#18.魔人ベリアとの戦いにて
王都コルッセアにて。
芸術の都として知られ、ラナニア文化の象徴でもあるこの王都は今、突然現れた自称魔人の怪人物からの襲撃を受けていた。
「おらおらーっ、魔人様の超魔法を受けてみろーっ」
「ま、また来るぞっ、なんとかして防げぇぇぇぇっ」
「無理です隊長っ、あんなの喰らったら俺達だって……うわあああっ」
魔人を自称する、ピエロの様な仮面で眼元を隠した男――カオルは、向こうで子供の頃見たテレビ番組を思い出し、悪役を大層楽しんでいた。
掛け声とともに街を防衛する兵士たちへと投げ飛ばされるのは特に効果もない火のついていない松明だが、兵らがそれを恐れ飛び去るのと合わせ投げつけた棒切れカリバーは、狙い通り轟音を立てながら街の外壁を破壊してゆく。
元々そんなに分厚い壁でもなかったので、一撃で大きな穴が開いていくのだ。
これが思いの外楽しい。
最初は「ちょっと目立てればいいかな」くらいのつもりでやっていたカオルだったが、ついつい調子に乗り過ぎてしまっていた。
(あーやべぇ、なんかこれ、やめられないな!)
すっかり悪役が板についてしまったカオルであったが、やっている事は王都の壁破壊のみである。
ガラガラと音を立て崩壊してゆく壁を見て、カオルはレナスでの話し合いの時の事を思い出していた。
「――王都コルッセアは、ラナニア文化の中枢とも言える最重要拠点の一つだ。だが、直近の軍事拠点であるゴリアテ要塞と異なり、戦時の備えはほとんどなされていない。外壁は一応二重構造になっているが、お世辞にも分厚いとは言えない有様でな……景観の問題もあるので、近々撤去して水堀にでも、と、陛下が仰っていたのを聞いた事もある」
「つまり、ぶっ壊しちまっても問題ないと?」
「流石に二重構造の両方ともを壊すのはモンスターや賊の侵入を招く事になりかねんからやめてほしいが、外壁一枚程度ならさほどの問題にはなるまい……もちろん、君が捕まったりしなければの話だがね?」
「ははは、上手くやる事にするぜ」
魔人を名乗り、城内に巣食う魔人の出鼻を挫く。
それが目的ではあったが、カリツ伯爵からの情報がなければ、王都を狙おうという大胆な方針にはならなかったかもしれない。
結果として、ここを選んだことが功を奏していた。
(兵隊が少なすぎるぜ……これなら、俺でも余裕で振り切れるっ)
崩れゆく壁を見て、兵士たちも勇気を振り絞り向かってくるのだが、まだまだ及び腰である。
当然である。魔人はとても強力な呪いを使えたり、戦闘能力そのものが化け物としか言いようがないほどに高い、というのが、魔人を知識だけでも知っている者の共通認識。
正面から真っ当に戦えばただでは済まない。だからこそ、直接戦いたくはない。
兵とて人間である。相手が何をしてくるかわからなければ、怯えもするし逃げたくもなる。
街を警備する兵士たちが何故ここまでカオルを恐れるのかは、彼が魔人を自称しているからというのが一番大きいが、それとは別に、人数が少なすぎるから、というのも理由としては大きかった。
人は、大人数ならば強気になれるが、少人数だと弱気になりやすい。
特に、化け物相手の戦いで人数が少ない、心もとないという印象が兵の間に存在すれば、それによって士気の低下が発生しかねないのだ。
結果として、兵達は微妙に距離を取らざるを得ない。
外壁を一撃で破壊する謎の力を持つ化け物相手である。
近づけばどうなるのかは、想像だけでも十二分に理解できていた。
カオルとしては、肉薄されて武術か何かで関節でも極められればそれでおしまいな残念不死者なのだが、兵士たちはそんな事知る由もなく。
驚異的な一撃を躊躇なく放ってくるであろう自称魔人には、兵達は警戒せざるを得なかった。
おかげで街の入り口近くにある森へと逃げ込んだ後は、軽く走っているだけでそう掛からず追っ手の気配が遠のいていった。
(なんだよ、俺も一人でも案外やれるもんなんだな)
あくまで棒切れがあるからだけど、と、腰に下げた神器を見やりながら、カオルは心の中でほくそ笑んでいた。
やっている事は悪いことだが。だが、自分のたくらみが上手く行ったのは、結構楽しかった。
何度もやっていいことではないとは解っているが、きっとやめられなくなったら悪党に成り下がるんだろうなと自覚しながら、適当なところで足を止める。
(流石に、もういないみたいだな)
最早追っ手の声も、草木をかき分けるような音も聞こえなくなっていた。
カオル自身は一度来た道を目印をつけて引き返していたので迷う事もなかったが、進んでいたのは獣道である。
歩き慣れていないであろう街の兵士たちには、追跡は難しいものと思えた。
ここはコルッセアの北西に位置する要衝『ゴリアテ要塞』付近から続く森で、カオルも要塞付近までは馬車で移動し、そこからは徒歩での段独行。
地図もなしに森を進むのは相応に不安だったが、今までの戦闘経験と自分が不死身な事を支えに、なんとかコンパス一つでコルッセア側へと直進する事が出来た。
森の中はそれなりに動物の気配はしたが、スライムなどの危険生物は存在していないのか、カオル自身がそういった生物に襲われる事はなかった。
精々が鳥や獣が逃げ出す時の草擦れの音で驚かされるくらいで、それなりに安全な道だったと言える。
それでも、来るときは鉈片手に地道に進む必要があったが。
「はー……しっかし、暑いなあ」
走り回った所為もあるが、夏にさしかかっていたのもあり、仮面をつけた顔は汗でべっとりとしてしまっていた。
たまらず仮面を外そうとするも……すぐそばから「ガサ」と、何者かがいるかのような草擦れの音。
即座にカオルは周囲に意識を向け、腰の棒切れカリバーを手に取る。
「……」
一秒、五秒……一分。
待てども反応がなく、何もいないのではないか、と、意識を逸らしてしまいそうになる、そんな瞬間。
「――見つけたぞぉぉぉぉぉぉっ!! 貴様かぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「うぉぁっ!?」
背後の樹影から突然人影が現れ――カオルへと迫ってきたのだ。
カオルもびくりと身を震わせ、反射的に棒切れを振り被る。
しかし、投げるのも間に合わず、突然襲い掛かってきた人影に叩き付けそうになり――
(それはっ、だめだっ!!)
――それ以上、棒切れを振り下ろせなかった。
相手が人間だったなら、兵士か何かだったなら、殺してしまうのはやり過ぎだ。
棒切れカリバーは、カオルの手の内にある限りは対象に突き刺すことによってすさまじい衝撃を、相手の身体を中心にした広範囲に爆裂させてしまう。
生身の人間がこれを喰らえば間違いなく即死、いや、死体が残らないレベルで消滅させてしまうのだ。
いかに悪役ムーブをしているからと、カオルは他者を手に掛けるつもりなど微塵もなかった。
それが、たとえ自分の不利を生むことになると解っていても、である。
「――ぐぅっ!?」
「ふははははっ、捕まえたぞっ!!」
結果、カオルはその人影――白髪の初老の男に首を掴まれ、圧迫されることになる。
しかし、その外見からは信じられないほどの握力で、カオルが抵抗しようにもまるで引き剥がせない。
ぐい、と、宙空に持ち上げられ、苦しさは増すばかり。
「よくも我が邪魔をしてくれたな……? 魔人『レイアネーテ』」
カオルはその男との面識はなく、誰であるかの心当たりもなかったが……わざわざ相手の方から自己紹介してくれていた。
そう、黒幕である。
この男こそが、今回の騒動の黒幕なのだろう、と。
つまり人間ではない。
そう思えば、何ら心配する事はなかった。
腕に持ったままの棒切れを、殺意なく相手の腹に突き立てようとした。
「――むっ!?」
「ぐぇっ」
しかし、その動作に気づいたのか、腕一本で投げ飛ばされ、その辺の樹へと叩きつけられる。
背筋に激しい痛みが走ったかと思えば、今度は視点が地べたへと向いて――そのまま顔から地べたへと落ちる。
「お、う……くくくくく」
背筋もそうだが、腰の痛みが一気に脳髄に突き抜けてきて、目の端に涙が溢れてくる。
それでも、立ち上がらなければならなかった。だから、立った。
「――ふん、その頑丈さを見れば、人間ではないのは間違いなさそうだ。今更『人違いだ』などと言ってくれるなよ?」
「ああ、人間違えじゃねぇぜ。こうやって大騒ぎしてりゃ、あんたが釣れるんじゃないかって思ってたんだ。王宮の魔人さん?」
「私を魔人ベリアと知らずに、おびき寄せようとしたという事か? レイアネーテ、貴様、バカだな?」
「テストではいい点は取れなかったな」
それは間違いないぜ、と、皮肉げに口元をにやつかせ……痛みが走らなくなった背筋をピン、と伸ばして、近くに落ちていた棒切れを拾う。
それだけで劣勢は挽回できた。内から自信が溢れてくる。
「恐らくは貴様は『古の魔王』に仕えし魔人なのだろうが、よくも私の邪魔をしてくれたものだ。あと少しで……あと少しで成果が出たというのに! 貴様はぁ!」
「だから、邪魔してやったんだって言ってんだろ! 成果なんて出されちゃたまらないんだよ!!」
躊躇など必要なかった。
襲い掛かってくる男の速度は、そこまで速いものではない。
少なくともベラドンナほど絶望感を覚えるようなものではなかった。
ただ、力は破格。
先程適当に投げつけられた時ですら、一瞬で身体がずたずたになるほどのダメージを受けていた。
そんな化け物相手に、カオルは馬鹿正直に戦うつもりなど微塵もなかったのだ。
彼は不死者である。そして彼には、最強の技があった。
「――ブラッディクロウ!!」
「――遅ぇなぁ!!」
とても雑である。
ベラドンナを倒した時から、彼の最終手段は定まっていた。
自分の腹に、棒切れカリバーを突き刺すだけ。
これだけで終わりである。
「――へっ?」
魔人ベリアは見た。
自らの視界が、目の前の男から溢れた光に埋め尽くされていくのを。
自らの身体が、この光によって瞬く間に破壊されていくその様を。
「――効くものかぁっ!!!」
「ぐえあっ!?」
空間は爆裂した。
間違いなく、カオルを中心として次元諸共破壊しつくされようとしていた。
それでも、魔人ベリアは爆発の中心部のカオルへと突き進んだ。
とてもシンプルな、手刀による一撃。
これがカオルの心臓を貫き――その状態で、貫いた腕がボコボコと内部から破裂していった。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!? ぐがぁっ、おのれ、こん、なものでぇぇぇぇぇぇっ!!」
「へへ……まだ、だよぉ」
一撃で死ななければ二度やればいい。
どうせ死ぬほどの激痛を何度も味わうのだから、心臓を破壊された程度ではもう、何も感じなくなっていた。
今度は棒切れをベリア本人へと叩きつけ――そうして、カオルは激痛の中、意識を失っていった。
「――ぐがぁっ! ぐぅぇぅぅっ、ふがっ、ふぐぅっ、ああああああああああああっ!!!!」
次に意識を取り戻したカオルの目の前には、相も変わらずベリアが立っていた。
爆心地の中心部。クレーターとなった場所に、全身から煙を漏らしながら。
ボコボコと歪に膨らんだ腕と足を、無理矢理に抱きしめるようにして押さえつけながら。
それでも尚、体内から発生する爆発に耐え切れず、身体中から血と肉を噴出させながら。
激痛にもだえ苦しみ、発狂しそうなほどに獣の様な叫び声をあげ。
だというのに、まだ、立っていたのだ。
(うっそだろ……二発喰らって、まだ耐えてるの、かよ)
カオル自身、消失した身体が修復されている最中だった。
今はもう、身体中の神経が焼き切れて痛いという感覚すらなくなっているが。
それもほどなく復活した神経が暴れ回る事によって気が狂いそうなほど苦しむのが分かっていたので、ベリアがまだ健在なのが、カオルとしてはちょっとお辛い気持ちになっていた。
(じゃあ、もう一――)
「――ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! お前っ、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ぐぇっ」
「許さんっ、許さんぞぉぉぉぉぉっ!! 私のっ、私の身体ぉぉぉっ、こんなにっ、こんなにぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
今一度自爆を。
そう思い近くに転がっていた棒切れを拾おうとしたカオルは――しかし、激痛の中逆上したベリアに蹴りつけられ、大きく跳ね飛んでしまう。
しかし、今度はそれだけで満足せず、先ほどよりも速度を増して飛びかかってくるのだ。
「貴様っ」
(こ、こいつ……)
「貴様ぁっ」
(姿が、どんどん……)
「貴様ぁぁぁぁぁっ! レイアネーテっ、貴様ぁっ、死ねぇぃっ!!」
カオルを掴み、殴りつけ。
その姿は、どんどん歪にねじ曲がっていく。
今でもまだ、時空破壊の影響が残っているのだ。
それほどの致命的なダメージにも拘らず、ベリアの身体は徐々にぼこり、ぼこりと巨大化していった。
身の丈三メートルはあろうかという、巨大な肉の塊が、やがて頭部に犬のような耳を生やし、口には鋭い牙を生やし。
元の初老の姿などどこにも見られぬ、立派な化け物がそこにいた。
そうしてカオルは、その化け物の攻撃を受け続けるしかない。
顔を殴られれば首の骨がねじ曲がって頭があらぬ方向に回転し。
腹を殴りつけられれば一撃で内臓全てが破裂し、骨が粉々になった。
やがて出来の悪いミンチ肉のようになっていく胴体が、無理矢理修復され、形を戻してゆく。
しかし、どれだけ戻ってもまた粉々にちぎられる。
(――ああ、これ)
それは、絶望の先に在る存在だった。
不死者という存在が生ぬるく思える、絶対に死なないのだという自分をも超越したかのような、「勝てない存在」。
ゲルベドスやマグダレナといった魔人に勝ててしまったから、ベラドンナやデルビアに勝ててしまったから、調子に乗っていた、そんな自分に若干の後悔をしながら。
しかし、そんな中にあっても死ねない自分に「やっぱこれ、呪いだろ」という、いつかの女神様との会話を思い出し。
「ふふっ、ふふふっ」
つい、笑ってしまった。
絶対に勝てない化け物を前に、それでも死なない自分がいた。
それを理解し、そして、それでも明確にダメージを与えている事に気づく。
「ふんっ、狂ったか。それとも、まだ何か隠し種があるとでもいうのか? さっきの魔法は中々に効いたが……私の自然治癒の前では、必殺とはならなかったようだなぁ!?」
(なるほどな、自然治癒持ちには、一撃必殺できない分だけ不利になるのか)
それは学習するチャンスだった。
数少ない戦闘経験で、相応に猛者であろう魔人相手に経験で勝る事などできはしない。
だが、敵がわざわざ自分の特性を語り、そして自分の何がダメだっのかを教えてくれたのだ。
このように、一撃で殺しきれない相手に自爆するのは、戦術としては間違っていた、というのが、今のカオルには痛いほどによく解った。
身体が痛みで覚えるので、恐らく忘れる事もないだろう、と。
皮肉げに笑いながら。
しかし、胴体に今一度、丸太のように太くなった手刀を捻じ込まれ――「うぐっ」と、苦しげに呻き……眼を瞑り、力なく腕をだらん、と垂らした。
「――ふっ」
それがトドメになったという手ごたえでも感じたのか。
ベリアは満足げに口元を歪め、突き刺した手刀を抜き取って掴んでいた頭をぐらぐらと揺らす。
既に骨が圧し折れているので、身体はぐりんぐりんと出来の悪いおもちゃのように揺れた。
生を感じさせない、なんともみっともない肉人形。
「ふはははっ、所詮はこの程度かっ!! いいかレイアネーテ!! 人の邪魔をするからこうなるのだっ!! 正義とは、常に強い者の側に在るのだよ!! 我が故郷『ステイツ』のようになぁ!!」
そのまま動かなくなった自称レイアネーテを掴んだまま思い切り振り被り――地面へと叩き付ける。
ばこん、という派手な音が鳴り響き、またクレーターが深くなる。
そうして、地面に埋められたその身体を再びベリアが掴み、引きずり出し。
「民主主義はっ、素晴らしいものなのだっ! その邪魔をした貴様にはっ、粉々にしてもまだ足りぬわぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そうして、カオルを掴んだままに大きく跳躍したベリアは、一気に急降下し――まだ平らなままの、森が消し飛んだだけの地面へと落下する。
その背に膝を乗せながら。
ぼろぼろになった両腕を掴み、固定しながら。
「――ブロウクン・インパクトォオォォォォォォッ!!!」
もう死んでいるであろう相手に、しかし何ら容赦せず放たれた落下技は、カオルの身体を完膚なきまでに破壊しつくし、その四肢を引きちぎった。
一方その頃、最果ての地の魔王城にて。
今後の計画を練ろうと、完成したばかりの私室でああでもないこうでもないと次の作戦を練っていた本物のレイアネーテは、突然部屋のドアをノックされ「なにごと?」と、椅子から立ち上がる。
『ピクシスよ。レイアネーテ、すぐに会議の間にきてくれないかしら?』
「ピクシス……? ちょっとまって頂戴、どうしたの?」
ノックしてきたのが同僚の女性魔人であると解ったレイアネーテは、すぐにドアへと駆け寄り、開けて見せる。
亜麻色髪の美しい女騎士。
そんな印象を感じる凛とした顔に、レイアネーテは「いつみても綺麗な人ねえ」と、空気を読まない感想を抱く。
「ちょっと……貴方の行動について、ベギラスから話がある様なの」
「うぇっ、ベギラスから……? ていうか、私まだ何もしてないんだけど? 今後の作戦を今考えてるところで――」
「いいからっ、と、とにかく、今すぐに行って頂戴!」
「ええ、でも……」
「急いでっ! ベギラスが爆発しちゃうから!!」
「は、はいっ」
要件がベギラス絡みという事でいかにも嫌な気配がしたため、なんとかはぐらかそうとしたレイアネーテだったが。
ピクシスの剣幕に押し負け、思わず走り出してしまった。
「――えーっと、来たん、だけど」
そうして、会議の間を訪れた彼女を待っていたのは、仮面の魔人ベギラスと、銀髪の少年魔人メロウドだった。
この組み合わせには前回も痛い目を見たので嫌な気配がしたが、今更逃げる訳にもいかず、ベギラスから「そこに座れ」と、正面に座る事を余儀なくされ、大人しくその指示に従う。
それから、わずかな沈黙。
「あのさ」
最初に口を開いたのは、メロウドの方だった。
てっきりベギラスが何かしら言って突っかかってくるものと思いそちらばかり見ていたレイアネーテは、ちょっと意外に感じながらも、視線をそちらへと向ける。
「ラナニア王国のコルッセアが、『魔人レイアネーテ』を名乗る謎の人物によって攻撃を受けたらしいんだけど」
そこまで話してから「君じゃないよね?」と、確認するようにジト目で見てくる。
しかし、突然の事にレイアネーテはその意味を理解しきれず、ぽかん、としてしまう。
それからハッとして、席を立った。
「わ、私がコルッセアを!? そんなはずないわっ」
「……どっちだメロウド?」
「んー、どっちだろうねえ。レイアネーテって裏表無いからボクの能力効き難いし……でも、まあ、レイアネーテだからなあ」
「ちょっと、それどういう意味よっ!?」
「黙れレイアネーテ。貴様、本当にやっていないだろうな!? 独断でコルッセア攻撃を、してないのか!?」
メロウドに何かを問いながら、その結論に文句をつけたレイアネーテに、ベギラスがじろり、睨みを利かせる。
殺意すら孕んだ鋭い刃のような視線。
しかし、レイアネーテは怯みもせず首を横に振りながら「知らないわよ」とむくれてみせた。
その子供っぽい表情に、ベギラスも次第に睨み続けるモチベーションが削がれ……「はあ」と、深く深くため息をつく。
「……正直な話『いくらあいつでもそこまで馬鹿じゃないだろう』と思いたかったが……お前ならやりかねんという気持ちが抑えられん」
「失礼ねぇ。さすがにそこまで馬鹿な事はしないわよ。大体、私が直接攻撃したらまずいからオーガを送ってた訳だし」
「まあなあ。オーガの件はお前にしては頭を使おうとして結果的にダメになった訳だが」
「そうよ! 私だって頭を使えば作戦だって練れるの! 現にさっきまで次の作戦練ってた途中だったんだから! 変な事で呼び出さないでよね!!」
「お前は! まだ反省してなかったのかぁぁぁぁぁっ!!!」
「わひゃん!」
あらぬ疑いにぷりぷりと頬を膨らませ怒っていたレイアネーテだったが、前回の失敗をまるで反省した様子のない彼女に、ベギラスは爆発していた。
烈火のごとく怒りの声に、メロウドは「うわあ」と耳を抑えながら距離を取る。
「お前はっ、お前の所為でっ! どれだけ私とバゼルバイト様が心を砕いているのか、そんな事も考えずに――っ」
「ま、まあまあっ! 落ち着きなさいよっ、お茶でも飲んでっ、ねっ!?」
「貴様がそれを言うなあっ! 思えば私が魔人になってからというもの、毎度毎度毎度毎度胃の痛くなるような真似ばかりしおってぇぇぇっ! もう許せんっ! 表に出ろ貴様ぁっ! この手で成敗してくれるわぁっ!!」
「それは流石に不味いわっ! 貴方を泣かせちゃうでしょっ!?」
「言うに事欠いてそれかぁっっ!! はき違えるなよ小娘ぇっ!! 私が、貴様を、泣かせる方だぁぁぁぁっ!!!」
テーブルを拳で破壊しながら。
ベギラスはレイアネーテを掴もうととびかかろうとし――その腕がかする。
「――ちぃっ! 貴様ぁっ」
「は、ははは、ほ、ほら、今回の件は少なくとも私の所為じゃないしー、私の名前名乗ってる誰かがいるって事なんでしょ? だから、それを調べに行くから――」
「逃げるなぁっ! 正々堂々と戦わんかぁぁぁぁっ!」
「えーっ、嫌ですーっ、じゃーねーっ」
「まーてーレイアネーテェェェェェェェェェッ」
地獄の底からでも聞こえてきそうな怨嗟の叫びを聞かせながら自分に追いすがろうとするベギラスを、余裕の瞬速で引き剥がしながら。
レイアネーテは逃げ出すように、魔王城から出撃した。