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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-
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#10.中々入国できない


 雄大なリュース河を眺めながらの、のんびりとした旅足であった。

ゴート曰く、「このような橋の上では軍馬と言えど歩かせるもの」との事で、途中から操馬を代わったのも、橋の上での扱いに疎いであろうカオルに配慮しての事だったらしい。

確かに、今までこのような橋は渡った事が無かったので、カオルも「そうだったのか」と、ゴートの言葉に感心したように頷いていた。


「あれ、なんか並んでるね」


 そんなゆったりとした時間ではあったが、ほどなく橋の中ほどの場所で足が止まる。

馬車を中心とした集団が並び立っていたのだ。

その先を見て「ああ、また検問があるのか」と、カオルは苦笑いする。


「あれがラナニアの国境?」

「ええ。簡易的なものですが、あそこで検査を受け、合格した者から次の本格的な入国審査を受ける仕組みです」

「じゃあ、手形はその時に?」

「そうですね。基本的に最初の検問から手形を出せと言われる事はないはずです。この橋の検問はあくまで、怪しい者が居ないかどうかの検査のためでしかないので」

「その、検査ってどんなの?」

「手配書との見比べですね。賊や詐欺師、違法商人など、国家から指名手配されている悪人が、旅人のフリをして国境を渡ろうとする事もあるので」


 たまにいるんですよね、と、難しい顔をするゴートに、カオルも「ああ」と、その悪人たちの顔を思い出す。

最初に対峙した賊『ひまわり団』とその頭『ダンテリオン』は、偶然にも彼の名をあげるのに一躍買ったものの、今でもカオルにとって、あまりいい思い出ではなかった。

サララとの出会いのきっかけではあるが、同時に、人間の悪意を思い知った一件でもあったから、忘れようとしてもなかなか忘れられないのだ。


「まあ、悪人と間違えられることはないと思うけどさ」

「ははは、誰がどう見ても善良な役人か軍人ですよ」

「……俺が、役人? 軍人って、そんな風に見えるかな?」


 思いもしないゴートの一言に、カオルはまた、首を傾げる。

村人として生き、最近こそカルナスで暮らし始めたシティボーイではあったが、役人や軍人かと言われればクエスチョンしか浮かばないのだ。

だが、ゴートはそんな彼に笑いながら「ええ」と肯定する。


「軍馬車とスレイプニルを所持しているのですから、我々のように事情を知っている者ならともかく、そうでなければ軍関係者、あるいは役人と見るのが普通でしょう。恐らく、国境においてもそのように対応されるはずです」

「そ、そっか……でも、大丈夫なの? 他の国にそんな簡単に入り込んじゃっていいもの、じゃないよな? 役人とか軍人って」

「そのためのゴートさんでしょう?」


 最初にサララから聞いた『軍馬車とスレイプニルの価値』を思い出し、今更ながら「そういう事だったのか」と胃が重くなるのを感じ始めたカオルだったが。

ソファに寝そべりながらのサララの一言に、ゴートが小さく頷く。


「ご安心ください。名目上、我々はこの後向かう『レナス』を治める『カリツ伯爵』の元へ、定期会談を行う為に入国しますので」

「つまり、仕事で入国する、っていう事にするのか」

「そういう事ですね。カリツ伯爵は、我々のラナニアでの最大の協力者と思ってください」


 つまり、最初にレナスに向かう事には理由があったのだ。

まずはラナニアに向かい、協力者たるカリツ伯爵に会う。

そこからが自分達の仕事なのだと、カオルはなんとなく理解した。


「でも、それなら検査とかスルーできないの? 一応、扱い的には友好国の役人とか、軍人って感じにするんでしょ?」

「それはできませんね。要人のフリをして国境を突破した輩も過去にはいたようですから……」

「兵も詰めてるのに、よくやりますねえ」


 なかなか進まない列にぐんにゃりしながら、話は進む。

見た感じ一番先頭の若い男が兵隊と話しているようだが、検査とやらはいつまでも進む様子が無い。


「ていうか、何かあったんでしょうか?」

「そんな感じだよな。なんか、すごく剣呑って感じ」

「何を話してるんでしょうね。さっきから聞こえてはいるのですが……」


 あまりに進まないので、気分転換とばかりに馬車から降りてみれば、何がしか大声で話しているのが、カオル達にも届いた。

ゴートには最初から聞こえていたようだが、河の流れる音と距離的な問題から、その内容までは聞き取れていないらしい。


「――こういう時は、大人しく待っているべきですね」


 何か問題が起きているらしいと思い、カオルが一歩近づこうとした矢先。

サララが、その足を止めるかのようにぴしゃりと釘を刺していた。

問題とあらばすかさず参上しようとするカオルの性質(・・)を知り尽くしているサララは、その勝手を許さない。


「……サララはよく解ってるなあ」

「うふふ、伊達に一緒に住んでませんよ?」


 この世界で、誰より一緒に居た相手である。

カオルは「まだまだかなわないなあ」と思いながら後ろ髪をぽりぽり掻いていた。


「そういえばカオル様、髪伸びましたね?」


 そんなカオルを見てか、サララはぴ、と、カオルの後髪を指で撫でる。

柔らかな指先が伝い、若干のむずがゆさを感じたカオルではあったが、身じろぎもせず、されるがままにしておいた。


「なんとなく伸ばしてるんだ。後ろで結べるようにできたらなあって」

「ほほう、カオル様は伸ばす派でしたか」

「いや、ほんと気まぐれにだぜ? 別の気が向いたら短くするかもしれないし」

「いえいえ、そのままでもサララは一向にかまいませんから、どうぞご自由に」


 まるでサララの気を惹きたくて伸ばしてるかのように受け取られているが、実際のところは本当にただの気まぐれである。

ただ、サララはそれだけで妙に機嫌がよくなっていたので、カオルも変に訂正する気になれず、そう思い込ませておくことにした。


 こういう時、無理に本当のことを言う必要などないのだ。

人間関係で大切なのは、いかに相手と上手くやっていくか。これに尽きる。

本当のことを言う事が、相手と自分にとって幸せにつながるとは限らないのは、カオルもいい加減理解し始めていた。

嘘をつけばいいというのではない。

だが、言わなくてもいいことは、言わずにおいた方が丸く収まる事も多いのだ。

今回もきっとそうなんだな、と、カオルは言外で語りながらも、機嫌よく尻尾を立てるサララを眺めていた。

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