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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#5.とてもへいわてきなうんどう


 姫君を筆頭に進む群衆は、民主主義を是とする民衆が口々に「国民に自由を」「民の手に政治を」と叫んではいたが、それ以上に過激な行動に出る様子はなかった。

参加しているカオルも時々他の者達と一緒に手を上げたり声を上げたりしていたが、それほど騒ぎになる様子もなく、平穏な時間が過ぎてゆく。


(なんか……思ってたのと違うなあ)


 街一つが占拠され、衛兵隊が警戒していたというからもっと殺伐な運動を想像していたカオルにとって、この一連の動きは何か違うものを感じずにはいられなかった。

いや、違うなら違うでいいはずなのだが、何かがおかしいと思っていたのだ。

先程の騎士殿の様子や姫君の雰囲気。そして何故か民主主義に熱中している民衆。

それら全てに違和感を覚えていた中でコレである。

何もかもがちぐはぐで、政治などに関しては素人にすぎないカオルでも奇妙なモノを覚えていたのだ。


 だが、民衆は姫君が先頭に立っている事もあってどこか楽しげで、自信満々で、そして嬉しそうだった。

自分達の活動が認められたのが嬉しいのか、それとも主張が通りそうだから喜んでいるのかはカオルには解らなかったが、それでも、姫君が現れてからの民衆のテンションは一貫して高く、鎮まる様子もない。

そして、姫君の姿を見た、それまで運動に参加していなかった一般人も、その後ろに続いて数を増やしてゆく。

街の多くの民を加えながら、群衆は最初の広場を出発した頃よりの倍近くまで増えていた。


 ただ、歩いていながらもやはり疲れるのか、最初から参加していた者達は頬に汗しながら、次第に歩く速度が落ちたり、声が小さくなったり、腕が上がらなくなってきていた。

カオルはある程度鍛えられていたのでなんてことはなかったが、それでも「これ、いつまで続けるんだろうな」と、その終着が気になり始めていた。

これが何時間も続くのだとしたら、脱落者も相当な数になるのではないか、と。

そんな疑問を抱き始めたところで、姫君はぴた、と足を止める。

後ろに続く者達も何事かと止まり、一瞬どよめきが走るが。

丁度、次の広場に差し掛かっていたらしく、姫君はキリリとした勇ましい表情のまま民衆を見渡し、手を上げる。

それだけで、どよめき走っていた場は静まり返り、民衆は姫君の言葉を待つ為、私語を慎んだ。


「――皆さん、一旦この辺りで休憩に致しましょう。当然のことながら皆さんにも生活があります。夜遅くまで騒ぎ立てては参加していない方にも不興を買う事になりかねません。また明日――」


 皆を見渡すように大仰につま先を伸ばしながらくる、と半円を描くように動き、民衆に背を向けると、左手を広場中央の時計へ。

そしてまた振り向き、ニコリと微笑んだ。


「――10時、の辺りに始めたいと思います。皆さん、是非ご参加ください」


 それだけ告げると、姫君は大きく手を振りながら広場入り口脇に止められた馬車へと乗り込む。

お付きの騎士や侍女も一緒に乗り込み、馬車は静かに去っていった。


「えー、では、本日の運動はここまでに。皆さん、是非明日も参加してくださいね」

「明日の参加希望者の方は是非事前に登録を。我々はどんな方でも歓迎しますよ!」


 姫君が去ると、それまで姫君に追随していた民兵らがビラの束を片手に参加者たちに呼びかけ始めていた。

それそのものも気になるが、走り去った姫君の馬車も気になったので、カオルはどちらを追うか迷い――とりあえず、近くに居た民兵に話しかけることにした。

歳も30前後の、ひょうきんな顔立ちの男だった。

腰にはショートソードなどを指しているが、身体つきはひょろながで、あまり強そうには見えない。


「なあなあ、ちょっといいかな?」

「うん? 参加希望者ですか? それでしたらこちらの書類に――」

「ありがと。今は忙しいから後で書いておくよ」

「ええ、また明日」


 参加者としての登録受付だったらしく、ビラを受け取りながら目的のもう片方も済ませようと「ちょっと気になったんだけど」と、話を継続する。

民兵も「何か?」と、人のよさそうな笑顔で対応する。


「あのお姫様さ、どっかの宿に泊まる予定なのかい? いや、一緒に来た民兵の人達と同じ場所に泊まるつもりなのかなって」

「ああ、姫様は特別の場所に泊まる予定らしいよ? よく解らないけど、僕たちと同じ宿屋ではないようだね」

「そうなのか……特別の場所、ねえ」

「まあ、王族の方だからね。さすがに民衆と同じ宿屋には泊まれないよ。何か間違いが起きても困るだろうしね」

「そうだよなあ。ありがとう」

「いえいえ。姫様も言ってましたけど、明日は10時からですから」

「間に合うように来るつもりだよ。俺の仲間も参加するのは初めてだけど、連れてきてもいいかい?」

「勿論ですとも! 当日参加、大歓迎ですよ!」


 是非来てください、と、満面の笑みで見送ってくれる民兵に「普通に気のいい兄ちゃんなんだな」と、ちょっと意外なものを感じていた。

政治的な運動というと、もっと物々しい、厳めしい人達の怖い運動のように思えたのに、実際にはそんなことはなかったのだ。

ちょっと見渡しただけでも他の人達も似たような感じで新規参加者たちと話したりしていて、それほど難しい事を話している様子もない。

既に姫君の馬車はどこに行ったのか解らなくなっていたが、ところどころで「宿屋がいっぱいならうちに」と気さくに声をかけている住民も居たりで、広場は和気あいあいとしていた。


(この分なら、運動側はそんなに問題ない、のか……?)


 まだ不安を払しょくできるほどではなかったが、それでもこの一連の流れに不穏な空気はなかったようにも思え、ひとまずは屋敷に戻ろうとしたカオルだったが……「そういえば」と、足を止めて広場を今一度見渡した。


(……あの眼鏡、どこ行ったんだろうな)


 姫君の演説に悪態をついていた眼鏡男。

それが気になり探してみたのだが、やはりというか、周りにはいないらしく。

少なくとも近場にはいないのだろうとカオルも考え、今度こそ広場を後にした。




「――なるほど、リーナ姫一行は、デモを扇動していた訳ではなかった、と」


 カオルが領主館に戻ってからほどなく夕食の時間になり、サララとゴートを交えての夕食の最中、先程の出来事を伝えていた。

本来なら伯爵にも伝えたかったことながら、直前になって「急な用事が出来たので」と急いだ様子で館を出て行ってしまったため、三人での食事になっていた。


「少なくとも俺にはそう見えたぜ?」

「民衆の先頭に立ちながら、運動そのものは問題にならないような形にしようとしている……とかでしょうか? 民衆が傷つかないように」

「その為に先頭に立っているのだとしたら理由としては納得できますが、それでも姫君のする行動としては少々……無茶な気がしますな」

「だよなあ」


 少なくともお姫様のするような事ではないんじゃないかと、カオルもなんとなしにそう感じていた。

デモに混ざってみて感じた違和感の全てがそれだとは言い切れないものの、「どうしてそうなったんだ?」という疑問が大きすぎて、正確な全容が掴めていないように思えたのだ。


「私としては、その、リーナ姫の演説に否定的な態度を取っていた男性も気になりますね。デモに反対している人ならともかく、参加者なのにそれというのは……」

「一体何者なんだろうな。いや、ほんとなんでもないデモ参加者なのかもしれないけどさ」


 それならそれで楽な話だが、もしそうでなかったら。

まだ疑いの段階でしかないが、姫君にも善くない事が起きるのではないかと、三人は言葉にできずとも想像してしまっていた。


「……あ、このロースト、美味しいですね」


 ちょっと嫌な空気になりかけていた所で、魚のナッツローストを口にしたサララがぱあ、とにこやかな笑顔で舌鼓を打っていた。

狙ってなのか、はたまた本心からつい出てしまった言葉だったのか。

いずれにしてもじっとりとした空気に満ちようとしていた食卓の場は、元の華やかさを取り戻していた。

カオルもゴートも顔を見合わせ、フォークとナイフを持つ手を動かした。


「確かに美味いなこれ」

「ええ、ナッツの香ばしさがイマオオオカの引き締まった肉とマッチしていて……ふふ、酒によく合いそうですな」

「飲んでもいいんですよ?」


 どうせこの後はお風呂に入って寝るだけですから、とサララがテーブル端に置かれた果実酒の瓶へと視線を向けると、ゴートは「いやいや」と苦笑いしながら手を振った。


「この状況下、いつ何があるかも解りませんし、問題が解決するまでは禁酒ですよ」

「ゴートさん、カッコいいですねえ」

「いい意味で真面目だよな」


 試したつもりもなかったが、サララも「ちょっと意地悪な事言っちゃったかな」と頬に手を当てながらにへら、と笑う。

カオルもそんなやり取りを見て「ちゃんと仕事優先できる人なんだな」と、改めてその姿勢に感心していた。

こういう部分は見習うべきだろうと、ちょっと嬉しくなりながら。

しかし、急に褒められたからか、ゴートは照れくさそうに苦笑いし、「参りましたね」と口元を歪めた。


「これでも一応役人ですから……でも、一仕事終えたら心行くまで飲みたいと思います!」

「ははは、美味しい酒があるんだもんな。その為にも、この街の問題はちゃんと解決してかないとな」

「そうですね。がんばらないと」


 和気あいあいとしながらも、気持ちは明日へ。

ここから起こるかも知れない問題を解決すべく、覚悟を決めての晩餐だった。




「そういえばカオル様。リーナ姫って、どんな方だったんですか? さっきのお話の中では聞けませんでしたが」


 食後。お風呂に入った後のサララが髪を拭きながら部屋へと入ってきて、先ほどの話の続きへと繋がる。

サララが来るまで机で今後の事を考えていたカオルも、パジャマ姿でベッドに腰かけるサララに内心でどきりとしながらも「そうだな」と、思い出すように視線を上へと逸らし、数秒。


「強そうだった」

「……強そう?」

「ああ」


 お姫様にあるまじき第一印象である。

だが、実際問題カオルの脳裏を一番最初によぎったリーナ姫に関しての感想は「強そう」だったのだ。

想定外の返答にサララも困惑気味に眉を下げ「えええ」と口元に手を当てる。


「お姫様の感想を聞いて強そうっていう感想が返ってくるとは思いませんでした……」

「いや、確かにそうなんだけどさ……なんか、背が高くて肩幅広くて……そんな風に感じちゃったんだよ」

「背が高いのはいいですけど、肩幅広いんですか……」

「お付きの女騎士よりもがたいがいいんだぜ?」

「……なんかすごいの想像しちゃいそう」


 サララの脳内ではどんなイメージ像が展開されているのか。

カオルも若干気にはなったが「いやいや」と手を振りながら苦笑いした。


「別に筋骨隆々とかじゃないんだぜ? 普通に可愛い系のドレス着た綺麗なお姫様なんだ」

「でも背が高いんですよね?」

「肩幅も広いぜ。顔が綺麗な女じゃなかったら男の騎士の女装を疑ったかもな」


 流石に男性と比べればいくらかは……とは思ったものの、それでも小柄な男よりは肩幅があるのだから、どう足掻いても「強そう」という印象から抜け出せそうになかった。


「仕草は完璧にお姫様なんだけどな。ステラ様を見てるから、お姫様のイメージが完全に固定されちゃってるっていうか」

「ふーん……」


 表情は上目遣いのままあまり変化はないが、尻尾は先端がぴくぴくと動いていた。

なんとなしに「考え事とかしてる時によくこうなるよな」と思いながら、サララの反応を待つ。


「カオル様?」

「うん?」

「カオル様的に初お姫様はステラ様かもしれませんが」


 突然立ち上がって傍に寄ってきたかと思えばぐい、と顎を掴まれ。

顔を引っ張られる感覚に驚く間もなく、正面にサララの顔があった。

赤い瞳は揺れることなく、じ、とカオルの瞳の奥を覗きこもうとしていた。


「私の方が、先ですからね?」


 何を言うつもりなのかと内心胸が爆発しそうだったが、実際にサララの口から出たのは可愛い嫉妬のようなモノだった。


「お前……くくっ」

 

 ちょっと緊張気味だったカオルは、安堵もあってかつい吹き出してしまう。

そんな反応からか、サララは「なんで笑うんです?」と不満げに頬を膨らませる。

そんな仕草が、尚の事可愛らしく思えてしまい。

それはそれとして「確かにそうだよな」と、今までお姫様だった事をどこかへ追いやっていた事が妙におかしく思えてしまい、笑いが止まらなくなっていたのだ。


「むむむ……なんで笑うのかな。そんなにおかしなこと言いました?」

「いや、サララは間違ってねぇよ。そうだよな、サララとはずっとだもんな」

「そうですよ。カオル様にとっての初お姫様は私なのです! もっと自慢げに記憶の中に広めておいてください」

「そうしとくよ」


 ドヤ顔で胸を張るこの猫娘は、確かにお姫様なのだ。

わざわざ隠していたのだからあまり表に晒すつもりもなかったのだろうが、それでも間違いようのない事実なのだ。

だからこそ、この猫の姫君にとって、他の姫君の名前が自分より先に出たのは、ちょっとつまらなかった。

ただそれだけである。それだけの事が、妙におかしくて、そして可愛らしい。


(ほんと、こいつといると飽きないな)


 笑ってしまうくらいコミカルで。

だけどそんな事を真剣な顔で言ってくるのだ。

これからの先行きとか、真面目に考えそれなりにシリアスな気持ちになっていたのが、それだけで吹き飛んでしまった。

むやみに重くなった肩の荷が軽くなったように感じて「これもサララ効果か?」と妙な事を考えながら。

いくらか機嫌がよくなったらしいサララと二人、今後の活動について話し合ったりして夜を過ごした。

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