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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#23.ポンコツ魔人


 大陸の果て。魔境と呼ばれた大地があった。

凍てついた世界の終わりとも言える大陸極東。

古の昔、人類と魔王軍との戦いがあったこの地には、今は廃墟しか残っていなかったはずであったが。

その光景が、徐々に変化しつつあった。


 無残に崩れ去ったはずの廃墟が、少しずつ片付けられ始めていたのだ。

永久凍土と共に凍り付いた時が流れ始めたかのように緩やかではあったが、確かな変化であった。

誰も居ないはずのその土地に、明確に何者かの手が加えられ始めていたのだから。



 廃墟の地下では、さらに大きな変化が起こり始めていた。

魔王と魔人バゼルバイトのみだった地下世界は、今ではひしめくほどの魔族で埋め尽くされていた。

その先頭に立ち並ぶは、親魔王を謳う魔人たち。


「魔王陛下、ご復活と聞き、我ら一堂、まずは喜ばしく思います」


 玉座に座する魔王とその腹心を前に、まず一言、祝福の言葉をかけたのは、覆面をつけた長身の男であった。

その長身を隠すかのようにローブを纏い、声からそれなりの老齢と威厳を感じさせる。


「久しいなベギラス。他の者も、また変わりないようで何よりだ」


 魔王アルムスルトは、変わらぬ忠義を抱くこの五人の魔人たちに、機嫌よさげに笑いかけていた。

それだけで、魔人らは頬を緩め、礼儀が為下げていた面を主へと見せる。


「この五名は、長年私と共に陛下の復活の為尽力してくれた忠義者ばかりですわ。どうか、変わらぬご重用をいただければ」


 傍らに控えるバゼルバイトの言に、アルムスルトも「うむ」と、静かに頷き、再び五人を見やる。

彼としても、久方ぶりに見る部下達の顔である。

いずれも覚えのある懐かしき面々に、魔王は今一度頷いて見せ、口を開いた。


「見ての通り、私はまだ復活したばかりだ。魔王としての力も完全には揮えぬ。そして魔王としての力を取り戻すたびに、私は私でなくなっていくだろう……それでも、再び私に尽くしてくれるか?」


 答えの分かりきっている問いであった。

魔王は、今目の前に揃った者達が何を考えこの場にいるのか、解っているつもりだった。


「魔人へグル=ベギラス。異心ございませぬ」


 まず真っ先に主への忠義の言葉を返したのは、先程の覆面の男であった。


「魔人ピクシス、陛下への忠義は変わりありませんわ」


 次に忠義を誓ったのは、亜麻色髪の女であった。

その腰に光る長剣が、彼女の忠義を示しているかのようだった。


「魔人メロウドも同じく」


 それに並ぶかのように小柄な銀髪の少年が、口元を抑えながらに伝えた。


「私魔人クロッカスも無論、陛下の為尽力しますよ」


 この中に在って特に目立つ白衣姿の男が、眼鏡を弄りながらにほくそ笑む。

そして――


「へ、陛下っ、私魔人レイアネーテも勿論陛下の為にがんばっ――が、がんばりますっ!!」


 五人目の女性魔人だけが、口上の途中で噛んでしまった。


「……」

「……」


 嫌な沈黙が場に流れた。

魔王は唖然とし、バゼルバイトは血走った眼でレイアネーテを睨みつける。


「ひっ……あ、す、すみませんっ!」


 上司からの殺意すら孕んだ視線に、レイアネーテは顔を真っ青にしながら頭を下げる。


《ガコンッ》


「あいたっ!?」


 そして下げ過ぎて額が床にぶち当たる。

タイルの一部が壊れ、破片が魔王の足元まで飛び散っていた。


「あっ――」


 そのまま魔王の足に当たるかと思われた破片は、その直前でぴた、と空中で静止し、元の床へと戻っていった。

瞬く間に修復されるタイルを見て、レイアネーテは「おお」と感嘆の声を上げる。


「バゼルバイト様、久しぶりにそのお力を見ました」

「……レイアネーテ」

「は、はいっ」

「お前はもう少し落ち着きなさい」


 その間も怒りに満ちたまなざしを向けていたバゼルバイトだったが、反省した様子のないレイアネーテに毒気を抜かれたのか、小さくため息を漏らしていた。


「す、すみません……気を付けます」

「ふふふ、懐かしいものを見たな」

「……申し訳ございません陛下。レイアネーテはこのように変わらず粗忽者(そこつもの)でして」


 口元を抑え笑う魔王を前に、バゼルバイトは自身の手落ちであるかのように部下の粗忽を詫びていたが。

当の魔王はというと、「構わんよ」と、片手を小さく振り、それですら懐かしむように笑っていた。


「レイアネーテがこう(・・)なのはむしろ私には嬉しく思うぞ。ここにいる者達は、本当に何も変わらないな」


 それがいいのだ、と、魔王は部下の不出来すらも喜んでいた。

そう、何もかもが懐かしく、嬉しかったのだ。

魔人らも、これには各々思う所があるのか、口元を緩めたり、頬を掻いたりと、思い思いに喜びの仕草を見せる。

早々に失態を見せていた当のレイアネーテもまた、魔王の寛容な言葉に感激したかのように目を潤ませていた。


「ま、魔王陛下……なんとお優しい言葉を……!」

「レイアネーテ。このような言葉をかけてくださった陛下の為にも、好く尽くすのですよ……?」

「はい、万事このレイアネーテにお任せください!!」


 再び額を床へと叩きつけながら。

レイアネーテは、その軽妙な音と共に、主への再度の忠義を誓っていた。




 このような経緯もあって、レイアネーテは大層張り切っていた。


「――陛下の為にも、そしてバゼルバイト様の為にも、ラナニア方面を私一人の力で攻略して見せるわ!!」


 居並ぶオーガの軍勢を前に、レイアネーテは腰に手を当て、意気揚々と笑っていた。

その身体は人間の女性と大差なく、顔だちも少女とも言える、幼さを残す面持ちであったが。

魔人としてのその力は破格であり、オーガらも皆、一様に傅き、従っていた。


「既に送ったオーガの数も百を越えているわ。これだけの数送れば、レナスを橋頭保(きょうとうほ)として確保できているはずよね!?」

「ハイ、レイアネーテサマノオッシャルトオリデス」

「レイアネーテサマハテンサイデス」

「レイアネーテサマバンザーイ」


 肯定の言葉のみを口に出すオーガ達に、レイアネーテは満足そうに何度も頷く。


「そうよね。なんたってオーガは強いもの! 並の人間相手なら一方的に叩き潰せる膂力(りょりょく)! 剣や槍くらいなら刺されても物ともしない強靭な肉体! 一撃で数人まとめてなぎ倒せる圧倒的なパワー!! そんなオーガが軍勢を組めば、もう最強でしょう!!」

「レイアネーテサマバンザーイ!!」

「ワレラオーガノショウリハカクテイズミデス!!」

「レナスナドスデニカンラクシテイルハズデス!!」


 レイアネーテの策略通りならば、今頃は既にレナスは陥落。

オーガの軍勢はほぼ無傷で土地の人間達を蹂躙し尽くしているはずであった。

本来ならば、それくらいは可能な数は送ったのだ。

まさかそれらが全てスライムの餌になっているなど思いもせず。

レイアネーテは、必勝の策を考え付いた自分に酔いしれていた。


「うふふふっ、レナスの次はゴリアテ要塞よ。何が大陸最強国家よ。私達魔人と魔族の前には、どんな奴らだって敵じゃないんだから!!」


 既にレナスは陥落済みと考え、彼女は次の目標を考えていた。

ラナニア西の要衝ゴリアテ要塞。

ここを陥落させれば、ラナニアは国防の要を失い無防備な王都と王城を晒すことになる。

レイアネーテの中では、もうこれ以上なく完璧な戦略が練られていたのだ。

根本から崩れ去っている事は知りもせずに。


「さあ、とりあえずは増援として千人送るわよ!! 貴方達、私と陛下とバゼルバイト様の為に力を発揮しなさい!! ラナニアを陥落させれば、オーガ一族は栄光ある一族として永遠に名が残るわよ!!」

「オォォォォォォォッ!!」

「レイアネーテサマッ、ツギハワレヲッ」

「イイヤワレヲッ、ドウゾセンジンヲキラセテクダサイッ」

「ワレラオーガニオマカセヲッ」

「レイアネーテサマッ」

「レイアネーテサマッ」


 オーガらのテンションも跳ね上がっていた。

オーガ達は、このレイアネーテという知将に全てをゆだねれば栄光ある未来が待っていると信じ込んでいたのだ。

状況を考えず策を弄する悪癖を持つレイアネーテとよく考えず暴れる事を好むオーガの相性は、素晴らしくマッチしていた。


「ふふん、いいわよ。貴方達、心行くまで暴れなさい!! 千人のつもりだったけど、二千人にするわ!!」


 高い士気を見せるオーガ達に気を良くしてか、レイアネーテは満足そうに何度も頷き、彼らの気持ちに応えるべく余計な追加を行うことにした。

千人でも要塞一つ陥落させるに十二分な戦力である。

これを更に二千人に増やす。レイアネーテ的にはもう、ラナニアは滅亡させたも同然だった。


 実際問題、これだけの数オーガを一度に送る事ができれば、確かにゴリアテ要塞も、ラナニアそのものも滅亡させる事は可能である。

二千人のオーガというのはそれだけの戦力であった。

古代竜ほどではないが、再興途中の魔王軍としてもそれなりの無茶な人員投入である。

それでもラナニアという大陸最強の国家を滅亡させる事が出来れば、十分お釣りが帰ってくるほどの安い投資であると言えた。


 だが、とても悲劇的な事に、レイアネーテには一度に大量の戦力を送る力はなかったし、送られたオーガが順次スライムの餌になっている事は知る由もなく。


「じゃあ、五人ずつ送るから、出た先で二千人まとまったらゴリアテ要塞に一気に突入しなさい! 『兵は拙速を貴ぶ』というからね、とにかく勢い重視で、貴方達の力を存分に揮うのよ!」


 こうして、森のスライムへと滞りなく餌が送られ続けるという酷い供給システムが完成したのであった。

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