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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#16.英雄、血を好まず


「事件の裏に、黒幕の存在、か……」


 領主館、伯爵の私室にて。

役所にて聞き込みをしているらしいゴートはすぐに呼び寄せられなかったが、伯爵は屋敷で調べ物をしていたらしく、とりあえずの報告として二人は伯爵に事のあらましを説明していた。

だが、悪魔との戦闘、そして魔人が関わっているらしい事は伯爵としても予想の外にあったらしく、「ううむ」と口元に手を当て呻ってしまう。


「王宮にそれらしい怪しい人が居れば、と思うんですけど、伯爵は何かご存知ないです?」

「流石に私も王宮の隅々まで把握している訳ではないからなあ。しかし、それでも主立った者はほとんどが身元のはっきりとした者ばかりだ。魔人がそうやすやすと入り込む余地はないと思いたいが……」

「エルセリアだってかなり根深いところに魔人が関わってきてたんだ、楽観はできないと思うぜ」


 侍女長やステラ王女の婚約者候補にまでその魔手が及んでいた事を考えると、ラナニアの王宮も解ったもんじゃない、というのがカオルの考えだったが、それでも伯爵は難しい表情になるばかりである。

愛国者なりに、抵抗もあるのかもしれない。

それでも最後には「確かにそうだな」と重苦しい声で呟き、俯いてしまっていた。


「君達の言う通りかもしれん。私は、自分の国ならばそのような事にはならぬと思っていたが……いや、思いたいと願ってしまっていたんだろうな。だが、現実はそうもいかないらしい」


 魔人が自分の国の中枢に食い込んでいる恐れがある。

そんな事を突然言われたからと、本来すぐ「それなら気を付けないと」と受け入れられるはずがないのは、カオル達だってわかっていた。

だが、伯爵は悔しそうに歯を噛みながらも、その可能性を否定しない。

事実、問題として国が傾きかねない事態が発生し、それが故、カオル達がここに派遣されてきたのだから。

自分がそれを何とかしてほしいとそう願ったが故に、彼らは自分の前に居るのだから。


「だが、宮廷に誰ぞそのような者が潜り込んでいたとして、その狙いがはっきりせんな……民主主義をこの国に広めて、何がしたいのか」

「俺達にもそれは解らないんだけどな。あくまでそれってあのカボチャ頭が言ってた事だしさ」

「でも、苦し紛れに言っていたようには思えないんですよねえ。実際どうなんでしょうか? 今広める事に、何かメリットが?」


 今度は三人揃って呻ってしまう。

中々に困った状況。手掛かりは掴めたが、また別の問題の発生を向かえてしまった。

何も知らず状況の悪化を座して見ているよりはマシではあるが、相手方の目的が把握できないでは、その行動予測も対処法も解らないままである。

とはいえ、今回の一件ではっきりとしたこともあった。


「姫様が……いや、私と話したのがただの替え玉で、実際には侍女の方が本物だったというのはしてやられたな」

「お忍びですし、それくらいはしてても不思議ではないですもんね。でも、確かに驚かされました」

「ああ、それに関しては俺もびっくりだったよ。でもさ、あのお姫様もまだ何かありそうなんだよなあ……今回の一件ってさ、何か裏がありそうな人ばっか絡んでるよなあ」


 嫌になっちゃうぜ、と、手をフリフリ、疲れたようにため息するカオルに、伯爵も「確かにな」と苦笑いする。


「君の言う通り、表面を見ただけでは人の本質は解らんものだ……とはいえ、今回は複雑すぎる。一つずつ問題を解決するにも、いささかこんがらがり過ぎているな」

「無理にいじったら切れてしまいそうですし、難しい問題ですよねえ」


 政治に関わる問題というだけで難儀なのに、それが民衆にまで延び、そして王宮に黒幕が居るというのだから、どこから着手すべきなのかを考えるだけでややこしい。

一つ一つ解決していければ楽だろうに、下手に一か所を弄るとそれだけで全体が状況悪化する気もして、トラップだらけの森の中を歩いているような気持ちにさせられていた。

そんな時である。


「――皆さんお揃いでしたか。お二人が戻ったと聞き、急いでこちらに来たのですが――」


 ゴートが顔を出し、閉塞感に満ちた空間がわずかばかり、緩んでいった。




「なるほど、姫君の件も驚きですが、宮廷に魔人が……今回の一件にはそんな裏があったんですね」

「でも、問題のスケールがでかすぎてなあ。どう動けばいいか解らなかったんだ」

「ゴートは何か思う事は無いかね?」

「うーん……そうですなあ」


 三人で悩んで無理なら四人で。

何かしら断片的でも意見が出れば、と言う程度で視線を送る三人だったが、思案顔になったゴートは、すぐに頬を緩める。


「宮廷に居る魔人が尻尾を出すまで、直接的な動きはできないでしょうし、かといって姫君の方も動きはあまり期待できません。ですが、『提督』というのは、かなり人が限られそうですよね?」

「確かに。提督というからには海軍の将校だろうし、そんな人物は数名しかいない」

「ただ、下手にそちらに手を出して状況が悪化するのは怖いですよね。私達も、それがあるから迂闊に手を出せないなーって悩んでた訳で」

「それでしたら、問題を一度、他の王族の方に放り投げてみては?」

「他の王族に……? ゴートさん、それって?」


 今までの選択肢の中では、「自分達で何かをする」と「姫君に全て報告して指示を仰ぐ」の二択だったが、ここにきて第三の選択肢が浮上する。

こともなげに意見を出したゴートに、三人は顔を見合わせた後、興味深げに視線を向けた。


「丁度いい人材がいるでしょう? 継承権問題で争っている王族の御兄弟が」

「でも、それってかなり難しくないか? それに、場合によっちゃ各地に軍を派遣されたりで、大変なことにならねぇ?」

「あんまり無茶はできないはずですけどね。衛兵隊を差し向けてきたハインリッヒ王子はともかく、他の方々は失点になるようなミスはしたくないはずですから」


 大それた真似はしないはずです、と、自信ありげに笑うゴートに、カオルも「そういうもんかな」と、頬をポリポリ掻きながら視線を上へと向け、考える。

確かに、リーナ姫に報告したところでできる事には限りがある。

それならいっそ、というのも解らないでもないのだ。


「後は……王族の方の眼を、継承権争いから国内へと向ける、という狙いもあります」

「今まで自分達に影響すること以外無関心だったのが、市井へと目が向くきっかけになるのを狙ってるのか」

「そういう事ですね。ただ、あくまで上手く行けば、ですが……それと、王族の方々がそれを得点になると思ってくれなければ、やはり手は出そうとしないでしょうから」


 わざわざゴートは口に出さなかったが、美味しい餌を用意しなければならない、というのはカオル達にも伝わっていた。

つまり、王座を獲得する為に、王が喜ぶような得点材料がなければ、王族は動かないという事。

では、その『美味い餌』というのは何なのか。


「国内の不穏の芽を摘み取る、というのは解りやすく高得点材料ですよね」

「魔人の跳梁(ちょうりょう)を防ぐ、よりは現実的に成果として受け取れるだろうしな。ただ、不穏の芽といってもどう介入されるかが分からないでは少し怖いな。ゴート、その辺りは何か考えているのか?」

「ええ、まあ……重要なのは『誰にこの話を伝えるか』ですよ。私が役所などで話を聞いた時の情報を加味すると――」


 指を三本立てながらにゴートは口元を引き締め、三人を見渡すようにしてからまた続ける。


「リースミルム第一王女。この方は政治面で強みがあり、宰相をはじめ数多くの貴族や政治家と繋がりがあると聞きます。社交界でも評判が良く、継承者候補の中では現状最も優位であると噂がありますね」

「うむ。リース殿下は外交面でも周辺国を行き来し、国の顔ともいえる活躍をしていらっしゃる。政治手腕もまだお若いながら確かなものだ」

「続いてシドム第一王子ですが、この方は軍事面で強みがあり、軍の大半を独断で動かせるという話を聞いています。古来より続く陸軍大国ラナニアの、その誇りを一身に背負った勇猛な将であるとか」

「シドム殿下は軍人からの評判がとても良くてな。他にも、その勇ましさから戦争を知っている世代の老人からの人気も高い」

「後はハインリッヒ第二王子、ですかね。一応コルッセアの芸術家や作家など、サブカルチャー的な職業に対し手厚い保護政策を行っていますね。そのおかげか、余り多くの人からは支持されませんが、ごく一部の限られた層からは熱狂的に支持されているとかで。後、美男子だそうなのでその辺り王宮の女性受けはいいようです」

「ハインリッヒ殿下はなぁ……正直、あまりいい噂は聞かないが、解散されかけている衛兵隊を傘下に組み込んだりと、抜け目ない印象があるな……」


 ゴートの説明に捕捉するように、伯爵が知る限りの情報を伝えてくれる。

これによって、この国の王族をよく知らないカオル達にも、ある程度その前情報が伝わった。

その中でも、だれを選ぶべきかと考え……まずはカオルが手を上げながら発言する。


「その中なら、やっぱ第一王子が一番かな。軍に関わる事だし、『提督』の情報は持ってそう」

「確かに、それが妥当だと思えますね。変に捻っても意味はないでしょうし」

「そうだな。私もそれでいいと思う」


 二人ともカオルの意見に賛同し、ゴートも小さく頷く。


「それでしたら、まずはカオル殿は、リース姫にこう言うのです。『どうも第一王子が黒幕らしい』と」

「えっ……それだと、お姫様が第一王子に変な疑い掛けないか?」

「掛けるでしょうね。そして疑われた第一王子も身辺を探るはずです。自分の足元に、本当に疑わしいことがないのか、と」

「なるほど、敢えて姫様をけしかけるのか。でもそれだけで、問題の解決に繋がるか?」

「繋がりにくいでしょうね。ですから、シドム王子にも情報を伝えるのです。こちらは悪魔から聞いた事、全てを伝える形で」

「聞いてくれるかな? そもそも、王子と話すタイミングなんて中々なさそうだけど……」

「聞いてくれますとも。人は情報が欲しい時、藁をもつかむ様な気持ちになるものです」


 皆さんもそうでしょう? と、改めて見渡し。

そして、ゴートは口元を歪める。


「王族の方とて同じですよ。普段はがちがちにガードを固めていますが、一度何か不安事があれば途端にそれが緩む。心の隙となるのです。妹から直接言及されれば、例えそれがただのブラフであったとしても、内心穏やかではないでしょう?」

「ただ、それだとリーナ姫の身が危ないかも知れないですね……命を狙われるかもしれない中で、果たしてリーナ姫ははっきりと言及してくれるでしょうか?」

「してくれなければそれまでです。少なくとも現状でできる事は限られていますし。それに、現状我々が望むのって、問題解決のために少しでも場が混乱してくれること、ですよね?」

「それは……いや、確かに、時間は稼ぎたいが」

「そう、時間が稼ぎたい。だけれど今のままでは何が起きるか解りません。どうせ誰かが引き起こした問題で混乱するのなら、いっそ自分達で対処できる範囲で混乱させた方が、状況の把握はしやすい」


 その手法が正しいのか、正道なのかは置いておくとしても。

ゴートの意見は、問題解決の為ならばそれほど間違っていないように、カオルには思えた。

その結果自分を頼ってきたお姫様を騙すことになり、疑われた兄が妹に悪感情を抱くことになったとしても。

それでも、最悪の事態が解決されれば、確かに世の中はよくなるかもしれない。


――正義が、何を以て正義とするか。

それはそんな、根本的な問題にかかっているように、カオルには感じられたのだ。

それは勝利条件のようなもので、ゴートの提示する勝利条件は、つまるところ「王族の誰かが苦しんででも、国が救われるならそれが勝利」というもの。

国民には被害少なく、意外なほどあっさりと事態が解決されるかもしれない、そんな手法だった。


 だが、同時に、別の勝利条件もあるんじゃないかと、カオルは考えてしまう。

あまり賢くない、言ってしまえば素人同然のカオルの浮かべる勝利条件は、とてもハードルが高い。

つまるところ「王族の兄弟仲が良いままで、何事もなく問題が解決される」というものである。

自分で考えて「それができたら苦労しないよ」とツッコミを入れてしまいそうなくらい幼稚な、「でもそれができたらすげぇすっきりするよな」という、理想の上での勝利条件。

叶えられるはずのない、無理無茶無謀の末の幻想だった。


「俺は、その方法、やだな」


 彼は、それが言えた。

我が侭ながら。だが、はっきりと否定した。


「何故ですか? サララはこれがいいと思いましたけど……多少辛いけど、多分、被害が少ないですよ?」

「確かに問題点もありそうな方法ではあるが、その混乱に乗じて動こうとする黒幕を見つけ出す事もできるかもしれん。ダメな理由は何かあるのか?」


 伯爵のみならず、サララまでもゴートの意見に賛同していたが、カオルは大きく首を振り「駄目なんだ」と、呟く。

嫌な静寂が、部屋を覆う。


「だって、あのお姫様は兄弟仲は悪くなかったって、そんな事を言ってたんだ。なのに、その兄弟を争わせるような事なんてできねぇよ。それで解決したって、後味悪すぎだろ?」

「後味の問題ではないだろう。事この状況では、問題を解決するのを最優先すべきだ」

「だとしてもだ。人を助けるために、傷つけなくてもいい人を傷つけるのって無茶苦茶だろ? 病気の噂流した時だって嫌な気分になったんだ。これ以上、誰かを傷つけたくないよ」

「……カオル殿。そう、ですか。こちらとしては良い案だと思ったのですが、確かに、人道に反するものだったかもしれませんね」

「ゴートさん、折角提案してくれたのにごめんよ。ただ、やれる方法があるなら、他の方がいいと思って」


 今のままではただ誰かが傷つくだけ。

そこまで考えて、カオルは「どうせ傷つくなら、俺が傷つく方がマシだ」と、席を立った。


「カオル様……? 一体何を……?」

「魔人が裏に立ってるんだろ? なら、その魔人が混乱するような事をしてやればいい。何も、王族同士を喧嘩させる必要なんてないんだ――」


 民主主義を推し進めたい魔人がいるのなら、民主主義を阻害してしまえばいい。

これはカオルにも解った。

だからゴートは、それを妨害する意味でもリーナ姫と他の王族をぶつけようとしたのだろう、と。

だが、それなら何もそんな手を取らずとも、いくらでもできるだろうと思ったのだ。


「――俺が、魔人になりゃいい」


 腰に下げた棒切れカリバーを手に、カオルはニヤリ、口元を歪め、悪い顔になった。


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