#1.成果の報告、それから
翌朝。
魔法陣除去の成功を報告する為、カオルとサララとカリツ伯爵の元へ出向いた。
ティリアは「朝は苦手なので」という理由で伯爵との面会を辞退し、二人だけで会う事になったのだが、伯爵の私室の前でゴートと鉢合わせた。
丁度逆側の通路から向かってきたところらしく、ゴートも「おはようございます」とあいさつし、伯爵の私室のドアを見た。
「お二人も伯爵に?」
「ああ、こちらの問題はとりあえず片付いたからさ。まずは報告をと」
「ゴートさんもなんです?」
「ええ。街の中の状況が変わりつつありますから、それを報せようと――できれば、夕べの内に伝えたかったのですが、何か用事があったらしく不在でしてね」
夜の内に魔法陣除去に向かった為知らなかった事ではあるが。
伯爵も何らかの用事で外出していたらしく、夕べは夜遅くに戻って来たようだとゴートから聞き、「領主さまも大変なんだなあ」とカオルは呟いた。
有事の際には、寝る間も惜しんで館を出なくてはならないのだ。
平民に比べれば豪勢な生活をしているとはいえ、領主としての生活は決して楽なものではないに違いないと、そう思ったのだ。
「先程侍従の方に確認して、もう起きて朝食まで済ませてらっしゃるとは聞いたのですが。とりあえず、入りましょうか」
「そうですね。ここでお話していてもなんですし」
「どうせ話すなら、伯爵も交えての方がいいだろうしな」
立ち話をするにも時間が惜しい。
これに関しては三人ともが共通しているらしく、ゴートの提案にはカオルもサララも素直に乗ることにした。
元々報告のために訪れたのだ。ここで足を止める事もないだろう、と。
「――よくきたな三人とも。おはよう」
「はい、おはようございます。伯爵様」
「おはようございます」
「おはよう」
三人が三人ともに伯爵にあいさつを返し、ほどなく報告が始まる。
まず最初に口を開いたのは、カオルだった。
「魔法陣の件だけどさ、無事解決したぜ。魔法に詳しい人が協力してくれて、上手く魔法陣を消すことに成功したよ。スライムも倒した」
「ほう! これは朝からいいニュースだな。ひとまず、街そのものの危機は遠ざかった訳だ」
「ああ。その人の話じゃああいう魔法陣は簡単には張れないっていうから、少なくともすぐにどうこうっていう問題じゃなくなったな」
「では、再び同じようなことにならぬよう、森に警戒要員を配置するとしよう。何がしか変化に気づければ、今回のような不意打ちは喰らわずに済むはずだ」
「いい判断だと思うぜ。人目に付かない所に魔法陣を張りたいなら、森の中が警戒されるようになったら避けようとするだろうしな」
朝一の吉事に、伯爵も顔をほころばせる。
すぐに対策を考えてくれる辺り、カオルも「すごいなあ」と感心しながら、その考えを肯定した。
「その協力者というのは、今日はいないのか? 私からも礼を言いたいのだが……」
「ちょっと人見知りする人なんですよね。伯爵様に報告に向かうって教えた時も、『私はいいわ』と辞退されて」
「謙虚な方のようだね。女性かね?」
「ええ、若い女性ですよ。ちょっと変わり者なんですが」
ティリアについてはいくらかはぐらかさなくてはならない部分もある為か、サララが「私が」とカオルを手で制しながら説明を始める。
伯爵も協力者が若い女性と聞いて「ほう」と顎に手をやり頬を緩めた。
どうやらこの伯爵、色についても積極的らしかった。
「実は、協力してもらう代わりに伯爵様にお願いがある、という事でして……私達はそれを聞いて、『それくらいなら伯爵さまに聞いてあげますよ』と勝手に話を進めてしまったんですが……何分、他に協力者の目途も立なかったもので」
「いや、構わんよ。報酬も出すと言ったしな。私にできる事なら、何でも言ってくれて構わん」
「それでは……実はその人、普段は方々を旅する学者さんなのだとかで。特に昔の事を調べるために、各地のお墓や古所を探索する事を終学と決めているらしいんですよ」
ここまではティリアと打ち合わせた通りの内容であった。
サララはさらさらと話せているが、最初はカオルがこれを伝える役としてティリアから文言を教えられ、速攻で挫折した経緯がある。
実際に話しているのを見ていても、カオルは「やっぱりこういうのはサララに任せた方が良いな」と感心させられるばかりである。
ただ説明するだけでなく、表情や仕草も交えて違和感なく伝える。
これができるサララは、やはりひとかどの人物なのだ。
「ほう……学者か。どこの学院の出なのかね?」
だが、この一言でカオルはぎくりとしてしまった。
ある程度質問される事は想定していて、それについてのQ&Aはカオルも解っていたが。
そこから外れた質問が飛んできたのだ。
返答するのがカオルだったなら、もうこれだけでしどろもどろになってしまっていたであろう鋭角のフック。
サララは……平然としたまま、笑みすら浮かべていた。
「あくまで個人で調べているので、どこの学派というのはないらしいです。ただ、実際に話してみた感じだと、魔術についての造詣も深く、各地の伝統や伝説についてもよく調べているようでした」
「なるほどな。騙りや盗掘者の類ではないと」
「相応に経験を積んだ、学のある方だと私は思いますよ」
「ふむ……サララ嬢の話を聞けば、ある程度は信用に足る人物のようだな。わざわざ私に話を持ってきたという事は、目的はカタコンベへの入場許可、といったところかね?」
サララの話を聞きながらも、その『学者』の目的を推測してくる伯爵に、サララは一瞬だけ耳をぴく、と動かしたが。
笑顔はそのままに、「お話が早くて助かります」と、何事もなかったかのように話を進める。
「厳重に管理されていて街の外の人では入れないとの事でしたので……」
「まあ、ネクロマンサー対策はきっちりしておかないとな。ああいう手合いは放置しておくとどこからともなく墓に入り込み、好き放題やらかすものでな」
「そうなんですよねえ」
協力者の正体がヴァンパイアなのは流石に言えないが。
サララも実感の籠った同意をしつつ、話を進めていく。
「まあ、その人はネクロマンサーではないので」
「ははは! もちろんそんな事は疑ってはいないさ。では許可証を発行するから少し待っていてくれ。昼前には渡せると思う」
「わあ、助かります♪ ありがとうございます伯爵様!」
ぽん、とわざとらしく手を叩きながら、とびきりの笑顔で礼を告げる。
伯爵も「構わんさ」と爽やかに笑っていた。
傍目には、とても爽やかな光景である。
(……嘘はついてないよな、嘘は)
余りにも堂々としたサララに思わず吹きそうになったカオルだったが、じっと堪えながら心の中で念じ続ける。
そう、嘘ではないのだ。
間違った事は言ってない。言っていないが、「いいのかそれで」と突っ込みたくなる衝動にかられそうになっていた。
だが、カオルは無常の精神でその場を乗り切る。
「とりあえず、君達の報告はこれで?」
「あ……ああ、これで終わりだぜ」
不意に話を振られどもりそうになったが、なんとか持ち直して報告を終わらせた。
伯爵の視線がゴートに向いていき、内心でほっとしながら話の推移を見守る。
「それでは、私の方の報告を」
「ああ、聞かせてもらおうか」
カオル達の方はどちらかと言えば朗報だが、ゴートの方は言えば、その顔を見ればそういった類のものではないというのはカオルにも解ってしまった。
伯爵の面持ちも、自然、引き締まる。
「――伯爵、『姫君』がこちらに向かっているようです。恐らく、街に大きな動きがあるものと」
ぞわ、と、背筋が凍ったのはカオルだけだっただろうか。
いや、その場に居た誰もが、ゴートの短い一言にぞわりと、良くない物を感じ取っていた。
民主主義を主導する姫君の到着、それは――ただならぬ変異を、このセレナにもたらす事に違いなかった。