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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#4.王女一行の到着


「あれが……?」

「おお、あの馬車だ、そうに違いない」

「私、王女様なんて初めて見るわ……」

「すげぇ馬車だなあ……」


 その一団がレナスの街に到着したのは、夕方に差し掛かった頃の事であった。

王族専用の豪奢な馬車を取り囲むように歩むのは、軍馬にまたがる民兵の集団。

その馬車を筆頭にいくつもの荷馬車が連なり、やはりそれを囲むように多くの民兵が歩く。

行列は街の南側の街道を埋め尽くすかのようで、それがゆったりとしたペースでレナスの街の南門へと到着していった。


「あれが……リーナ姫の乗ってる馬車か」


 カオルも姫君一行到着の報をゴートから聞き、一人それを眺めていた。

朝の時点で来ることそのものは解っていたが、それにしても規模が大きく、間近で目にすると驚かされるものがあった。

先頭の馬車は、街中でも止まることなく、ゆったりとしたペースで街の中央へと向かってゆく。


「あ……手、手を振られたぞっ」

「あの方が姫様かしら……?」

「ドレスを着てるんだ、間違いない!」

「結構、背の高い方だったんだな、リーナ姫様って」

「私も初めて見たわ……」


 通りすがり、馬車の窓から集まった民衆へと手を振る貴人の姿が見え、民衆のボルテージは一気に跳ね上がってゆく。

カオルもその姿は見えたが、だがエルセリアで見た姫君とはまた違った印象の姫君で「あれがこの国のお姫様なのか」と、顎に手を当て呻ってしまっていた。


 窓から見えただけなのでなんとも言えないが、「かわいい」という印象が第一に来るステラ王女と比べると、リース王女は「綺麗」と言った印象が前に来る女性だった。

年齢的なものは分からないが、今のカオルから見ても同年齢かそれより上くらい。

顔だちは整っていて見せていた笑顔は爽やかだったが、何も知らずに「これがお姫様です」と言われるとちょっと意外に思えるのが不思議なお姫様であった。


(サララが居たら色々聞けたのかな……でも名前くらいしか知らないから、あんまり解らないか)


 いつもカオルにとって貴重なこの世界での情報源となっているサララも、今はお風呂に入っている途中らしく、「とりあえず俺だけでも」とカオル一人で見に来たのだが。

最近彼は、「俺って結構サララに頼り過ぎてるよなあ」と、情報に関する部分をサララに頼り過ぎるのをなんとかしたいと思うようになっていた。


 当然のことながら、サララも全知全能の存在ではないので解らない事というのは存在する。

リーナ姫の事もそうだが、このラナニアの地も前もって情報を自力で拾い上げているからカオルよりも情報量が多いが、本来サララにとっては未知の土地のはずなのだ。

そんな、サララですら解らない事を、知らないままにしていいのだろうか、と。


(いいはずないよな)


 答えは明瞭であった。

カオルは、いつまでも他者に全てを任せっきりにするつもりなどなかったのだ。

頼れる部分は頼りたい。でも、自力でできるなら自力でやりたいのだ。

サララに、あの大切な少女に、あんまり苦労は掛けさせたくないという気持ちもあった。

頼れる男になりたいという、ちょっとした甲斐性も。

だからして、彼は姫君の乗った馬車をそのまま見過ごしたりはせず、その後を追いかけていった。

他の、姫君を追って動き出した群衆と同じように。



 そうして、馬車は街の中心部にある広場で止まった。

馬車を囲んでいた民兵と、後を追いかけてきた民衆とでにわかにざわつく広場。


「――お静かに」


 そんなざわめきを制するかのように、馬車から降りてきた鎧姿の少女が声を張り上げる。

しかし、声が小さすぎたのか、直近に居る者は反応したものの、全体にまでは波及せず。

再び、広場がざわめきに満ちるのにそうはかからなかった。


「お、お静かに!!」


 再び声を張り上げる。

今度は先ほどよりも大きかったためより多くの民衆が反応するが、やはり一度ピタ、と止まりはするものの、すぐに視線を逸らしざわつきだしていた。


「静かにするんだ、姫様が出てくるぞ!」

「皆、静かにしてくれーっ」


 見かねてか、周りの民兵たちが声を上げ始める。

鎧姿の女性よりもよほど腹から出ている声量で、すぐに賑わいは静まっていった。


(あの女の子、お付きの騎士様とかかな? あんまり慣れてないみたいだけど)


 そんな様子を遠巻きに眺めていたカオルは、ようやく静まり返った民衆を前にホッと胸を撫で下ろす少女を見て、そんな感想を抱いていた。

サララとそんなに変わらないくらいの年齢で、声を発してもあまり威厳らしきものが感じられなかった。

覇気も乏しく、中々静まらない民衆に焦りのようなものも見せていたとあっては、とても「歴戦の勇士」とは思えなかったのだ。

それこそ、昨日今日叙勲を受けたばかりの見習い騎士とでも言われた方がまだ納得できる頼りなさであった。


「さ、さあ、姫様……どうぞ」


 そんなお付きの騎士が、馬車のドアを開いて中の主君に降車を促す。

ほどなく馬車から、先程手を振っていた姫君が降りてきた。

ゆったりとした動作で、しかし、やや俯くようにしながら。

すぐ後ろに侍女らしきとても美しい少女を引き連れ、姫君は降り立ったのだ。


「あれがリーナ姫様か……お美しい」

「背も高くって、立派な方だねえ……」

「立ち居振る舞いも堂々としている。やはり王族の方はああじゃないとな」


 周囲の民衆の声も好意的で、ちょっと聞いただけで「人々から愛されてる姫様なんだな」と、安心できる声援の多さであった。

これが非難の嵐が飛び交うようなら別の意味で危機感を覚えるものだが、この国でもやはり、お姫様は人気なのだ。


(……それにしても)


 姫君を前にハイテンションになってゆく民衆を見やりながらも、カオルは一人冷静に、姫君の姿を今一度じっくりと眺めていた。

背は自分と大差ないくらいに感じた。

女性としてはかなり高身長で、ベラドンナといい勝負。

肩幅に至っては今まで見た女性の中で一番と言っていいほど広かった。

その関係もあって、全体的に「大きい」と感じてしまう。

太っている訳ではなく、むしろすらっとした印象すら感じさせるモデル体型。

可愛い系のドレスがややミスマッチにも感じるが、姫君なりに可愛い系の方が好みなのかもしれないのでそこはいいとしても。

総じて「なんか思ってたお姫様のイメージと違う」という感想が、カオルの中をグルグルと回っていた。


 民衆に向けて笑顔を見せ、手を振る仕草はエルセリアでも見たもので、王族がする民衆向けのアピールとしては決しておかしなものではない。

むしろ堂に入っているとすら言えるほどしっかりしていて、何一つおかしな動作はないというのに。

カオルは、「なんか違うんだよな」という自身の中の違和感が抜けきれず、困惑していた。


(ていうか)


 そんな姫君を守るように傍に立つ騎士殿と見比べ、さらに新たな感想が浮かぶ。


(お付きの騎士よりも、お姫様の方が強そうに見えるんだよな)


 これは民衆の感想にもあったが、姫君が体型的に恵まれている事もあり、隣の騎士との対比で騎士がなよなよしているように見えてしまうのだ。

騎士は騎士で、一応キリっとした表情をしようと頑張っているようだが……カオルには、どうにもそれが幼く見えてしまっていた。


(なんだろうな……なんか、すげぇ変な気がする)


 何がおかしいのかが分からない。

でも明確に変だと思える何かがあるように思えて、カオルは首を傾げながら、そんな姫君一行の様子を観察する。

一人、姫君の陰に隠れるように控える侍女らしき少女だけが、何の違和感を感じさせることもなく静かに佇んでいた。




「――レナスの民衆よ。よく集まってくださいました」


 かなり広いはずの広場は、いつしか人で満ち溢れ。

民兵らが守るように取り囲む中、姫君は自分に注目する民衆らに大きな手振りで再び静粛を求め、静まり返った民衆に向け発言する。

民衆はじ、と姫君に傾注し、凛とした声が広場に響き渡る。


「第二王女リーナ。皆さんと共に、皆さんの自主的な政治活動をお手伝いしたいと思い、こうして馳せ参じました」

「おおっ、姫様が我々に……」

「私達の自治に協力してくれるって……」

「それじゃ、マリアナの噂は本当だったんだ! 俺達、民主主義って奴をやってよかったんだ!!」

「姫様が味方に付いてくれる……これで、衛兵の奴らに対抗できるぞ!」

「対抗どころじゃないよ、勝てる、俺達、勝てるんだ!!」


 そこに集まったのは、ただの民衆ばかりではない。

元々このレナスで、衛兵隊と対立していた民兵たちも、それによって先導されていた者達もにわかに指揮が跳ね上がってゆく。

王族と言う名のカリスマが威力を発揮すれば、このように民衆を扇動する事など容易いのだと、カオルはよく見知っていたが。

それでも、「この発揮の仕方はちょっとやばいんじゃ」と、その方向性に首を傾げざるを得なかった。


(……なんでこの人達、こんなに自治したがってるんだ……?)


 色々と解らない事が多かった。

この街の歴史についてもカオルはよく解らないし、あくまで余所者な以上、この街の事情もはっきりとは解らないまま。

協力者に過ぎない彼には、なんで人々がそんなに『民主主義』に熱狂しているのか、それがまず解らなかったのだ。


 少なくとも、民衆はそこまで飢えているようには見えなかった。

このレナスは、確かにカルナスやリリーナのように華やかな面はあまり見られないが、それでも堅実な町らしい町並みはあったし、人々もそこまで苦しんでいるようには見えない。

政治的な問題で対立構造を抱えているとはいえ、人々はそれなりに暮らせていて、それなりに尊厳を持って生きているように見えていた。

酒場では人々は笑って酒を飲んでいたし、少なくともベラドンナに悩まされていた頃のカルナスほどの問題には陥っていないようにカオルには感じられたのだ。


「――皆さん、衛兵隊と対立する事はありません。私が前に立ち、貴方がたの困難を排斥しましょう。さあ、私と共に続くのです!!」

「うおぉぉぉぉぉっ!!! 姫様っ、俺も続くぜぇぇっ」

「私もっ、私も全部変えたいのっ!」

「姫様が前に立ってくださるなら安心だ! 俺も参加するぞっ」

「ワシも……ワシも、参加してええんかのう……?」

「姫様と一緒に行けるなら、もう何も怖くないわ! 皆、姫様に続きましょう!!」


 だというのに、人々はこんなにも熱狂して政変を求める。

必要ないのではないか。そんなことしなくても、生きていけるんじゃないか。

そう思えるのに、なぜ人々はそんなに今を変えたがっているのか、それがカオルには解らなかったのだ。理解できなかった。


(でも、あのお姫様、あんまり過激な事は言ってないな)


 最初、カオルはそれを「このお姫様達が煽ってるからそうなってるのか」と思っていたのだが。

だが、姫君らは彼らの先頭に立ち、歩くだけのつもりらしかった。

何か極端な事を言って人々を更なる熱狂に追い込むのではなく、むしろ彼らの熱狂を否定しないまま、それでいて過激な行動をとらせないように抑えているように、そんな風に見えていたのだ。


「……ちっ、リーナ王女め、もっと民衆を煽ればいいのに」

(ん……?)


 ふと、近くからそんな声が聞こえ、カオルが振り向くと、眼鏡をかけた若い青年が、樹影から姫君を見やっていた。

他の民衆や民兵と違い、歓迎のまなざしというよりは、どこか怒りの籠ったような、そんな鋭いまなざしで。

口元に手を当てぼそぼそと呟いていただけだったが、他が姫君に対しての肯定的な声ばかりだったので、カオルの耳にもより印象に残っていた。



 そのまま、姫君を先頭にした集団は移動を開始する。

向かう先は解らないままだが、カオルもまた「どんな風になるんだろうな」と興味が湧き、集団に紛れるように追随した。

眼鏡の男もその中に紛れ込んだようで、カオルが再び姿を探した時にはもう、どこに居るのか解らなくなってしまっていた。




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