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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
11章.ラナニア王国編3-記憶をなくした英雄殿-
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#9.束の間の失恋

 三人が公園に到着したのは、それからほどなくしての事だった。

その間、カオルもフランも、この猫耳少女に何かを問おうかと思ってはいたが。

速足で先に進んでしまう少女相手に悠長に質問などしている暇はなく、そのまま着いてしまったのだ。


「ふう、とりあえず、落ち着ける場所に着きましたね~」


 そうして、公園に到着するや、ベンチに腰掛ける。

二人掛けのこぢんまりとしたベンチだったので、カオルはフランに「座れよ」と促した。

フランも疲れていたので素直にカオルにお礼を言いながら座ったのだが、隣に掛ける少女はちょっとつまらなさそうな顔をしていて、それが気になってしまう。


「……さて、お話を戻しましょうか」


 フランが気になった事を聞く前に、猫耳少女は話を始めてしまう。

どこかいつものペースと違うモノを感じてやりにくく思えたが、フランは黙って話を聞くことにした。

ただ、猫耳少女が見ていたのは、フランではなく、カオル。


「なんでカオル様があんなところに居たのかとか、その人を連れていたのかとかはとりあえずいいです。それよりも――」


 座りながら、カオルをじ、と見つめる少女の表情は、先ほど一瞬垣間見た愛らしい微笑みと同じで。

どこか熱っぽい視線、心の底から安堵した様な顔で、一旦拍子を置いて、そうして胸元に手を当てて続ける。


「――貴方が無事、サララの前にこうやって立っててくれてることが、何よりも嬉しく思えますよ」


 よかったよかった、と、幸せそうに。

そうして、フランは気づいた。

この少女がずっと探していたのだという「好きな人」。それがカオルなのだと。

こんな素敵な女の子が探しているのだから、それはもう、大層素敵な男性に違いないと思ったけれど。

フランは、それが彼だというのなら、それも納得できるような、そんな気になってしまっていた。

だって、傍にいるだけでこんなにも心強くて、頼りになる人なのだから。


「カオル様が作戦を開始してから、三日間くらい待って戻ってくる気配がなかったから、私達ずっと心配して探してたんですよ? なかなか見つからなくて、森の中があんな感じだったでしょう? 軍隊がうろうろしてるのも見えたし、『これは何かあったかな』と思って、伯爵にお願いしてコルッセアに入れるようにしてもらって――」


 幸せそうな顔の後は、以前話し込んだ時のようなちょっとだけ困ったような顔。

とかくコロコロと表情の変わる女の子で、フランは、隣で見ているだけで面白いと思えた。

だが……話を聞くカオルは、難しそうな顔をしている。

こんなに可愛い女の子と再会できたのに。多分、恋人だろうに。

それが不思議で「なんで?」と気になってしまいカオルの顔を見たが……やがて、首を振り始めてしまう。


「あのさ」

「――はい?」


 スラスラと話している中で突然口を挟まれ、「どうしたんです?」と、首を傾げる。

だが、カオルは手を前に出しながら、言葉を選ぶようにして続けた。


「俺、君の事、解らないんだけど」


 たった一言だった。

愛らしく首を傾げていた少女の顔が、真顔になっていくのを、フランは横から見ていた。

何の感情も感じさせない冷めきった表情。

大好きな人と話している時に見せていた可愛らしい顔が、そんな色一つ感じない冷たさを見せていたのだ。

だが、カオルはそれに留まらない。

ずっと、解らなかった事だったのだ。

質問のタイミングを窺っていたのだ。

楽しそうに話す少女の話の腰を折ってでも、聞かなきゃいけない事だった。


「記憶を失ってるらしくてさ。森の中で目が覚めて、歩いてて――意識を失ったところを、この子――フランに助けられたんだ。だから俺、君の事は誰なのか解らないし、今話してた事も、全く繋がらない事ばかりで、意味が解らないんだ」

「ふ、ぇ……?」


 無表情の後は、「何言ってるの」とでも言わんばかりの困惑が前に出ていた。

眉を(ひそ)め、口元に手を当て、耳は外向きに、尻尾は小刻みに揺れていて。

眼に見えて、どうしたらいいか解らない状態に陥っているらしかった。


「あの、それじゃ、私の名前とかも?」

「さっきから『サララは』って言ってたし、多分それが名前なんだと思うけど……解らない」

「私との出会いも? 一緒に過ごした日々も?」

「覚えてない」

「……私達がこの国に来た理由も?」

「記憶にない」

「じゃあ、私達の関係も、忘れてしまいました?」

「全部、全部忘れてしまったようだ。なんか……ごめんな」


 その「ごめんな」は、今のカオルをして決して簡単に言えた言葉ではなかったが。

躊躇しながらも、それでも、言わなくてはならないと思ったのだ。

この少女は自分を慕ってくれている。

わざわざ様付で呼んで、窮地を助けてくれて、そうして、今もこうして尻尾をパタパタ大きく揺らしながら話してくれていたのだ。

そんな少女を突き放してしまうのは、カオルにだって辛かったが。

だが……事実、今の彼の中に、この、サララという少女はどこにも残っていないのだ。


「そう、ですか――」


 フランが隣から見ていただけで解るほど、シュンとしてしまっていた。

それまで小刻みに揺れていた尻尾も、合わせるように垂れてしまい。

そうして、俯いてしまっていた。

だが、そんな風に見えていたのは一瞬の事。

少女は、すぐに顔を上げた。


「――それじゃ、『お友達』からやり直しましょう!」


 笑っていた。

尻尾や耳はそのまま。

だけれど、顔はニコニコと微笑み、愛らしい表情のままカオルを見上げていた。

瞳は潤んでいたが、屈託なく笑えていた。

フランがよく知っている、自分がよくしている顔だった。


「友達、って……」

「だって、今までの事は思い出せないんでしょう? 全部忘れてしまったのなら、出会いからやり直さなきゃいけないじゃないですか。安心してください、サララは貴方が記憶を失ったくらいで貴方を嫌いになったりしませんから!」


 大丈夫、と、形ばかりの笑顔を作って。だけれど、すぐに口元を手で覆い隠してしまう。

健気にそれを続けるサララに、カオルも突き放すような事は言えず。


「まずはお友達から! そもそも私達の出会いは唐突だったから、今度はちゃんとお友達から始めましょう? 安心してください、そう掛からず、サララは貴方の心を射止めて見せますから。そうして、また、また……あれ……?」


 早口でまくしたてるように話すサララは、その瞳は、自分の中に溢れた感情を抑えきれず、ついに大きな涙の粒を零してしまう。

そうなってくるともう誤魔化しきれず、笑顔も作れず。

口元を隠していた手は、口ばかりを押えていられず、流れる涙を手で掬い取ろうとすると……への字に曲がった唇が見えて。


「ぐす……っ、ひっ……う、うぅ……ごめん、なさい」


 さっきまで笑っていた女の子は、もうどこにもいなくて。

ただただ、悲しそうに泣きじゃくっている女の子が、求められても居ない謝罪ばかりを口にしていた。

笑えない事に対してなのか。それとも、別の何かなのか。

カオルにはそれすら解らず、だというのに、胸が強く打たれる。


――俺は、この子のそんな表情をこそ、見たくなかったのに。


「サラ、ラ」

「……っ!?」


 奇跡を夢見てしまっていた。

ぽつり、呟いたカオルの声が、サララにとって身を震わせるほど大きな出来事だった。

だけれど……期待していたほどに、奇跡などはこの世になかった。


「ごめん、な。君が俺に何を期待してたのかも解らないけど。今の俺にとっての居場所は、夜街だからさ」


 それが決定的だったのか、サララは、心の底から悲しそうな顔で「そうですか」とだけ呟き。

そうして、また俯いてしまった。俯いたまま、嗚咽だけを漏らして。今度こそ、心が折れてしまっていた。

それでも、そんな時でもサララは大声で泣き喚いたりせず。

流れる涙を幾たびも手で掬いながら、ひたすらに自分の中から溢れる感情を抑え込もうとしていた。

誰もが声を掛けられない、そんな時間が流れた。




「――お待たせしました!」


 どれくらいの時間がかかっただろうか。

心配そうに見つめる二人をよそに、サララは、いやに元気ににこやかに立ち直っていた。

立ち上がり、そうして「もっと近くに」とカオルの手を引き。

そうして、フランとカオルとを見比べるように交互に見つめる。


「とりあえず、私とカオル様の個人的な関係はよそにおいといて、今は状況を整理しましょう!」


 泣くほど悲しい気持ちになって、それでも立ち直って。

そうして今起きている事を整理できるくらい、堪えられて。

カオルの記憶喪失がとても辛いことだったはずなのに、それでも見た目上立ち直れているこの娘の、なんと心の強い事か。

横から見ていただけのフランが「強いなあ」と思えてしまう程に、サララは強かった。


「まず、カオル様は全部忘れてるでしょうから、まずは貴方が何者なのか、何故こんなところにいるのかを、サララなりにまとめて説明しますね」

「あ、ああ……助かる」

「いえいえ~、まず、貴方が何者かですが、貴方は異世界から来た異世界人さんです。どこの世界の方なのか、どんな世界なのかはあまり語ってくれませんでしたが、普段はこの国の隣国『エルセリア』の『オルレアン村』という隅っこの方の村で、そんなに普通の人と違いのない暮らしをしていた一般村人的な人です」

「……異世界人?」

「はい、女神様がどうとか言ってましたから、まあこの世界に伝わる伝承通り、女神アロエ様に導かれし勇者候補の人か何かなんじゃないでしょうか。違うかもしれませんが」

「異世界人って……勇者候補って! カー君、すごいじゃない! 私、そんな人と知り合っちゃってたんだ……」


 それまで話に加われなかったフランだったが、カオルの正体がはっきりした事もあり、黙っていられなくなっていた。

何より、そんな人と短いながらも今まで一緒に暮らしていたのだ。

驚きの他なかった。それと同時に、あんまり気安く話し過ぎた自分を恥じて、ちょっともじもじしてしまう。


「あ、あの、私も様付で呼んだ方がいいのかな……?」

「いや、今まで通りでいいが……というか、異世界人ってだけで様付される世界なのか、ここ?」

「そんな訳ではないと思いますよ~? 私が貴方を様付するのは、貴方が私の人生を救ってくれたからですから」

「じ、人生……そりゃ、重いな」

「重いなんてもんじゃないよ……だってそれ、人生一変しちゃうレベルじゃん!?」


 カオルもそれなりに重く受け止めたつもりだったが、それ以上にフランの方が重く受け止めていた。

つい先ほど、それを実感していたから。

負け犬人生一直線だった少女にとって、彼の存在とはまさしく、サララにとってのソレと同じだった。

だから、共感もできた。気付けた。


「カー君、記憶、取り戻さないとだめだよ。今のままじゃ、サララちゃんが――」

「あ、そこは今はいいです。それより、話を戻しましょう?」


 先ほどのサララの想いがどれほどだったのかを多少なりとも理解させられた二人だったが、サララはそんな事まるでなかったかのように受け流し、話を進めてしまう。

この所為で、二人とも「あれ?」と、はしごを外されたような気持ちになっていた。

そんなに重い想いなら、なんとしてでも思い出さなきゃいけないと思ったのに。


「カオル様が私を救ってくださったのは、『ひまわり団』という大規模な盗賊団を壊滅させた時の事。それと、ちょっとした(・・・・・・)呪いが掛けられてまして、偶然でもこれを解呪してくれたことがその理由なんですが――」

「……ひまわり団」


 フランもよく知っているフレーズが出て、表情が一瞬、暗くなってしまう。

カオルもすぐにそれに気が付き眼を向けるが、フランはサララに気を遣ってか「大丈夫」と、無理に笑って手を振っていた。

なんとか誤魔化そうとしていたのがよく解る、そんな仕草。


「あの、聞いても、つまらないと思うんだけど」


 カオルとサララ、二人の視線が向いて、いよいよ誤魔化しきれないと思ったのか、観念したように息をつき。

フランは、か細い声で話を続ける。


「私のお兄ちゃんを殺したの、そのひまわり団の人達だから――昔は、ラナニアで暴れ回ってたらしいの」


 兄の仇だった。同時に、自分に酷いことをしたのもそいつらだった。

そこまでは言わなかったが、カオルにもサララにもそれだけで十分に伝わった。


「でも、びっくり……ひまわり団がどこそこで暴れ回ってるとか、噂で聞くのも嫌だから聞こえただけで耳を覆ったりしてたのに」

「結果的に、フランさんのお兄さんの仇をカオル様が討ったって事になりますね。頭のダンテリオンも、リリーナの処刑台に散ったっていう話ですし」


 もう遠い手の手届かない場所に行ってしまったと思っていた兄の仇が、処刑されていた事実。

辛い過去に悩んでいた少女にとって、しかしそれでも、そんな辛い気持ちにさせた『冷たい人達』が一人でも多く死んだという事実は、フランにとって少なからず心の傷の慰めとなっていた。

小さなため息。しかし、その表情は確かに和らいだのだ。


「……カー君、ありがとうね」

「俺自身は覚えてないんだけどな……それに、フランには森で行き倒れてるところ助けてもらった訳だし、いいとこおあいこってところだろ?」


 その恩があるから、という訳ではないが。

カオルはどこか、サララの説明を他人事のように聞いていた。

自分がそんな大したことをしたような、そんな実感が今一湧かない。

そんな立派な成功体験すら、この身体からは消えてしまったのかと、悲しい気持ちで胸が一杯になっていた。

だが、それはそれとしても、フランに恩返しできたことは嬉しく思えて。

だからカオルは、形だけでも笑っていた。


「でもさサララ。君もだけど、俺はなんでこの国に居るんだ? 盗賊退治しただけで、この国に縁もゆかりもない人生歩んでた訳だろ? 今の話聞く限りだと」

「ええ。ですがカオル様、貴方はその事件を皮切りに、エルセリアで色んな事件を解決していったんですよ? その努力が認められて、王様とお友達になっちゃうくらいなんですから」

「……へっ?」

「えぇっ?」


 その、何気なしにサララが語った「王様とお友達」というフレーズは、二人にとって、あまりにも荒唐無稽なものだった。

盗賊を討伐した事そのものは大したものだろうが、そこから繋がらないというか、なんでそうなったのか訳が分からないのだ。


「まあ、エルセリアの王様も退屈してたみたいですからねぇ。でも、『王様の友達』だからこそ、王様に頼まれてこの国の問題を解決しに来た訳で……その際に、魔人がこの国に巣食っているらしいという情報を得て、カオル様はある作戦を考え付いたんです」

「ある作戦って? そういえば、さっきも言ってたな。もしかして俺が記憶を失ったのって――」


 王様の友達ショックも大きかったが、魔人という単語にもフランは顔を真っ青にさせていた。

だが、カオルもこれには興味が強く向いたのか、サララの顔をじ、と見つめる。

サララもまた、小さく頷きながら「ええ」と、続けた。


「その作戦は、自分が魔人のフリをする事で魔人の作戦を挫き、魔人を呼び出すというもの。恐らく、カオル様の記憶喪失もその時に魔人と交戦してダメージを受けてそうなったか、あるいは呪いか何かを掛けられたか……とにかく、そういう状態になってるんだと思います」

「……一時的なものなのかな」

「どうなんでしょうね? サララ達はカオル様がどんな魔人と対峙したのか、倒せたのか負けてしまったのかすらも解りませんから、そこはなんとも言えませんが……ただ」

「ただ?」

「さっきも言いましたけど、カオル様が思い出せないままでも、かつてと違う人になってしまっても、サララは変わらず貴方の事を大切に想い続けますから、心配しなくていいですよ?」


 もう大丈夫です、と、先ほどと同じような事をいいながら、今度こそにこり、強く笑っていた。

華のような笑顔。しかし、その心は自分なんかよりずっと強いんだと、フランはそう感じずにはいられなかった。

それだけの強い想いがあるのだと、本気でカオルの事を想ってるんだと、解ってしまったから。


 当のカオルも、真っ正面からはっきりと『大切に想い続けます』と言われ、赤面しながら「そうか」とだけ返していた。

内から込み上げるむずがゆい気持ちに晒されながら。

そうして、思い出せないながらも実感するのだ。「ああ俺、この子の事好きだったんだな」と。

今はそんな気持ちにはなれないが、確かに好きになれる子だった。好きになれる笑顔だった。

そんな顔をずっと見ていたら、それはもう、きっと好きになってしまったに違いないと。

そんなだから余計に、そんな過去の自分を思い出せない自分が辛く悲しかった。

説明されても尚、今の自分は、サララの笑顔には一切ときめかないのだから。


「ただ、カオル様が夜街に居る間にも、この国の政情は大分変わってきているようですね……」

「政情が?」

「サララ達がこの国に来た時、ラナニア王家は次代の王を決める、大切な時期に差し掛かっていたようですが――カオル様を探している間に、あんまりよくない噂を耳にしてしまいました」

「噂って、どんな?」

「……第一王女リースが、王によって国家反逆を問われ、軟禁されているというものです」


 それは、カオルには今一ぱっとしない内容だったが。

だが、フランはそうもいかず、眼を見開いてサララの顔を見た。


「第一王女様が軟禁って……それ、大事件じゃない!?」

「ええ、大事件ですよね。政治の中枢に深く関わっているリース姫が不在になればどうなるか……今は誰が政治を握っているのか、というのも問題になりますよね?」

「それじゃ、夜街があんな風に封鎖されてるのって、もしかして……今政治を握ってる人がどうにかしてるって事?」

「恐らくは……以前政治を掌握していた宰相なのか、今もお城に残っているであろう第一王子か第二王子か……王様本人かもしれないですけど、まあ、リース姫を軟禁した本人なんでしょうね」


 その結果が、夜街の封鎖。

昨今の夜街に対しての規制は厳しさを増していくばかりだったが、この封鎖がトドメとなり、恐らく夜街の流動性は、死んだも同然になる。

誰だって、検問を通過してまで夜街で遊びたいなどと思わない。

国に申請する手間を犯してまで商売女を抱きたがる客など、いかほどいようか。

こんな事をされれば夜街は遠からず衰退し、やがて消滅する。

それは同時に、昼街が、ただ綺麗なばかりの街ではなくなるという事。


「まあ、あのタイミングでサララがお二人の前に立てたのも、本当に偶然に近いんですけどね。偶然に近い確証というか」

「なんだそりゃ?」

「サララはずっとカオル様を探していたって事ですよ。森にもいないし、戻っても来ないし。軍隊に捕まったり保護されてる訳でもないみたいで、じゃあどこなのって言ったら、後は近くにあるコルッセアくらいしか思いつかなくって」


 困っちゃいますよね、と、視線を上へ向けながら、足をばたばたとばたつかせ。

そうしてまたカオルを見て、にこ、と、微笑む。


「たまたま、街でカオル様の『匂い』を感じられたんです。ほんのわずかな、残り香的な? そしたらそこのフランさんに行きあたって、でも、お話した後にフランさんの後を追跡したら、夜街の方に入っていってしまって、『もしかして?』って思ったんですよね」

「つ、追跡されてたんだ……気づかなかったよ」

「すみません。サララも必死だったもので。それで、『これもしかして夜街で女の人買ってるんじゃ』みたいな方向で考えたら妙にしっくり来たというか。まあ、カオル様も年頃の男性ですしぃ? 真面目な人ほど一度そういうの(・・・・・)にはまっちゃうと、抜け出せなくなっちゃうのかなあ、とか思いながらも、自分が入り込む気にはなれなくって」


 知らずに追いかけられていた事に若干困惑していたフランだったが、サララの顔は真面目そのもので、それだけ想い人を探し続けていた執念には、想う所があった。

その執着は、「幸せになりたい」とコルッセアへの旅をしていた自分と兄に、近いものを感じていたのだ。

だから、「きっとこの子も幸せになりたくて、必死だったんだなあ」と、その気持ちに共感しそうになっていた。

だけれど、共感しそうになると胸がずく、と痛み、嫌な気持ちにもなる。

それが、フランには不思議だった。


「フランさんを買った、というにはそれほど強い匂いは感じませんでしたし、政情がどんどん不安定になって街中では『夜街に検問が敷かれるらしい』って噂まで流れ始めて。途方に暮れた結果一緒にこの街に来たゴートさんっていうエルセリアの役人の人に一度相談したんですけど、そのおかげで通行証が確保できたんですよね」


 持っててよかったです、と、ここまで語ってくれてようやくカオルにも、検問でのあのシーンとの繋がり感じられた。

そこまで話さないと解らないほど、自分とサララとの繋がりは長く深いものだったのだと、その実感も湧きながら。


「とりあえず、俺は夜街で女を買ったりはしてないぜ。あくまで生活環境だったからな」

「そうみたいですね。ちょっとだけ安心しました」

「私も、娼婦だから……サララちゃん的には、汚い女、かな」

「いえ、そんな……別に、フランさんが娼婦だからどうってものじゃないですよ? 変な病気とか持ってたら別ですけど、健康なようですし――それに、他に女を作って浮気とかされるよりは、プロフェッショナルな人相手の方がまだ心に来るダメージは浅いというか――」

「いや、だから別にそういう事はしてないって」

「それは何よりです」


 ダメージには違いないのだから、ないに越して事はないに違いなかった。

だからこそサララは安堵していたが、同時にフランの事を傷つける意図もなかったのだというのが伝わり、フランも「この子も優しい人だなあ」と、心が温まるのを感じていた。

ただただ、変な疑いをもたれていたカオルが嫌な気持ちになっただけである。


「でも、生活環境って事は、カオル様はそこで働いていたんですよね。なんでフランさんを連れていたのか解らないですけど」

「あー……こっちもこっちで事情があってな……」

「あ、あの……それは、私の方から説明してもいいかな?」


 サララの説明が終わり、今度はカオル達の状況の説明が必要だった。

カオルが話そうとしたが、フランは手を挙げてまで割り込み、カオルを時、と見つめる。

フランにとって話しにくい、辛い事のような気もしたが、それでも話したい何がしかの気持ちがあるに違いないとそう感じて、カオルも黙って頷いた。


「あの、カー君の話ほど、壮大な事でもないんだけど――」


 そうして、フランは先ほど店で起きた事を、自分の身の上と併せてサララに聞かせた。

真面目に、それでいて、感情を隠す事の出来ない、余計な事も混じった整理されていない説明だったが。

それでもサララは真面目な顔で、時に質問を交えたり先を促したりしながら頭の中で事実関係や時系列を整理し、フランから一時も眼を逸らさずに聞いていた。



 話しているうちに、夜が明けようとしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、『プロはノーカン』と豪語してた友人が、その後に彼女に腹を膝蹴りされたのを目撃したのを思い出したなぁ(´・ω・`) サララは強い子 フランも強い子
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