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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#6.本日の方針決定


 翌朝の事である。

各々身支度を済ませ朝食の場に集まったところで、夕べに引き続き伯爵が姿を見せなかった事から「まだ忙しいのかな?」と話し合っていた一行であったが、供された食事を食べ始めたところで、伯爵が遅れて現れた。


「いやすまなかった。突然の問題が起きてね……ああ、そのまま食事を続けてくれたまえ。私も軽く食べる事にするよ」


 傍に控える侍従に一言二言指示を出し、ナプキンを掛けながら運ばれてきた食事に口をつける。

カオルらも、伯爵に促されたこともあり、一度止まった食事の手を再び動かす。


「問題って、やっぱお姫様が来たことが関係するのかい?」


 まず最初にカオルが気になったのは、姫君の到着について。

カオル自身、昨日のお姫様周りで感じた事の答えが欲しかったのだ。

伯爵は伯爵で、「ううむ」と苦み走った顔を更に苦々しく強張らせ……やがて、小さく息をついた。


「関係する……というより、問題そのものと言って差し支えないな」

「まあ、街にいきなりお姫様一行が到着、なんてなったら騒ぎにもなるもんな。領主様的には落ち着かないか」

「それもあるんだがね……いや、姫様が来るのは既にゴートから聞いていたから驚きでもなかったのだが……」

「お姫様が、どうかなさったんですか?」


 言葉に詰まる伯爵に、「そんなに話しにくい事なのか」と思ったカオルだったが、サララはぴく、と耳を伯爵に向けながら、表情ばかりは訳も知らぬ体で笑顔を向けていた。

まるで「言えなければ別にいいんですけど」くらいの、軽い気持ちで聞いた感を演じるかのように。

そんなだから、伯爵もいくらか表情が柔らかくなり、パンをちぎりながら口に運ぶ。


「いやあ、私は幼少の頃リーナ姫様と対面した事があったのだが、成長なさった後の御姿が……想像を超えていた、というか、ね」

「強そうだった?」

「うむ……君達も見たのかね? 街中で民と『平和運動』なる運動をしたらしいが」

「直接見てたのは俺だけだな。でも、やっぱ伯爵視点でも強そうに見えたか」

「誰が見てもその感想にはそれほど違いはなさそうだな。無論、お美しくはあるが」


 自分だけがそんな感想を抱いたわけではないのが分かり、カオルは内心でホッとしながらも、「誰からも強く見えるお姫様ってなんなんだろうな」と、首をかしげてしまっていた。


「でも、街一つ治める貴族様でも、お姫様とはそんなに会う機会はないんだな」

「王と謁見する機会は何度でもあるんだがね。地方領主ともなると、王以外の王族の方と会う機会などあまりないからな……」

「俺、自分の中で貴族様って王族としょっちゅう顔会わせてるイメージだったけど、そんなんでもなかったんだな……勉強になったぜ」

「ははは、エルセリアでは違うかもしれんがね。あちらの王族は地方貴族や平民にも気さくに応じてくださるだろうが、我が国ではそうはいかぬ」


 難しい問題なのだ、と、再び眉間に皺を寄せながら、伯爵は適当に切り分けた小魚のマリネを口に運んだ。

サララも同じくマリネを口にし、ぴょこ、と、猫耳が愛らしく跳ねる。


「このお魚、美味しいですねー♪ エルセリアでは見ないですけど」

「ラナニアの淡水域でしか獲れないミツクニですね。今時分のは身が引き締まっていて、酒と絡めても美味いのですが――」

「酒と絡みたいのは貴公の方ではないのか?」

「は……いや、伯爵、そのような事は……」

「ははは! ま、サララ嬢に喜んでもらえるなら、今後も食卓にはよく出すように料理人に言っておこうか」


 このような時に和やかに笑えるサララは、この場において重要な癒しとなっていた。

伯爵もそれを敏感に感じ取ってか、サララの機嫌を取るような事まで笑いながら口にするのだ。

サララもまた、そんな軽口を本気に取るつもりもないのだろうが、表向きは愛らしいスマイルを見せながら「ほんとですか、嬉しいです!」とはしゃいで見せた。

尻尾はあまり動いていないので隣に座るカオルから見ると本当の気分が丸わかりなのだが、流石にカオルも空気を読まない事はしない。

素知らぬ顔でミツクニを一尾口に入れて「確かに美味いなこれ」と、その小魚の味や食感を楽しんでいた。

勿論、これを使って他にどんな料理が作れそうかを考えながら。




「話は戻りますが、リーナ姫って、伯爵が知ってらっしゃった頃はどんな感じのお姫様だったんです?」


 軌道修正もお手の物のサララ。

先程とは違い朗らかなムードになった会食の中で、伯爵も「そうだな」と、思い出すように視線を上へ向ける。


「かつての姫様は、あまり運動の好まない、読書好きな姫君だった」

「読書好きか、なら趣味が合うかも知れないな」

「どんな本をよく読んでたんですか?」

「さあ、私も一度しかお会いしていないし、流石にそこまでは分からんが……ただ、あまり城の外に出たがらない方のようで、教育係が難儀していたのは覚えているよ」


 たまたまそんな場面に出くわしたのだ、と、伯爵は懐かしげに口元を緩める。


「あの頃の姫様は、どこか儚げな印象があってな……立場上、そうせざるを得なかっただけかもしれんが、今とは似ても似つかないものだから、昨日お会いして驚かされてしまったよ」

「儚げ……なあ」


 カオルも昨日の姫君の姿を思い出し「それは確かに驚くよなあ」と、そのイメージとのギャップの激しさに苦笑いしてしまう。


「影武者の可能性は……? 伯爵様は、実際にお話ししたんですよね?」

「無論、本人確認のために直接話して確認してみたのだがな。だが、私が姫様と以前お会いした時の事を覚えてらっしゃったから、まあ、間違いはあるまい」

「そっか……じゃあ、儚げなお姫様が、めっちゃ健康そうなお姫様に成長しちゃったって事か」

「私は以前のリーナ姫様を知らないですけど、健康的になったのならむしろ喜ばしいのでは……?」


 ため息する男連中に対し、サララの反応はむしろ好意的というか、前向きであった。

カオルらも「言われてみればそれもそうか」と一様に頷く。

その様子に、若干ジト目になりながらも、「男性ってそんなに儚げなお姫様が好きなんですかねえ」と、呆れ半分にため息をついた。



「リーナ姫って、結局何が目的でこの街にきたんだい? やっぱり、その平和運動とやらの支援の為?」

「運動に参加する市民の安全の為、というのが主な理由らしい。民衆のみだと衛兵隊に捕らわれる恐れもあるから、とりあえずで面倒を見ているのだとか」

「ふぅん……やっぱ、お姫様自身が民主主義を推し進めてるとかじゃないんだな」

「うむ。この辺りは姫様自ら『誤解なさらぬ様に』とはっきり言明された。少なくとも他の王族や王に対しての反乱という意図はないらしい」


 反乱の意図なし。

これだけでもう一安心できる一言だったが、だからと全て解決するとも限らず。

カオルは「それだけで終わるのかな」と、内心で疑問を抱いていた。


 本当に平和的に物事が解決するなら、民衆にとってはただのガス抜きで終わる可能性もあるのだが。

それはそれとして、昨日の眼鏡男が気になってしまったのだ。


「あの、伯爵様、私気になったんですけど……」

「ふむ。何かなサララ嬢。遠慮なく聞いてくれて構わんよ?」

「その『平和運動』って、誰が主導して始めたんです? お姫様じゃないんですよね……?」

「うむ。運動そのものは民衆から自然発生したものらしい。姫様はお忍びで国内旅行中に、たまたまそれに気づいたのだとか」

「それってつまり……他に首謀者が居る中で、お姫様一行が運動を乗っ取った、みたいな……?」


 偶然なのか狙ってなのかはともかく、結果的にそういう形に収まっているようにサララには思えたのだ。

そして、だとしたら首謀者本人にとって、今の状況が望ましいとは限らない訳で。

ゴートも顎にを手やりながら「場合によっては」口を開く。


「リーナ姫を中心にした民衆と、元々の運動家との間で確執が起きる可能性もある、という事でしょうか?」

「一番最初に始めた奴らが今の状況を望んでなければ、そうなるよな、多分」

「つまり、場合によってはまだまだ問題が発生する可能性、なくなってないんですよね、今の状況って」


 あくまで可能性の段階の話。

何事もなく終わる事だってあるかも知れない。

だが、楽観すればできてしまえることでも、今の状況下では無視できなかった。

レナスの街には、未だ衛兵隊が存在し、民衆と対立したままなのだから。


「オーガや魔法陣の問題が解決したし、運動も平和的に進んでいる以上は衛兵隊には帰還してもらいたいのだがな……あちらの指揮官は私の話を一向に聞こうとせん。これはバックについている王族がよほど強硬なのだろうな」


 伯爵の一言を聞き、三人ともがこのままでは別の問題になりうるという結論に至った。

やはり、楽観できる状況ではないのだ。


「リーナ姫に言って、その衛兵隊を下がらせることはできないのかい?」

「難しいようだ。というより、衛兵隊に命を下せるような王族の方となると、限られてくるからな……姫様は第二王女であらせられるが、衛兵隊への命令権を持つのは王を除けば第一王子と第二王子、それから第一王女のみでな」

「リーナ姫には、そういった権限がない、と」

「ああ。それにあの方は母君が……な」


 都合が悪い事らしく、それまでよく聞こえるように話していた伯爵が、急に声をひそめ、口元に手を当てた。

カオルらも耳を立て、心なし顔を近づけるようにして続きを待った。


「エルセリアでは妾殿が産んだ王子も差別される事なく継承権を持つようだが、我がラナニアの王家は妾腹には厳しくてな。姫様の母君とて由緒正しき貴族の娘だったが、他国から来られた事もあり、姫様の宮廷でのお立場は芳しくないのが現状だ」

「衛兵隊を帰らせるのも、一筋縄じゃいかないって事か……」

「少なくともリーナ姫が一言命ずればそれで終わり、とはいかないようですな」


 まだまだ難儀は続く。

しかも今度は王族同士の対立という、より高度な政治案件に発展しかねないというおまけつきである。

エルセリアの時はそれでもまだ王族や関係者の多くがカオル達に好意的だったから事なきを得たが、ラナニアではどうなるのか。

それを各々考え、しばしの間、一同が話す事も出来ず、重苦しい空気が流れた。

流石にカオルもこれには「いつもの調子で手を出すと火傷じゃ済まなさそうだなあ」と、頬に流れる汗に、緊張を感じていた。




 食後、皆が寛いでいる中、カオルが「そういえば」と話題を持ち出す。


「昨日さ、お姫様のやってる平和運動ってのに参加してみたんだよ」


 折角なので、とばかりに昨日運動に試しに混ざってみた感想などを伯爵に報告する事にしたのだ。

伯爵も興味深げに「ほほう」と顔の前で手を組みながら耳を貸していた。


「いやこれがすごい賑わいでさ。夕方だってのに沢山人が集まってた。だけど、皆そんな変な運動に参加するほどでかい不満を抱えてるって感じじゃなくてさ、自治したいとか権利が欲しいとかは口を揃えて言ってたけど、かなり穏やかな感じだったぜ」

「つまり、それほど民衆が不満を抱えている訳ではない、と?」

「少なくとも俺の周りに居た連中はな。勿論民兵の中には衛兵隊とかに不満抱えてる人はいたみたいだけど、それって今の状況になってからの不満だろうし。運動の起点になるようなでかい事件とかって、別にないんだよな?」

「今までそんな報告は聞いていなかったな。マリアナの時も突然運動が発生したのだと聞くし……しかしそうか……そうなるとこの運動、やはり最初に始めた『首謀者』が気になってくるな」


 事の発端となった最初の一人。

それがどのような理由でそれを始めたのか、何故他の民衆を巻き込んだのか。

伯爵のみならず、その場に居た全員が気になる点であった。


「リーナ姫はその辺、何か仰ってませんでしたか?」

「いや、姫様もそういう者がいるらしい事は仄めかしたが、聞いても教えてくれなくてね。あまり信用されていないのか、それとも姫様としても隠したい事なのか……」

「運動の首謀者ともなると、場合によっては反乱の主犯と見られ捕縛される恐れもあるでしょうから、それを庇おうとするなら、迂闊に人には話せないのかもしれませんな」


 ここまで各々の意見を聞き「なるほどなあ」と相槌を打っていたカオルだったが、「そういえば」と昨日の眼鏡男を思い出す。


「首謀者かは解らないけど、お姫様の演説に悪態ついてた奴なら居たな。眼鏡かけた若い男」

「悪態……? 運動を批判している者ではなくか?」

「参加者だと思うぜ? 『もっと煽ればいいのに』とかそんな事言ってた。すぐに移動が始まって、それからはどこに行ったか解らなくなっちゃったけどさ」


 結局見つけられなかったのだ。

見つけられれば何かしら手掛かりになったかもしれないと思えば、カオルは「無理してでも探せばよかったな」と、ちょっとだけ後悔していた。

だが、伯爵は顎に手を当てにやりと口元を歪めた。


「全くの手探りという訳ではないようだな。カオルのおかげで随分マシになったと言えよう」

「そうですねー。とりあえずはその眼鏡さんを探せば、何か掴めるかもしれない訳ですし」

「姫の周囲を探れば、おのずとその眼鏡男とも会えるかもしれませんしね。そう考えると、カオル殿は貴重な情報を持ち帰ってくれたわけですな」


 サララとゴートは昨日聞いた話とはいえ、伯爵の話と加味すると、結果的に大戦果とも言える成果だった。

少なくとも本日の方針はこの時決まったのだから。


「よし、ゴートは街の各地の役人たちに話を聞いて回ってくれ。国は違えど、役人同士ならいくらか気が合うかもしれんからな」

「承知しました。では伯爵殿に一筆いただきましょう」

「うむ。それで、カオルとサララ嬢には、姫様の周囲を探ってもらいたい。私がやってもいいのだが、姫様も私相手では警戒心が増すかもしれんからね」

「下手に見知った相手よりは、見ず知らずのよそ者の方が上手くいくかもしれないって事か」 

「ありていに言うとそういう事だな。できれば運動に参加して、眼鏡男を直接探すのも並行してもらえると助かるが……」

「オーケ、任せてくれ」

「今回は私もついていきますから、リーナ姫の悪口を言ってる人が居たらすぐに見つけられるはずですよ」


 任せてください、と、自信満々に胸を張るサララを見て、三人ともが「頼もしいな」と感心していた。

人混みに紛れても、猫獣人の耳の良さは役に立つはずである。

一番身近でそれを知っていたカオルも、こんな時のサララには強く期待していた。



 こうして、本日の三人の活動方針は決定した。


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