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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#8.衝突


「民衆に自由をーっ」

「俺達にも選択の権利をくれーっ」

「私達を縛らないでーっ」


 思い思いの声を上げ、人の列はレナスの街を進む。

ゆったりと時間をかけて街中を進む中、店の主人や買い物客らが「何事?」と首を傾げながら運動を見守る。

時には怪訝な顔をする者もいたが、先頭に立つ高貴な出で立ちの女性にはただならぬものを感じ、多くの者が傍観するか、あるいは一緒になってつられて参加してゆく。


(なんか、少しずつ増えていってるな)

「皆の声を一つにーっ」

(そうですね、この熱気に……あてられてるんでしょうか?)

「私達の声をきいてーっ!」


 声を上げながら、時として手を上げながら。

声は次第に大きなものとなり、街を少しずつ、少しずつ揺るがしてゆく。

男も女も、お年寄りも子供も、ぼろ布のような粗末な服を着た者から、立派な商人の出で立ちの者まで。

最初はおっかなびっくりに、しかし先頭の姫君が声を上げると、迷いなくそれに続けて声を上げる。

手を上げ、自分達を見ている者達に笑顔を振りまき、気になっている者は(いざな)いながら。

楽しそうに、そう、とても楽しそうに、「平和運動」は推移してゆく。


「今日の目的地は領主館前です。皆さん、もう一息ですわ!」

「おおおおおおっ!!!!」

「領主館って結構遠いわね、いい運動だわ」

「昨日は短かったけど、今日はずっと姫様と一緒に歩けるんだなあ」

「楽しそうだぜ。今日一日仕事休みにしてよかった!」


 姫君の声に民衆は不満もなく賛同。

まるでピクニックにでも行くかのようにハンカチーフやタオルを片手に歩き続ける。

カオルにとっては汗ばむほどではなかったが、周囲の熱気は段々と息苦しくなるほどで、隣を歩くサララは頬に汗を流し始めていた。


「疲れたか?」


 そっとタオルで頬の汗を拭くサララに、カオルは歩く速度を緩めながらサララの斜め後ろに回り、列の端へとずれてゆく。

人に埋め尽くされている中心部に比べれば、両端はいくらか風に当たれて涼やかである。

サララも「ありがとうございます」と、いくらかほっとした様子ではにかんでいた。


「えへへ、体力的にはまだ大丈夫なつもりなんですけど、ちょっと人混みが多すぎたというか……」

「そうだな。昨日より人集まってるし、まだまだ増えそうだしな」


 列を見て楽しそうだと思った者や、参列者に誘われてそのまま乗ってしまった者のおかげもあって、行列はどんどんと規模を増している。

明るい時間帯の為余計に目立つ群衆の行脚する様に、わざわざそれを見るため集まる者まで出始めていた。

その中にはレナスの民衆だけでなく、たまたまその場に居合わせただけの行商や他の街や国からの観光客なども混じっており、統一性も乏しい。

だが、傍目で見て列に並び歩く彼らはとても楽しげで、最初は怪訝そうに見ていた者達も、次第に頬を緩めていく。

だから、参加する者が多い。


「お祭り感覚になっちゃってるのかもしれませんね」

「皆笑ってるもんな。悪ノリって訳でもないし、暴れてる訳でもないし。何よりお姫様が先頭に立ってるしなあ」

「知らない人が見たら何の運動か解らないですしね」


 聞けば聞くほど最初に伯爵から聞いた印象とは異なるこの平和運動。

カオルはサララと歩きながら、だんだんと「これって遊園地のパレードみたいだよなあ」と、子供の頃両親と遊びに行った時の事を思い出していた。

着飾った人が先頭を歩く、沢山の人が笑顔で練り歩くさまは、まさにそれで。

だからこそ、見ている人々も引き込まれ、ついつい参加してしまうのではないか。

もしこれが姫君なり発起人の眼鏡の人が考えた事なら、中々大したものだなあ、と、カオルは内心で感心していた。



「――あいや、待たれよ!」


 しかし、賑わいは突然留められる。

ぴた、と、行列の先頭から流れが止まり、突然止まった前の人にぶつかりそうになり、慌てて止まり、転びそうになる。

多くの民衆が突然のストップにざわめきそうになったが、姫君がば、と、両手を横に広げるや、先頭からさざ波のようにざわめき声が鎮まっていった。


「第二王女リーナ殿下! これより先はカリツ領主館故、お引き取り願いたい!!」


 何事か、と、カオルが列から離れ、脇道から先頭を見やると、姫君の前に軽鎧で武装した集団が見えた。


(衛兵隊、か……?)

「カオル様?」

「衛兵隊が来たっぽいな。今の声もそれか」


 何が見えました? と、カオルに寄ってくるサララ。

カオルも見えたまま説明する事しかできず、なんとも歯がゆかった。

 

「カオル様、ここにこのままいるよりは……」

「ああ、裏に回るぞ」


 列は止まったままである。

状況を知る為、カオル達は裏手の道へ駆け出した。


『衛兵隊には私達の邪魔をする権限はないはず! お下がりなさい!』

『そうはいきませぬ! これは第二王子ハインリッヒ殿下のご命令です。リーナ殿下の命は聞く事が出来ませぬ!』


 騒然とする場。凍り付く空気。

二人が裏手道を駆け抜ける間にも、双方の声は街に響き渡る。


『ハインリッヒ……兄様の?』

『その通り! 貴方がたはこのレナスまでも機能不全になさるおつもりでしょう! それは許される事ではございませぬ!』

『そんなつもりはありません! 私達はただ平和的な運動をしているだけです! 市民が自らの権利を得ようとしているだけの運動を、邪魔なさらないで!』

『はははっ、つまらぬ言い訳はなさらないでいただきたい! マリアナは既に貴方がたの手に落ちているではありませんか! これ以上の活動は、お控え願いたい!!』


「はぁっ、やっと、ついた……」

「どちらもすごい声……あ、あそこですよカオル様っ」


 二人が出た場所は、双方が叫びあっている、丁度その真横。

衛兵隊の先頭に立つ中年男が、姫君相手に一歩も引かず、まるで魔物か賊でも相手にするかのように恐ろしげな形相で睨みつけていた。

対して姫君も、凛としたその面立ちを崩す事はないものの、眼光鋭く、先頭の男を睨みつける。



「な、なんか、やばくないか……? この空気……」

「カオル様……これ、止めないと――」


 ぱっと見ただけで解る緊迫。

それまで双方に抱いていた不満がぶつかり合い、民兵も民衆も、やがて衛兵らに対し怒りの表情を見せるようになる。

誰かが呟いた。

――俺達の邪魔をするなら倒しちまえ、と。

誰かが賛同した。

――私達が権利を得る為なら、それは許されるはずよ、と。

衛兵隊もまた、そんな民衆に睨まれ、怒りを向けられ、冷淡な瞳を見て……手に持つ武器を強く握りしめる。

それだけでもう、今が最も危険な瞬間なのだと、カオル達には解ってしまっていた。


「どうしても退いていただけないのですか? 私達は国を崩すつもりも、貴方達を敵に回すつもりもありません。平和的に運動し、権利を得たい事を知ってほしいだけなのです!」

「その活動が国家を崩す事にもつながりかねず、結果として我々の敵になりかねぬという事実に気づいていただきたい!」


 双方の主張は平行線をたどっていた。

だが、主張すればするほどに、それほどに双方の「何故これが受け入れられないのか」という憤りが増してゆく。

その憤りがやがて怒りへと変異し、それがやがて暴力へと変貌するその様を。

既に論調が過激になってゆく中、衛兵隊は武器を構え、民衆へと殺意を向け始めていた。

先頭の男の号令一つで、すぐにでも惨劇が繰り広げられるのが分かるほどに。

民兵らもまた、手に持つ武器を構えようとしていた。


――このままでは手遅れになる。


 そんなの、その場に居れば誰にだってわかる事だった。

だが、止められる者は、一人しかいなかった。


「――我ら衛兵隊、市民に刃を向けるはまっこと不本意なれど! これ以上先を往くならば、この刃、殿下と民衆に向ける事も――」


「それ以上は――」

「カオル様っ!?」

「――それ以上はやめろぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


――そう思えばこそ、止めなくてはならなかった。


 ただそれだけの為に、カオルは後先考えぬ行動に走ってしまう。

怖かったのだ。目の前で、人間と人間が争い始める瞬間など、見たくなかった。

手に持ったのは棒切れカリバー。

これを、全力を以て衛兵隊と姫君の間に向け、投げつけたのだ。


「えっ――」

「なっ――」


 双方ともに完全に虚を突かれていた。

突然横合いから投げつけられる謎の棒切れ。

それが自分達の正面を抜け――突き当りの建物へとぶつかり、強烈な衝撃と轟音と共に壁に巨大な穴を空けていたのだ。

爆風が吹き抜け、唖然とした双方は一瞬だけ、怒りを忘れてしまう。

姫君などは、咄嗟にすぐ隣に立っていた侍女を庇う程で――


「――それ以上下らねぇ事で騒ぐなら、お前ら全員俺が相手をするぞ!!」


 それが隙だとばかりにカオルは姫君と衛兵隊の間に割り込み、その存在を一気に知らしめる。

突然の乱入者に民衆も衛兵隊も混乱していたが、カオルは必死の形相であった。


「あなたは……?」

「君は一体……」

「俺はカオル。ただの祭り好きの観光客だ! 下らない事で争うのはやめてくれ!」


 どう聞かせるかなんて即興だった。

何か考え合ってのものではなかった。

ただ、そのまま民衆と衛兵隊がぶつかりあうなんて事は、見ていて耐えられなかったのだ。

多少無茶苦茶でも今は双方の興味が自分に向けばいい、程度のつもりで前に出ていた。


「そ、その観光客が、何故我らの邪魔をする?」

「あんたらが武器を向けようとしてる相手が民衆だからだ! あんたらは本来、その民衆を守るために衛兵になったんじゃなかったのか!?」

「よそ者が勝手な事を……そんな事、我らだって十分わかった上でだ!」

「だったらなんで武器を持つんだよ! 必要ないだろ! あんたらは、自分達の言う事聞かない奴は問答無用で武器を振るうような奴らなのかよ!? そんなの賊と変わらないぜ!」

「こいつっ、言うに事欠いて我らを賊だと――!?」

「待てっ、斬るな!」


 カオルの物言いに心底腹が立ったのか、若い衛兵がショートソードを片手に前に出ようとしていたが、それを先頭の男が抑える。


「君は、我らを罵倒したくて前に出たのか?」

「あんたらが民衆を斬る所なんて見たくなかったんだよ」

「何故だ?」

「俺のいた国では、衛兵は人々の為に働いていて、そして人々はそんな衛兵たちを尊敬していたんだ。事件があって、沢山の衛兵が死んだとき、人々は悲しんで絶望して、この世の終わりかってくらい困り果てた。あんたらは、民衆にとってそんだけ大切な奴らのはずなんだ!」

「……我々が、そんなに必要とされているとは思えん」

「必要だろ! あんたらいなかったらいざって時困るだろ! 魔物に襲撃されたらどうするんだ? 騎士団の手に負えなかったら?」

「その時は我々民兵がどうにかするから必要ないっ!」


 咄嗟だったのだろうか。

横から入り込む形で口を挟んだ若い民兵に、カオルはぎろ、と、にらみを利かせる。

カオル自身はそれほど意識もしていなかったが、民兵にしてみればそら恐ろしい形相で。

思わず「ひっ」と情けない声を上げ、若い民兵は後じさってしまった。

それを見て、カオルは鼻で笑う。


「どれだけいきってたって、民兵じゃこの街は守れねぇよ。沢山の人が死ぬぞ。沢山の人が、死ぬかも知れなかったんだ」


 街のすぐそばにオーガが迫っていたのだ。

一体や二体ではなく、無数の軍勢となって襲い掛かっていたかもしれないのだ。

スライムまでいた。オーガが居なくとも、この街の人々の力を結集しても倒せるかどうかわからないほど巨大なスライムが、この街のすぐそばに隠れ潜んでいたのだ。


 そんな相手に、民兵がいきがったところで何が出来た所か。

騎士団も、衛兵隊も。それこそ全力を賭して守り切れるかどうかという相手なのに、戦素人が何をしたものか。

下らない。実に下らない事で争っている。

だからこそ、止めなくてはいけないのだと、カオルは思ったのだ。

こんな事で、人々を守れる衛兵隊が、人々を傷つける外道に落ちていいはずがないのだと、そう思ったから。


「――あ、あの人……」


 民兵とは違う声がまた、民衆側から漏れた。

それは、姫君の少し後ろに立っていた若い商人風の男だった。

視線を向け、カオルは「ああ」と気づく。

レナスに到着する前、オーガと騎士団が戦っているのを伝えてくれた青年である。


「騎士団と一緒にオーガを倒した、エルセリアの人だ」

「なんですって……?」

「オーガを倒した……?」

「あの兄ちゃんがか?」


 青年の声に、周囲の者達も興味をカオルへと向けていく。

衛兵隊もその声は無視できず……また、先ほど壁を破壊した棒切れが彼の手元に戻るのを見て、ごくり、喉を鳴らす。


「オーガを相手にしただと……あの化け物を」

「だが、壁を一撃で破壊したんだ。魔法使いか何かか?」

「迂闊に仕掛けたら、俺達もあの壁みたいに……」


 こちらはどちらかといえば恐怖や焦りといった感情で、「うっかり斬りかかってたら危なかった」という、ちょっとした安堵も含まれてのモノだった。


「……」


 先程とは違った方向性でざわめく群衆と衛兵隊。

そんな中、一人だけ冷静な侍女を見て「あれ?」と、ちょっとした違和感を覚えていた。

姫君の傍にいる侍女である。

姫君ですらぽかん、としていたが、その侍女だけはカオルを冷静に見つめていた。

視線が合うと、ほとんど表情は変わらないものの口元がにぃ、と緩められたように思えて、カオルはますます不思議な気持ちになる。


(笑っていた、のか……?)


 わずかな変化だったが、すぐにまた頬が引き締められ、姫君に何事かぽそぽそと囁き始める。

カオルからも聞こえないほどの小さな声。

何を話しているのか解らず、ついつい間が開いてしまったが、今の状況を思い出し、再び衛兵隊へとぎり、と視線を向けた。


「とにかくっ、これ以上物騒な事をするなら、俺が相手をするぞ!!」


 野蛮な事をするつもりなどなかった。

そんなつもりでこの街に来た訳ではないのだ。

もっと穏やかに過ごすつもりだった。

何事もなく事件が解決できればそれでよかった。

だが、時には乱暴な手を使う事も必要なんじゃないかと、そう思えようになっていた。


――口だけで言って聞かせられない相手でも、自分の武勇は有効に作用する事がある。


 カオルは、今までの経験から人間が色んなものの影響を受け、その行動を変える事を理解していた。

英雄としての武勇伝もそうだし、姫君の持つカリスマもそうである。

そして、衛兵隊の武威も恐らくはそうなのだろうと思えた。

だが、武威はより強大な武威によって押さえつけられる。

オーガの話を聞いて後じさった衛兵隊を見れば、少なくともこの中に、「それでもこいつを」と切り伏せに来る愚か者は居ないように見えたのだ。

つまり、脅しが利く。有効な手段は何でも使い倒す気であった。


「……君のしている事は、我らの背後にいる王族の方の妨害をしているに等しい。それが分かっているのかね?」


 憎たらしげにカオルを睨みつける先頭の男にどう返してやろうか、と視線を一瞬上へと向けたカオルだったが。

建物の陰からサララがさ、と現れ、カオルの横に並び立ったのを見て「を?」と、考えが止まってしまう。


「――なら貴方とその王子様は、エルセリア王国と事を構える覚悟があるという事ですか?」


 王族を前に出されては苦しいと思っていたカオルだったが、サララはそれを、一瞬で別の問題へとすり替えていた。


「え、エルセリアだと……?」

「そうですよ。私達はエルセリアからの観光客です。私達の身に何かあれば、当然エルセリアだって黙ってはいません。王族の方にとって望ましくない内政干渉だって起きるかもしれないんですよ。その責任が、貴方に取れるんですか?」

「そ、それは……しかし、この問題に首を突っ込んできたのは君達の方で――」

「国際問題になりますよ? いいんですか?」

「だ、だからっ! 君達が首を突っ込まなければいい話だろうが!」


 勤めて冷静に振舞おうとしていた男の余裕を、サララは容赦なく断ち切ってゆく。

焦りの中から表面化してしまった素を、サララはあざ笑うかのように「そうは言いますが」と口元を隠しながら目を細める。


「私達はお祭り気分でこのイベントに参加していただけですもの。平和的な運動、大変よろしいことだと思います」

「だが、これは危険な運動で――」

「危険な運動ならもっと危険な主張をするでしょう? 私達、この人達と歩いていてそういった危険思想は見て取れませんでしたよ? 普通に楽しいお祭り感覚でしたし」


 そうですよね、と、サララがわざとらしくカオルに視線を送る。

舌戦ならばサララの独擅場。わざわざ援護する必要も無いかに見えたが、素直に「そうだな」と頷いて見せた。


「そ、れ、に! 今回の運動に関しては領主のカリツ伯爵も容認のはずです! 少なくとも、リーナ姫様達が領主館に来ることは承知のはずですよね?」

「な……」


 わざわざ強調しながら、確信めいた口調で、今度は視線を姫君へと向ける。

一瞬驚いたように目を見開いた姫君だったが、サララの論調に合わせ「ええ」と、目を伏せながら頷いていた。


「確かに。そちらの方の言う様に、私達の今回の活動は、カリツ伯爵より許可を得ています」

「ほらほら、やっぱり許可を得てるじゃないですか? 領主館に到達したって何の問題もないんですよ。止める理由、あります?」


 ないですよね、と、追い立てるように先頭の男へと詰め寄る。

小柄な猫耳少女である。迫力などあるはずもない。

だが、衛兵隊にとって既にこの少女は、言い知れない言語を操る魔女めいた存在に見えていた。

反論の余地すらまともに与えてくれないのだ。

自分達の活動の正当性を正面から突き崩してくる。勝てない。言葉では勝てない。


 通常、言葉で勝てなければ武力が前に出てくるものである。

だが、この場にはもう一人、オーガを騎士団と共に倒したのだという謎めいた魔法使いらしき男もいる。

やはり勝てない。武力ですら勝てない。


 そも、王族がバックに居る彼らは、王族である姫君に対し暴力を振るう事に、かなりの迷いがあった。

当然ながら、民衆に対して刃を向ける事にも。

口でこそ声高に刃を向ける事を宣言しようとしていたが、本来それは不本意極まりないことのはずで、説得に従ってくれれば何事もなくその場は収まるはずだったのだ。


 引き際を感じさせていた。

どうにもならないのだから、諦める他ない。

理由があるなら、この場で引き下がる面目が立つ。逃げられる。

情けないことこの上ないが、みっともなくてしょうがないが、それでも、人々に暴力を振るわなくて済むのだから。


「……この場は、下がらせていただこう。ですが姫様! ハインリッヒ殿下はお許しではないのです、あまり調子にはなりませぬよう……」

「貴方の兄上への忠義、妹としても嬉しく思います」

「……退くぞ! 撤退だ!!」

「はっ」


 姫君の皮肉めいた一言が決め手となり、衛兵隊はそのまま退散した。

開かれた道。どうしたものかと顔を見合わせ合う民衆。



 そんな中、姫君は前に出て……カオルとサララの手を取った。

肘までのグローブに覆われた、やや大きめの手。


(……硬い?)


 手先に伝わる姫君の手は、硬くも感じられ。

以前握った事のあるステラ王女の手と違い、柔らかな感覚は薄く、どこか違った印象を覚えていたのだ。

だが、その違和感を口にする間も無く、姫君はにこやかに二人に笑いかける。


「貴方がたのおかげで誰一人傷つかずに済みましたわ。感謝を」

「いえいえ~」

「建物、壊しちまったけどな」


 誰の建物かは解らないが、壊れたのが壁だけでけが人なども居ない為結果的に救われていた。

この程度で済むなら弁済は少なめに抑えられるかな、などと現実的な事を考えてしまいそうになるが、折角の姫君との接触である。

カオルは、思い切りついでに姫君に聞いてみる事にした。


「お姫様さ、色々と話が聞きたいから、後で俺達と会ってくれないかな?」


 本来なら色々と事前に手続きやら手順やら必要なのかもしれない。

だが、今ならそれをスルー出来ると思ったのだ。

上手くいくかは解らないが、やらない手はないといういきあたりばったりである。

だが、そのいきあたりばったりが上手くいくこともあるのだ。


「ええ、構いませんわ。このまま領主館まで進んだなら、その後は休憩時間ですので、その時にでも」

「ありがとう」

「いいえ、私達も助かりましたから。この場で、衛兵隊と事を構えるのは避けたかった事ですので……」


 話しながらに、ちら、と視線を群衆の中へと向けていたが。

それがどこに対してのものなのかカオル達には解らなかった。




 その視線の先に立つ、一人の男。

瓶底のような分厚い丸眼鏡をかけた青年が、ち、と、小さく舌を打つ。


(あのままぶつかってくれれば、政府側の横暴が浮き彫りになるというのに。王族が忌み嫌われる存在になれば、我々の活動の正当性が更に増すというのに、よそ者め――)


 口には出さないものの、明確に今の状況を望まなぬ思いのまま、彼は再び動き出した群衆と共に歩き出した。

内に秘めた、革命への情熱を表に出さぬままに。




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