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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#10.ゴートに妙案あり


 カオルとサララが再び領主館に戻った時には既に日が暮れており、伯爵への報告は夕食の場で、と執事から伝えられたこともあって二人が食卓の場へと顔を出すと、既にゴートと伯爵が席についていた。

卓上にはまだ水差しとコップしか置かれておらず、二人の到着を待っていたのがよく解る。


「やあ、よく戻ったね。さ、席に着きたまえ」

「待たせたちゃったかな? それじゃ……」

「えへへ、お待たせしましたー」


 先に来ているなら既に食べ始めているものと思っていたカオル達だったが、席に着くや合わせたように料理が運ばれてくる。

今宵の前菜は薄く切った瓜にハーブソースを添えたものと、赤カボチャの甘辛スープだった。


「主菜はサララ嬢の為に魚料理にした。是非堪能してくれたまえ」

「わあ! ありがとうございます伯爵様! うれしいな~っ」


 魚料理と聞きらんらんと目を輝かせるサララ。

容姿が幼めな事もあって子供っぽく見えたが、伯爵は「いやいや」と気にした様子もなく目を細めていた。


「君達が来てからというもの、難題が少しずつ解消されているように感じてね。衛兵隊との衝突に関しても、部下から報告を受けているよ」

「ああ、やっぱ聞いてたか。勿論それについても詳細に説明するつもりだったけどさ」

「君達は本当によく働いてくれているよ。エルセリアからの客人でなければ、私の部下に欲しいくらいだ」


 これは本音なのだがね、と、顎に手をやりながらにぃ、と笑って見せる。

そうかと思えばきり、と頬を引き締め、三人を見渡した。


「だが、問題はまだ何も解決してないからな。それをこの場で話し合いたいとも思ってる」

「ああ、いいぜ」

「望むところです」


 カオルもサララも同じように真面目な表情になり、今宵の会食は始まった。




「――なるほど、衛兵隊を退けた事で、姫様と直接話す事に成功した、と」

「ああ、結果的にだけど上手くいった気がするよ」


 まずはカオルから。

事の顛末からの説明である。

サララと二人、運動に参加した事、受付の民兵から発起人の事を聞き、衛兵隊の一件を機に、姫君との接触を計れた事。

そして、姫君との会談が、おおよそ上手い形で進み、発起人の名前を聞く事に成功した事、などである。


「大した手腕だ。その発起人――エドラスと言ったか。その者の事はこちらでも調べるとしよう。何か解るかもしれん」

「ああ。今回の件ではそれが一番の収穫だと思ってる。どんな人かまでは解らないけど」

「あんまり表に出てこない人らしいですけどね。別行動している事も多いようで、会議の時以外はお姫様でも会わないみたいですし」

「そうなると、補足するのは少し手間と時間がかかるかも知れんな。せめてどんな人物か、顔の特徴だけでも解れば違うのだが」

「眼鏡かけた男って以外にはなんともな……流石に顔まではよく見てないし」


 実際にその男らしき者を見たカオルをして、人混みの中でたまたま見かけただけの男の顔を鮮明に思い出せるはずもなく。

これに関してはその場にいる全員が、今すぐどうこうとはいかない事柄のように思えた。


「でも伯爵、今朝の段階ではお姫様がこっちに来るって言ってなかったよな? 俺達は口から出まかせ言っちゃってたけどさ、話は通ってたの?」

「いや、それがな……私の方に話が来たのは君達が出た後でな。全く、王族の方はやる事が唐突で叶わんよ」


 ため息ながらにコップの中の葡萄酒を口に含み、「もっと早く教えていただければ」と小さく愚痴る。

伯爵としても寝耳に水な出来事だったらしく、これにはカオル達も「領主さまも大変なんだな」と同情してしまう。


「お弁当とか、実は大急ぎで用意したんです?」

「ああ。まさか姫様達が来ると解っていて何もしない訳にもいかんからな、総出で支度にとりかかったよ。私も肉を切るのを手伝ったほどだ」

「領主手ずから肉を……」

「何せ力仕事をするには男手が必要だからな。だからと、料理人の数は急には増やせんし、従者も状況の把握の為方々に散らした後だったから……まさか庭師に庭の手入れをさせず手伝わせるわけにもいかなかった」

「庭園解放ですもんねえ」

「うむ。だが、結果として我が庭園を民衆が楽しんでくれたようで何よりだ」


 そればかりは喜ばしいとばかりに、引きつっていた頬が緩み、気のいい顔になってゆく。

伯爵達には大変だったが、それでも得るモノがあったらしい、と、カオル達も安堵した。

ただ大変なだけではなかったのだから。


「ゴートの報告も聞いた上で加味すると、姫様達の『平和的な民主主義運動』は、民衆の中で自発的に発生し、民衆の民度をある程度引き上げる効果のあるもののように思えたが……しかし、それならば何故それが発生したのだろうな? 継続している理由が分からん」

「私もその辺りは気になったのですが、お二人の話を聞くと、参加者の多くは『今以上に何かをやりたい』と願っているように思えますね」

「あー、そうですねえ。『私達を縛らないで』って声も結構ありましたし。地位の向上っていうか、純粋に参画できる範囲を増やしてほしいとか、そんな感じの気持ちもあるのかもしれませんね」


 衛兵隊に対しての不満も勿論あるだろうが、それ以上に、自分達の立場を引き上げたい。もっとやれることを増やしたい。

そんな希望あっての活動のように思えた、というのが実際に参加したカオル達の感想だった。


「後、ちょっと変わったところだけどさ、道端にゴミとか落ちてたら拾ったりしてたんだよな。庭園とか、あんまゴミ落ちてなかったんじゃないか?」

「うむ。それは家の者から聞いているから解るが、昼食後、てっきりゴミが散乱しているものと、メイドたちが片付けに回ったのだが、ゴミらしいものはほとんど落ちていなかったと驚いていたそうだ」

「これも運動の成果、という事でしょうか? 伯爵はどうお考えで?」

「……これもある種、実力行使、という奴なのだろうか」


 食事の手は止まってしまっていた。

料理は冷めてゆくが、誰も気にはしない。

三人の視線は顎に手をやり考え込むようにうつむく伯爵へと向き、静かな空気が流れた。

やがて、再び三人を見やるように顔を上げた伯爵は、「いやな」と、頬を緩める。


「それだけ自分達の民度が上がっている事を、私達に見せつける事が目的なのではないか、と思えてきてな」

「民度が? ああそうか、民主主義って、そういうのが足りないからで封印されたんだもんな」

「そういう事だ。もし民主主義を広めたいと考えた……エドラスという者の目的がそれならば、なるほど確かに今の状況は理に適っていると思えるのだ」

「少なくとも以前よりも民衆の意識が高まってくれば、領主様としては無視できなくなります?」

「できなくなるだろうね。私とてこの地を預かる貴族だ。おいそれと主権を民衆に明け渡すような無責任はしたくはないが……」


 したくはないが、暗に、「それが可能ならばどうなるかは解らぬ」と、そう思っているようにカオル達には感じられた。

敢えて言葉にしない事、わざわざ聞くつもりもなかったが、つまりは政治や統治が自分の手から離れても構わないと、そう言っていたように見えたのだ。


「だが、ごみを捨てなくなるとか、犯罪そのものの数が減るだとか、それだけで民衆に政治を任せるのはリスキーすぎる。今はまだ、彼らとしても本気でそれをやるつもりはなく、あくまで前段階を作っているに過ぎないのかもしれんな」

「気の長いお話になりそうですねえ」

「本来、民衆の意識改革などというものは数十年、ともすれば百年単位で続けねば成果が出ないものだからな」

「そ、そんなに時間かかるのか……一年二年あれば結構変わりそうな気もするんだけどなあ」


 少なくとも向こう・・・ではそうだった気がして、カオルはその意識の違いに驚いてしまう。

テレビやら新聞やらで簡単に書き換えられていく人々の意識。

些細な事で流行が変わり、些細な事で政治家が民衆に蹴落とされてゆく。

それがほとんど無意識に『当たり前の事』として認識されていた世界で生きた彼にとって、伯爵の言葉はあまりにも悠長に思えたのだ。


「……実際には、人々の意識を変えるには相応のカリスマ性か、政治力が必要になるからな。王族の方が持ちうるカリスマ性は最も容易く民衆を動かすが、急激に物事を変えるというのはそれだけ世の中に混乱を生む事にも繋がりかねん」

「確かに、王族が動くと沢山の人が怖いくらいにあっさり同調するよな……」


 ステラ王女の演説、そしてリーナ姫の運動参加を見て、「確かにそうだよな」と、カオルも何度も頷いてしまう。

あれ(・・)は、とても怖い力なのだ。

絶大過ぎて、あまりにも当たり前のように民衆が動いてしまう。


「だが、無理に動かした先には必ずそのしわ寄せがやってくる。それが対処できる範囲ならばいいが……そうでなければ、要らぬ争いの元になったり、被害を生みだしたりする事すらあるのだ」

「伯爵としても、リーナ姫の参加はあまり好ましくないようですな?」

「うむ……民衆自身の意識改革に、姫様が同調しているというなら……確かに民度が上がっていくのは好ましいが、それが王族の方の任意で行われるのは、あまり好ましくはない」


 自発的にそれが行われるならまだしも、と付け加えながら。

だが、起きている結果そのものは拒絶するほどでもないのが一層複雑であると、鼻にしわを寄せながら。

伯爵は、ため息混じりにまた、手を動かし始める。

カオルらもそれに合わせ、止まってしまった食事は再開された。


「現状、運動そのものを止める理由はない。少なくともこのレナスの主権を運動家たちが奪おうと思わない限りは、我々が彼らに対し干渉する必要はないように思える」

「今のところは状況の推移を見守るって事ですか?」

「今のところは、な。どちらかといえば、一度退いた衛兵隊の方に何かありそうで怖い」

「ああ、あの様子だと、ちょっと気になるしなあ……後になって何か変な文句付けてきそうな雰囲気あったし」


 悔しげに撤収していった衛兵隊の指揮官。

彼が口にした『ハインリッヒ殿下』の名を思い出しながら、カオルは「ちょっと聞きたいんだけど」と伯爵に問いかける。


「ハインリッヒ殿下って、どんな人なんだい? 衛兵隊の後ろ盾がこの人みたいなんだけど」

「ハインリッヒ殿下は我が国の第二王子だよ。主に軍事部門に強みのある方でね。近年では陸軍の増強を主張していらっしゃるとか」

「結構過激な方なんです?」

「思想的にはそれほどでもないはずだが……ただ、戦争後の世界で我が国の地位が徐々に揺るぎ始めているのを気にしてらっしゃる、とは聞いた事がある。私も親交がある訳ではないのでそれほど詳しくは分からんが……まあ、愛国心豊かな方なのだろう」

「愛国心が強いのか……」


 それそのものは悪いことではないが。

だが、第二王子の考える『国』の形がどんなものか次第では、現状に深い闇を下ろす事もあるかもしれないと考え、カオルは複雑な気分になった。

多分、何かあるとすればこの第二王子が発端になるのだろう、とも。


「伯爵、場合によっては今回の一件、ハインリッヒ殿下には『レナス領も運動に同調している』と思われかねないのでは?」

「それは……いや、流石にそれはないと思いたいがな。愛国心という意味では私はこの国で誰よりも強いと自負している。それは、国王陛下も含め多くの方が理解してくださっているはずだ」

「そうだといいのですが……」


 ゴートの不安そうな一言に、伯爵も頬に汗したが。

それを誤魔化すようにスープを飲み下し、「冷えているが美味いな」と、無理矢理に料理の味を褒めてその不安を隠そうとする。

怖いのだ。中央からそのように誤解されるのは、領主から見て途方もなく恐ろしい。

その恐怖が、カオル達にもうっすらではあるが伝わっていた。


(……この人から見ても、やっぱ反逆者みたいな思われるのは避けたいんだろうな)


 何が起きるか解らない状況下、少しでも民衆が傷つかぬよう、何事も起きぬ様に計らっているつもりでも、自分たち以外の者達が何を考えているかまでは解らない。

それが、途方もなく恐ろしい。

誤解であろうと思い込みであろうと、「カリツ伯爵は反逆者だ」とレッテルを張られれば、それは伯爵自身にも、そしてこの領内の全ての民にとっても脅威となりうる。

そう考えると、衛兵隊の動向は、決して楽観視していいものではないかのように思えた。


「伯爵、私に一計があります。聞いていただいても?」

「一計とな? ああ、もちろん構わんよ。聞かせてくれたまえ」


 この状況をどうするのか。

食事は進めながらも中々進みそうにない議題に各々思考を巡らせていたが、そんな中、ゴートが一つ、腹案を口にする。


「衛兵隊が問題になるのなら、衛兵隊を、いっそ街に入れないようにしてはいかがでしょうか?」

「街に……? しかし、王家の命の元動く衛兵隊を、一介の地方領主が止める訳にも……」

「ですから、止めるなりの理由を用意するのです。そう、例えば――疫病の発生など」

「……疫病だと? ブラフを撒くのか」

「一時的な足止めは可能なはずです。問題は、それをするために事前に衛兵隊に情報を流さなくてはならない事ですが……」

「それなら、俺達にもできそうだな」

「そうですね。街の人よりは部外者の方が話は伝わりやすいでしょうし……」


 伯爵は眉をしかめたが、物理的に止められない以上、何がしかのブラフを撒くのは決して悪い策ではなかった。

カオル達も協力すれば、上手い具合に衛兵隊だけを足止めできるのではないか。

あくまで足止めに絞れば、有効な策かもしれないと思えたのだ。


「場合によっては、このレナスが疫病地帯に指定されかねん。焼き払われなどされれば……」

「それを防ぐ鍵が、リーナ姫側にあるのですよ」

「……なに?」

「疫病の発生は、多くの場合民衆側の衛生面での認識が低いことから発生する事が近年明らかになっています。生活習慣や思想などがあまりにも古いと、日常生活の中で病原が発生してしまうのだと。ですから、民衆側でそれを克服しているのだと知らしめれば……」

「結果的に、運動そのものは肯定的にみられる……?」

「勿論、姫君や発起人の男に野心がなければ、という前提ですが……」


 その場合は全く別の話になるので、と断りを入れながら、口元をにやけさせる。

悪い顔であった。役人があまりしないような、ちょっと悪党じみた顔をした男が、そこに座っていた。


「……まあ、俺もやってみる価値はあると思うぜ。嘘つくのは好きじゃないけどな」

「そうですねえ」

「嘘をつく必要はありませんよ。ちょっとした風邪を大げさに伝えてしまうのは、何も間違った事ではありませんから」


 何の問題もありませんよ、と、カラカラ笑うこの男を前に、カオルもサララも「うわあ」と若干引きながら。

だが、ゴートの案そのものは賛同する方向でまとまっていた。

既に流れは決まっている。伯爵もまた、低く呻りながらも小さく頷く。


「ならば、その作戦、やってみようか。確かに衛兵隊には状況が落ち着くまでの間、入ってこられては困るからな……」


 最悪の状況は、姫君らがいる今のレナスでの民衆と衛兵との激突である。

まではそれを回避した上で、伯爵含めこの領そのものが反逆者として中枢に受け取られるのも避けねばならなかった。

安易にこれ以上姫君らに同調した様子を見せてもよろしくない。

短期的に、そして瞬間的に効果を見せる策を他に考えるには時間が足らない可能性があった。

伯爵から見ても、この『偽疫病作戦』は妙案のように思えたのだ。


「では私は役所の方々に話を通しておきましょう。伯爵、後ほどまた一筆……」

「ああ、解っている。すぐに用意するさ」

「それじゃ、まずはご飯を食べましょう! 前菜も冷めてしまいましたし~」

「そうだなあ。明日は衛兵隊のところまで出張らないといけないしな。腹いっぱい食べておかないと」


 必ずしもこれで前進したとは言えないが。

それでも、何の策も講じないよりはましである。

伯爵自身そう思いながら、にわかに元の雰囲気に戻っていった食卓に溶け込めず、一人「この者達が羨ましいな」と、複雑な心境を仕舞い込んでいた。




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