#13.猫魔人暴れる
一方その頃、聖地リーヒ・プルテンへの道中。
エルセリア王城より三台の軍馬車を受領し、『封印の聖女』一行が道を進んでいた。
軍馬の快走もあり、既にエルセリア北の小国『バークレー王国』に到達。
今は王都の『ノス』に向け街道を進み、小休憩を挟んでいるところであった。
「失礼します、アイネ殿、ご機嫌はいかがでしょうか?」
その中央を進む軍馬車に、封印の聖女アイネはいた。
「あ、ええ。特に問題はないです」
外装はともかく、貴族が乗るように改造された内装は、村娘だった彼女にはやや不慣れで、多少ぎこちなくはあったが。
それでも、顔を見に訪れてきた女性士官に笑顔で返す余裕があった。
「解りました。もう間もなくバークレー王都『ノス』です。そこで今夜一晩を過ごした後、すぐに東に向け出立する事になります」
「そうなんだ……あの、レイラさん、だったかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
「いえ……なんだか、すごいことになっちゃって。私一人聖地に連れていくために、こんなに兵隊の人がついてくるなんて……ちょっとびっくりしてるの」
不安というよりは不慣れな事で複雑な気持ちになっているのを感じて、レイラは「なるほど」と頬を緩める。
立ったままで上から見下ろす視点になっていたのを気にして、アイネの隣に腰かける。
視線が同じ高さになって、レイラはじ、とアイネを見つめた。
「ご安心ください。貴方様を守るのが、我々エルセリア城兵隊の今回の役目ですので」
「……うん。それは、解るつもりなんだけど」
どうやら自分を励ましてくれるらしいこの女性士官に、アイネも胸の温かくなるのを感じてはいたが。
実際気になるのは、軍馬車の外にいる存在であった。
「ひぃぃっ、もう猫にはっ、猫にはしないでくれぇぇぇっ!!」
「ふはははっ、安心しろ、すぐに戻してやる。大人しく猫になるのだっ」
「うわーーっ!!」
窓の外では、休憩していたらしい男性兵士が、紳士風の髭親父に追い回されていた。
手をワキワキさせながら男性兵士を追い回すその様は……紛う事無く変態である。
「ああ、気になるのですね、『魔人』が」
「うん。聖女様から制御できるっていうから気にしないようにはしてるんだけど、なんだか度々ここの兵士の人達に迷惑をかけてるような……」
「……確かに問題はありますが、戦力としては間違いないので」
「まあ、そうみたいだけど……」
「フニャァァァァッ!?」
たった今、犠牲になった哀れな兵士が居たように。
アイネが目下気にしているのは、今回もまた『護衛』として連れてきている魔人『ゲルべドス』であった。
確かにアイネの命令には抗えず、特に命令しなくとも、今ではアイネの意に従うように行動するようになっている。
以前のままなら人を猫にしたらそのまま放置するだろうに、今では当たり前のようにちゃんと人の姿に戻すのだから有情である。
だが、やってる事そのものは当然ながら迷惑行為なので、アイネの心労は貯まるばかりである。
「ご安心ください。我が隊の兵も、慣れつつありますので」
なんとも心強い、悲しいフォローだった。
王城で聖女様と別れ、リーヒ・プルテンを目指して二日目。
初日こそきまぐれに猫にしてくる魔人の所為で阿鼻叫喚だったが、今では狙われている兵士以外どこ吹く風で休憩中である。
「人って、慣れるものなんだなあ」
「……ええ。まさか猫になるのに慣れる日が来るとは思いもしませんでしたが」
窓の外で太ったブチ猫になった兵士を見ながら、アイネはちら、とレイラを見やる。
「レイラさんは、どんな猫になったの?」
「銀色の縞模様だったようですね」
「おー、可愛くなっちゃったのね」
「……遺憾ながら」
少し照れながら視線を背けるレイラに、アイネは「この人も可愛いところあるわね」と、ちょっとだけ親しみを覚えていた。
その後、いくらかレイラと雑談して気が晴れたアイネは、外で暴れ回っているゲルべドスを一応は止めるため、馬車の外に出ることにした。
「ゲルべドス」
「うん? どうした主よ。退屈したか? ワシと一緒に猫でも愛でるかね?」
「その猫さっきまで兵士さんだった人じゃない……」
「ふはははっ、猫はいいぞう、どんなつまらん顔の男でも猫になった途端可愛く見えるからなぁ」
「それは……まあ」
否定しにくいものがあった。
確かに、猫は可愛いのだ。
今ゲルべドスの手の中で猫かわいがりされている猫も、元々は精悍な兵士だったはずなのに、今ではただ可愛がられるだけの猫である。
無力極まりない。だがそれがいい。
「ていうか、猫を可愛がりたいから猫にしてるの?」
「大体はそれであっているな」
「魔人ってそんな人ばっかりなの?」
「大体それで合っている」
「合ってるんだ……」
途方に暮れそうになる。
アイネとて、魔人の話を聖女様から聞き、王様と話した時にも魔人の、更に魔王の脅威に関しては解ったつもりではあったが。
その割に、この魔人殿はそこまで脅威には見えないというか。
見た目だけなら本当に髭面の紳士にしか見えないのだ。
勿論、『人間を猫にする』という呪いはものすごく凶悪で、敵に回したら厄介この上ないのは彼女にも解るのだが。
そして今、他の魔人も似た様な感じなのだと解り、頭が痛くなりそうになっていた。
「魔人はな、元々この世界に馴染めなかった者がなるのだ。まあ、俗に言えば変人と言われる様な奴がなりやすい」
「なるほどぉ……なんか、これからは色々大変そうだなあ」
「まあ、主は積極的に魔王を封印する存在になるだろうからな、否応なしに様々な魔人と戦う事になるだろう」
「因みに、ゲルべドスはその魔人の中でどれくらい強かったの?」
「最強クラス」
「ワースゴイナー」
どう見てもそんなに強くなさそうな猫好き魔人だった。
いや、これで少しでも謙虚に振舞っていれば呪いの力もあって強そうにも感じられたかもしれないが、自分を積極的にアピールしたがるこの髭紳士には、それほど強そうな何かがあるように思えなかったのだ。
「……主よ、流石にその反応は傷つく」
そして今は、とても悲しそうな顔をしていた。
意外とナイーブな魔人だったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。カオル君に倒されちゃったって聞いてたから、そんなにすごいのかなーって思っちゃったわ」
「ううむ……あの若造はよく解らんが。だが、人を一度きりの戦闘で決めつけるな」
「隊長! 近くに賊の集団が集結しているのを発見しました!」
「賊の集団だと!? 我々に仕掛けるつもりか?」
「いえ、どうやら近くの村を襲撃するつもりだったらしく……我々には、まだ気づいた様子はありませんでした」
話の途中で、兵士たちが集まる別の馬車での会話が、アイネ達にも聞こえてきた。
きちんと閉じて置けば中の会話は聞こえなかったはずだが、今は情報伝達も兼ねて扉が全開になっているのだ。
自然、その場の全員に話が聞こえてくる。
「ゲルべドス」
「なんだ、またか?」
「うん。いけるでしょ? 兵士の人を猫にするくらい暇を持て余してるんだから」
「ふん、別に構わんがな。だが賊を猫にしても、汚らしい上に反抗的で、何も楽しくないんだが」
「いけるわよね?」
「……ふん、仕方ない」
アイネの指示は迅速だった。
賊が近くにいる。
そして、それが近くの村を狙っている。
迷う余地などなかった。
ぽん、と手の中の猫に呪い解除の魔法を掛け、ゲルべドスが立ち上がる。
不承不承ではあったが、逆らう様子は見られない。
「はっ、わ、私は一体……」
「さて、では行ってくるか」
「私も勿論ついていくけどね」
面倒くさそうな顔をしながらも、腕をコキリと鳴らしやる気を出したその様子に、アイネは満足げに微笑む。
そして彼女自身もまた、その後ろについて歩く。
「……できれば主には離れていてほしいんだがな」
「駄目よ。どれくらい離れたら制御できなくなるのか、まだ解らないし」
「多分、一生解除できないんじゃないかと思うがね。ワシ程の魔人が解除できんのなら、恐らくは『あ奴』位の実力者でなければ――」
ぶつくさと雑談しながら、ゲルべドスと二人、休憩地点を離れる。
途中、兵士の何人かがついてきて、気が付けば十人程度の規模になっていたが。
「おっ、なんだ!?」
「女っ!? すげぇいい女じゃねぇか」
「でも待てよ、なんだこいつら……まさか正規軍!?」
「と、討伐隊かっ!?」
突然現れたアイネを見て、賊達は色めきそうになり――そして、エルセリア城兵隊の姿を見て縮こまっていた。
数こそは多い。100人規模の大集団だった。
「こ、こんなに人数が居たとは……」
「アイネ殿、ここは危険です。少し下がって――」
「ゲルべドス」
「うむ」
「悪い人達には容赦しなくていいから」
「無論だ」
既に魔人殿は、戦闘態勢に入りつつあった。
手には金色のオーラを纏い、それを両手で凝縮するかのように構えている。
「なんっ――」
「ふははははっ! お前ら皆、猫になれぇぇぇぇぇっ!!」
魔人ゲルべドスの呪いにより、永らくバークレーを苦しめ続けた凶悪な盗賊団『あさがお団』は壊滅した。