#26.サララさまはかしこいおかた
「では、次の方」
占いが始まっていかほどか。
外が真っ暗になった辺りで、サララの順番が来る。
フードで顔を隠していたので、占い師には気づかれる事もなく、音もなく正面の椅子に腰かけた。
「こんばんわ」
「……貴方は」
フードを取り、にこやかぁに微笑むサララ。
占い師もここでようやく対面している相手の正体に気づき、目を見開くが。
サララは両手を差し出し、目を細め言葉を続けていた。
「実は魔法使いさんを探していまして。占ってもらえませんか?」
「魔法使い、ですって?」
「はい、魔法使いさんです」
怪訝そうな面持ちでサララの要望を聞いたが、サララはまた可愛らしく微笑んで見せる。
目を細めたのは一瞬で、恐らく注意深く見ていなければ気づけないくらい。
カオル以外には、真っ正面で見ていた占い師くらいしか気づかなかったであろう瞬間であった。
「どんな魔法使いをお探しなのかしら?」
「転送の魔法陣を消せるくらいの方です。魔術学園の生徒さんでも、王宮仕えの大魔法使いさんでも……なんなら、悪いことしてるような魔女でもOKなんですが」
「随分と急ぎなのかしら、ね?」
「急ぎと言えば急ぎですねー。身近にいるなら手段は選べないくらいには」
「なるほど」
サララとの会話の中。
占い師は何を感じ取ったのか、小さく頷きながらサララの手首を見た。
それが何を意味するのか、カオルには解らないままだったが。
少なくとも、『本性』を知っているであろうサララに対し何がしか危害を加えるだとか、この場で暴れ出すだとか、そんなことをするつもりはなさそうなので、ひとまずは安堵していた。
手首を見ている時間はそんなに長くはない。
すぐにまたサララの目をじ、と見つめ、占い師は結論を出す。
「貴方『達』は、大きな困難に打ち勝つために、そのひとまずのとりかかりとして、魔法使いの力が借りたいのね」
「その通りです。よくお分かりで」
「貴方の精霊が教えてくれるわ。だけれど、今のままでは魔法使いには出会えない。この国の有力な魔法使いは、その多くが宮仕え。特別な事情もなしに、地方の変異に手を貸してくれる事はないわ」
「でも、私のすごく身近には、魔法使いさんがいますよね?」
突き放すような占い師の結論に対し、サララはにこやかに微笑んだまま、小さく首を傾げていた。
まるで「気付いてませんか?」とからかうように。「解っているんでしょう?」と煽るように。
それが伝わってか、占い師はわずかばかり目を細めるが……やがて、小さくため息をつき、席を立った。
「確かに、魔法使いは近くに居るわ。けれど、その魔法使いは暇ではないわ」
「そうは言っても、条件次第では、といったところでは?」
「……占って欲しいことはそれで終わりかしら?」
「ええ、占って欲しいことはもう終わりです」
「そう、ではこれで失礼するわ」
確認をした上で、占い師は荷物を手早くまとめ、離れていく。
サララもお代を払ったうえでカオルの元に戻り「行きましょ」と、その手を取って歩き出した。
占い師とカオル達が酒場を出たのは、ほぼ同じタイミング。
横並びで互いに顔を見て、そしてそっぽを向きながら、占い師は酒場横の薄暗がりへと入っていった。
カオル達も、その後を追う。
酒場の入り口にはランプがこうこうと焚かれていたが、一歩路地裏に入ってしまえばその光は心もとなくなり、なんとも言えぬ不気味さが漂う。
占い師は止まらず、かといってカオル達を引き離すようなほど速く歩く事もなく、何本かの枝道を抜けていった。
やがて、行き止まり。
薄暗かった路地裏は、高い建物の少ないそこにのみ月光が照らされ、明るくなっていた。
そこでようやく振り向いた占い師は……鋭い眼光を見せながら、口元を覆っていたヴェールを剥がす。
整った顔立ち。風に揺れる金髪が月明かりに反射し、なんとも言えぬ神々しさを見せつけていた。
「占って欲しいことは終わりのはずではないの?」
「占って欲しいことは終わりましたよ?」
一言目には皮肉るような言葉を向け。
サララはさらりとそれをかわし、しかし、互いに油断なく余裕の笑みを見せていた。
カオルはといえば、サララのすぐ横でいつでもかばえるような姿勢のまま、腰の後ろに棒切れを隠し。
油断なく、占い師を睨みつけていた。
「怖いわね。私たち、もう手打ちにした筈でしょう?」
「それはあんたが勝手に言った事だろ?」
「まあまあ、カオル様、ここはサララに」
からかうように笑いかけてきた占い師に、カオルはつい苛立ってしまったが。
すぐにサララが間に入り、そ、と路地の壁にカオルを押し付ける。
カオルもそこで冷静になり、サララのやりたいように任せることにした。
こういう時、いつも冷静で頭を使えるのがサララという少女なのだ。
「私達が魔法使いさんを探してるのはもう解ってると思いますが」
「それに関してはもう十分占ったはずだわ」
「ええ。ですから、今度は占いではなく商談をしたいんですよね」
「……商談ですって?」
「そうです」
それそのものが意外、というほどでもないのか。
占い師は口元をにたりと歪めながら、サララの瞳を覗き込む。
しかし、サララはすぐにさ、と視線を逸らし、占い師の直近にまで入り込んだ。
「――かわしたわね?」
「かわしますよぉ。『ヴァンパイア』の魔眼なんて受けたら、どうなっちゃうか解ったもんじゃないですし~?」
当たり前じゃないですか、と、サララは占い師の胸元から側面に寄り、尖った耳元で囁く。
「でも、貴方もこの街で暴れたいとは思ってないみたいですね?」
「――耳元で喋らないで!!」
ぞわ、と、背筋を駆け巡ってくる感覚に怖気を覚え、占い師は身をよじってサララから離れた。
両手で耳をかばいながらに。
その仕草は、妙齢な外見とは裏腹に、なんとも可愛らしく。
どこか小動物じみていた。
「貴方だって、カオル様ともう一度戦いたいと思ってます? 今は兵隊さんもポットさんもいないけれど、カオル様、これでも魔人を二人も退治した方ですよ? 悪魔とだって戦えます」
強いんですよぉ、と、手先で視線をカオルへと誘導しながら。
サララはぴょん、と、また占い師の正面に立った。
これには占い師も驚いたのか、目を見開きながら一歩下がり、サララと距離を離そうとする。
だが、そこは既に路地の突き当り。
すぐに壁に当たり、占い師の退路はないかに思えた。
「魔人を、倒した?」
「ええ、そうです。『魔人ゲルべドス』と『魔人マグダレナ』でしたっけ? そんな名前の魔人です。ご存知です?」
「……名前だけは聞いた事があるわね。そう、魔人を……」
驚きと共に、魔人についての話が出てきたことに対しても興味がいくらか湧いたらしく、胸の下で腕を組みながら、サララの情報を飲み込んでいく。
「つまり、貴方達は魔人を倒す為に旅をしている訳? あの村からここまでは、かなり距離があるわよね? 勇者様か何かかしら?」
「勇者じゃないなあ」
「どうみても勇者様じゃないですねえ」
今のこの世界において、魔人という存在すら一般にはあまり認知されていないが、勇者はいつの世にも存在していた。
そして、その勇者の本来の役割は、魔王と魔人の撃滅。
だが、カオルは別に誰かにそれを頼まれた覚えもなければ、それを目標にして旅をした事もなかった。
だから、占い師の定義する『勇者像』とは似ても似つかない。
これに関してはカオルだけでなく、サララも傍で見ていてそう考えていたので、同時に否定していた。
「勇者でもないのに魔人に挑むなんて……まあ、確かにあれだけ強力な魔法か何かが使えれば、戦いよう次第では勝てるのか……」
「まあ、そんな感じですね。どうです? 再戦したいと思います?」
「思う訳ないでしょう。私だって痛い目に合うのはごめんだわ。再戦して……私が負けるとは思わないけれど。それでも魔人と勝負になるような存在と戦うのは、目的外では避けたいわねえ」
冗談じゃない、と半笑いになって手をフリフリ。
棒切れカリバーをまともに喰らった身としては、この得体のしれない『魔人殺し』を相手にするのは愚策以外には感じられなくなっていた。
元より、予定外の再会である。
占い師視点では、既にこの二人と戦闘になるのは論外、という結論が出ていたのだ。
「じゃあ、お話、聞いてもらえますよね?」
改めて戦意が無い事を確認し、サララはにぱ、と笑みを見せる。
始終、サララのペースであった。
占い師もこれにはかなわず、ため息混じりに傍に置かれていた樽に腰かける。
「……解ったわ。聞いてあげる」
こと話術においては、サララの方が上手である事がはっきりとしていた。
彼女との交渉はむしろこれから始まるくらいの段階でしかないというのに、カオルには既に、どちらが優勢かがはっきりと見えてしまっていたのだ。
こうして、占い師との『商談』が始まった。