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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#3.魂を得る


「私が欲したもの(・・)は、ここにこそあるわ」

「……例の、魂がか?」

「ええ、そうよ。世界各地に眠る、『英雄』の魂。私はそれを欲して世界中を旅していたの」


 あくまで淡々と、だが身振りは大げさに、両腕を広げながら、大きく息を吸い。

ティリアは、目を見開き白い壁を凝視した。


「よく見ておきなさい。普通に生きていたのではまず見る事の出来ない、素敵なショーの開演よ」

「……ああ、見ておくぜ」

「オルレアン村の時と同じ事を、ここでもするんですよね」

「そう。魂を獲得するの。その為だけに、私はここにいるのだから――」


 やがて両の手を壁へと向け、静かに言の葉を紡いでゆく。

掌には魔法陣。カオルがかつて見た光景が、やはり今もまた、広がっていた。


『この地に眠りし英霊よ。我が身に宿り、その魂の力、再び世に示さん』


 辛うじてカオル達にも聞こえる程度の声で、しかし途切れる事なくスラスラと紡がれるその言葉に、やがて白い壁も反応を示す。

黒い霧が、徐々に彼女の呼びかけに応じたかのように白い壁からあふれ出し……やがて、彼女の両手に吸い込まれていくのだ。


『英傑の力は我が血肉に、英傑の知恵は我が脳髄に、英傑の経験は我が魂に、そのすべてを我がすべてと重ね合わせ、我らは今、一つになろう。英傑よ、我が身体と共に……再び世界を駆け巡らん!』


 それが呪文なのか、何かしらの詠唱なのかはカオル達には解らなかったが。

ただ、ずぉ、と、勢いよく吸い込まれていく黒い霧を見て、「これが魂なのかな」と、視覚化された『英雄の魂』に複雑な気持ちになっていた。

この地に居た英雄とやらがどんな人だったのかは解らないが、どんな英雄も、死んでしまえばただの霧のようになってしまうのだから。

自分もまた、この世界で死ぬ事があるとしたら、こんな風になってしまうのかと、そんなナイーブな事を考えてしまったのだ。

普段ならそんな考えには至らないはずだが、この白い壁を見てしまったが為に、そんな風に考え至ってしまった。


「……ふぅ」


 ひとしきり黒い霧を吸い取り終わると、ティリアはカオル達の方を向いて「終わったわ」と伝える。

満足そうな顔であった。


「英雄の魂を吸い取るのって、どんな感じなんです? 苦しみとかは特には?」

「んー……特に苦しみとかはないわね。ただ、こうして魂を吸い取って同化させると共に、自分の力が増していくのを感じるわ」

「英雄の魂を吸うのって、パワーアップになるのか?」

「詠唱を聞いていればそれとなく解らないかしら? この地の英雄の力、知識、経験など、生前持っていた『魂の記憶』を、私自身の魂に書き加えていくのよ」


 それがどういう事なのかはカオルには今一イメージが湧かなかったが、どうやらパワーアップしているらしいというのはそれとなく分かり、「また敵対したら勝てるかな」と、ちょっとだけ不安になってしまう。

自分一人なら負ける事はないかもしれないが、もしサララを人質にでもとられたら、と……しかし、そんな心配は杞憂だったようで、ティリアはまた、つかつかと先を歩いていってしまう。

カオルもサララもすぐにその後を追った。



「私にはね、どうしても倒さなくてはならない奴がいるの」

「倒さなくてはならない……何かの仇とかか?」

「そんな感じよ。そいつを倒す為に、私は力を蓄えている――ヴァンパイアになったのだって、その為よ」


 不意に始まるティリアの自分語りに、カオルはちょっとした驚きを覚えながらも「そんな事情があったのか」と、ようやく人間味らしきものを感じられて、安堵していた。

確かに敵対はしたが、村人を傷つけられて怒りはしたが、全くの理由なしや快楽目的での犯行ではなく、何がしか理由らしきものがあった。

それだけで、いくらかはマシなんじゃないかと、そんな事を想ったのだ。

だからといって沢山の人を傷つけた事が許される訳ではないのは解っていたが、心情の上ではもう、ただの敵対者とは思えなくなっていた。

人間ちょろいなあ、などと考えながら、その後ろをついていくのだ。


「人を殺したのだって、私に危害を加えた奴か、邪魔した奴だけ。貴方達から見たら私はとんでもない化け物かもしれないけれど、私は私なりの道理で生きているし、都合があって、理屈がある」

「……無軌道に暴れ回ってる訳じゃないって事か」

「そうよ。でも、だからと別にやった事を許して欲しいと思ってる訳でもないの。人を傷つけて、殺して、それが正しいことだなんて微塵も思ってない」

「それでもやりたかったって事です?」

「そう。やりたかったの……私以外に、できないでしょうからね」


 語りながらに、歩きながらに。

そんな遣る瀬無い雰囲気を纏って進む彼女に、カオル達はもう、それ以上の言葉をかける気にはなれなかった。

彼女がわざわざそれを語ったのは、ただ偶然この街で再会した自分達に、それを知って欲しかっただけなのだろう、と。

そんな事を思いながら、二人は先を往く彼女を見ながら、無言を通したのだ。




「――おかげで目的が果たせたわ。本当なら誰かを操って聖堂の連中を無力化させなきゃいけなかったから……そうならずに済んで、本当に良かった」


 そうして、聖堂の外に出てようやく、ティリアが振り向いた。

時間的にはそろそろ昼時といったところで、曇っているからか、その表情は晴れがましかった。


「荒事にならなかっただけ俺達としても良かったぜ」

「そうですね。お互いに目的を果たせたなら、それに越したことはないですし」


 カオル達としても、目の前のこの占い師姿のヴァンパイアが喫緊の敵ではないと解っただけ収穫があったと言えた。

事情あってのものなら、少なくとも彼女の邪魔にならなければ敵対する事もないという事。

その辺りを理解してもらうためにわざわざ伝えたのかもしれないが、ひとまずは互いに理性的に話せるようになっただけ、今の双方の関係は大分改善されたと言えよう。


「この街での用事も済んだし、私は別の街に行くことにするわ」

「また別の魂を探しに行くのか?」

「そうなるわね……しばらくはこの国の墓所を中心に探すことになるけれど……また会っても、敵対せずに済めばいいわね?」

「そう願いたいな」

「できれば、そうありたいところですね」


 次に会った時にどうなるかは解らないが。

それでも互いに事情が合えば、また協力する事もできるんじゃないかと、カオルはそんな楽観的な事を考えていた。

昨日の敵が今日の味方となれれば理想だが、できればもう、敵としては戦いたくないと思ったのだ。

彼女と敵対するという事は、きっとまた、誰かが傷ついているという事なのだろうから。

笑って見せながらカオルは「そうならないといいなあ」と心の中で呟く。


「それじゃ、もう行くわね。さようなら」

「ああ、手伝ってくれてありがとな」

「さようなら」


 前に逃げ去っていった時とはうってかわって、朗らかな別れとなった。

敵対者から協力者へ。

そんな出会いもあるのだとカオルは思いながら、静かに去っていく占い師の後姿を、見えなくなるまでじっと見つめていた。



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