#16.愛国者との謁見
レナスの街の最奥。
樹々が覆う小さな林の向こうに、それはあった。
低めの塀の先。領主館と呼ぶにはやや小ぶりな、石造りのアシンメトリー構造の館が見え、カオル達は「やっと着いたか」と息を漏らす。
サララと二人きりの時と違い、今はゴートがいるおかげで時折会話に混ざってくれてその分だけ話題に事欠かないのだが、思いの外の長旅、ポチの速度を全く活かせない街道の構造の所為で、国境からこちら、爽快感の欠片も感じられなかったのだ。
「結構質素な造りなんですね……街の規模を見れば、もう少し大きな館が標準的だと思うんですけど」
「流石によくご存じですね」
林を抜け、門の前で止まる馬車。
感心したようにゴートが振り向き、サララに笑いかける。
「調べただけですよ? 私だって、最初から何でも知ってる訳ではないですから……」
「そういえばカルナスで準備してた間に本とか読んでたな。もしかしてアレか?」
「ええ。なんであっても、情報を知ることが大切ですから。右も左も知れない土地で活動するのに予備知識もなしじゃ、いくらなんでも不便でしょうから」
しれっとのたまうが、旅の準備に費やした時間だってそんなに長くはなかった。
その間にサララがラナニアの情報を集めていたというのは、その時のカオルには解らないことながら、確かにすごい事なのだ。
情報の収集に関してはサララの方が的確な為、カオルにとってもこれは大変ありがたかった。
(なんだかんだ、サララは自分の出来る事を最大限にやってくれてるよなあ)
感心しながらも、その『自分の役割を果たす』というサララの気概が、なんとなく自分に似てきてるんじゃないかと思えていた。
伝染しているのか、それともサララの元々の気質なのか。
最初こそだらしがないと思った少女の、意外と頑張り屋な一面が見えて、カオルはちょっとだけ嬉しくなっていた。
馬車を降りた三人は、門衛に用件を伝え、堀の中へ。
その先で待っていた執事の案内で馬車を庭先に預け、着の身着のままで屋敷へと入る事になった。
「――おお、よく来てくれなさった。ゴート殿も、久しいな!」
そうして執事に案内され通された屋敷の一室で、その人物は待ち構えていた。
赤髪に赤眼。彫りの深い顔立ちの、苦み走った顔の男だった。
「カリツ伯爵、お久しぶりにございます。こちらが例の――」
「うむ……初めて会うな。私がこのレナスの領主、カリツ=ニール=ベルトランド伯爵だ」
「あ……初めまして。カオルと言います」
「サララです。二人とも、エルセリア王の命でこちらに参上しました」
よしなに、と、愛想よく微笑むサララに「ほう」と顎に手をやりながら伯爵は頬を緩める。
「可愛らしい猫獣人のお嬢さんだ。君の妻かね?」
「つっ――っ! い、いや、妻では、ないです、よ?」
「そうか……馬車旅を共にするのだから、もしやと思ったが……違ったか」
突然の伯爵の一言に、カオルは思わず頭の中の言葉が吹き飛び、混乱してしまいそうになる。
サララも顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまい、なんとも言えない甘酸っぱい空気がその場に広がった。
これには伯爵も「まだ青かったようだな」と口元をにやつかせる。
「それはそうと君達。早速一働きしてくれたようじゃないか! オーガの討伐、その手並みを見る事は出来なかったが、見事な物だったと聞いている。まずは騎士団、そしてレナスの民を代表し、礼を言わせてほしい。ありがとう」
「い、いえそんな……たまたま通りかかっただけですから」
「ははは! 君の事はエルセリアの国王陛下から聞いている。陛下の『お友達』なのだろう? 私などに遠慮せず、話しやすいように話してくれて構わん」
なんとも気さくな人柄で、カオルは唖然としてしまったが。
どうやら王様を通して話が通じているらしいと気づき、「そういう事なら」と頬をぽりぽり、いくらか緊張が抜けていくのを感じていた。
やはり、敬語はまだ慣れないのだ。
「カリツ伯爵、あのオーガは、どこから現れたのですか? 私達は暴れていたのを見かけたので経緯が解らないのですが、オーガの討伐部隊とするには、あの騎士の人達の人数はあまりにも少なかったように見えて……」
続いてサララの質問が出て、伯爵は「うむ」と、若干難しそうな顔をしたが。
その質問が来る事自体は解っていたのか、すぐに「確かにそこは気になるか」と、口を開く。
「これの説明には、まずは我がレナスの置かれている現状……そして、ラナニア全体の状況を、君達に知ってもらう必要がある」
「単純な問題じゃないって事か」
「うむ。国家の問題に関わる事柄の為、あちらの陛下にも詳しい事情は伏せていただくようお願いしたのだが……その結果、君達には詳しい事情の説明もないまま、ここに来てもらった形になっていると思う」
「確かに、それっぽい事情は聞かされましたけど、正確なところは別にあるんだろうなあって思いました」
「そうなのだ。だが、本当にここまで来れるか解らぬ者に事情を知らせるのは怖い。だからこんな、回りくどい事になってしまったのだ」
面倒をかけてすまぬな、と、目を伏せ謝罪する伯爵に、カオルもサララも焦ってしまう。
どうもこの伯爵は、狙ってか天然か、カオル達のペースを乱すというか、想定外の行動を取る人だった。
貴族というと尊大であったりプライドの高い人物が多かったカオル達のイメージとは違い、このカリツ伯爵という人物は、やたら気さくというか、ただ偉そうにしているだけの人物ではなかったのだ。
今の流れだって、伯爵程の人物であるなら笑いながら「まあ気にするな」と流そうとするのが貴族の常で、謝るなどという思考になる者はそうはいないはずだった。
だから、カオル達も驚かされたのだ。
(なんかこの人、貴族にしてはやけに腰が低いっていうか……なんか違う印象を受けるなあ)
最初こそ渋い顔立ちの所為で怖い人のように思えたが、実際に話してみての印象からもそんな事はなく、今では何か貴族以外の人の様な印象を抱いていた。
嫌な気はしない。
こうやって自分の事を対等に見てくれる人は、カオルは好きだった。
「解った。話を聞かせてくれよ」
だから、カオルは彼の話を聞くことにした。
ただ説明されるのを聞くのではなく、事情を理解し、仕事に取り組むために。