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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
10章.ラナニア王国編2-『民主主義』を止めよ-
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#2.お墓参り


 レナス中心部・リップステン大聖堂地下のカタコンベにて。

ティリアを先頭に、カオルとサララが後に続き、薄暗い通路の中をカンテラ片手にゆったりとした速度で歩く。

ぴちゃり、またぴちゃりと水音がしたたる音がし、なんともいえぬぬめり気を帯びた空気がまとわりつき、カオルはまた、気分の悪い物を感じていた。


「カタコンベって、結構湿気が高いんだな。それに寒い……」


 独り言のようにごちると、先頭を歩くティリアも足を止め「そうね」と呟いた。


「湿度は高いけれど、陽が全く当たらないから……夏場でもひんやりしている事が多いみたいね」


 淡々とした口調ではあったが、物知りらしい彼女の説明に、カオルは素直に「そうなのか」とその博識に感心していた。

また、歩き出す。



 レナスのカタコンベは、聖堂の地下に続く螺旋階段から入る事が出来る。

街の者ならば聖堂側で身分確認が出来れば誰でも入れるもののよそ者は領主の許可なくして入れないらしく、カオル達も伯爵の許可証を貰った事で入れるようになったのだが……階下では、地上階までと違い、真っ暗な洞窟が続いていた。

既に階段を降りてから十分ほどが経つが、街一つの遺骨を納める場所だけあってかなりの広さがあり、まだ目的の場所には到着しないらしい。


「てっきり踏み場もないくらいに骨が落ちてるのかと思ったけど、そんな骨だらけってもんでもなかったんだな」

「ええ、そうね」


 地下墓所という性質上、至る所に死体や骨が安置されているのでは、とカオルとサララは思っていたのだが、そんな事はなく。

見た目には人一人が通れる程度の洞窟が、ひたすら続いているばかりであった。

ティリアもそれは解っているのか、小さく頷きはしたものの、表情などは変わらない。


「恐らくこの街のカタコンベは、『ヘッドエコン』と呼ばれる埋葬方法がなされているんだと思うわ」

「ヘッドエコン?」

「……死体全てを埋葬するのではなく、頭骨のみを切り取って、それをその人として扱うの」

「という事は、どこかに頭骨だけがまとめられている、とかでしょうか?」

「私の推測が正しいければ、だけれど」


 頭骨のみ、という話を聞いてカオルは「うへぇ」と口を変な形に歪めてしまったが、あくまでティリアは淡々としていた。

各地の墓を回っていたというのだから、もはや慣れた事なのかもしれないが。

それにしても、カオルとサララと比べるとその辺、あっさりとしたものであった。


「その証拠に、あまり腐敗臭はしないでしょう?」

「そうですね。いくらかは臭いますけど……耐えられないほどじゃないです」

「俺にもほとんど感じられないしな」


 人間の腐った臭いというのは以前一度村で体験した事もあったので、カオルもサララもそれは忘れたくとも忘れられなかったが。

その時と比べれば、このカタコンベ内はまだいくばくか、耐えられる程度の臭いに抑えられていた。


「恐らく、死体が腐敗する前に首だけ落としてしまうのね。そして、落とした首も焼くか何かして骨だけにするの。人って、骨だけになるとそんなに臭わないから」


 死体のままよりはいくらかは衛生的なのよ、と、ジョークか何かのようの軽く語るティリアだったが、カオルもサララも「そうなんだ」と愛想笑いするにとどまっていた。

人の生き死にの後の話。とても笑って語る気にはなれなかったのだ。

そういう意味では、ヴァンパイアたるティリアは、明らかに人とは違う感性をお持ちであった。


 少し広いところに出た辺りで、さあ、と、静かに風が吹く。

洞窟の中だというのに、そして街の地下だというのに吹く風に、カオルもサララも不思議な気分になったが。


「風通しもいい。恐らく水路か何かと繋がっているのね。適度に換気されるから、疫病も発生しにくくなっている、と」

「ちゃんと考えて作られてるんだな」

「合理的ですねえ」


 説明されてようやく二人にもそうなのだと理解できたが、なるほど確かに衛生面において気を遣っているのがよく解る構造だった。

低めの温度に抑えられ、それでいて換気がなされる環境ならば、遺骨も定期的に風にさらされる事になる。

遺体の安置・埋葬で最も恐ろしいのは疫病の発生だが、これを抑えるための措置がきちんとなされている為、そういった危機に陥る事も少ないのだろう、とカオル達は考えた。


「でも、随分深く作られてるんだな。一か所にまとめてるってのは分かるけど、それにしたって広すぎるっていうか」


 歩きながらに、今まで歩いてきたカタコンベの広さをイメージし、「ちょっと広すぎないか?」と疑問に思ったのだが。

ティリアは足も止めず「そうね」と返し、カンテラをゆらゆらと揺らす。


「それだけ、『守りたい物』が大切って事でしょうね」

「守りたい物?」

「お墓には、財宝がつきものでしょう?」

「……あー」


 自分のいた世界ではそんな事はなかったが。

だがそれ(・・)は、カオルにも思い当る所があった。

主には物語の中での事だが、『墓の中に財宝が隠されている』というありがちなロマン話は、確かに彼も見知っていたのだ。

そしてそれは、この世界でも同じらしい、と気付く。


「でも、それじゃ誰かがお宝を盗んだりする事もあるんじゃないか?」

「あるでしょうね。だから入れる人を制限するのよ。入る度に確認して、出た後に中を確認したりしてるんじゃないの?」

「……わざわざそんな事するくらいなら、その場所だけ入れないようにした方が良いと思うんだけどな」

「できればそうしたいんでしょうけどね。伯爵は何か言っていたかしら? 注意事項とかは」

「特には何も。信頼してくれてるからだと思いたいけどな」

「そう……なら、素人が知らないままに踏み抜くような罠の類は、ないのかもしれないわね」


 罠、という単語に、カオルは内心で「そういうの本当にあるんだな」と、その実在性に面白みのようなものを覚えたが。

ここにはそれがないらしいというのもあり、安堵もしていた。




「守りたい物は、必ずしも財宝だけとは限りませんよね?」


 また少しの間沈黙の徒歩が続いたが、今度はサララが言葉を繋ぐ。

またティリアがカンテラを揺らし「そうね」と、毎度のように返す。

なんとも気のない返事。だが、返事の気だるさとは別に、すぐに次の言葉が続く。


「例えばその土地の人たちの『誇り』。例えばここに埋葬されている人達にとって大切な『歴史』。様々なものが、お墓にはあるわ――」


 そうしてぴた、と、その足が止まる。

ようやく終着点か、と、広くなった洞窟内を見渡し。

カオル達は、その光景に息を飲んでしまった。


「……これ、は」


 壁一面に広がる白。

灰色の壁とは明らかに異なる白で塗りつぶされたようなその一面が、カオル達を見下ろすかのようにそこにはあった。


「頭骨でできた、壁……?」

「すげぇな……なんていうか」


 壁の一面を埋め尽くす頭骨。

これが白の正体であった。

思わず身震いしてしまうカオル。

サララも口元に手を当てながら「すごい」と小さく呟く。


「死が、そこにあるように」


 白に埋め尽くされた、そのすぐそばの灰色の壁にカンテラを向けながら、ティリアは静かに呟く。

いいや、そうではない。

その壁を抉るようにして書かれた文字を、読み上げていたのだ。


「決して忘れることなかれ。死とは身近にあり、死とは常にあり、生きし者を見ている。生とは、死への道なり。死とは、生の最後の形なり」


 ゆっくりと、だがカオル達にも聞こえるように呟くその様を、カオル達も静かに見つめ。

やがて、ティリアがゆっくりとこちらを向く。


「――人は必ず死ぬ、という事を伝えたくて、こういう形にしたんでしょうね、きっと」

「そういう教訓な訳か」

「死ぬ事で、生きている人達にも死を身近に感じてもらおうとしたんでしょうか、ね」


 一つだけならば不気味な頭骨も、そのような意図で埋め尽くされていると知れば、不思議と気持ち悪くは感じなくなっていた。

近づけば、いくらかは妙な臭いもするが。

だが、これら一つ一つが、どこかの時代で生きていた、自分達と変わらぬ人間だったのだ。

余りにも多くの死が、ここにはあった。

だが同時に、同じだけ多くの生が、この街には、ここにはあったのだ。

それを知り、想い、イメージし……カオルは、深い深いため息をついた。


「すげぇな、昔の人って」


 ただ生きているだけでは得られない感性だった。

自分達が生き、そして死んだ事すらも教訓として残す為に、このような白い壁を作ったのだとしたら。

そう思えばこそ、カオルはこの光景を、すごいとしか思えなかったのだ。

感嘆が彼の心を支配する。ただただ、死んでいった人達に畏敬の念ばかりが溢れてくる。


「どこの街にでもあるものではないわ。でも、この街の人たちは昔からそうやって、死んでいった人達から『生きている』という事の本質を学んでいったのでしょうね」


 淡々と話しているように見えたティリアも、そこには想う所があるのか、目を閉じながらに白い壁へと向き合あう。

しばし、沈黙が続いた。




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