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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#22.伯爵への報告


「――という事があってさ、とりあえず報告しようと思って」


 あの後、スライム観察を一通り終えたカオル達、一旦森から離れ、報告の為に街に戻っていた。

マズコフは「騎士団に報告する事があるから」と、街に着いた時に別れ、伯爵と対面しているのはカオルとサララのみ。

椅子に腰かけながら、顎に手をやりながらカオルの報告を聞いていた伯爵は、難しそうな表情でカオル達を見やる。


「スライムか……オーガどころじゃないな」

「まあ、確かにスライムは怖いんだけどさ」


 伯爵からすれば、オーガくらいならまだ討伐すれば済むと思っていたのに、より強い化け物が森に棲み着いていたという事実が発覚し、頭が痛くなるような感覚を覚えていた。

だが、そのスライムのおかげもあって街が無事なのもまた、理解できていたのだが。


「君達の話を聞く限り、そのスライムが魔法陣の上に陣取り、現れたオーガを次々に捕食してくれていたおかげで、我が街が無事なままで済んでいる、という状況なのは解ったが……解ったが、正直嘘だと思いたいくらいにややこしい状況だな」

「ええ、本当に」

「なんでそこにスライムがいるのかも解らないもんな」


 観察を続けていた間中、スライムは一定間隔で送られてくるオーガを飲み込み続け、少しずつではあるがその体積が増幅していた。

ただ、それが続く限りはオーガは飲み込まれ続けるため街に被害はない。

スライムを放置する限りは、街はとりあえずの平穏を維持できる。


 だが、なんでそうなったのかが結局解らないのだ。


「そのスライムは、魔法陣からオーガが湧いてくる、というのを解った上でそこにいるようだが……最初からそうなのだろうか。例えば、その魔法陣からオーガが出てくると解っていたからそこにいたのか、あるいは、何者かによってオーガが現れるのを妨害する為、そのような事を――」

「それに関してははっきりしないんだよなあ。ただ、魔法陣からオーガがひっきりなしに現れてたのは確かだから、何者かがこの街をオーガに襲撃させようと企ててたんだろうな」

「聞こえる限り、そんなような事を言ってたオーガも多かったですしねえ」


 はっきりしているのは、森には魔法陣があって、そこからオーガが現れ続ける事。

そして、そのオーガ達の目的がこのレナスへの襲撃にある事である。

更にそれを指図したと思しき者の存在も、うっすらではあるが浮かび上がろうとしていた。


「食べられる前のオーガが、『レイアネーテサマ』っていう言葉を話してたんですよね、何度か」

「レイアネーテサマ? 何だそれは」

「人の名前なんじゃないかなって、俺達は思うんだけど。『レイアネーテサマ』っていう人なのか、『レイアネーテ』っていう人なのかは解らないけど。黒幕にそういうのがいるんじゃないか?」

「なるほど……オーガを使い我がレナスを攻撃しようとした黒幕の名が、その『レイアネーテなにがし』な訳か」

「まだそうと決まった訳じゃないけど、その可能性は高いですよね」


 三人ともが顔を合わせ、まだ見ぬ黒幕の姿を探ろうとし……そして、小さくため息をついた。

まだ、はっきりとしていない部分が多すぎる。

結論を出すには、まだまだ情報が足りなさすぎた。


「とにかく、今のままこの街が無事で済むとは限らないから、何かしらの準備をしておいた方がいいと思うぜ」

「うむ……そうだな。特にその魔法陣。なんとかして打ち消せればと思うのだが……君達は、魔法の心得は?」

「俺は魔法はよく解らないんだよな……サララは?」

「サララも魔法はちょっと……」

「そうか……私も幼少時に魔法の才能が無いと言われて以来、全く関わりが無くてな……しかし、困ったな」


 魔法に関しては門外漢が三人。

これではどうしようもなかった。

あるいは棒切れカリバーを使えばなんとかなるかもしれないとカオルも考えたが、何が起きるのか解らないので、カオルは言い出すのを躊躇った。

それで上手く行けばともかく、失敗して取り返しのつかない状況になってしまったら目も当てられない、という恐れもあったからなのだが、それがちょっとだけ、カオルには罪悪感のように感じてしまっていた。



「とりあえず、初日から動きがあったといえばあったけど……なんかはっきりしないよなあ」


 館の中に用意されたカオルの部屋にて。

サララと、用事を済ませたゴートとの三人で、その日起きた事を話し合っていた。


「カオル殿達も大変だったようで。私も、衛兵隊と民兵の主張の違いを肌で感じて、『これはなんとも難しい問題だな』と感じておりました」

「ゴートさんも、潜入お疲れさまでした」


 カオル達の方は伯爵にした報告と似たような感じになったが、ゴートはゴートで、民兵や衛兵隊の動向を探っていたのだとかで、街に来るまでとは異なる、『どこにでもいそうなラナニア市民』といった出で立ちに化けていた。

サララのねぎらいに、ゴートも頬を緩ませながら「いえいえ」と、謙遜がちにソファに腰かける。


「民兵になった者達は、口をそろえて『自分達の街は自分で守るんだ』と主張するんですが、衛兵隊は『民衆が過激な行動に出るのを抑制するために派遣されたのだ』と主張していましてね。両者の主張は平行線をたどっていて、全くかみ合っていないのです」

「長引きそうなのかい?」

「ええ、これは長引きますね。どこかしらに落としどころがあれば、こういった問題は意外なほどあっさり解決するものなのですが……特に、どちらも若者の気が立っていると言いますか」


 どうにも芳しくない街中の状況。

伯爵は騎士団を緩衝役にしたいと思っているようだが、カオル達にはそれが間に合うのか怪しく感じられるほどに、民兵と衛兵隊の対立は悪化しているように思えた。


「最悪、武力衝突になるかもしれませんね」


 一人ティーテーブルにてお茶を啜るサララが、そんな事をしれっとのたまう。

カオルもその響きに「うへえ」と、ぐんにゃりとした顔になっていた。


「それだけは避けたいところだなあ。人が傷つくのは見たくないぜ」


 全く関係のない他国の民衆ではあっても。

それが傷つくのは、カオル的にとても辛い光景のように思えた。

だが、サララは「でも」と、それを肯定してくれない。

思わず視線が向いてしまうが、サララはサララで俯いていて、口調も何かを我慢しているような、そんなしおらしい物であった。


「一度ぶつかり合ってしまえば、しばらくはそれで収まるかも知れません。今ぶつかれば、それ以上の損害はでないかもしれない」

「……ガス抜きが必要って事か?」

「ええ……ほら、エルセリアのお城の時も、トーマスさんが両方の派閥を抑え込み過ぎててガス抜きができてなかったのが問題だったでしょう? あれと同じ感じで、抑え込めば抑え込むほど悪化しちゃうんじゃないかなって」


 理屈のみなら、サララの言う事は至極真っ当だった。

だから、カオルも怒るに怒れない。

何よりサララ自身、それが最善の選択ではないと解っているから、苦々しそうな顔をしていた。

それでも、次善の選択としてはアリなのではないか、というのがサララの意見なのだ。

それによって止まってくれるなら、ある程度の犠牲は仕方ない、という。


「あくまでそこで止まってくれるなら、ですね」

「ええ」


 だが、それはゴートが指摘するように、その問題がそこで止まってくれればの話である。

止まらなければ、更なる流血の元凶ともなりかねない、リスキーな選択でもあった。

何より、それでは衛兵隊と民兵……もっと言うならば、国と民衆との間に決定的な亀裂が生まれてしまう。

それは果たしてラナニアという国にとって望ましい事なのか……それを考えた場合、やはりサララの意見はカオルにもゴートにも受け入れがたかった。


「無理に事を進めるメリットは我々にはあるように思えません。我々は当面の間、つぶさに状況を観察し、起きた問題には迅速に対処し、その上で、多くの人が救われる選択が出来れば、とは思うのですが……」


 ここにきて意外なのが、ゴートがラナニアの民衆に関して、かなり気を払っているところである。

サララの意見に反対した点もあって、カオルには気になってしまった。


「ゴートさんは、結構この国の事、好きだったりするのかい?」


 話の輿が折れてしまうかもしれないが、それでも気になった点であった。

ここで今している話は、自分達の命運と共に、ラナニア、ひいてはそれと関わるエルセリアにも影響を与えかねない、重要な選択である。

だが、それをする相手として、カオルは今、ゴートという人間の人となりを、彼なりに計ろうとしていたのだ。


 ゴートも、その質問の真意はともかく、わざわざカオルがそれを聞いてきたことに意味を考え、慎重に言葉を選びながら、口を開く。


「私は、元々はエルセリアとラナニアの国境近くの村の出身でした。見ればわかるかも知れませんが、双方の国の境というのはリュース河を挟んで分けられているにすぎず、私達の村は、以前からラナニア側の村と交流を持っていたのです」

「昔からラナニアと関わりがある環境で育ったって事か」

「ええ。人とモノとが行き来する中で、当然あちらの人と話をする事だってありましたし、そこに恋が生まれる事もありました。私にとってラナニアという国の人は、近しく親しい隣人でしかなかった。それが、答えのようなものでしょうか」


 彼なりにこの国の民衆を想う理由。

それが、まっすぐな瞳に込められているように感じられて、カオルは『ポン』と、膝を打つ。


「それじゃあ、民衆が傷つかないように頑張らなきゃな」


 元々カオル自身そのつもりだったが。

ゴートの話を聞いて、よりその想いが強くなっていた。


「――はい!」


 ゴートもまた、カオルの同意、肯定が殊の外うれしく、興奮気味に口元を歪めていた。

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