#29.祝杯
「乾杯」
「かんぱ~い!」
「……やれやれ」
一仕事終え、三人は酒場で祝杯を挙げていた。
深夜とも言える時刻で、流石に通行人もほとんどいなくなってはいたが。
それでも夜通し酒を飲める店というのはあるもので、カオル達はここで疲れを癒やすことにしたのだ。
「いやあ、まさかカオル様があんな姿で現れるなんて思いもしなかったですよ~」
「俺もまさか服を全部溶かされる羽目になるとは思わなかったぜ。これからは替え着の一つも用意しとかないとな……」
まずは話題になるのは、スライム相手で服を溶かされた時の事。
流石にあのままでは街に戻れなかったので、街の外の茂みで待機し、サララに服を持ってきてもらい事なきを得たが、一歩間違えれば変質者として御用になりかねない状況であった。
これにはティリアも視線を逸らしながら酒をあおるばかりである。
「スライムの中には強酸性の体質持ちが居るからね。でも酸ならまだいいわ。中には致死毒でできた奴とかもいるという話を聞くし」
「毒まみれは勘弁だなあ」
ティリアの一言に未知の苦痛を想像してしまい、カオルは「うへぇ」と口をへの字に曲げ、葡萄酒を一口。
「でも、スライムくらいならなんとかなるって解ったから良しとしよう」
「なんとかって? そういえば、あのスライムはどうやって倒したんです?」
「ああ、凍らせたんだ」
不思議そうに首を傾げるサララに、カオルは腰の棒切れを取り出し、見せながらに説明する。
スライムは半液状。不定形だからか、棒切れカリバーを投げつけると、カチカチに凍り付いた。
「そんで、蹴っ飛ばして割った」
以前お城の魔人を偶然討伐した際もやった手である。
凍り付かせて動けなくさせ、衝撃を加えて破壊する。
相手は限定されるものの、強力なコンボであった。
「……スライムは歴戦の戦士でも苦戦する化け物よ。そんなのを相手に、たった一人でよくやるわ」
そんな話を聞きいて、ティリアも木のコップを置き。
苦笑いながらに視線を棒切れに向けていた。
時間稼ぎだけして、最悪は三人でスライム討伐も、と考えていた彼女にとって、カオル一人でのスライム撃破は想定外だった。
だが、同時に「この男なら不思議でもないかしら」と、その強さを改めて認識する。
自分すら負かした相手なのだから、それくらいはできてもおかしくないと思ったのだ。
いずれにしても、敵に回さずにほっとしたというのは彼女にとっても同じであり、その酒の味は彼女に従来の落ち着きを取り戻させていた。
「ま、何にしても、これで当面の間危機は去った訳だ」
「そうね。あのレベルの魔法陣は、張ろうとしてもそう簡単に張れるものじゃないわ。例え魔人と言えど、距離を度外視して逆探知もできない罠付きの魔法陣なんて、相当の準備と手間がかかるはずだもの」
「それを聞いて安心したぜ」
少なくともこの三人の中で一番魔法に精通しているであろうティリアの言葉である。
カオルもサララも、本心ではまだいくばくか警戒もするが、信用する他なかった。
「さて、それでは約束通り、今度は私の用事を果たしてもらう事になるかしらね」
「ああ、もちろんだ。カタコンベ……だっけ? 墓の事だよな?」
「地下にあるお墓ですね。ラナニアではどこの街にでもあるそうですけど」
「ええそうよ。エルセリアと違って、ラナニアは地下に埋葬するの」
変わった習慣よね、と、再びコップを手に、酒を飲み干す。
手を挙げ、同じ酒と適当なつまみを注文し、話を続ける。
「だけれど、基本的にカタコンベは誰にでも入れる場所じゃなくてね。ネクロマンサー対策で、墓守だけじゃなく衛兵なんかも控えていたりして、かなり厳重に警備されているのよ」
「街の人以外は入れないようになってるのか」
「領主の許可なしには街の人ですら入れないらしいわよ? 街で聞いた限りではね」
「そりゃまた……大変なんだな」
「お墓参りの許可も領主の権限の一つ、という事ですね。街によってはお金とか取ってそう」
墓参り一つに許可がいるという事は、相応に何かしらの手続きが必要という事で、手間賃なり税なり、何かしらの費用が求められる可能性もある。
そう考えると、これは利権として考えている領主も多いのでは、と、サララは口元に指を当てながら考え込む。
ティリアが頼んだ追加の酒とつまみはすぐに届き、一旦話はここで止まった。
「この赤い丸いのってなんだ? ミートボール?」
「ギャンガのミートボールね。この辺りだと定番の酒のアテよ」
「ギャンガ……?」
「知らないの? 水辺に棲んでいる顎の尖ったトカゲよ。ラナニアだと割とポピュラーなお肉だわ」
これがいいのよね、と、フォークに突き刺しながら一つ、また一つと自分の皿に盛ってゆく。
量は結構あって、これをみんなで分けろという事らしく。
カオルもティリアにならって、同じように自分の皿に盛っていった。
「味付けはトマトを中心に、胡椒、塩、それから葡萄酒。ブラックビネガーやアビシャントンを使ってる地域もあるようね」
「へえ……アビシャントンなんて使ってるのか」
食材についてはまだ知らない事もあるカオルだったが、調味料についてならある程度はついていける自信があった。
あくまで、エルセリアで調達できる範囲なら、だが。
「アビシャントンって、お魚を発酵させたアレです?」
それまで一人考え事にふけっていたサララが、不意にカオルの言葉に反応し、会話に混ざってくる。
それを見て、ティリアもまた頬を緩めた。
「考え事はもういいの?」
「ええ、難しい事ばかり考えていると老けてしまいそうですから」
「猫獣人は老けないでしょう?」
「精神的にはどんどん大人びていきますからねぇ。あんまり大人になり過ぎても、サララの魅力が薄れていくんじゃないかなあと思い至りました」
考え過ぎてもよくないのです、と、愛らしい笑みを見せながらに置いたコップを手に取り、ブドウのジュースを一口。
爽やかな甘味と酸味の中に、ほのかな苦みを感じ、きゅ、と、目を閉じる。
そのコミカルな様に、カオルは言わずもがな、ティリアも『面白い子だわ』と、内心で癒しを感じ始めていた。
「とにかく、明日は報告がてら、伯爵に許可を取りに行こう。それで、カタコンベ探索だ」
「そうですね。今夜はもう遅いですし、適当に飲んだら帰りましょうね」
「助かるわ」
一時は敵対した相手ではあったが。
こうして酒を飲みかわし、会話をしてみれば存外話せる相手であり。
そして、料理に関して語ればひとかどの知識を持つ面白い相手でもあった。
仲間としては見られずとも、面白い知り合いくらいには考えていいんじゃないか、と、考えながら。
カオルはしばし、ゆったりとした気持ちでこの祝杯のひと時を楽しんでいた。