#8.幸運の黒猫娘
すっかり日が暮れた時刻。
サララを連れ村に戻ったカオルは、入り口で待っていた兵隊さんに、驚いたような顔で出迎えられた。
「カオル。なんで裸なんだ? それに、その女の子は……?」
驚きの原因は、カオルがシャツを着ていなかったことと、見知らぬ女の子がカオルの後ろにいたことから。
そうしてよくよく見れば、その女の子もシャツ一枚で、スカートは愚か靴すら履いていない事に気づいたからである。
「あ、あのさ、これには深い事情があって――」
カオルが、しどろもどろになりながらもなんとか兵隊さんに説明しようと切り出したのだが、その矢先である。
「初めまして! この村の衛兵さんですか? 私、サララと言います。ハンターとして方々を旅していたのですが、ある日盗賊の頭によって誘拐されてしまい、それをカオル様に助けていただいたんです」
機先を制したのは、サララであった。
はきはきと答え、勝手に話を進めていってしまう。
「なんと、盗賊の頭に……カオル、それは本当かね?」
「えっ? あ、ああ、なんか変なおっさんいたから倒したんだけど……あれが、盗賊の頭だったのか?」
猫好きな変なおっさんという認識しかなかったカオルにとって、これは予想外過ぎる事実であった。
「そうですとも! 国と国とを荒らしまわった大盗賊団『ひまわり団』の頭、『ダンテリオン』です!」
「ひまわり団だと!? ああ、ダンテリオンなら聞いたことがある――まさか、そんな大物が潜んでいたとは」
カオルのよく解らない方向に話が進み、サララと兵隊さんとの間で進んでゆく。
カオルはぽかんとしながら「あれ? なんか俺いらなくね?」と、虚しい気持ちになっていた。
「それで、その頭は……? 盗賊団は今どこに? まさか村に向かっているのかね!?」
「ご心配なく。カオル様の獅子奮迅の活躍により盗賊団は壊滅。頭のダンテリオンは生き埋めになったまま昏倒しています。捕縛するなら今がチャンスですよ!」
「う、うむ。どのあたりに?」
「東の森の中です。平地になってしまってますが、見ればわかる場所に頭だけ出てるはずです」
「解った! カオル、話は後だ。私は早速村の男たちを率いて捕縛に向かう。君は村長の家に行って、そこの――サララちゃんと二人、休ませてもらいなさい。今回の件を説明すれば食事くらいは出してもらえるし、風呂にも入れるだろう。それから、服はちゃんと着させてあげなさい」
「あ、あぁ……頑張って」
「お気をつけて~♪」
忙しくなってきたとばかりに目を見開き、気合を入れて去っていく兵隊さん。
これからの大捕物に、カオルはおいてけぼりであった。
ぽかん、としていたカオルは、兵隊さんがいなくなってようやく「ああ、俺、寂しいんだな」と、自分の感情を正確に理解したものである。
「えへへ、さっそく役に立ったでしょう?」
そうして、上手いところ自分の恩人をアピールする事に成功したサララは、満足げに微笑んでいた。
それから、とりあえず自分の家に戻って替えの服を着たカオルは、同じくカオルの替え着を羽織ったサララと二人、村長さんの家に訪れた。
夜分ではあったが、通してもらった先の部屋は暖かく、暖炉の炎が冷たくなっていた二人の肌を温めてくれていた。
部屋の隅っこに置かれた安楽椅子が、いい感じに『田舎の一部屋』といった雰囲気を醸し出している。
「それで、一体何が起きたんだい? それに、その娘は?」
通してもらった先で、カオルたちは村長さんに説明を求められていた。
「この娘はサララって言って……その、実は俺、盗賊を退治しようと、村の東にある森に向かって――そこで、盗賊と鉢合わせて」
今度は、サララに頼らずカオル自身の言葉で説明しようと試みていた。
サララも空気を呼んでか、静かに微笑むばかりで一言も余計な事を口走らない。
「盗賊と、なあ。この時期は賊の類は村の近くに出没しないモノと思っていたが――ヘイタイさんの言葉は正しかったのか」
「兵隊さんが?」
「ああ、暗くなる前の話だがな。彼が『そういう楽観的な考えは危険なのではないか』と疑問を呈してきたのだ。私は考え過ぎだと思ったが、それは間違っていたらしい」
「なるほど」
カオルの疑問は、きちんと兵隊さんによって村長さんに伝わっていたのだ。
そうして、それが事実となった。
それも幸いなことに、被害が極々抑えられた形で解決していた。
「盗賊はなんとか倒せたんだけど、そのあとに変なおっさんにも襲われて――サララが言うには、そのおっさんが盗賊の頭だったそうなんだけど。あ、今兵隊さんが、確認のために向かってる最中で」
「ほう……その頭は?」
「なんとか倒した。今は生き埋め状態。それで、サララは――その頭に誘拐されてた、猫獣人の娘なんだ」
兵隊さんの時もサララが説明しなかったので、彼女が猫化の呪いを受けて黒猫になっていたことなどは敢えて省略していた。
猫になっていたなんて言ったって信じてもらえるかも怪しいし、素直に「誘拐された可哀想な女の子」という扱いにした方がいいと思ったのもある。
「ふむ……盗賊を倒し、その頭まで倒して生き埋めにし、更にさらわれていた少女を救った、というのか」
「……信じられない、かな?」
「信じられないというよりは、驚いているという方が正しいかな」
どうしたものか、と、顎に手をやりながら安楽椅子に腰かける村長さん。
ぎい、と、椅子を揺らし、しばし沈黙。
そうして顔をあげて――二人を見つめた。
「ヘイタイさんが確認しているというなら、それ次第だろうが。だがカオル、お前も随分無茶な事をするな」
「だって、村の人が何か嫌な思いしたらやだし……盗賊が来るかもしれないっていうなら、その盗賊を来る前に倒せれば、村の被害だってゼロにできるでしょ?」
「まあな……しかし、ははっ――そうは言ってもなカオル。中々人はそうは動けないものだぞ? 痛い目にだってあっただろう? 話しながら、あんまりうれしそうな顔をしてなかったぞ?」
笑いながらの村長さんの一言に、カオルはどきり、胸の奥が震えるのを感じていた。
そうして、にや、と、口元を緩める。
「へへ……村長さん、すげぇなあ。やっぱ、隠せないかぁ」
「そりゃそうさ。何年村の者の顔をみてきたと思ってる。だがなカオル、お前も村の者なんだから、あんまり無茶はしてくれるなよ。お前が怪我をしたら、私だって村の衆だって、ヘイタイさんだってもちろん、悲しむ」
気を付けてくれよ、と、ぎいぎい椅子を揺らす村長さん。
カオルも神妙な顔で頷き、その言葉を受け入れた。
「あ……うん。気を付けます」
「それでいい。カオル、厳しい事を言うつもりはないよ。村の為に頑張ったのだろう? なら、今夜はゆっくり休んでいきなさい。サララと言ったか。君も辛かっただろう? できる限りの歓迎はするから、もう安心していい」
「……ありがとう、村長さん」
「はいっ! ありがとうございますっ」
カオルもサララも、寛大な村長さんの一言に、感激してしまっていた。
そうしてからようやく、先ほどまでの疲れがどっとあふれ出し、二人ともガクリとその場にしゃがみ込んでしまう。
「あ、あれ……? なんか、急に足が」
「あはは……安心したら、足に力が入らなくなっちゃいました。困っちゃいましたね」
二人して顔を見合わせながら「どうしよう」と苦笑い。
ようやく、緊張から解放されたのだ。
忘れかけてはいたが、二人とも、それだけの激動から、ようやく解放されたのだから。
「おいおい……仕方ないな。おーい、誰か来てくれ」
同じように苦笑しながら、ぱんぱん、と手を鳴らし、人を呼ぶ。
「はーい……あらっ、カオル君? それにその子は?」
現れたのは、村長の娘さんだった。
お手伝いさんが来ると思っていただけに、カオルには意外であったが。
「事情の説明は後でする。風呂は沸いているのだろう? 先に入れてやってくれ。それから、この二人の分の食事もな」
「うん、解った……それと、そっちの子に服も、でしょ?」
「ああそうだったな。当たり前のように男物を着てるが、女の子にそのぶかぶかの服はちょっとなあ」
「いいわ、私やフィーナの服があるから――とりあえず、そっちの子、こっちに来て」
「あ、はい……サララです」
「うん。私はアイネ。よろしくねサララちゃん。カオル君はちょっと待っててね」
サララを見て事情をなんとなく察したのか、てきぱきと色々決めてゆく村長の娘・アイネ。
サララも先ほどまでの快活ぶりはどこへやら、まるで借りてきた猫のように大人しく、よろよろと立ち上がって村長の娘さんの元へ。
「えへへ、まさか助かってすぐにお風呂に入れるなんてぇ~」
「石鹸も沢山あるし、なんとシャンプーまであるのよ? ゆっくりお湯に浸かって、疲れを癒やしてね」
「は~い。それでは、カオル様、お先に」
「あ、ああ」
年季の入った猫の被り様に唖然としていたカオルであったが、いなくなってから「女の子ってすごいな」と感心した。
そうして、サララが出るまでの間、村長さんと二人で、細かくあれやこれや雑談をしたのだった。