#21.命を懸けた戦い
かくして、覚悟を抱きながらに三人が進んだ先は……なんとも恐ろしげな光景が広がっていた。
「こ、これは……」
「何てこと……」
「ひ、ひぃっ」
茂みに隠れる三人が三人とも――新人騎士であるマズコフや基本非戦力のサララは仕方ないにしても、英雄と呼ばれるようになったはずのカオルですら顔を青ざめさせてしまうその光景。
『オ、オオオオッ、ゴポッ――ハブッ、ハブァッ』
『アニジャッ、アニジャァァァァァァツ!!』
『ニ、ニゲロ……コッチニ・・・・・・クルナァッ』
二体のオーガが、なんとも巨大なスライムと戦っていたのだ。
スライムは既に片方のオーガをあらかた飲み込んでおり、飲み込まれたオーガは必死にもがき抵抗しているが、既に頭以外の部位はその半透明の身体によって取り込まれ始めていた。
残されたオーガも必死に鉄の大剣をスライムにぶつけるも、ぶつけた先から酸化させられ、ボロボロに溶けてゆく。
そうこうしているうちにスライムの半透明の身体……その中から、小さな触手めいた半透明の枝のようなものが現れ、オーガの足を捉える。
『アッ、アッアッ・・・・・・』
じわ、と、その掴まれた太い脚が音を立て溶け始めていた。
『アニジャッ、マッテロ、イマタスケルゾ!!』
『ハナレロッ、オマエダケデモイキテ……イキテレイアネーテサマノオヤクニタツノダ……ソシテ、ワガナヲ、ノチノヨニ……』
『アニジャッ、ソンナッ、マッテクレ、ワレヲオイテイクノカッ!? ヒトリニ・・・・・・ヒトリニシナイデクレェェェェェッ!!』
『アトヲタノムゾ・・・・・・オトウトヨッ!!』
『アニジャァァァァァァァァァァッ!!!』
『ウポッ――』
ずる、と、まるで麺でも啜るかのようにオーガの頭を飲み込んでゆく。
どうやら兄弟らしいオーガ達だが、なんとも人間臭いドラマをカオル達に見せつけていた。
恐らく人間で同じシーンを再現したなら涙なくして見られぬ光景だったに違いない。
だが、彼らにとって悲しいことに、むさ苦しい毛むくじゃらの人型の化け物が見つめ合う光景は、悲劇めいたこの状況においても不気味この上なかった。
加えて飲み込まれた時の音が滑稽すぎて、三人ともがぽかーん、としてしまっていたのだ。
そして更にそこでスライムが巨体を震わせる。
「あっ……」
思わず声を挙げてしまったカオル。
すぐに口をつぐむも、オーガもカオル達に気づく間もなく、目の前の『敵』の変異に気づく。
気付いた時には、もう遅い。
『オォォォォォォォッ!?』
スライムの身体が縦に割れたかと思えば、そのまま勢いよく巨体が前のめりになり――残された弟オーガも飲み込まれていった。
今度は頭など残しもせず、オーガの巨体をそのまま丸のみである。
半透明だった身体はやがて濃い緑色になり、スライムはずるずると動き出す。
基本、スライムは狩りの最中は半透明になり、背景に同化しようとするのだが、狩りが終わると元の体色に戻ると言われていた。
つまり、スライムにとっての狩りは今をもって終了したことになる。
「……なんていうか、すげぇもん見ちゃった感じだな」
「そうですね……やっぱりスライムは怖いなあ」
「僕……ちょっと漏らしてしまいそうになりました」
あまりのスライムの迫力に、三人が三人ともただ見ている事しかできずにいたのだ。
もちろん、オーガを助けるつもりなんて更々ないので好都合なのだが、それにしてもスライムが圧倒的過ぎた。
(ていうか、あそこでドラゴンがこなかったら、俺もスライム相手にあんな風になってたのか……)
カオルとしては危うくオーガと同じ末路をたどる所だったのもあり、思わず身震いしてしまう。
やはり、スライムは怖いのだ。
そのスライムだが、その場から立ち去るのかと思えば、ずるずると近くの樹の上に登っていくのだ。
カオルが初遭遇した時も樹の上だったので「そういう習性なのかな?」と思いはしたのだが。
それから全く動かなくなり、体色が緑なのもあり、葉っぱの色と同化して見えにくくなっていた。
「あ、カオル様、見てください、さっきまでスライムがいた所」
「うん……?」
スライムが気づかないように、あくまで声をひそめての会話ではあったが。
先程までスライムがいた地面を指さすサララに、カオルも、そしてマズコフも視線を向ける。
光っていたのだ。不自然な光が、明るい森の中でもその違和感を周囲に発していた。
「明るいから見えにくいけど……あれ、魔法陣か何かか?」
「かもしれませんねえ……ていう事は、あれはもしかして、召喚の為の魔法陣か何かでしょうか?」
「それじゃ……今のオーガ達は、あの魔法陣で……?」
三人で確認するように光る地面を見て、その意味にうっすら気づき始める。
ある程度距離が離れているのではっきりとまでは解らないが、確かにそれと思しき法陣が描かれており、光はそれに沿って発せられているように見えたのだ。
「あっ……光がっ」
「何が起きるんだ……うぉっ?」
そうかと思えば、その光が一層強くなり――《キィン》という高い音と共に、閃光が森の中を走った。
『グフフフフ、ココガレイアネーテサマノオッシャッテイタモリカ』
『スデニセンケンタイガムカッテイルヨウダシ、ワレラモゴウリュウヲ』
『ククク、ニンゲンドモメ、マサカワレラオーガがブタイヲクンデセメテクルトハオモイモスマイ』
現れたのは、オーガだった。
数にして三体。手には巨大なこん棒や石柱、鉄の大剣などを持っていた。
カオル達が戦った者ほど巨体ではなく、「一体一体はそれほどでもなさそうだ」と、カオルには脅威に映っていなかった。
「なるほど、あんな感じにオーガが現れてたのか」
「なんか、さっきからオーガが『レイアネーテサマ』って言ってますけど……これって、もしかして人名ですかね?」
「つまりその……『レイアネーテ』か『レイアネーテサマ』っていう人が黒幕の可能性が……?」
「その可能性がある、というだけですけどね、まだ」
早くも黒幕らしき存在がいた事がはっきりし、興奮しそうになるマズコフではあったが。
サララが小さく首を振りながら「落ち着いてくださいね」と諭し、表面上は落ち着く。
カオルも突然の展開が多すぎて落ち着く時間が欲しかったが、オーガ達の様子を見るに、どうやら街に向かう気が満々であると知り――「これは無視できないな」と、腰の棒切れカリバーを手に取り、立ち上がろうとした。
だが……立ち上がろうとしたところでやめた。
見えたのだ。オーガ達の頭上が。
いつの間にやら緑色の巨体が、半透明となってオーガ達の頭上の枝の上へと移動を終えていた。
すでに先程のオーガは消化し尽くしたのか、体内に映る影はない。
ただ、カオルには先ほどより巨大化していたように見えた。
『サァマイルゾッ! スベテハレイアネーテサマノタメニッ!!』
『オォォォォッ……オォォォォォォッ!?』
ぷる、と震えた半透明の身体は、そのまま落下し――枝の下に居たオーガ達を一息に呑み込んだ。
『ウブッ、ヌァッ、ヌオォォォォォッ』
『ナッ、コイツ……スラ、イム……ダトォッ』
『ヤメロッ、ヤメロヤメロヤメロ……ウボァァァァァッ』
哀れ、三体のオーガは抵抗も虚しくそのままスライムの体内にて溶かされ始め……やがて体色を戻したスライムはまた、樹上へと上って行った。
「……もしかして、ああやって魔法陣から出たオーガを片っ端から飲み込んでるんでしょうか……」
一つの可能性に気づいたマズコフは、頬から汗を流しながらに、スライムをじーっと見つめる。
やはりまた、定位置とばかりに同じ場所で止まり、動かなくなる。
そうして、少ししたらぶる、と震え、さらに大きくなっていた。
「そうかもしれませんね……カオル様、どうしますか?」
「もうちょっと様子を見ようぜ」
「わ、解りました」
「確認がしたいんですね」
二度目ならただの偶然かも知れない、と、カオルは一応その場で監視を続けることにした。
サララもマズコフも同意する。
かくして、三人によるスライム観察が始まった。