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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#25.噂の占い師


 時間が経ち、酒場はますます賑わいに満ちていった。

カオル達が入っていた時点ではまだ空席もいくらかあったが、今ではもう座る席など一つもなく、後から来た客はカウンターや店の隅っこに固まり、皿やジョッキを手に、立ちながら飲み食いしている。


 店の客層はというと、比較的肉体労働者が多いのか、ズボンにシャツ、屈強な筋肉質の男が多く、店員以外にはあまり女性の姿は見られなかった。

そんな中にきたので、サララは無遠慮に見られまくっていたが、例によって外向けのスマイルだけで器用にかわし、トラブルには巻き込まれずにいた。


 酒が深まれば、些細な口論が元で喧嘩が起きるのも酒場の常だった。

陽が落ち切っていないこの時間でも既に喧嘩が始まり、店の中もちょっとした騒ぎになる。


「おお、今日も来たぜ」

「今日はてっきり別の店に行くと思ってたぜ」


 だが、そんな喧騒が突然鎮まる、そんな瞬間があった。 

苦笑いで喧嘩を見守っていたカオル達が何事かと入り口に視線を向けると、そこには顔をヴェールで隠した女の姿。

両手で小さな箱を抱えており、しずしずと酒場の半ばへと進む。


「空けてもらっても?」

「ああ、いいよ」


 既に客が座っていた席に荷物を置き、客をどかしてその席に腰かける。

テーブルの上で箱を開き、中から水晶を取り出し、支度を整えていた。


 この間、どかされた客が怒ったりする事は無く。

喧嘩をしていた者達も含め、誰も彼女に声をかけたりはせず、大人しくその様を見守っていた。


 そうして、占いの準備が整うや、自然に列が出来上がる。


「では、順番で」


 占い師の一言と共に、最前列に並んでいた男が前の席に腰かけ、手を差し出した。

彼女の占い方は占い師としては特殊で、相手の手首を手に取り、鼻のそばまで近づけて凝視していた。

よく目立つ水晶を使う事は無く、すぐに「解りました」と、男の顔を見る。


「今の仕事はやめた方がよさそうですね。五年以内には勤めている商会は破綻するでしょう。ですがやめるといってもやめさせてはくれないでしょうね」

「そ、そうなんだよ、あの会長、前に俺がやめるって言っても上手く口で丸め込んできやがってさぁ……俺も、家族が世話になってるから、無理矢理やめるっていうのができなくって……解ってくれるか?」

「ええ、よく解りますよ」


 何をどう見たら解るのかも解らないような事を述べ、それを聞いた男が驚いたように、しかし実感の籠った悩みを口にし、周囲も「おお」と驚かされる。

カオルも「そんなところまで解るのか」と驚きそうになったが、サララは無表情で、じ、と占い師を見ていた。


「貴方は組織を維持する上で重要な人材のはずですから、容易にはやめさせてくれないでしょう。関係を解消する方法はいくつかあります。一つは、恨みを買うのを覚悟で逃げ出す事。ですが、これはあまりお勧めしません。酷い目にあわされるリスクもありますから」

「そ、そうだよな……逃げるのは、やばいよな、やっぱ」

「二つ目は、人身御供を用意する事。その人からは恨まれるでしょうが、代わりの人材がいれば、手放してくれるかもしれません」

「……全く関係ない他人を巻き添えにしちまうのは、ちょっと」

「三つ目、会長の奥さんにこう告げるのです。『会長は、俺の妻を手籠めにしている』と」

「えっ!?」


 悩みの相談のはずだが、その衝撃的な発言には、その男も、周りの相談者たちもショックを受けてしまう。

それが事実であれブラフであれ、突拍子もなく聞こえたのだ。


「貴方の奥さんは、会長の秘書として働いているのでしょう? あくまで仕事上のパートナーとして、貴方と同じくらい彼女は大事にされているはずです。ですが、嫉妬深い会長の奥さんは、自分以外の女性が夫の傍に居るのを好ましく思っていない」

「そ、それは……確かに、奥様は嫉妬深いが……」

「それを聞けば、恐らく会長の奥さんは怒り狂う事でしょう」

「そうかもしれないけど、でも、妻は別に会長とはそんな事……」

「真実か否かなど、嫉妬に狂った女には関係ありませんから。『そんな噂になる事』そのものが許せず、怒り出すはずですよ」

「……」


 げに恐ろしきは女の嫉妬。

これほど理不尽極まりないモノはないと、古今様々な男性がこれによって恐ろしい思いをし、そして巻き添えで被害を受けた女性も多い。

人は自分の中の愛慕の為ならば、愛する相手すら殺せてしまうのだから。


「わ、解った。他にやめる手立てがないなら、試してみるよ」

「ええ。なるべく内密である風を装って、相談するという体で伝えると良いでしょう」

「ありがとう。これ……」


 男自身も、口では納得した風ではあるが、まだ迷いは打ち消せない様子で。

しん、と静まった酒場の中、立ち上がり、懐から代金を払い、静かに出ていった。

先程まで酔っぱらって気分よく顔を赤らめていた男であった。



 その後も、占いは続く。

並ぶ男達、そしてそれを見守る男達。

そこだけがぽっかりと異空間であるかのようにサークルができあがっていた。


 いでたちは前と同じだし、占い方も大体同じ。

声も、ヴェール越しではあるが聞き覚えのある声のままだった。

――あの(・・)占い師である。


「それじゃ、ちょっと見てきますね」

「ああ」


 サララも席を立ち、静かに列の最後に並ぶ。

幸い最初に並んだ男達から更に後ろに増える事は無く、占いの手際もいいので、順調に列が消化されていく。

サララの順番になるまで、そう掛からないはずであった。


(見分けるまでもなく本人だろうけどさ……何考えてるのか、はっきりさせとかないとな)


 サララがどのように動くのか。

また、占い師がどう反応するのか。

サララの動き自体はある程度打ち合わせはしたが、かなりの部分、占い師の反応次第でアドリブが発生するかもしれないとの事なので、始まってみなければどうなるのかは全く分からなかった。

改心してただの占い師をやっているだけ、とかなら何も問題はないが。

そうではなく、また何か悪事を企んでいたなら、面倒ごとになる前になんとかしたい気持ちもあったのだ。


 腰に下げた棒切れカリバーを手に握り、列が動くのを見守る。

一人捌け、二人捌け。

ほどなく、サララの順番となった。

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