が妙に印象に残って忘れられないカオルであった。
衣服も村長の娘さんの妹・フィーナという人の服をおさがりでもらい、いっぱしの村娘の格好になったのだが。
(あいつ、要領いいよなあ)
サララは、カオル以上に早く村に打ち解けていった。
特に村の女性陣からは可愛がられており、ここ数日、毎日のように村長の娘さんや村の若い娘さんと遊びに行っている。
それというのも、サララの『必殺猫かぶり』がとても効果的に発揮されているからなのだが。
あの猫娘は、カオルの前ではだらしがない、ちょっとダメな猫娘ではあるが。
人前ではそれはもう大変に愛らしい、愛玩的な意味で可愛がられる美少女猫であった。
甘え上手だし、かといって相手をイラつかせず心地よい気分に持ち上げたりもできる空気の読めるコミュニケーション能力の高さ。
ただ可愛がられるだけではなく、一緒に居て楽しい気持ちにさせる話術と勢い、ジェスチャーの上手さ。
その世渡りの上手さばかりは、カオルも舌を巻いていた。
そうしてカオルはというと、サララという生活面においてあまり役に立たないお荷物娘が住み着いたため、日常面でも負担は倍増しとなった。
サララは可愛がられるが別にお金を稼いでくるわけではなく、せいぜい一緒に遊びに行ったお姉さんたちにお菓子を分けてもらったり、摘んできた花を分けてもらったりしてくるくらいである。
まさか本当にネズミを捕ってもらう訳にもいかず、食事もカオルが用意していた。
実質、出費倍増しでメリット皆無である。実に懐に痛ましい猫娘であった。
(でも、可愛いんだよなあ)
だが、だからと言って容易に追い出せない事情もあった。
確かにサララは何の役にも立たない。
何の役にも立たないどころか粗食ばかりだと文句まで言ったりする。
一向に恩を返す気が無さそうであった。
だが、すごく可愛いのだ。一緒に居ると癒されるのだ。
日向でごろごろしている姿などは、それそのものはだらしがない少女の姿でしかないというのに、妙に愛らしく感じてしまうのを、カオルは屈辱ながら認めてしまっていた。
もしかしたら、と、カオルは思う。
縫物の手を止め、はぁ、と小さくため息を吐きながら。
(俺、安心しちゃってるのかな。誰かが傍にいてくれるのを)
ずっと、一人で寂しかった家が、サララと二人でいる事によって、大分温かに感じるようになった気がしていた。
何せ退屈しないのだ。独り言をつぶやいたって何かしら反応して、一言二言返してくれる。
何もしてなくたって話しかけてくるし、何かをしていたらすぐに興味を持って聞いてきたりするのだ。
とにかく、飽きることがない。
ただ寝るため、食べるために家に帰っていたカオルにとって、この変化は何より大きなもののように感じられていた。
窓の外を見れば、穏やかな陽が差し込み、風が窓を揺らしていた。
昼になれば陽射しも強くなるが、まだ朝の時間帯は冷え込む。
だが、確実に暖かな日は増えてゆく。風も、柔らかな南風。
「盗賊、早く倒しに行ってよかったなあ」
風の強い日の川渡りは大変そうだ、と、にやけながらに、窓から見える風景をじ、と見つめる。
(あんな怖い奴らがこの村にこなくなって、よかった)
平然と人を殺すような奴らが、この平和な村に襲い掛かったなら。
カオルは、それこそを恐れた。
もう、大分この村を好きになっていた。
この村こそが、カオルにとっての全てになっていた。
だからこそ。盗賊の脅威がこの村からいなくなったと、そう確信が持てたのが、嬉しかった。
居場所を、護りたかったのだ。
英雄志望の青年は、だけれどその実、英雄がどうとか以前に、この村を守りたかったのだ。
この村には、安穏がある。
ほっとできる日々が、のんびりとできる毎日が、そうして、落ち着くことのできる日常が、ここにこそある。
だからカオルは、へにゃっとした顔になりながら、窓に映った自分に「なんて顔だよ」と、悪態をついていた。
もうすぐ、夏がやってくる。