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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#7.眼鏡男を探し出せ!


「領主様のご命令とあらば……しかし、はるばるエルセリアから、よくもレナスまで来たものですなあ。あ、どうぞ、掛けてください」

「ありがとうございます」


 街の中心地にある役所にて。

ゴートは、伯爵よりの書状を手に、ここで役人らに話を聞きに来ていた。

対応してくれたのは壮年の、皺の多い眼元が特徴的な男だった。

促されるままにテーブル席に着いたゴートにお茶を出しながら、男は正面の席に着く。


「とりあえず初めまして。私はこのレナスの管理要員をまとめる任についております『クラット』と申します。よろしくおねがいしますよ、ゴートさん」

「初めまして。本日は忙しいところ、ご協力感謝します」

「それで、私に聞きたい話というのは? 書状には『彼の言葉に対し真摯に応えよ』とありますが……」

「まず窺いたいのは、街中での問題の発生状況です。犯罪行為に限らず、口論や喧嘩、その他思わしくない事などがどれくらいの推移で起きているのかを知る事が出来たら、と」


 気難しそうな顔をしてはいるが、ゴートも隣国とはいえ役人である。

正面から直球の質問をしたところで、都合の悪いことは言葉を濁されるのは解り切っていた。

役人とは、直球の物言いを嫌う。

これは汚職しているか否かではなく、役人共通の性質のようなもので、この為、市民からは誤解されやすいことも、ゴートはよく理解していた。

その所為で難儀しているであろうことも。


 対して、件数や比率と言った数字に関する質問は、役人にとってさほど苦ではない事が多い。

あらかじめまとめていた数字を説明するだけで良いので、情報がきちんと流れている組織ならばよどみなく応えてくれるはずであった。


「ここ5年程度でしたら明確な資料もありますが……貴方が知りたいのは『民主主義運動』と連動して増えた、と思しき件数でしょうかね?」

「そう取っていただければ」

「ご存知かも知れませんが、基本的に問題の起きる件数というのは毎年似たような数字に落ち着く事はなく、あまり推移としては特徴がないモノのはずなのですが……その運動の情報が広まり、民衆が運動に対しての興味を抱いたりしはじめた頃、を仮の基礎値とするなら……年ごとに、問題発生率は1%~3%程度、下降し続けています」

「問題発生率が、下がっている……?」


 てっきり上がっているものと思っていたゴートは、思わず眼を見開きクラットを見やる。

クラットも「いや、それが」と、やや話しにくそうに視線を逸らしながら、近くに居た部下に「問題発生件数に関しての書類を」と声をかけ、また視線を戻す。

すぐに部下が書類をクラットに手渡し、書類はテーブルへと置かれた。


「この書類が示すように、犯罪率そのものも低下していますし、下らない口論や殴り合いの喧嘩といった犯罪に直結するような出来事も減っています。その代わりに、広場などを勝手に使って演説を始めたり、集会を開いたり、といった行為は見られるようになったので、必ずしも全てが減少したとは言えませんが……」

「少なくともレナスの中では、そういった問題行為を抑制されていった、と?」

「そう取れる部分が少なからずある、と言えるでしょうね」


 やや迂遠(うえん)な物言いではあったが、その説明には中々考えさせられるものがあった。

これが治安が悪化し、問題が多数発生しているなら衛兵隊常駐の根拠にもなりうるが、実際には街の治安は改善されていったのだ。

これでは、『平和運動』は市民感情にとってプラスの意味があった事になってしまう。

少なくとも、市民はそれによって日ごろの行いを改めているのだから。


「今まで、私はあの運動は、日ごろの民衆の苛立ちや怒りを噴出させる場として利用されているものと思っていましたが……これでは、性質が全く異なってしまいますね」

「ええ。我々としても困惑している所でして……なぜ起きたのか、そして、不満がないなら何故続けているのかが、我々には計りかねている所です」

「理由なき運動……ううむ」


 これが、日ごろ民衆が酷い搾取にあっているだとか、騎士団が横柄な態度で民衆を見下しているなど、何かしらネガティブな理由があるなら、その憂さ晴らしで運動に参加しているのだろうからすぐに問題の解決の糸口が見えようものだが。

民衆は不満なく、それでいて運動はいつまでも続けられている、というのがなんとも不可解であった。


「衛兵隊が来てからも、治安は?」

「むしろ、衛兵隊が来てからの方が治安がよくなっていますね。対立こそありますし、特に双方の位置が近い西側の地域は空気からして最悪ですが……」

「民兵らの主張する『自分達の街は自分達で守る』というのは、あながち口から出まかせだった訳でもない、と」

「少なくとも彼らは民衆に対し節度ある振る舞いを求めているようですから……それだけに留まらなければ、領主様や騎士団がそれを放っておくわけがありませんし」

「なるほど、確かに」


 民兵らが民衆に何かを強制している、というより、民衆が民兵に協力している、と取るのが正しいらしいと解り、ゴートは眉間にしわを寄せながらに小さく頷く。

喉の渇きを感じていた。

困惑から来る疑問符の連続。

だが、それならば、と、視点を切り替えてみる。


「では、衛兵隊の振る舞いはいかがでしょうか?」

「……正直な話、あまりいいとは言えませんな。あくまで自国の領内ですし、最低限の規律は守られているようですが……」


 こちらはあまり好ましい話ではないらしく、クラットもやや話しにくそうに口元に手を当てながら、言葉を選びながらの説明である。

やはり民衆を運動に追い立てているのは衛兵隊の存在が大きいのでは、と、ゴートは視線を下げながら説明の続きを待った。


「実際問題、民兵たちが露骨に活動を喧伝するようになったのも、衛兵隊が来てからなのですよ。初めは民兵らの言葉に耳を貸す者も今ほど多くはなかったですし。ただ、衛兵隊が来てからは多くの地域の方が民兵の言葉に耳を貸すようになって、衛兵隊に対する敵視は日増しに増えていく様子です」

「衛兵による犯罪は、今のところは?」

「流石にそれが起きたら引き金になるんでしょうな。今はまだそこまで酷いことにはなっていません。ただ、衛兵隊としても『折角助けに来たのに』という感情もあるようで、それが余計に面白くないのかもしれませんね」

「助けに来た民衆から排斥されそうになってれば、腹も立つか……」

「そういう事です。彼らも人間ですから、軍人としての規律によってそれは抑えられても、どこかでガス抜きが必要になってくる事もあるかも知れませんし」


 今はまだなんともありませんが、と、口調こそ楽観はしているものの。

クラットの面白くなさそうな表情を見れば、現状それが必ずしも楽観できるものではないのは、ゴートにもよく伝わっていた。

現状、暴発が怖いのは民兵ではなく、衛兵隊の方なのだ。


「そんな中で昨日の姫様の到着ですよ。衛兵隊としては、自分達が王族の方の後ろ盾で活動しているのに、その王族の方が自分達を排斥する者達の前面に立って運動を推進している。これは、たまらないですよね」

「彼らとて、何も嫌われ役になりたくて衛兵になった訳でもないでしょうし、ね」

「そういう事です。私からすれば姫様の到着は正直……」

「余計なお世話に見えた?」

「……失言でした。聞かなかったことにしてください。少なくとも領主様の配下が口にしていいことではありませんので」

「大丈夫です。私はあくまで伯爵殿の頼みを聞いて活動しているにすぎませんので」

「それならいいのですが……」


 役人の身では、言いたい事もあまり露骨には言えぬ。

それが分かっているからこそ、その身分の息苦しさを知っているからこそ、ゴートは穏やかな面持ちでクラットを見つめていた。

役人とて人間なのだ。心の中では平和を望むし平穏を願う。

だが、その立場として発言していいこと悪いことがあり、それによって様々な問題が発生してしまう事もあるのだから、ままならないものである。

少なくともこのクラットという男は、この街において誰より公平な眼でこの問題の当事者たちを見ているのだと理解できた。

これだけでも十分な収穫である。


 この問題は、何も民兵と衛兵隊、どちらかが悪いという話ではないのだ。

もっと言うなら、民衆を率いる姫君も、衛兵隊を動かした王族も。

結局は彼らは互いのイデオロギーの為に動いていて、そして、それが噛み合わないだけなのだろう、とも。

だからこそ、この問題の解決は難しいことも、ゴートには理解できてしまった。

噛み合わない問題を噛み合わせるのは至難の技である。

何せ尋常な方法では噛み合わせられないからこそ噛み合わないのだから。


「……とはいえ、この問題、解決しなければ多くの者が不幸になってしまいそうだ」

「ええ……我々も双方の衝突を防ぐことに腐心していますが、衛兵隊の駐留が長引く事で、民衆の不満も跳ね上がっている現状、いつ何が起きるのか解らないのが怖いですね」

「ガス抜きするにも、下手な方法も取れませんしね」

「そうですね。何かしら互いの感情を抑えるいい方法でもあれば……ですが、そんな都合の良い案がすぐに浮かぶわけもなく」


 策があるなら乗りたい。案があるならやってみたい。

彼らにはまだ、そういった感情があるのもそれとなく気づけた。

諦めていないのだ。解決できるなら、少しでも状況が良くなるなら何だってしたいという気概が感じられた。


(伯爵殿は、いい部下をお持ちの様だ)


 この状況下、悪化しつつある中で困惑しパニックに陥ったり、諦めて投げ出してしまう腐った役人はいないのだ。

責任ある役人としての使命を全うしようとしているその姿には感銘を受けたし、そんな部下を持った伯爵は幸せ者だとも思えた。

そして同時に、「私達も負けてはいられないな」と、役人なりの使命感にゴート自身も燃えていた。


「クラットさん。私もやるべきことが山積みですが、何かいいことが思いつけないか考えてみる事にしますよ」

「それは助かります。自分達の街の事、自分達でなんとかできないのはお恥ずかしい限りですが……このような状況下、凝り固まった身内考えよりも、いっそ他国の方の意見の方が為になる事もあるかも知れません。どうか、何か思いついた時は遠慮なく教えていただけたらと思います」

「ええ、今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。お互いに頑張りましょう」


 どちらともなく立ち上がり、腰を折り。

そして、手を握り合い、役人たちは互いのこれからを励まし合った。

伯爵の考え通り、役人同士話が合い、気が合い、そして、触発もされたのだ。


 その後、ゴートは役所を後にし、静かな街並みを再び歩き出した。

行動予定にはなかったが、衛兵隊が気になったのだ。

見た目こそその辺の市民と大差ない出で立ちである。

少しでも何か思いつけないか、そんな気持ちのまま、来るときよりもやや早い足取りで、ゴートは歩き出した。




 その頃、カオルとサララは、広場に足を向けていた。

既に多くの運動参加者らしき一般人が集まり、広場で受付を始めている。

受付を担当している民兵らも、昨日と違い横並びに机と椅子を用意して受け付けている他、民衆らに整列して並ぶように呼びかけも行っていた。

軍人のそれと比べればぎこちないながらも、徐々に整理されてゆく民衆。

ばらばらに動いていた昨日と比べれば、かなり組織だっているように、二人には見えていた。


「はえー、すごいですねえ。並べって言われてちゃんと並べるんだ……」

「そこは驚くところなのか?」

「驚きますよー。エルセリアくらいなら都市部ならできるでしょうけど、他の国って民間ではあんまり列になって並ぶっていう習慣ないんですから。これだけの人数の整理するのって、すごく大変なんですよ?」

「へえ……あんまり当たり前に並んでるから、皆できるのかと思ってたぜ」

「幼少時から並ぶ習慣がないとできませんからね。ある程度の教養と民度が必須なんです」


 簡単にはいかないんですよ、と、指を立てながらドヤ顔で説明するサララだが、カオルは「こんな事でも誰もが出来る訳じゃないんだな」と、若干カルチャーショックを受けていた。

彼の元居た世界では、それは当たり前にできていたから。

当然が当然でない異世界なのだと、今更のように感じてしまい、少し可笑しく感じてもいた。


「何か、笑っちゃうような事でした?」


 そんなだからか、サララが前に出て不思議そうにカオルの顔を見上げていた。


「いや、俺の世界だと、誰もが出来たから、さ」

「それだけ優れた世界なんですね。カオル様にとっては当たり前だった?」

「割とな。それでもたまに横入るするおばちゃんとかいたけどさ」

「まあ、それに関してはどこでも同じじゃないですか? ちゃんとやる人はいるけど、ダメな人もいるって感じで」

「そんな感じなのかなあ」


 あまり深く考える事でもないと思ったカオルは、サララの言葉にも曖昧に返すばかりである。

それとなく思った事、それとなく感じた事。それだけに過ぎなかった。

そして今、そんな事はもう、どうでもいい過去のように思えていたのだ。

彼にとっては、今目の前に広がっている現実こそが全てだったのだから。



「おっ、昨日のお兄さんじゃないですか。こんにちは」


 そうこうしているうちに、少し離れた所に立っていた民兵の青年がカオルに気づき、人懐こい笑顔で手を振ってきた。

カオルも「おおあの人だ」と、サララを連れてその人の前に並ぶ。

丁度空いていたので都合が良かった。


「そのお嬢さんが、昨日言っていた?」

「ああ。そうなんだ。他にも連れて来れそうだと思ったけど、とりあえずは一人な」

「えへへー、よろしくお願いしますねー」

「よろしくお願いします。それでは、こちらの書類に記載をお願いしますね」


 なんとも和やかなムードで話が進んでいく。

カオルも、昨日受け取った書類を民兵に渡しながら、集まってきた民衆らを見渡した。


「明るくなると、すごい人数だよなあ」

「ええ。沢山集まってくれて嬉しい限りですよ。我々の活動がそれだけ賛同されているなんて、それだけでやってきた甲斐があります」


 ニコニコ笑顔で書類を受け取りながら、カオルと一緒になって民衆を眺める。

カオルには解らないながらも、やり甲斐というか、内から来る喜びに打ち震えているようにも見え、カオルは「そんなに嬉しいのか」と、ちょっとした驚きを覚える。


「何せ、僕はこの運動を最初の頃から手伝ってたから。その頃は姫様もいらっしゃらなかったし、随分と寂しい運動だったけど……だからこそ、沢山の人が参加してくれた今がすごく嬉しいんですよ」

「じゃあ、お兄さんはこの運動の古参なんだな。すごいな、最初の頃から居ただなんて」

「ま、まあね……でも、僕はあんまり声高に何かを主張するのが得意じゃないから、演説とかはほとんどが発起人(ほっきにん)の人がやってたんだけど」


 カオルとしては素直に感心して褒めていたのだが、彼にとっては何やら恥ずかしいらしく、後ろ手で頭をかきながら「いやあ」と照れ始めてしまう。

だが、その言葉には二人とも、気になる所を感じていた。


「その発起人の人って、この会場にもいるのかい?」

「ええ、居ますよ。あちらの――あれ? 今は居ないのか。ごめんなさい、ちょっと席を外しているようで」

「ああいや、気にしないでくれよ。その人って、眼鏡かけてたりする?」

「よく知ってるね。確かに眼鏡をかけてるよ。ちょっと分厚い瓶底みたいな眼鏡の」

「そうそう……あの人が発起人なのか」


――やっぱりそうだったか。


 まさかが本当になる瞬間であった。

カオルもごくりと息を呑んだが、サララも書類相手に悪戦苦闘しているフリをしながら、耳だけを立てて話を聞く。

こうしている間は、この男はカオルとの雑談に対応してくれるだろうから。


「いや、昨日ちらっと見かけたからさ。他の人と違ってちょっと距離を置いてるように見えたから、もしかして何かあるんじゃないかなって思ってさ」

「なるほどね。確かに彼は、我々の中ではかなり特色がある、というか……特に真面目に運動を考えているからね」


 仲間相手である。

ここで下手に「浮いている」だとか「変わっている」だとか言うと顰蹙(ひんしゅく)を買いかねないが、これくらいなら気にしないくらいの、絶妙な言い回しであった。

カオルはカオルで、いくらか話術がサララに影響されて成長しているのだ。

そのおかげもあってか、その発起人の男が他と違う感覚で運動をやっている事も、それとなくだが察せた。


「そんな感じはしたぜ。きっと真面目で頑張り屋なんだろうな」

「ええ。我々の誰もが頼りにしているリーダーですよ。姫様がきてからは前に出る事は減ったけど……裏方になっても、僕たちは彼をこそ信頼してるんだ」

「いいリーダーなんだな……頼もしいぜ」

「ははっ、でも、姫様もご立派な方だからね。二人で上手く、この運動をいいところで着地させてくれれば、とは思っています」


 皆が幸せになれる方向で、と加えながら、視線をサララに向ける。

流石に書類に手間取り過ぎていると感じたのかもしれない。

何せ名前と性別、住所か宿泊所、それと健康か否かの記入程度である。

宿泊地に関しては伯爵に相談し、街中にある宿屋に協力してもらう形になったが、基本手間取るような要素は何もない。

サララも視線を感じ取ってか「できました」と顔を上げ、とてもいい笑顔で書類を手渡す。


「記載漏れはないね……二人とも健康で何より。それじゃ、カオルさん、サララさん、一緒になって平和的な運動を楽しみましょう!」

「おお! また街を練り歩くんだよな?」

「その通り。そして、一緒になって声を上げ、沢山の人に私達の存在を、私達の想いを知ってもらうのです」

「平和的な運動でいいですねえ」


 それでいて一体感を得られるのだから、この運動は支持される。

未だに民衆が不満もないのに民主主義を求める理由はよく解らないが、それでも参加する人々はいい笑顔だし、民兵らも、『民兵』という言葉が示すほどには堅苦しくなく、フレンドリーに話している。

二人には、これは民衆の、民衆による身の丈に合った運動に見えていた。


「もうすぐ姫様達も到着するころですから、それまでは気楽に待っていてください。姫様がいらっしゃったら、再度整列して、それから運動開始です」

「解ったぜ。それじゃ」

「ありがとうございました」

「いえいえ。お互い頑張りましょう!」


 とってもいい笑顔で手を振ってくれる青年民兵に、カオルもサララも「あの人はきっといい人」と、温かい気持ちになりながら。

少し離れた場所で、先ほど彼が示そうとしていた「発起人が居た場所」を眺めていた。


「カオル様の言っていた通り、眼鏡の人が怪しかったようですね」

「ああ。だけど、信頼されている良いリーダーらしいからな。悪人じゃないのかもしれない」


 少なくとも古参の参加者からは信用されているのだから、根の部分は悪党ではないのだろう、とカオルは考える。

今はどうかは解らないが、少なくともリーダーと呼ばれるなりの人物なのだ。

昨日聞いた悪態だって、もしかしたら聞き間違えか、あるいは悪意はなくとも出てしまった言葉かもしれない、などと変な方向に考えを変えてしまいそうになっていた。

だが、サララが手を取る。


「カオル様? もしその人が本当にいい人だったとしても、その『いい人』が考える事が正しい保証なんてないんですよ?」

「サララ……?」

「だってそうでしょう? いい人がいい人って呼ばれるのは、そう呼ぶ人達にとって都合がいいからですもん。でも、その人本人はいい人のつもりがなかったとしたら? 『誰からも信頼されている立派なリーダー』が、自分の事を違うと考えていたら、どうなりますか?」

「……周りの求める通りになる保証は、ないかもしれない?」

「そうです。そういう事です」


 カオル様あったまい~と、からかう様に笑い掛け、くる、とカオルの正面に立ちながら。

しかし、すぐに真面目な表情になり、手に取った両掌を自分の両手で包み込んでいく。


「あるいは、全く別の意図で活動していた人が、周りに勝手にそういう、ポジティブに誤解されていってそう見られちゃう、みたいなのもあるかもしれませんし。人の評価というのは結構、いい加減ですからね」

「客観的に物事を考えないとダメ、って事か」

「今回のように大事になりかけてる問題なら尚の事、そういった視点は大切だと思いますよ? カオル様がいい人だと思ったからって甘めに見ちゃうのは、大きな失敗に繋がる事もあるかもしれないって事です」

「それは……怖いな」

「怖いですよ~。だから、気を付けてくださいね? カオル様ってお優しいから結構そういう自分目線で考えちゃいますけど、傍から見てるとすごくハラハラしちゃうんです」


 これもまたサララなりのアドバイスだったのか。

そう思いながら、カオルは包み込まれた両手に温かいものを感じながら「そうだな」と、視線を上に向けてしまう。

なんとなく、照れ臭かったのだ。

当たり前のように手を握られ上目遣いで見られる。

とても可愛い仕草だった。話している内容を聞かなければ、恋人同士がいちゃついているようにしか見えないだろう、と思いながら。

そしてそれに気づいて「ああ、そういう風に見せたかったのか」という結論に至る。

これもカムフラージュの一種という事か、それともサララが単に周りに見せつけたいだけだったのか。

いずれにしても、それはとても理に適った事なのだ。

人がたくさん集まるこの場において、若い男女が一緒にいる理由としては、とても正しく感じられたのだから。


「――そろそろ姫様が到着します。皆さん、整列して姫様を迎えましょう!!」


 結局、待っている間中に眼鏡男は現れなかった。

そのままに民兵らの声が聞こえ、民衆が俄かにざわめきだす。

次第に列に並ぶため動き出す民衆の流れに、カオル達も混ざっていった。


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