#12.黒幕の影
偵察に向かった衛兵三名が帰還し、街の内情が知らされると、指揮官バリアンは、「すぐさま動く事は無理である」と判断し、現在地での引き続きの駐留に留める事を決定した。
ハインリッヒに対しての報告はまだできないらしいが、疫病の流行が終息に向かっている事、活動家らが活動を自粛しているとあっては行動の大義名分も立たず、やむなし、といった様子であった。
カオル達もこの決定に一安心し、「街が無事ならとりあえず戻るか」と、何事もなかったかのようにセレナへと戻った。
「いや、思った以上に上手くいった感じだな。結果として、衛兵隊は当面のところ身動きが取れなくなったわけだ」
「ゴートさんの作戦通りですね。リーナ姫の方も上手くやってくれたようですし……」
「全てゴートのおかげだ。そう何度も使える手ではないが、少なくとも最悪の状況はひとまず回避できた形だな」
再び領主館に集ったカオルらは、ひとまずの作戦成功を祝い、それを考えたゴートをねぎらった。
役人たちに話を通すという大役を任されていたゴートも、これには照れた様子で「いやあ」と頭を掻きながら笑っていた。
「その場の思い付きではありましたが、結果的に上手くいったようで何よりです。しかし……姫君らも、よく話を聞いてくれる気になりましたね」
「うむ。姫様自身は最初は難色を示してらっしゃったのだが、侍女の方がな……」
「お姫様の侍女が?」
「あの、隅っこで控えてた人かい?」
伯爵の話を聞いて、カオルとサララは、常に姫君の傍に控えていた侍女の姿を思い浮かべた。
あまり目立たない、しかし確かにただものではなさそうな雰囲気もあり、「ただの侍女」と思い切れなかったのだ。
「私は最初、あの人はお姫様のお目付けの人かなって思ったんですけど……」
「うむ。私もそう思った。まだ若いがとても目端の利く、それでいて時折妙なプレッシャーというか……そんなものも感じる娘だったな」
「お姫様に話を聞かせられるくらいなんだから、まあ、あの人も結構大した人なのかもしれないな。んで、結果として上手くいった、と」
最初は難色を示していたという伯爵の話を聞けば、その侍女の人が一言添えてくれなければ、作戦の破綻もありえたと言えよう。
その場に集まった全員が、正体不明の侍女の存在に妙な重みを感じ始めていた。
「でも、あの衛兵の人達、ちょっと可哀想な事しちゃったよな」
作戦は上手くいった。
だがそれはそれとして、真面目な衛兵たちに悲しい思いをさせたというのは、カオル的にちょっと苦しい結末でもあった。
自分達が街の住民から求められていない事、そして駐留自体に意味がなかったことを、ブラフ混じりとはいえ思い知らされたのだから、その虚しさは途方もないモノで。
人から必要にされない遣る瀬無さを知っていたカオルには、どこか人ごとのように感じられない苦みを覚えていた。
「確かに彼らとて民の為国の為真面目に働く者達ではある。だが、誤解が元でこのセレナが蹂躙されるような事はあってはならないからな。今はともかく、頭を冷やしてもらわねば」
「少なくともセレナの民には反逆の意図なんてないですもんね。リーナ姫達だって、別に悪気があってやってる訳でもないみたいですし……それで攻撃されるのはちょっといただけないですよねぇ」
「そういう事だな。とにかく、街の危機は一時的に収まった。今のうちに問題を解決するとしよう」
未だ姫君を中心とし、活動家らはこのレナスに滞在している。
疫病の流行が終息するまで、という条件付きで活動を抑えてもらっていたが、それが済めばまた活動は再開されるのだ。
その時、衛兵隊がどのように動くかは定かではない。
今はまだ動かないが、第二王子ハインリッヒからの檄が飛べば、あるいはまた進軍してくる可能性もないとは言い切れないのだから。
それが分かるからこそ、伯爵は三人を見渡す。
三人もまた、静かに頷いていた。
「今がチャンスだ。そして今をおいて可能な時期もない。今のうちに、運動の中心となっている発起人『エドラス』を探し出し、事の真意を確かめておきたい。三人とも、頼んだぞ」
「任せてくれ。この街にも慣れてきたし、人探しは嫌いじゃないぜ」
「こういう状況なら、何か変わった動きが見られる事もあるかも知れませんしね。いい機会だと思います」
「では私は、役所の方に回って何か変わった話がないか聞いてみますよ」
今ならば何かわかるかも知れない。
そんな期待を胸に、三人は席を立ち、行動を開始した。
「――この辺り、どうだ?」
カオルとサララは、運動の中心地となった広場を起点に、街を散策していた。
昼過ぎだったので人もまばらにはいたが、それでも平素と比べ大分少なく。
サララも耳を立てながら「うーん」と瞬きする事数回。
すぐに「あっ」と小さな声を上げながら、酒場の裏道を指さす。
「カオル様、あちらから何やら不穏な声が聞こえます」
「不穏?」
「何か、男女複数人で口論をしているような……特に男の人の声が大きいんですけど」
「とりあえず向かってみるか」
以前ティリアを勧誘した際に通った道である。
薄暗ければ危険な臭いも感じるが、今はまだ昼過ぎ。
恐れる事もなく、カオル達は静かな足取りで入っていく。
「――だから! 私はこんな方法では生ぬるいと主張しているのだ! リーナ姫の考えは、我々本来の行動目標とはズレている!」
「そうは言うけど、ねえリーダー。落ち着いて頂戴」
「そうだよリーダー。ひとまずは話を戻そうぜ? 元々はいつ頃再開するかの話のはずだろ?」
なるべく足音を立てないように近づくと、突き当りから、何人かの男女が話しているのが、カオルにも聞こえた。
少し歩けばすぐにその姿も見えた為、カオル達はささっと近場の樽影に隠れる。
(結構いるな……えーと、五人、いや六人か)
(あっ、手前の人って、この前の民兵のお兄さんじゃないですか?)
(ああほんとだ……てことは、民兵たちの集まり、か?)
いでたちこそは民兵の頃と違い、普通の市民と大差ない服装になっていたが。
確かにその顔には見覚えがあり、その集まりが何であるのか自然と創造できていた。
「いいや、まずは活動内容の確認からするべきだ! 今のままでは、ただ市民が言いたい事を言うだけで、何一つ政に対する打撃となりえないではないか!」
「いや、それは最終目標であって、今はあくまでその為の下準備なのだからって、お姫様も言ってたじゃないか」
「そうよ。別にその目的を忘れたわけではないし、それに、民衆が幸せに暮らす事こそが私達の目標でしょう? 政変は、今すぐ求めるには現実的じゃないわ」
「国に喧嘩を売れば、また衛兵隊みたいに僕たちを攻撃しようと考える者が出てくるかもしれないし……今は穏健路線で進んでじっくりと時間をかけるのも、悪いことではないと思うよ?」
(あの眼鏡男……あいつだ)
中心に立っている一人を見て、カオルは以前運動の中で見た時の男の顔を思い出す。
姫君の演説に対し悪態をついていた男。その男が、民兵の輪の中で、一人中心となって立っていたのだ。
「――くっ、君達も、あの姫君に毒されているのか! 私達の理想を忘れたのか!?」
「毒されるって……ちょっと言い方が過激すぎないかい?」
「私達別に、お姫様に言われたからどうこうって訳じゃないのよ? 確かに初期の活動と比べて大分穏健になってきたけど……私は今の方が好き」
「そうだよ。初期の頃は周りから怒られたり変な目で見られたりしてたけどさ、今は割と楽しいし」
「皆笑顔で迎えてくれるもんね。当面はこのままでいいんじゃないかなって思うよ」
「エドラスさん、僕たちは今だって、貴方がリーダーだと思ってるんだ。だから、そんな悲しいことは言わないで下さいよ」
(やっぱり、あの眼鏡の人がエドラスっていう人みたいですね)
(ああ。あの声、覚えといてくれ)
(解りました。それにしても……なんだか大変な事になってますねえ)
エドラスを囲む五人は、あくまでエドラスを落ち着かせようと言葉を選びながら話しているように見えた。
だが、エドラス自身は興奮しているのか、早口で自分の主張をまくしたてるばかりで、一向に五人の言葉を受け入れようとしない。
それどころか、拒絶するかのように、信じられないものであるかのように、口元をひくつかせ、尊大な口調になってゆく。
「……いいだろう。君達はもう、あの姫君の虜になっている訳だ! 初期の理念も忘れ、自分自身の理想すら捨て! 王族の、この国を腐らせている奴らの言いなりになり下がるつもりなのか!!」
「ちょっとリーダー! 言っていいことと悪いことがあるわよ!」
「そうだよ、姫様だって悪意あって俺達に関わってきた訳じゃない! 実際、この運動はあの人が助けてくれるから成り立ってる部分だって大きいんだぞ?」
皮肉げに口元を歪めながら。
眼元に涙を湛えながら無理矢理に笑おうとしながら。
それでも尚、口から出るのは拒絶の言葉ばかり。
先鋭的な思想を持った男は、ついぞ仲間だったはずの者達すら敵とみなしてしまう。
仲間達はただ、彼に落ち着いてほしかっただけなのに。
自分の思想を受け入れられないと思ってしまった彼は、そんな事すら気づけないのだ。
「もういい。君達など、私の仲間では――」
「――おっといけねぇっ」
ばこ、と、木が何かに叩き付けられるような音が鳴り、全員の意識が一瞬、別の方へと向いてしまう。
最後通牒を叩き付けるつもりだったエドラスもまた、音の鳴った方へ。
「か、カオル、様?」
「おー痛ぇ。うっかり樽を蹴っちまったぜ」
立ち上がり、思い切り樽を蹴りつけたカオルと、それでもびくともしない樽からそっと姿を現したサララ。
二人の姿に一瞬場はどよめいたが……そんな隙をカオルは見逃さなかった。
「お兄さんたち、こんなところで何やってるんだい? 喧嘩かい?」
しれっと痛む足をさすりながら、話を転換してゆく。
今のは明らかに仲間割れを引き起こしかねない流れだった。
それは叩き潰さなくてはならないと、そんな事を思ったのだ。
「あれ、君はこの間の……」
「よ。また会ったなお兄さん」
自分の顔を見知っている青年の元へと歩み寄り、人懐こい笑顔を見せる。
「ボギー、この人達って、衛兵隊の前に立ってくれた人よね?」
「そうだよ。僕が受付したんだ」
「へえ、ボギーが……いや、あの時は本当助かったぜ」
嫌な流れになっていたのは彼らも承知していたので、多少強引に感じても、それが切り替わったのは有り難かったに違いない。
その所為もあってか、カオル達に対しての彼らの対応は温かいものであった。
……一人を除いて。
「――なんなんだ君は。我々は今、大切な話をしていたんだ」
「ああ。なんかそんな話をしてたっぽいのは見えたけど、白熱してたように見えたから、さ」
先ほどまでの涙はどこへやら。
ぎらりとした圧のある眼つきでカオルを見やっていたエドラスだが、当のカオルは気にする事なくのんびりとした口調で対応した。
それがまた、エドラスにはつまらないらしく。
ち、と小さく舌打ちしながら、腕を組み奥の壁へと身を預ける。
「よそ者には関係のない話だ。帰ってくれ」
「いやでも俺も運動の参加者だよ? 活動方針について話してたんだろ? 興味ある」
「わ、私も興味ありま~す」
カオルだけでも厄介なのに、更にサララまで加わるのだ。
これはもう大層面倒くさい奴らだと、エドラスには映っていたが。
他の者達はそれとは対照に「それはいい」と、顔をほころばせる。
「活動方針は、いつもこうやって初期メンバーで話して、それをお姫様に伝えてっていう形でやってるんだよ」
「へえ、なるほどね」
「ボギー。余計な事は言わなくていい。大体こんな場所にわざわざ足を向けた者達だぞ。何を考えているか――」
「いや、表まででかい声が聞こえてたんだけどな?」
「――なっ!?」
仲間に釘を刺そうとしていたエドラスだが、カオルの一言にハッとし、口元に手を当てる。
全員の視線がエドラスに向き、「そんなはずは」と視線を右往左往させていた。
勿論、表にまで聞こえているはずはない。
猫獣人であるサララが特別耳がいいから聞こえていただけで、人間のカオルには全く分からなかったのだから。
だが、それを以て彼らが、人に聞かれては困る話をしていたのがはっきりとした。
「……私が、周りに配慮すべきだったか」
「ま、まあまあリーダー、落ち込まずに」
「大丈夫だよ、そんな、問題になるような事はまだ、言ってないはずだし……大丈夫だよな?」
「大丈夫よねー? ね? 問題に、ならない、よね?」
落ち込みそうになるリーダーに、それを囲む仲間達も必死になってフォローしたり、カオル達に眉を下げながら「ねっ、ねっ」と懇願する。
嘘をついた手前、カオルも流石にそれを拒否する気にはなれず「そうだな」と頷いて見せた。
「今は通りもそんなに人がいないからな。多分、俺達以外には知られてないと思うけどさ」
「でも、気を付けた方がいいですよー? あんまり過激な話をしていると、流石に誰かに通報されちゃうかも……」
「ああ、気を付けるよ。ありがとね」
「ほらリーダー、気を取り直して……」
「とりあえず、今日のところは解散、という事で良いんじゃないかな?」
「僕もそう思うよ」
「リーダー、終わりだよ終わり。さ、行こうぜ」
ほっとした様子でリーダーを助け、そのままその場を去ろうとする五人。
エドラスもまた、落ち込んだ様子で「ああ」と、とぼとぼ歩きだす。
ただ、カオル達の前を通り過ぎる際に、カオルに対しじろ、と一睨みしていたので、カオルも「おっ」と、その意外な反応に面白みを感じていた。
「あの、ごめんね。間に入ってくれてありがと」
そうかと思えば、そのすぐ後ろを歩くボギーから謝罪とお礼を言われ、こちらには二人ともにっこりと笑顔で対応する。
「いえいえー、お気になさらず」
「また運動の時にはよろしくな」
「うん。勿論さ。こちらこそ、よろしくね。それじゃ」
バツの悪さもあるだろうに、それでもきちんと話せるこの青年には、二人とも好印象を抱いていた。
そうして全員の姿が見えなくなってすぐ、カオル達は「さてと」と、おもむろに歩き出す。
勿論、ただ見逃すつもりなどなかった。
折角幸先よく見つける事が出来たのだ。追跡するに決まっていた。
路地裏を出てすぐ周りを見渡したが、既にその姿はどこにもない。
だが、サララはすぐに耳を立て、周囲へとその耳を向ける。
ほどなく「あっちです」と、街はずれの方角を指さしながら歩き出したので、カオルもそれに追随した。
人探しにおいて、サララの能力は絶大な威力を発揮する。
前回の運動の際には人が多すぎてよく聞き分けられなかったらしいが、人のまばらな今の街ならば、ある程度離れていてもその人間の声や呼吸から漏れる音で、ある程度の位置は分かるらしいという話で、カオルもその探知能力の高さには舌を巻いていた。
(いました)
ほどなく、街はずれのボロ家の前で、エドラスの背が見えた。
すぐに物陰に隠れ、様子を窺うと……エドラスは、そのままボロ家へと入っていった。
「あれがあいつの拠点かな?」
「そうかもしれませんね。宿屋とかを拠点にしてると思ってたけど、あんなところじゃ、見つかるはずないですよねえ」
伯爵らも相応に人材を回して捜索に当たっていただろうが、これでは成果が上がらない訳である。
それだけ巧妙に身を隠していたとも言えるが、アジトが割れれば今後の監視も容易くなる。
二人は、まずは建物に近づき、外から様子を見る事にした。
「何か聞こえるか?」
「んー……何かぶつぶつ言ってますね。建物の中だし小声だから、ちょっと聞き取りにくいかなあ」
障害物の多い建物の中の声は、サララ曰く「ちょっとくぐもって聞こえる」との事で、外での会話などよりも聞こえが悪いようで。
眉をぴくぴくと動かしながら聞き耳を立てるサララをよそに、カオルはぼろ家の周囲を注意深く窺っていた。
聞き耳を立てる時のサララは、とても無防備なのだ。
音には敏感になるが、それも耳の方角によって指向性が限られている為、想定外の方向から来られるととても驚かされるらしい。
サララ的にはそれがとても怖いらしいので、カオルも警戒する。
『私は、私は何も悪くない……私は、間違ってなどいない……』
『私はただ、素晴らしい思想を……民主主義を、世界に広めたいだけなのに……』
『私のご先祖様が広めようとした思想を、今の世ならば広められると、そう思っただけなのに……くそっ、あの姫がっ、リーナ姫がいなければぁっ!!!』
「ひっ」
ぼろ家の中から、不意に何か重いものが倒れるような音がし、サララはびく、と、耳を震わせた。
すぐにカオルが「大丈夫か?」と肩を抱いた為サララも落ち着いたが、そろそろと家を見て、「あの人、かなり思いつめてるみたいです」と聞こえた結果をカオルに教える。
「つまり、あの眼鏡は民主主義を広めたいからやってる、と」
「ご先祖様のって言ってたから、もしかしたら前に伯爵が言っていた『民主主義を広めようとした異世界人』の末裔なのかもしれませんね、あの人」
異世界人の末裔と聞き、カオルは一瞬兵隊さんを思い出したが。
だが、同じ異世界人の末裔でも、その在り方は全く異なるものだったので、すぐに「あの人とは違うよなあ」と、ため息をついた。
「それで、上手く行かない原因をお姫様にってか? なんか、やる事が陰気だよなあ」
「かなり鬱憤が溜まってたみたいですね。さっきの音も、家具か何かを蹴ってたみたいで……あっ」
「どうした?」
「いえ、ちょっと……お静かに」
困った人ですね、と話していたサララが、不意に口元に指を当て「しー」とジェスチャーする。
カオルもそれで何かがあるのだと気づき、口に手を当てた。
『苦労してるようだねえエドラス君』
『貴方は……今日は、一体何の用事で?』
『いやなに、運動の進捗を聞こうと思ってねえ。あちらの「提督」とも連携を取らねばならんから』
『……運動自体は広がっていますよ。ただ、リーナ姫の所為で間違った方向に広がろうとしています』
『おや、それは好くないねえ。折角便利な旗印として担ごうとしたのに、暴走してるのかい?』
『……担ぎ上げたつもりなんてありませんよ。あの人が勝手に関わって来ただけだ』
『くくく……まあ、君がそう思うならそれでもいいがね。だが君、それでは「革命」は成らないよ? 王族の力を借りて成就した願いなど、結局王族の気まぐれでなかったことにされかねないのだから』
『それは……私はそれに気づいているのですが、仲間達が……っ』
『仲間ではないだろう?』
『……えっ』
『仲間だったら君の話をもっとよく聞くはずさ。彼らは君の話に頷いていたかもしれないが、実際のところ君の話などよく解っていなかったのではないか? 結局、姫君にかしずいてしまっているんだろう?』
『……それは』
『そんな奴ら、仲間でもなんでもないじゃあないか? 君、そんな奴らは仲間ではないよ。仲間とはもっと温かいものだ。君の言葉を無条件に受け入れ、君の事を無条件に称賛してくれるくらいじゃなきゃあ』
『そんな奴、一人だって……』
『だから、君に仲間なんていないのさ。いや、僕は君の仲間だよ? 「提督」だってそうさ。だけど、君は今、孤立無援の中にいるようだねえ。それでは話が進まないのも無理はない』
『そんな……私は、どうすれば……』
『簡単な話さ、皆を惑わせている者を消してしまえばいい』
『ええっ……? け、消すって……』
『リーナ姫を殺してしまえ。そうすれば、邪魔な王族は一人居なくなるし、革命の本気度も民衆に伝わるだろう? 君の周りの者達も、きっと覚悟を決めて君の為に働くようになるさ』
「えっ、ちょ……」
「どうしたんだサララ?」
「これ、おかしい……何か、すごいこと話してる……っ」
急に様子のおかしくなったサララに、カオルは心配そうにその顔を見つめるが。
サララは蒼白なまま、それでも耳を立てるのをやめず、話を聞き続けた。
『リーナ王女を、殺すんだよエドラス。そうすればこの国は、未曽有の大混乱に陥る。そうなれば、民衆は扇動しやすくなるし、革命はより成功しやすくなるんだ』
『で、でも……いくらなんでも、殺してしまう、のは……』
『不可逆的な事態に陥らなければ、君だって本気にならないだろう?』
『あ、あ……』
『安心しなよエドラス。僕は君の仲間さ。仲間が欲しかったんだろう? ずっとずっと、自分の言葉を真面目に聞いてくれる、ご先祖様の事を忘れずにいてくれる、仲間が』
『そ、そう、です……私は、私はただ……世の中の為に働こうとしたご先祖様をないがしろにしたこの世界を、変えたくて……』
『くくくくっ、なら、やれるよねえ? 仲間なら、それくらいできるだろう?』
『……リーナ姫を、殺す?』
「カオル様、これ……これっ」
「どうしたんだサララ? 何があったんだ?」
「リーナ姫を殺せって、誰かがエドラスさんに……っ」
「えっ!?」
『殺すんだ。君ならできる。容易に彼女の懐に入り込める。簡単だろう? 「ちょっと話があるんだ」と言いながら近寄って、ぶすりと胸にナイフの一つも突き立てれば、人間なんてそれだけで死ぬだろう?』
『殺す……殺さなくては、殺せば、殺してしまえば、革命は、成る……っ』
『成るさ。成らせよう? さあ、行くんだエドラス。今すぐにでも行ってこい。そうすれば君は……ご先祖様の無念を晴らす事が出来るはずだ!!』
『う、うあ……うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』
突然叫び声と共にぼろ家のドアが開かれ、エドラスが駆け出してきたのが、カオルにも見えた。
サララがすぐに振り向き「カオル様っ」と、震えながら声を上げる。
「エドラスさんを止めないと……リーナ姫がっ」
「あいつがリーナ姫をっ!? くそっ、なんだってそんなっ」
すぐに駆け出す。
しかし、なりふり構わず先を走ったエドラスの足は速く、すぐに見失ってしまう。
「こっちです!」
その呼吸を覚えたサララは、なんとかその足取りを追えていた。
しかし、向かう先がはっきりせず、先回りする事も出来ず。
とにかく「追いつくまで何事もなければ」と願うばかりであった。