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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#28.猫耳姫とヴァンパイア


 森はまだ、沈黙が支配していた。

草陰で様子を窺うサララ達とは別に、カオルは魔法陣近くの草陰まで静かに移動していく。

棒切れを手に、いつでも『もしも』に対応できるよう、目配りを欠かさずに。

三人で居た時は松明を使っていたが、今はもう火の気を消し、しん、とした夜の森がそこにあった。


 カオルにとって、森の中まで射し込む月明かりは何よりの支援のように感じられていた。

夜目の利かないカオルでも、この明かりのおかげで目が慣れ、なんとか地形を把握できる。

じ、とかがみ込み、魔法陣をつぶさに観察した。


 もちろん、魔法陣そのものを見てもその文字列や図形に何の意味があるのか全く分からないが。

ひと際強く光る瞬間、見覚えのある巨体が現れたのを確認し、カオルはぐ、と拳に力を入れた。


『グフォフォフォフッ!! ヨウヤクワレラノバンダゼェェェェッ』

『ウオァァァァァァァァッ!!!』

『ヒトバンデヒャクニンハコロス!! イイヤ、ニヒャクニンハカルゾォッ!!』


 威勢よくその場で武器をぶん回すオーガが三体ばかり。

夜であっても光るつぶらな瞳はカオルにもよく見えており、「ほんとに瞳だけは可愛いな」と苦笑いしていた。

筋骨隆々な、口調からして剣呑極まりない存在だというのに、確かにそこだけはミスマッチな可愛らしさが存在していたのだ。

だが、その後に起きる事も、カオルはよく理解していた。


《ズッ――》


『オ……? ウオォォォォォォォォォッ!?』

『ンナッ!?』


 まさに狙い通り、と言わんばかりに、樹上からスライムが滑り落ちてくる。

そのまま《ドプン》と、重さを感じさせる水音を立てながら三体のオーガを飲み込んでいった。


『プゴッ、オゴゴゴゴコゴッ!? ブゴォォォォォォッ』


 大暴れする者。


『ピグッ、ガッ、アッ――』


 即座に気管を埋め尽くされ窒息する者。


『――ッ』


 質量的なショックからか、意識を失いピクリとも動かなくなった者。

三者三様に惨めな展開が用意されており、そして三体ともが、同じ結末へと至っていく。



(それにしても、でかくなったなあ)


 草陰から見やり、カオルはスライムのそのサイズの変異をしみじみと感じていた。

先日見かけた時と比べて二倍……いや、三倍は大きくなっていた。

初めてみた時は辛うじて抵抗できていたオーガが、何の抵抗もできず丸飲みにされてしまったのも、このサイズの差が大いに関係していたはずである。

カオルが初めて見たスライムと比べても、やはりその差は歴然。

今まではオーガを捕食してくれる事から助かる面もあったが、これ以上成長されれば自分でも手に負えない存在になってしまうのではないか。

そんな危惧と恐怖を覚え、樹へとよじ登ろうとするスライムを見て、カオルはごくり、唾を一息に呑み込む。


「――ボーナスタイムは終わりだぜ!」


 草陰から飛び出し、スライムに呑み込まれまいと、三メートルほど離れた場所に立つ。

手に持った棒切れとは別に、松明棒を手に持ち、近くの樹に叩き付けた。


《カァン》


 乾いた音が森に響き。

ず、と、スライムがカオルに気付いた。

そのままぐる、と、樹上へと向けていた先端(に見える部分)をカオルの方へと向け、三秒ほど止まり。


「――こっちだぁぁぁぁっ!!」

《ズルゥ》


 ぐちゃ、と、カオル目掛け飛び掛かるのと、カオルが大声をあげ真逆へと走り出したのは同時であった。


《グシュゥッ》


 わずかばかり飛沫(しぶき)が掛かり、ズボンがじわじわと溶けてゆく。

すぐに下の肌が露わになった。


「うへぇっ、酸か!」


 飲み込まれれば即死。

それは強靭な肉体を持つオーガの末路を見て解ったつもりであった。

だが、これは流石に不老不死の自分でもまずいと、改めて脅威を感じたのだ。

とにかく、逃げる。



「上手く引き剥がせたわね」

「カオル様、どうかご無事でいてくださいね……」


 スライムとの壮絶な追いかけっこを続けるカオルを見やりながら、感心したように口元をにやけさせるティリアと、心配そうにその方角を見つめるサララ。

いずれにしても、スライムはいなくなった。

再びオーガが現れるまでの間に、魔法陣を消せれば、とりあえずはレナス最大の危機は解決できる。


「んー、やっぱり複雑な魔法陣ねえ。ちょっと時間かかるわよ?」

「急いでください。オーガが出て来ちゃったら、私たち二人でなんとかしないといけないんですから」

「こんなに月が綺麗な夜だもの。オーガくらいなら余裕だわ」


 美しく輝く満月を仰ぎ見ながら。

ティリアは地に膝を付け、魔法陣に直接触れる。


《ブ――ン》


「……大丈夫そうです?」

「とりあえずは、ね。まずは外側の術式から解除していくとしましょうか。これさえ解けば、万一の際にトラップが発動する事がなくなるし」


 サララ視点では辛うじて見覚えのある、それとなくでしか解らない古い文字列。

だが、ティリアは愉しげに指先をワキワキさせながら、魔法陣の図形に指を添えてゆく。

じ、と、図形の一部が乱れ。


《ヒュッ――》


 (くう)を割くかのような音が響き、円陣となっていた外側が薄れ、やがて消えていった。

すると、中心部の光が弱まっていく。


「これで最悪の事態は回避できた。さて、本体の召喚陣を無力化させましょうかね」

「おおー、意外とあっさりですね」

やり手(・・・)だもの。普通に頼まれたなら高額な依頼料を取りたいくらいだわ」

「『学院』の生徒さんよりも?」

「当たり前じゃない。私から見ればね、『学院』の生徒なんてひよっこみたいなものよ」


 大人と子供位の差があるわ、と、自慢げに胸を張るティリアに、サララも作り笑いを浮かべながら「そうですかあ」と、可愛らしく同意する。

本心ではその計り知れぬ実力にいいようもない怯えもあった。

カオルのいない今、このヴァンパイアを相手にわずかでも劣勢を見せれば即座に喰われかねないという緊張がサララを支配していたのだ。

だが、それでも尚こうして笑い、弱みを見せない。

相手に自分の弱さを見せない事には、慣れているつもりだったのだ。


「……あんなことがあって私の正体を知っているのに、よく私と二人きりで平静を保てるわね?」


 そんなサララの心情を覚ってか、それとも単にきまぐれで話題に出しただけか。

ピンポイントな一言にはサララも思わずびく、と、背筋が伸びるが、耳や尻尾にはそれを出さず、なんとか笑顔のまま、ティリアからは離れない。


「私からすれば、誰と一緒に居ても同じですからね。非力な猫獣人の小娘ですから。襲われれば、為す術もありません」

「その割には怖くないのかしら?」

「私を襲うメリット、どれくらいあります?」

「んー、猫獣人はまだ味見したことないのよねえ。処女ならそれなりに美味しいはずだけど」


 ヴァンパイアにとって、純潔の人間の血は至高の贄ともなる。

そのように書かれていた文献が昔あったのを思い出しながら、それでもサララはわざとらしく首を傾げ「ううん」と悩んで見せる。

唇に指をあてたりしながら。


「その程度ならやめておいた方が良いでしょうね。私、カオル様の大事な人のつもりですから」

「のろけ話を聞くつもりはないのだけれど?」

「でも、そう聞けば襲う気は激減しませんか?」

「……まあね」


 ここで「そんな事は無いわ」なんて言われれば保険も何もないのだが、サララはある種の確証を抱いていた。

――この人は、カオル様の正体を掴めずに恐れを抱いている。

棒切れカリバーが具体的にどんな武器なのかはサララにも未だによく解らないが、女神様からもらったのだという神器をそれと知らず、カオルの事を正体不明の魔法使いか何かと思い込んでいる節があったのだ。

だからして、自分と彼との関係をはっきりと明示しておけば、わざわざ襲うつもりもないだろう、とも。


「カオル様は怒ると割と無茶苦茶しますからね。私でも制御できません」

「そんなよく解らない男とよく一緒にいるわね?」

「救い主様ですからねぇ」

「……あんな化け物じみた力を持ってる男でも、救い主なら添い遂げる、と」

「人の想い人を化け物扱いは聞き捨てなりませんねえ」


 なんとかティリアの興味が自分とカオルとの関係へとシフトしてくれたらしいのを確認し、内心では安堵しながらも頬を膨らませ、抗議めいた視線を送る。

幸いティリアは地べたに手をつき、視線は魔法陣へと向いているばかりなので、サララの尻尾の動きなどは気にしていないらしかった。


「まあ、解らないではないわ」

「ほへ?」


 どんな話に飛躍するやら、と、ティリアの言動に注意を払っていたサララではあったが。

特別変化球でもなく、素直に同意した事に対し、思わず間の抜けた声を上げてしまっていた。

上げてから口を塞いだが。手遅れである。

ティリアの視線がサララへと向く。必死に口を塞ぐ猫娘の姿が見えて、ティリアは口元を緩めた。


「貴方でもそんな顔をする事があるのね。意外だわ」

「むむ……ティリアさん視点で、私はどういった子に見えていたんでしょうね」

「そうね……ミステリアスではあるわ。ぱっと見で底が知れない」

「ほほう」

「占いをしていた時も、私をカマにかけようとした時も、そしてレナスで私を商談に乗せた時もそんな感じに思えたわ。だけど同時に、隠し切れない幼さのようなものを感じた。何か、不本意な気持ちを隠しているような、ね」

「……なるほど」


 隠し切れませんでしたか、と、両頬に手を当て、ぷに、と押す。

しかしその眼は真剣そのもので、それまでの可愛らしさは、どこかへと鳴りを潜めてしまっていた。

その変化に、ティリアも口を結び目を細めた。


「私って、人から見たらそんな風に見えてたんですね」

「誰からでもそう見えているとは限らないわ。私はただ……色んな人を見ていたからね」


 占い師という仮初の職がそうさせたのか。

それとも、サララの想像もつかない様な人生を歩んだという事の示唆なのか。

いずれにしても、サララにはこのティリアという女性が、ただの悪党ではないように思えていた。

だからこそ、というのもある。


(この人は……きっと私と同じで、何か大切なことを隠している人。だから気づいたんだ……)


 同類のように思えた。

何が、と言われれば説明には困ってしまうが。

何となしに、そう思えたのだ。

だから、商談に乗せる気になった。

取引をしたいと、手を借りたいと思ったのだ。


 これがなければ、カオルの力を引き合いに問答無用で手伝わせていたかもしれないのだ。

だが、今をもって「そうならなくてよかった」と、その時の自分の判断を肯定していた。

間違いではなかったのだ、と。


「ま……所詮はこの時ばかりの関わりだわ。貴方が何を隠しているのかなんて興味もないし、知りたくもない。相談されても迷惑だし」

「する気はないから安心してください」

「墓場まで持っていくのはお勧めしないわ」


 突き放したような事を言いながら、しかしただ突き放すだけでは足りないのか、一言添えてしまう。

サララには、「これがこの人なりの優しさか何かなのかな」と思えてしまい、途端に面白みを感じてしまった。

自然、口元が緩む。

ティリアとしては予想外だったのか、首を傾げ、不思議そうにサララを見ていた。


「何か変な事を言ったかしら?」

「いいえ、何も」


 彼女のアドバイスを聞くかどうかは別にしても。

相談する気もないことを、相談した訳でもないのにアドバイスしてくれた事が妙にうれしかったというか。

サララにとっては、意外だったのだ。


 本来ならここで手を借り、そして二度と会う事は無いであろう相手だった。

場合によっては敵対する事もあって、油断ならない相手のはずだった。

そんな相手とすら、こうして話せる。コミュニケーションが取れる。

人生の何と自由な事か。何と幅広い事か。

自分一人ではたどり着けなかった境地に、今たどり着いたような気になったのだ。


 それは、姫君だった頃には欠片も感じられなかった、何一つ知る事のなかったこの世界の真実の一欠片。

胸のすくような気持ちになり、サララは「よし」と、ティリアに背を向けぴん、と背筋を伸ばした。

今度は緊張からではなく、気合が入った事を示す、そんな力強い後姿を見せながら。


「早く片付けて、酒場で祝杯ですよ」

「飲めるの?」

「お酒は飲めませんけど。食べるのは大好きです」

「……なるほど」


 何がなるほどなのかは解らないが、それが同意なのだとサララは受け取り。

それからは怯えも緊張もなく、ティリアの作業を見る事が出来ていた。




 ほどなく魔法陣は消滅。

特に何事もなく、無事作戦は終了した。

後からジワジワと煙を立てながらカオルが戻ってきたのだが。

本人は無事だったもののその服はスライムの体液で無残に溶かされ、ギリギリのところで保ったもののほとんど服とも言えない様な格好になっていたため、二人の女性の悲鳴が森をこだまする事となった。



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