#31.女神様の変異
「……」
いつもの女神様との空間。
しかし、女神様はどこか、遠くを見る様な表情で、どこかを見つめていた。
カオルの顔とは違う、どこかを。
「女神様?」
「……あら、カオルではありませんか。元気ですか?」
「ああ、うん、まあ」
心ここにあらずといった気の抜けた返事。
これにはカオルも「何かあったのかな」と、その変異の内訳を察しようとするのだが。
「実は……少し、気になる事がありまして」
「気になる事?」
「ええ……今、カオル達はラナニアに出現していたオーガ達の問題を解決していた所でしょう?」
「そうだな。やっぱ女神様も見てたか」
「それはもう。見事な手腕だったと思いますよ」
ぱちぱち、と、見かけだけに見えるような拍手をし、笑顔を見せる。
いつもの女神様の笑顔……しかし、どこか影を差しているように見えて、カオルはやはり「何かがおかしいな」と、そんな風に感じ始めていた。
「私が気になるのは、あのオーガを転送していた魔法陣――」
「ティリアが消してくれたアレか?」
「そうです。あの魔法陣なのですが……なぜあんなところにあったのでしょうね?」
不思議なのです、と、首を傾げながらに呟く。
カオルからしても確かにそれは不思議だったが、女神様が言うと一層不思議に感じてしまい。
カオルもまた、「なんでなんだろうな」と首をかしげていた。
二人して同じポーズである。
精悍な顔つきの青年と不細工な女神様。なんとも絵にならない仕草であった。
「私が知る限り、あの場所にそんなものはなかったはずなんですが」
「そうなのかい? まあ、魔人が後から張ったものなんじゃないか? 俺もそういうのはよく解んないけどさ」
カオルにとって、『魔法陣』という言葉は元居た世界のゲームや小説、アニメなどで知った概念でしかない。
あくまで創作上の世界に存在する、目的に沿って効果を発揮する割と都合の良い存在。
それが彼の知る魔法陣というものの概要であった。
だから、それがこの世界でも同じである自信がない。名前だけは知っている、それっぽいものでしかないのだ。
「いえ、私は以前あの森に訪れた事があるのですが」
「あれ? そうなの? その時はそういうのはなかったのか」
「ええ……いえ、オーガは確かにいたのですが。それとは別の理由で現れていたというか」
「へぇ……ていうか、なんでオーガはラナニアに湧くんだろうな」
「さあ、好きなのでは?」
口元を隠し、適当にはぐらかすようにニコ、と笑う仕草。
女神様の顔面偏差値の所為でこの世のモノとも思えないほど不気味な有様であったが、カオルはもう見慣れていた。
不細工は、見慣れるのだ。
そうはいっても凝視していたいものでもないので、カオルはそれとなく視線を逸らす。
「いずれにしても、私が知っている事と異なる状況が今、起きつつあるのかもしれませんね。魔人は……恐らく、レイアネーテなんでしょうが」
「知ってる人かい?」
「ええ、顔見知り、というほどですが……対峙しない様に気を付けてくださいね」
「へえ……うん?」
何かが危険だから気をつけろ、ならカオルにも素直に頷けたが、『対峙しないように』という忠告は何か思わせぶりで、カオルは思わず女神様を二度見してしまう。
同じ仕草のままではあるが、女神様の目は、真剣そのものであった。
「魔人レイアネーテは、数居る魔人の中でも特に危険な存在。今のカオル達では、真っ当に挑んで勝てる相手ではありません」
「今までの魔人よりやばいのか? そりゃ、オーガの集団を送り込もうなんて奴だからやばいのは間違いないだろうけど……」
「彼女は……戦わなければ、魔人としての脅威度はとても低いはずです。他の魔人ほど特殊な能力を持っている訳ではなく、特別賢い訳でもないですが……」
「作戦とか特殊な力に頼ってる訳じゃなく、普通に強いと」
「そうです。私も仲間と共に以前対峙した事がありますが、その時は最後の最後まで倒しきる事が出来ず……魔王との最終決戦でも、仲間一人が命がけで足止めをしてなんとか血道を拓けた程ですから」
「最終決戦とか初めて聞いたぜ……」
いかにも女神様らしいなんとも勇壮な、それでいてもの悲しい話ではあったが。
それはどこか、カオルにも記憶にあるような話で合った。
「……なあ、その話って、女勇者とかいなかったか?」
「女勇者……ですか?」
「そうそう。それで、ヘータイさんとか、アイネさんとかが何故かそこにいて――サララが、すごく傷を負ってて」
「カオル、貴方……いいえ、そうですか」
一瞬だけ驚いたように隻眼を見開き。
しかし、女神様はすぐに元の穏やかな表情に戻り、首を横に振った。
「カオル、それは貴方の見た『夢』ですわ。ただの夢」
「まあ、夢は夢なんだろうけどさ……なんか、すごく嫌な感じだったから。なんか記憶に残っちゃっててさ」
「……その夢の中で、アイネさんは泣いていましたか?」
「うん。すごく泣いてたな。サララが大けがしてたのも嫌だったけど、気分的にはこれが一番嫌だった」
「そうですか……」
ふ、と、自嘲気味に息をつき。
しかし、女神様はニコリと微笑み、「大丈夫ですよ」と、カオルに笑いかける。
不細工なままではあったが、それでも安心感を覚える笑顔であった。
「カオル、安心してください。そんな事にはなりませんから。サララちゃんもアイネさんも、きっと泣かずにいられるはずですよ?」
「……そっか、ならいいんだけどな。安心したぜ」
たった一言。
それだけのことで、カオルは安心して。
そのまま、その話題は終わった。
後にはただ雑談が続くばかりで。
結果的に、それは楽しい夢となった。