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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#17.偽魔人の激震


 ラナニア城にて。

大陸最大最強の誉れ高いラナニアの中枢であるこの城は、今日もまた、冷涼なる雰囲気の中朝を迎えていた。


「――そういう訳だからな。リース、シドム、ハインリッヒよ……お前達には辛いかも知れぬが、各々磨きをかけ、思わぬ者に手足を引かれる事なきよう、(まなこ)(げん)にして役務に臨むのだぞ……?」

「ええ、解っておりますわ陛下」

「どうか、ご安心を」

「必ずや、陛下のご期待に添えますように」


 玉座の間にて。

王位継承の立場にある三人は、朝食前に、既に食事を済ませている父王からの話を聞くのが日課であった。

その話の内容は、常に変わらず。

曰く「己以外は信用ならないのだから、兄弟姉妹であっても油断する事なきよう」との事。

つまり、父である王自らが、我が子らに「自分以外は信用するな」と言っているのだ。

王からは、長女であるリース姫を筆頭に、三人ともが目を伏せ傅き、父王の言葉に傾聴している……ように見えていた。

故に、満足げに頷く。


「この平和な世に、戦時の習慣などと思うかも知れぬ。だが、いついかなる理由で隣国が、または魔人らの襲撃が起こらぬとは限らんのだ。既にエルセリアでは魔人による事件が起きているとも聞く。お前達のいずれかが、魔人に操られている可能性すらないとは言い切れぬのだ……」


 既に真っ白になっている口ひげをなぞるようにいじりながら、老齢に差し掛からんいう出で立ちの国王は、娘息子らをじ、と見て……そして、遠い目になった。


「リーナめは、相変わらず外をうろついておるのか?」

「今はレナス辺りに居るのだという話ですが」


 この場に唯一居ない末の娘。

だが、王はハインリッヒの返答に「そうか」とだけ答え、また視線を三人に向ける。


「――それでよい。あれ(・・)は所詮妾腹。お前達に万一があった時の為の保険に過ぎぬ。戦時は、王がありとあらゆる女子(おなご)に手を出し、そのように保険を用意したのだ。お前達も王となった時には、必ずやっておくのだぞ?」

「……はい。常々そのように心がけておりますわ」

「私も、婚約者以外にも既に何名か、めぼしい娘を既に用意していますので……」

「わ、私も……いずれはそのようにできるように、心がけたいと」


 末の娘は娘に在らず。ただの妾腹。必要になったら利用するだけの、今はただ邪魔なだけの女。

王にとって、第二王女リーナはただの保険に過ぎなかった。

代々、ラナニアの王は後継を決める際、継承者達の共倒れが起きた時の為に保険を残しておく。

継承権のない第二王女の存在は、その為だけにある。

王の面前に傅く三名も、皆その事はよく理解し、王の意見に同調して見せた。

それが良かったのか、王は「うむ」と深く頷き……それから「もうよいぞ」と、視線を三人から背けた。

それが合図となり、三人はゆったりと立ち上がる。


「それでは、私共はこれにて」

「失礼いたします」

「ありがとうございました」


 三名がそれぞれ口々に告げた言葉に、しかし王は反応すらせず。

まるで最初から我が子などその場に居ないかのように、視線を全く別の場所に向け、何事かぶつぶつと呟き始める。

父王のその態度を見て、三名ともが小さくため息をつき……そのまま立ち去った。




「――やれやれ、陛下も相変わらずだな。私達に争え、信頼するな、とは」

「それだけでも腹立たしいけれど、リーナを継承争いの保険としか見ていないのも、私は納得いかないわ」


 その後、三名が改めて口を開いたのは、玉座の間から大分離れた食卓の間にて。

既に用意されていた食事を前にしての事だった。

開口一番に不満を口にしたのは、第一王子シドム。

口調こそ静かなままだったが、言葉の端々に父王に対しての不満と呆れが感じ取れる、そんな一言である。

第一王女リースミルムは苛立ちを隠さず、頬を膨らませ、腰の下ほどまで届く長いココア色の三つ編みをいじりながら不満をぶちまけるという、淑女にあるまじき態度。

第二王子ハインリッヒだけはそれに続かず、黙々と出されたパンを食んでいた。


「私達は血を分けた兄弟姉妹のはずなのに……誰かに問題があるならともかく、誰にも何の落ち度もないのに、何故こんな事を……」

「戦時中は、そうでもしないといけないくらい、そんな中でも生き残れるくらいに強く賢いリーダーが必要だったんだろうがな……」


 ハインリッヒが混ざってこないのを見て、シドムとリースはため息混じりに話を続ける。


「確かに、数多くの国が覇権を競っていたもの。グラチヌスのように危険な国家だって一つや二つじゃなかったらしいし。エルセリアとだって、いつ戦争状態に突入するかも解らなかった……戦時中なら、仕方ない部分もあったでしょうよ。でも、それはあくまで戦時中の話でしょう?」

「姉さんはそう思ってるんだろうが……いや、私も勿論そうだが、陛下はそう思ってないんだろうな」


 感情的に怒りを吐き出す姉に対し、弟シドムはやや怒りのボルテージを抑えめにしながらも、やはり父王に対し、怒りを覚えていた。

自分達と明らかに考えを異とする父王。

これが、継承者達の目下の悩みのタネである。


「……あの」

「なあにハインリッヒ?」

「君も何か?」


 それまで黙々とパンを食んでいただけのハインリッヒが、伏目がちながらに口を挟む。

リース達もそれに対し怒ったりはせず、視線を向け、発言を促した。


「お二人は陛下にお怒りのようですが……私はなんとなく、陛下の仰ることも解るのですが。だって、エルセリアはどんどん強大な国家に成長していっています。軍事的にも文化的にも、段々と我が国を押しやっているように見えて……あの国は危険だと思うのです」


 控えめながらはっきりと意見を伝えたハインリッヒに、二人は顔を見合わせ……しかし、顔をほころばせる。


「貴方の言いたい事も解るわよ? 政治はそんなに簡単なものではないものね。だけどねハインリッヒ、私は、エルセリアはそんなに危険だとは思わないわ」

「姉さんは、何度かあちらに訪問されたこともあったんですよね。あれはまだハインリッヒが成人する前だったか」

「ええ、リーナと一緒にね。第一王子と遊んであげた事もあったのよ。すっごく可愛かった!」

「ははは……でも、エルセリアに関しては確かに油断ならない部分はあるとは私も思うよ。ハインリッヒの危惧は解らないでもない」

「継承問題はあちらも抱えてるみたいだしね。一応はステラ王女が優位みたいだけど、ステラ王女が王となった際にあちらの方針がどうなるのかは未知数だわ」

「だからこそ、私達の誰が王となっても、エルセリアに対しては友好国であり続けるように努力しなければならない、そうだろうハインリッヒ?」

「……ええ、そうですね」


 敵に回したくない相手を敵にしないようにするなら、味方にし続けるのが一番容易い。

友好国であり続ければ、そして友好国であるメリットが双方にあるなら、国というものは、そう簡単に敵にはならないもの。

それは歴史が証明している。だから、自分達もそのままに、隣国に対して有効姿勢を崩さなければいいのだ。


 だが、そう考えるにあたって、最大の障害があった。

彼らの父王である。

戦後復興において指導力を発揮したラナニア王はしかし、戦争終盤から戦後にかけてにわかに勢力を増していくエルセリアに、並々ならぬ恐怖心を抱いていた。

脅威と感じ、だからこそ友好国と言えど油断ならぬのだと、幼少の頃から父王は彼らにその恐ろしさを語って聞かせていた。

そして三人は、その話に嫌気がさしていたのだ。




「――そういえばハインリッヒ。君の配下に収まったという衛兵隊だが」


 重苦しい雰囲気の中食事が続き……やがて、思い出したかのようにシドムが話題を切りだす。

それによって三者の食事がまた止まった。


「はい? 衛兵隊、ですか? 確かに、中央の予算が付かず解散しそうになったのを私専属の配下として組み込みましたが……独自予算の範疇ですから、問題ないはずですよね?」

「ああ、それに関しては何の問題もないはずだ。ただ――」

「ただ?」

「その衛兵隊の大部隊が、少し前からレナスにずっと配属されていたのは、もちろん知っているよね?」

「はい……? レナスに? それは本当ですか?」


 それは、衛兵隊の謎の動きについて気になったシドムからの問いかけだったが。

問われたハインリッヒは、困惑と共に眉をぴく、と震わせた。

問い返されたシドムも「あれ?」と、その反応に違和感を覚え、姉の顔を見る。


「その話は私も聞いているけれど……ハインリッヒ、貴方の命令でそうしたのではなかったの?」

「いや、そんな事は聞いていませんが……そもそも、衛兵隊はコルッセアを中心に、軍や領主の守りが届きにくい辺境の村々や集落を防衛させるために存続させたのです。そんな、何故兵力のあるレナスに……?」

「それを聞きたくて君に聞いたのだが……ふむ、奇妙だな?」

「ほ、本当ですよ!? 私は何も嘘など――」

「貴方が嘘をついているとは思わないわよ。ね、シドム」

「ああ。私も君が嘘をついているとは思わんさ。だが……だとしたら、何故衛兵隊は……?」


 奇妙な事が起きている。

それによって何が起きようとしているのか。

ただの衛兵隊の暴走、と考えるにはあまりに意味不明で、何故そんな事になっているのかも解らない。

三人は不安げな表情のままに、「ならばどうするのか」と思案を巡らせる。


「カリツ伯爵と連絡が取れればいいのだけれど、宰相から聞く限り、あちらは民衆の間に『例の運動』が広まってて身動きが取れないらしいのよね……それ関連で衛兵隊を向かわせたのかしら、と思ったのだけれど」

「リーナもその運動の所為で戻ってこれないって話だからな……変な事に巻き込まれてなければいいのだが」

「心配ですね……リーナの身に何も起きなければいいんですが……」


 その場にいないリーナが、三人の最大の懸案事項であった。

末の妹は彼らにとって大変可愛らしく、常日頃から気に掛けていたのだ。

継承権がないからといっても王族である以上政争の具にされかねず、父王が常々口にする『保険』発言の所為で、本来継承権のないはずのリーナもまた、いずれかの派閥の貴族から命を狙われているのではないかという噂までたっている有様である。

故にリーナが城から離れ、地方を旅行すると言い出した時は心配もしたが、「それでも城に居続けるよりは」と、三名ともが引き留める事はしなかったのだ。


 それが裏目に出てか、リーナは地方にて起きた『民主主義運動』なる怪しげな民衆の運動の所為で旅行の足が止められ、今度は城に戻る事が出来なくなってしまったのだという。

三人の不安は募るばかりである。


「とりあえず、私もレナスに向かってみます。衛兵隊が何を以てそのような行動をとったのか、確認しなくては!」

「そうね、それが良いと思うわ……でも気を付けてハインリッヒ。貴方は継承候補者なのだから、身の危険は常に警戒しなくてはならないわ」

「必ず護衛を付けて、その上で影を用意するんだぞ。人前では目立たぬように、静かにな」

「解っています。大丈夫ですよ」


 その辺り心配いりません、と、食事を中断して席を立ったハインリッヒは、テーブル上のナプキンで口元を拭い、そのまま食卓の間を去ろうとした。

だが、そこで老齢の、白髪頭の男が入ってきて、鉢合わせる。


「おっと、これは失礼。ハインリッヒ殿下」

「宰相殿。これはまた……」


 ラナニア王国の政治面の大半を取り仕切る宰相その人であった。

ラナニア王国は、元々は王が自ら執政する完全王制態勢だったが、王が老いを見せ始め、執務能力に限界を覚え始めた辺りで、政治面の補佐として宰相を設けたのだ。

その頃はまだリースも政治面では活躍しておらず、高い政務能力を見せた宰相は王の右腕として大いに頼られ、リースが政治面の実権を握りつつある現在においても、その実務担当としての地位は揺らいでいない。


 だが、王族の信頼篤いこの宰相といえど、この食卓の間は王族専用であるから、意味もなく入ってこれるものではなかった。

故に、理由がある。

そう感じ、ハインリッヒもその足を止め、宰相に譲る。


「宰相殿。わざわざここに来るという事は、何か用件が?」

「ええ、まあ。お三方には知っておいてほしいと思いまして……リーナ殿下が現在、レナスにいらっしゃるというのはご存知かと思われますが」

「それに関しては我々も承知の上だよ。だが、それが何か?」

「実は……何者かの手によって、殿下が襲撃されたらしいのです」

「襲撃ですって!?」

「そ、それはいつの話だ!? リーナは無事なのか!?」

「宰相殿……それはまさか、例の運動の……?」


 宰相の言葉に、三者がそれぞれ驚きと共にその眼を向け……そして宰相は、白い顎髭を弄りながら「ええ」と、落ち着き払った様子で告げる。


「ご安心を、殿下はまだ無事な様子です。ですが襲撃者の正体ははっきりしていないとかで……ただ、近辺にはエルセリアからの観光客がきていたという話もあります。その者達が来た頃からレナスでの例の運動が活発化した、という話もありますので、これはもしや――」

「……エルセリアが、政治工作を行っているとでも言うの?」

「その可能性は否定できない、という程度ですな。まだ何の確証もありませんので」


 驚愕に目を見開く三人に、しかし宰相は「ですが」と口元を歪めながら続ける。


「常々陛下が仰っていたエルセリア脅威論。決してこれが夢物語や妄想ではないという事が、お三方にはこれでよく解ったのではないか、と」

「……何を言いたいの?」

「隣国とは、相いれないからこそ隣国なのです。相容れる仲ならば国というくくりで分かれてはいないのですよ。仲が悪くなる要素があるからこそ、争いが生まれる可能性があるからこそ、国と国は分かれるのですから」

「でも、友好関係を結ぶ事は決して無為ではないわ。今の時代、国と国とが争う事にメリットなんてないもの」


 領土が得られればそのまま領民を好きにできた時代ならば、あるいは国土を増強する事には多大なメリットがあったかもしれない。

他国を併合し続ければ強大な大国となれた頃なら、宰相の言う通り、隣国とは相いれない、敵視して当然の存在なのだ。

だが、現代はそうはいかないことを、三人はよく解っていた。


 まず何より戦争が最も不利益な行為であると知っていた。

様々なモノを生み出し文化を形成する為に不可欠な人材が、無為な戦いの中消え去るのは、国として何よりの損失である。

国土は広い方がいいのは間違いないが、広ければそれだけ管理する手間があり、管理する為の人材も必要となってくる。

戦いによって生まれる憎悪は100年経っても完全に払しょくする事は出来ず、勝った側であってもいつ復讐されるか解らぬその恐怖を背負い続けなければならない。


 親しくなれればその方が良かった。

殺し合いなどないに越したことはない。

互いに疑心暗鬼になったところでそれによって得られるものは極わずか。

そんな愚かな事をするくらいなら、仲良くなってメリットを互いに享受し、切磋琢磨し合った方が実りが大きい。

かつては違った事でも、今の世界ではそうなっていた。

だから、リースは声を大にして反論する。


「貴方は、私達の眼を疑心に向けさせたいのかもしれないけれど……それは、間違っていると思うわ」

「おや、勘違いされておりますなあ。私は別に、そのような意図は……」

「それなら尚の事、確証のないことは言わないでいただきたい。宰相殿ご自身の立場もあるだろう」

「……ふむ。それもそうですなあ」


 リースに留まらずシドムまで援護してきたので、宰相も「これ以上はやめておくか」と口元を緩め「失礼いたしました」と会釈し、その場を立ち去る。

その随分あっさりとした引き際が、却って三人には不気味に思えた。


「……何だったのかしらね。宰相殿は時々、怖い事を言うわ」

「あれで我々を引き締めようとしているのかもしれないが。しかし、ものには言い方と言うものがある……」

「あの方もまた、何を考えているのか解らない部分がありますね……国への貢献、あの方の政治には偽りはないものと思えますが……」


 口々にその予測できない宰相の言動に困惑を覚えながらも、その心にはわずかばかり、エルセリアへの疑問が残ってしまう。

宰相の言葉は、彼らに反発を抱かせはしたが、同時に確かに反響も与えたのだ。

それは、三人にとっての最大の弱点、リーナに関わるモノであったから。


 気を取り直し、ハインリッヒが「それでは」と再度部屋から出ようとした。

そんな時である。


「――シドム様っ、大変です! コルッセアに魔人と名乗る不審者が現れ、街の外壁の一部を破壊していきました!!」




「――いやあ、あの三人の驚いた顔ときたら! 中々に爽快であった!!」


 その頃、宰相は、胸のすくような気持ちのままに回廊を歩いていた。

腹に手を当て、ふるふると震える腹筋を抑えるように、爆笑してしまわないように我慢するかのように。


(これで、あの三人の心の中にはエルセリアへの疑念が湧いた。リーナ暗殺は失敗したが、なに、あの姫は城の外にある限りいくらでも殺す機会はある……『保険』がいなくなれば、後は継承者三人を殺すだけでこの国の王制は瓦解する)


 口元をにたにたといやらしく歪めながら。

宰相は、自らの計画がつつがなく進んでいるのを実感し、大満足していた。

そう、彼こそが今回の黒幕であった。


(デルビアめ、勝手に姫を謀殺しようとしたのは焦ったが……しかし、面白い収穫を持って来たな)


 先に放った悪魔、これが中々に使いにくい奴だったのだが、宰相はその失敗に怒る事もなく、むしろ使えるネタとして利用する事を思い描いた。

継承者三名は、三名ともが末の妹リーナを可愛がっているが、エルセリアに対しての好感度は実のところ、三者ともが微妙に異なる。


 最もエルセリアに対し好感度が高いのはリースで、国が安定していた頃からエルセリアを訪問し、王族同士の交流もあった事から、恐らくどれだけ炊き付けても彼女は親エルセリアの姿勢を崩す事はないであろうことは解っていた。


 対して、シドムは本人の姿勢としては中立的で、エルセリアに対しての悪感情は全く抱いていないのだが、配下となっている軍人たちは大陸最強国であったラナニアを差し置いて栄華を極めつつあるエルセリアに、あまりいい感情を抱いていない。

特に海軍は、戦時中最もエルセリア海軍を意識し、場合によっては大海戦を開く用意すらあった関係上、表向きこそそれを感じさせないが、内面的に反エルセリア感情を抱く将校は多かった。


 そして、ハインリッヒに至ってはエルセリアに対し脅威を覚えていた。

文芸・文化面で強みを持つハインリッヒは、だからこそ急激に進歩を続けるエルセリアに恐れを抱いていたのだ。

既に国家規模もラナニアに拮抗するレベルまで成長した隣国が、脅威でないはずない、というのが彼の内心上のエルセリアへの評価だった。


 このように、三者ともが異なる見方をしているので、何かがあれば足並みが崩れる。

そしてそれは、そのまま内面的には協調姿勢を取っていた三者の対立軸にもなりうるのだ。

本人達がどれだけ争う気がなくとも、その取り巻きの貴族らはそうではない。

当然である。誰が王になるかで今後得られる利権は全く異なるのだから。

最大限の旨みを得たければ、勝ち組に付かなくては意味がない。

その対立軸のタネが今、芽吹いたのだ。


(このままいけば、そう掛からず対立は表面化する。そうなれば、本人達がどれだけ直接的な争いを避けようと、貴族らがそのお膳立てをしていく……くくく、暗殺もし放題になるな)


 これからが忙しくなるのだ、と、楽しげに顎髭を弄っていた宰相。

そんな彼の元にも、予想外は起きる。



「あっ、宰相殿っ、こんなところにいらっしゃいましたか!」


 それは、普段から地方の情報を仕入れている役人であった。

汗だくになりながら、息をつきながら現れたその役人に、宰相は「はて?」と、首を傾げながら問いかける。


「どうかされたか?」

「いや、その……大変なのです! 一大事なのです! 魔人が……」

「……魔人?」


 その単語は、彼をしてどきりと来るものがあったが。

しかし、勤めて冷静に、役人の次の言葉を待つ。

場合によっては、次の瞬間にはその首を跳ねるくらいのつもりで。冷酷な笑みを見せながら。


「魔人がコルッセアに現れ、外壁を破壊しているとっ! 今、シドム様の軍がそちらに向かっているようですがっ!」

「……なんだと? コルッセアに? いったいなぜ?」

「そ、それは分かりませんが……た、ただ、その魔人、自分の事を『俺は魔人レイアネーテだ』と叫んでいて……」

「レイアネーテ……? 誰だそれは」

「さ、さあ……魔人の名前、なのでは?」


 そんな名前は、聞いた事がなかった。

彼は今でこそ宰相だが、その真の正体は魔人の一人として数えられる、この世界有数の化け物。

しかし、彼とその同胞であるはずの魔人らの中に、レイアネーテなどという名前はない。


(騙りか……? しかし、外壁を破壊しているというし、何よりその辺の人間なら魔人の事など知りようもない。であるならば……古の(・・)魔人らか? かつて極寒の地に城を持っていたとか言う……)


 役人とのやりとりで即座に考えをめぐらし、その正体に当たりを付けてゆく。

明確な答えなど浮かぶはずもないが、とりあえずの妥協でそれらしいものをイメージし、くたくたになってしゃがみこむ役人の肩にぽん、と手を置きながら「なるほど、ご苦労」とねぎらいの言葉をかけ、その場を足早に去った。


(おのれ……何者か知らんが、魔人の影など微塵も感じさせぬように長年かけて王制打倒を仕組んできたというのに……このような所で下らん真似をしおって! 許さん、絶対に許さんぞ、レイアネーテ!!)


 それまで冷静だった彼の表情は、今では憤怒に歪み、その身からは黒く呪われし影が溢れ出ていた。


(この魔人ベリアが、目にモノ見せてくれるわ!!)


 その怒りは宰相を黒の魔人へと変貌させ。

その身は黒い影の中、突如消え去っていった。

向かう先はコルッセア。

自らの策略を妨害した魔人を名乗る不届きモノに、制裁を加えるために。

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